歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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2幕 新婚旅行を満喫します!

55場 賑やかな語らい

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「あら、迷路蝶が? 災難だったわねえ。ごめんなさい、管理がなってなくて」
「ううん、大丈夫です。ニールって子が助けてくれましたから」

 両肩にフィーとアズロを乗せ、頬に手を当ててため息をつくミルディアに、彼女お手製のレモンタルトを頬張りながら答える。

 メルディの両脇には、同じくレモンタルトを食べるレイとグレイグが座っている。

 レイは少しお疲れの様子だ。ミルディアが山のように作ってくれた料理にも、あまり手をつけていなかった。その分、グレイグが平らげたけど。

「もしものことがなくてよかったわ。――紅茶のお代わりはいかが?」
「いただきます! ありがとうございます」

 差し出してくれるポットに、嬉々とカップを寄せる。ミルディアの淹れてくれる紅茶はとても美味しい。
 
 ここは魔法学校から馬車で三十分ほど離れた場所にある、ミルディアの家だ。

 紅茶を啜りつつ、落ち着いた色合いの煉瓦造りの壁やコバルトブルーで統一された家具を眺めていると、まるでお洒落なカフェにいる気持ちになる。

 対面に座るミルディアの隣の椅子には、鮮やかなコバルトブルーで塗られたデュラハンの兜が乗っている。

 モルガン戦争で亡くなった旦那さまの形見らしい。敷地内には、デュラハンの防具職人だったミルディアの友人がのこした離れもある。

 アルティがミルディアと知り合ったきっかけも、この兜だった。旦那さまの兜の整備は、アルティから引き継いだ大事な仕事だ。いずれメルディの弟子や孫弟子もこの家のドアを叩くだろう。

「エルフの血を引いたニールというと、魔法学科のニール・エステルね。魔法学の大家の生まれで、あの子自身も成績優秀なの。その上、あの美貌でしょ? 学内にファンも多いみたい。……男女ともに」
「いけすかないやつだよ。いつも優等生ぶってさ」
「こら、あんた先生の前で。同期なんでしょ? もっと仲良くしなさいな」

 何があったか知らないが、ふん、と鼻を鳴らすグレイグに説教する。エレンにプレゼントを横流しした恨みはまだ忘れてはいない。

「そういえば、ニール君と一緒に大人のエルフがいたんですけど、あの人は……?」

 冷たい目で見られたことは言わず、エルフが白いローブを着ていたと説明すると、ミルディアは得心したように頷いた。
 
「ああ、ヒンギス先生よ。フルネームはヒンギス・ノワイユ。魔法学科の主任教師で、私の先輩ね。レイが学生の頃もいたわよ」

 魔法学科は魔法について総合的に学ぶ学科だ。魔戦術学科や、魔技術学科のような実践系の学科とは違い、卒業しても学校に残り、学者として生きていく生徒が多いという。

 つまり、同じ教師でも技術畑のドニとは正反対の位置にいる。見た目も正反対だし、さもありなんといった感じだ。
  
「先生だったんですね。モデルかと思うほど美形で、びっくりしました」
「僕の前で他のエルフを褒めるなんて、いい度胸だね、奥さん」
「レ、レイさんが一番だよ! 本当だよ!」
「お姉ちゃん、本当に懲りないよね。なんで、そんなことペロっと言っちゃうの」
 
 慌てて弁解するメルディをグレイグが呆れた目で見つめ、ミルディアが微笑ましそうに見つめた。

「メルディちゃんのことが本当に好きなのね、レイ。安心したわ。あなた昔から魔法紋しか目に入ってなかったから」
「……っ、まあ、はい」

 エルフの世界は上下関係がないとはいえ、さすがに恩師には強く出られないらしい。レイは耳を真っ赤にすると、照れ隠しに紅茶を啜った。
 
「ドニ先生にも会ったんですって? 大変だったでしょ」
「まあ……。急に連れて行かれて本気で焦りましたけど、結果的にエレン君と仲良くなれたんでよかったです。レイさんが通ってたときもいた?」

 カップを置いたレイが、渋い顔で頷く。

「いた。今日のメルディみたいに、誰彼構わず実験に付き合わされてたよ。その上、後片付けを全部押し付けるんだもん。捕まったら大変だから、みんな姿を見たら逃げ出してたなあ」

 だから玄関ホールから人がいなくなったのか。逃げ遅れたメルディは格好の獲物だったわけだ。

「あ、そうだ、グレイグ。あんた、エレン君が私のファンってこと、なんで黙ってたの? 知ってたら、作品の一つや二つ持ってきたのに」
「言うタイミングなかっただけだよ。別にわざと黙ってたわけじゃないって」

 しれっと、レモンタルトの最後の一切れに手を伸ばしたグレイグを睨む。冷たい弟だ。優しい子だと言ったのは前言撤回するべきかもしれない。

「まあ、よかったじゃん。こんな身近にファンがいてさ。職人冥利に尽きるでしょ」

 膨らんだメルディの頬をつついて、レイが笑う。ヒンギスを褒めるのはダメだが、エレンと仲良くするのは大丈夫らしい。

 さすがに義弟と同い年の子供にまで目くじらは立てないのだろう。エルフじゃなく、デュラハンだし。
 
「それにしても、インクのおまじないってまだあるんだね。もう誰もやってないかと思ってた」

 レイも現役時代はやっていたそうだ。教師になる前は魔法学校生だったミルディアも、懐かしそうに「私もやってたわねえ」と相槌を打った。

「校長先生の話だと、創立から続いているらしいわよ」
「へー、面白い。そういうのって、他にもあるんですか?」
「そうねえ……。七不思議とかかしら」

 七不思議とは、文字通り学生の間に代々伝わる七つの不思議だそうだ。肖像画の目が動くとか、誰もいない地下室で女の泣き声がするだとか、なんだかホラーじみている。

「え? 僕がエレンから聞いたのは八不思議だったけどな。魔法学校のどこかに、賢者の雫っていう、魔力爆上げアイテムが隠されてるって話」

 そんなものがあったら、魔法使いたちは誰も苦労せずに済むだろう。エレンだって諸手を挙げて喜ぶに違いない。
 
「めちゃくちゃ胡散臭そうだけど、魔法学校なら本当にありそうだよね……。どこで不思議が増えたんだろう? レイさんのときはあった?」
「どうだったかな。何しろ、百二十年も昔のことだからねえ」 
「うーん、気になる」

 腕を組んで唸るメルディに、ミルディアが笑う。

「そういうところ、本当にアルティさんに似てるわねえ。機会があったら探してみるといいわ」
「危ないことはしないでよ、お姉ちゃん。あと、エレンは巻き込まないでね」
「ちょっと! トラブルメーカーみたいな言い方しないでよ!」

 キッチンに弾ける笑い声に呼応するように、フィーとアズロが甲高く囀る。

 こうして新婚旅行一日目の夜は、賑やかに更けていった。





「じゃあ、また明日ね。今日はゆっくり休んでちょうだい」
「ご馳走さまでした。おやすみなさい!」
 
 馬車の窓から手を振ったのを合図に、馬車がゆっくりと坂道を下り始める。もう遅いから危ないと、ミルディアが呼んでくれたのだ。

 レイとグレイグがいるので大丈夫だと言いかけたが、魔法学校まで歩くと結構な距離があるので、ご好意はありがたく受け取っておくことにした。

 長椅子に座り直し、馬車の中を見渡す。向かいには満腹になったお腹をさするグレイグ。隣にはメルディに寄り添って座るレイ。

 複数で馬車に乗るときは、いつの間にかこれが定位置になっている。去年ウィンストンに赴いたときとは正反対の光景に、メルディは幸せを噛み締めた。

「レイさん、大丈夫? あんまりご飯食べてなかったけど」
「大丈夫だよ。ちょっと魔法紋書き過ぎてね。肉体労働もしたし」
「明日から筆記試験が始まるからね。レイさん大活躍だったよ」
 
 限られた人数で設営をこなすために風魔法を使いまくり、カンニング防止の魔法紋も会場全部に書いたらしい。他の教師と分担して書いたとはいえ、えげつない仕事量である。

「先生たちがカンニングするってことあるの? 普段、生徒たちに注意する立場でしょ?」
「そう思いたいけど、人間、思い詰めると何をするかわかんないからね。それだけ、魔法学校の校長って椅子は魅力的なのさ。確実に魔法学会に名前を残せるしね」

 職人の世界では優れた作品を作れたものが尊敬されるが、学問の世界には権威というものがどうしてもついて回るのだそうだ。個人主義者の集まりと揶揄される魔法使いも、なかなか大変そうである。
 
「それよりさ……。ヒンギス先生に会ったとき、何か嫌な目に合わなかった?」

 嫌な目では見られたが、気のせいかもしれないし、あえて言うことでもない。「別に何もなかったよ」と首を横に振る。
 
「どうして? もしかして、ヒンギス先生と何かあったの?」
「ううん、別に。ちょっと厳しい人だったからさ。何もなかったならいいんだ」
「……本当?」

 顔を覗き込むメルディの頬を撫で、レイが「本当だよ」と目を細める。いつも通りの表情だ。

 学生時代に怒られたりしたのだろうか。まだ少し腑に落ちないが、喧嘩をしたくないので、それ以上の追求は避けた。
 
「それより、ごめんね。新婚旅行なのに、こんなことになって」
「ううん、いいの。レイさんが頼りにされてるのは嬉しい。昼間は無理かもしれないけど、夜は一緒にいられるから大丈夫だよ。思い出いっぱい作ろうね」
「……うん」

 レイはメルディを抱きしめると、肩に顔を埋めてきた。レイが甘えてくるなんて滅多にないことだ。戸惑いつつも、顔がにやける。
 
「どうしたのレイさん。眠くなっちゃった?」
「ううん。エネルギー補充」
「ちょっと、弟の前でいちゃつかないでよね」

 グレイグが抗議した瞬間、馬車がガタンと大きく揺れた。車輪が石畳に引っかかって跳ねたらしい。思わず悲鳴を上げる。

 そのせいで、次のレイの言葉はメルディの耳には届かなかった。
 
「……やっぱり、まだいたのか。僕たちの仇が」
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