歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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2幕 新婚旅行を満喫します!

51場 弟の悩み

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「うーん……。まさかこんなことになるとは」
「お姉ちゃんの巻き込まれ体質も健在だね」
「私っていうか、今回はレイさんじゃない?」

 玄関ホールから五番路を抜けた先、生徒の家族のために設けられた宿泊所に案内されたメルディは、クイーンサイズのベッドに腰掛けてため息をついた。

 天井には最新式の魔石灯。床にはふかふかの緋色の絨毯。窓も大きいし、立派な鏡台や洗面所もあってなかなか快適だ。長期滞在する場合は、依頼すれば三日に一度は掃除もしてくれるらしい。

 部屋の中にレイの姿はない。教授選の打ち合わせのため、ミルディアに連れられて校長室に行ってしまった。

 副実行委員長のラルク先生とやらが、故郷の母親が倒れたとかで急遽帰省することになり、その穴埋め要員として駆り出されることになったのだ。

 教授選の実行委員には、これから教授選に挑む教師や、その教師に教えを受けている生徒の家族は関われない。

 教授選になんのしがらみもなく、学校の内部にも詳しい上に、魔法紋師として一流の腕を持つレイは好都合の人材というわけだ。

「こんなことになる気はしてた」

 メルディをグレイグに預け、そう呟くレイの顔は、いつもと変わらず冷静だったが、どことなくげっそりしているように見えた。

「これ、宿泊所の説明と魔法学校の地図。あとで読んどいて」

 渡されたのは新書サイズのパンフレットだった。観光がてらに宿泊する父兄が多いため、必要に応じて作ったそうだ。

 費用は別途かかるものの、三度の食事は食堂で食べられるし、洗濯室や医務室もあって、校内の施設は自由に利用できる。至れり尽くせりである。

「部屋に入れなくなるから、家族証は絶対に失くさないでね。立ち入り禁止のところはカードをかざしても開かないようになってるし、危険な魔物もいないから、敷地内は自由に見て回ってもらっても大丈夫だよ」
「ありがとう。しっかり生徒やってんのね。パパが心配してたわよ」

 ここに来た経緯を話すと、グレイグは進路の悩みを素直に吐露してきた。

「みんなの言う通り、教師には向いてないんだろうなって思ってる。僕はどう逆立ちしても、ミルディア先生やレイさんみたいにはなれないから」

 メルディの隣に腰掛け、憂鬱そうにため息をつく弟の背中を黙って見つめる。

「僕はママに似てパワーも魔力もあるデュラハンに生まれた。幸いにも、知恵も回る。でも、努力してないわけじゃないんだよ。訓練だって、勉強だって、人一倍してるつもりだし……。だから、簡単に『出来ない』って言う人の気持ちがわかんないんだ」
「グレイグ……」

 宥めるように背中を撫でると、グレイグは力無く首を横に振った。

「すごく傲慢だよね。でも、どうしても割り切れなくてさ……。出来ないって嘆くなら、なんで出来るまでやらないんだろうって思っちゃうんだよ。どんなに絶望的な状況でも、諦めずに挑戦し続ける人もいるのに」

 グレイグが魔法学校に入学したのは、ミルディアとレイに憧れたからだ。いつも冷静で、他人のために惜しみなく自分の力を使えるのがすごいと、しきりに興奮していたのを覚えている。
 
 つまり、誰かの役に立ちたいという思いはきちんとあるのだ。しかし、実際に魔法学校に入ってみると、みんながみんなそうではないと気づいた。

 四大侯爵家の頂点に君臨するリヒトシュタイン家の後継ぎ。祖父や母親の力を受け継いだ強いデュラハン。多くの人間に頼られ、期待され、利用される。それでも腐らずにまだここにいるのは、学ぶことを――夢を諦めなかったからだ。

「あんた、そういうところパパそっくりねえ。クールぶってるけど、本当は熱いんだから」

 背中を撫でる手を止め、今度は頭を撫でる。子供の頃、いつもそうしていたように。

「最後まで諦めずにいられるのも才能なのよ。あんたはパパからその才能を受け継いでいるから出来るの。それを他の人にも押し付けちゃいけないわ」
「……そうなのかなあ。でも、今さら気づいても遅いよね。これからどうすればいいんだろ。院に進むんじゃなくて、就職した方がいいのかなあ」
「何言ってんのよ、もったいない。まだ一年あるんだから、ゆっくり考えなさいな。教師が向いてなくても、他で発揮すればいいじゃない。あんたには、それだけの力があるんだから」

 優しく囁くと、グレイグは顔の闇を真っ赤にして、「もう頭撫でなくていいよ」とメルディの腕を振り払った。思春期を爆発させる弟に、思わず笑みが漏れる。

「あんたも一丁前に悩むのね。魔法学校に入ってさらに強くなっちゃったから、何事にも動じないかと思ってた。逆に安心したわよ」
「失礼な。人の気持ちに疎いって、よく言われるけどさ。僕にだって感情はあるんだよ」
「わかってるわよ。あんた、本当は優しい子だもんね。範囲がごく狭いだけで」

 もう一度頭を撫でようとするメルディから逃れようと、グレイグがベッドから慌てて腰をあげる。

「もう、やめてったら。僕もそろそろ行くよ。ミルディア先生の手伝いしなきゃなんないし」
「そういえば、手伝いってどんなことするの?」

 メルディの問いに、グレイグは顎辺りの闇に手を当て、少し逡巡したあとで言葉を続けた。
 
「色々だよ。試験会場の設営したり、答案用紙配ったり集めたり。ミルディア先生が試験官やってる間は、代わりに事務仕事したりするしさ。まあ、要は雑用だよね」
「その合間に論文書かなきゃいけないんでしょ? 大丈夫なの?」
「大学院に進む論文の方は大丈夫。ただ、研究室論文がね……。こっちはレイさんに相談するよ。お姉ちゃんに言ってもわかんないと思うし」

 小さく笑いながらグレイグが答える。いつもの調子に戻ったのはいいが、失礼すぎる。仮にも姉なのに。
 
「ちょっと! お姉ちゃんは初等学校しか行ってないけど、人生の先輩よ? さっきみたいに、あんたの悩みぐらいどーんと答えて……」
「よく言うよ。二歳しか変わんないのに。レイさん、お姉ちゃんの世間知らずっぷりにいつも頭抱えてんだからね」
「えっ、それどういうこと? あんた、私がいないときにどんな話してるの?」
「教えなーい。レイさんに直接聞いたら?」

 追い縋るメルディを無視して、グレイグが廊下に続くドアを開ける。そして、腰のポーチから小さな鈴を取り出すと、メルディに手渡した。

「何、これ?」
「迷子防止の鈴。ここは広いからね。もし帰り道がわかんなくなったら、しっかり握って二回鳴らしてよ。そしたら、僕が持つもう一つの鈴と共鳴して、居場所がわかるようになってるから」

 首から掛けられるように、鈴には赤い組み紐が取り付けられていた。気分は小さな子供か、放し飼いの猫かなんかである。

「ええ……。成人してこれってどうなの? 恥ずかしくない?」
「仕方ないでしょ。お姉ちゃん、すぐどっか行っちゃうんだから。去年のウィンストンでのやらかし、忘れちゃったの?」

 それを言われると言い返せない。黙って鈴を首にかけるメルディに、グレイグが目を細める。

「後で一緒に晩ご飯食べよ。今日はミルディア先生が腕によりをかけてくれるって。せっかくの新婚旅行に旦那さんを借りて申し訳ないけど、ぜひ満喫してってよ。忙しいのに、遥々来てくれてありがとうね」
 
 珍しく可愛いことを言う弟に、メルディも目を細めた。

 これから巻き込まれる厄介ごとの気配にも気づかずに。
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