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幕間 カーテンコールのその後で
41場 引っ越し準備と婚姻届②
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「はあ……。なんとか全部出せたね……」
「うーん。壮観。こんなに物あったんだねえ」
夕焼けに照らされた店先で、メルディたちはレイが淹れたアイスコーヒー片手に一息ついていた。
ハンスが手配してくれた業者のおかげで本は綺麗さっぱりなくなり、代わりにブルーシートの上には大量の家具や魔具や生活用品がぎっしりと積まれている。
まだまだ余裕のありそうなデュラハンたちに対して、人一倍働いたアルティはもう息も絶え絶えだ。さっきから地面に倒れ込んでぴくりとも動かない。
「パパあ、しっかりしてよ。まだ中に戻す作業が待ってるんだからね。こんなところで寝ちゃわないで」
「……メルディ、パパはヒト種でもう若くないんだよ。もうちょっと、そっとしといて……腰痛い……」
「もー! 可愛い娘のためでしょ? 頑張ってよー!」
「あのう、レイさん……」
騒ぐ親子の横で、アイスコーヒーを飲み干したハンスが、地面に無造作に置かれた古い家具や古い服――いわゆる粗大ゴミをおずおずと指差した。
「この不要品、商会で引き取っていいですか? どれも年代物ですよね。マニアの間で高く売れそうです」
「いいよ。粗大ゴミに出さずに済むなら、こっちも助かる。これだけあると、いくらかかるかわかんないからね」
「ありがとうございます!」
早速ワーグナー商会に連絡するハンスの傍らで、近くの時計を見たラドクリフが「ねえ、二人とも」と声を上げる。
「今日中に婚姻届出すんでしょ? そろそろ役所閉まっちゃうよ。残りはやっとくから、早く行っておいで」
「えっ、もうそんな時間? レイさん、急ごう!」
「あ、お姉ちゃん!」
レイの腕を引っ張って市内馬車の停留所に駆けて行くメルディを、グレイグが呼び止める。
「何よ。急いでるんだけど」
「えーと……」
グレイグは続けるかどうか悩む素振りを見せたあと、結局諦めて小さく手を振った。
「ごめん。なんでもない。気をつけてね」
「? まあ、大丈夫でしょ。レイさんも一緒だし、婚姻届を出しに行くだけなんだから」
「だからだよ」
意味がわからない。真意を問いただす前に、グレイグは鏡台とタンスを担いで店の中に消えていった。
終業間際の市役所はそれなりに人がいた。
メルディたちが目指すのは市民課の窓口だ。そこに婚姻届を提出して受理されれば、晴れてレイと夫婦になれる。
気持ちとしてはウィンストンから首都に戻った翌日にでも出したかったのだが、一応社会人として、レイの親族の許可を得るまではと我慢していたのだ。
「パパたちのおかげで引越し準備も今日中に終わりそうだし、あとは私が工房の荷物をまとめて運ぶだけだね」
「それこそ、グレイグがいればすぐに終わるね。闇魔法なら一気に運べるし」
「持つべきものは闇魔法使いの弟だわ。今度何か奢ってあげようっと」
弾む気持ちを抑えつつ最短距離を進み、『市民課』と書かれたプレートが吊るされた区画に着く。
重厚な石造りの長テーブルには十人ほどの職員が横並びに座り、市民たちの応対に追われていた。運よく一つだけ空いていた窓口には、温和そうなヒト種の女性が座っている。
「すみませーん、婚姻届ください」
「はい。おめでとうございます。お二人の出生証明書を拝見できますか?」
言われるまま証明書を手渡すと、職員は何故か肩をびくっとすくめた。
「あの、どうかしました?」
不安げに問うメルディに、職員がはっと我に返る。そして、机の下から横長の紙を取り出すと、明らかに愛想笑いだとわかる笑みを顔に貼り付かせてこちらに差し出した。
「申し訳ありません。職人街にお住まいの方の受付はこちらではございませんので、この書類に必要事項をご記入の上、担当窓口にご提出頂けますか。あの角を曲がって突き当たりの部屋です」
「えっ、でも……。隣の人、職人街の人じゃ……」
腰に工具を下げているし、何より職人組合で見たことがある。隣人を指差すメルディに、職員は笑顔を崩さないまま、再度書類を差し出してきた。
「説明不足で申し訳ありません。職人街にお住まいで、かつ異種族婚の方が別窓口なんです。確認事項が多いので」
そこまで言われると、素直に受け取らざるを得ない。そのまま書類の記入台に向かうが、頭の中は疑問符だらけだ。
「そんなルールあったっけ?」
「まあ、とりあえず書いて行ってみようか。嫌な予感するけどね」
「それって、エルフの勘? 怖いんだけど……」
記入台には見本があったので、すぐに埋めることができた。書類の中の『夫となる人』『妻となる人』の文字に口元を緩ませつつ、最後にお互いの母印を押し、職員に言われた通りの部屋に向かう。
しかし、そこはどう見ても倉庫としか思えない空間だった。部屋中にダンボールが積み上げられていて、薄暗く、埃っぽい匂いもする。かろうじて奥に机らしきものが置かれていなかったら、そのまま回れ右していただろう。
「失礼しまーす……」
恐る恐る足を踏み入れたそのとき、メルディの眼前に巨大な影が立ちはだかった。悲鳴を上げそうになって、目が点になる。相手がよく見知った人間だと気づいたからだ。
「おじいちゃん! 何やってるの、こんなところで」
乏しい魔石灯の光を遮るようにこちらを見下ろすのは、濃いグリーンの鎧兜に身を包んだデュラハン――ゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタインだった。定年で引退するまで長らく国軍の長に君臨していた、リリアナの父親である。
「いつの間に軍事顧問から市役所職員に転職したのよ。ママは知ってるの?」
「いや、違うと思うよ。大方、最後の説得に来たってところでしょ。愛が重いなあ」
「黙れ、ハーフエルフ。リリアナは許したかもしれんが、俺はまだ納得してないぞ。そんなガキみたいな貧弱な体で俺の孫を守れるのか」
「ちょっと! レイさんになんてこと言うの!」
顔を真っ赤にして抗議するメルディに負けず、トリスタンが食い下がる。
「俺はお前のためを思って……。本当にそいつと結婚するのか? 異種族婚は大変だぞ。お前には、もっと相応しい男が……」
「おじいちゃんだって、ヒト種のおばあちゃんと結婚したくせに! ママとパパの結婚だって許したんでしょ。私はレイさんとしか結婚したくないの。せっかく十三年の想いが実ったのに、余計な事しないで! 何が私のためよ。おじいちゃんなんて嫌い!」
「き、嫌い……」
ショックを受けてよろめくトリスタンを見て、レイが素早く二人の間に入る。最初からこうなると踏んでタイミングを計っていたようだ。
「メルディ、言い過ぎ。君のためを思ってるのは本当だよ。異種族婚が大変だってのもね。トリスタンさまだって、自分が経験したから言ってるんだよ」
「そんなの、今さらおじいちゃんに言われなくてもわかってるわよ。全部承知の上で、私はレイさんと結婚するの!」
メルディが気炎を上げた瞬間、部屋の奥から笑い声が響いた。
「君の負けだよ、トリスタン。何を言ったってメルディは引かない。リリアナとアルティくんの娘なんだからさ」
よく見ると、奥の机にはもう一人誰かが座っていた。深くフードを被っているのではっきりわからないが、どうやらヒト種の中年男性のようだ。
男はメルディが怪訝な目を向ける中、おもむろにフードを外した。
うっすらとその身に流れるエルフの血を証明する金髪に青い目。穏やかな微笑み。何度か公式行事で見たことがある。目の前にいるのはこの国の王、アレス・フェルウィル・オブ・ラスタだった。
「お、王さま?」
「豪勢な受付だなあ。リリアナさんから頼まれたんですか? トリスタンさまが暴走しないように見張っててくれって」
「レイさんには先祖代々お世話になってるからね。リリアナとアルティくんたちにも、二十年前の借りが残ってるし」
のんびり頷くアレスに、そんな状況じゃないと思いつつ首をひねる。
「二十年前? それって、例の魔物暴走事件ですか? パパたちって、そんなにすごいことしたの?」
メルディが生まれるほんの二年前。詳細は不明だが、ラスタ全域で魔物の暴走が起こり、あわやモルガン戦争の二の舞になりかけた事件があった。
それを防いだのがリリアナをはじめとした国軍兵士たちと、アルティたち職人が作ったセレネス鋼製の鎧だったらしい。
リリアナたち自身は「大したことしてない」と言っていたから、ちょっと活躍したんだろうな、ぐらいに思っていたのだが。
「さあねえ。みんな多かれ少なかれ、すごいことしてるんじゃないの? メルディだって、作ったもので誰かの生活を支えてるでしょ。それと同じだよ」
いつもと変わらぬレイの様子にほっと息をつく。自分の両親が、まさか英雄なのかと考えるだけで怖い。
きっと、今までの労に報いてくれただけだろう。リヒトシュタインは高位貴族だし、その当主に請われれば王家としても無視できないだけだ。
「そうだよねえ。私の前じゃ、普通の親だもん。王さまったら大袈裟なんですから」
アレスはそれ以上何も言わず、にこりと微笑んだ。
「さあ、婚姻届を頂こうかな。お役所仕事は融通が効かないからね。一分過ぎても受け付けないよ」
「あっ、よろしくお願いします!」
慌てて差し出した書類を受け取ったアレスが、紙面に目を走らせて満足げに頷く。さすが国のトップ。確認が早い。
「はい、問題なく受理いたしました。おめでとう。これで二人は正式な夫婦だね」
「夫婦……」
甘美な響きに目を輝かせるメルディの手を、レイがそっと握った。
「そうだね。この瞬間から、君は名実共に僕の奥さんだ。不束な夫だけど、これからもよろしくね」
「こちらこそよろしく、レイさん。絶対に絶対に幸せにするからね!」
「レイって呼んでよ。僕たちはもう夫婦なんだから」
「ええ、まだ心の準備が……」
外聞も憚らず甘い空気を出す二人に、トリスタンが肩を怒らせて吠える。
「俺の前でいちゃつくな!」
「まあまあ。君だって生きてるうちにひ孫見たいでしょ。あんまりうるさく言うと、抱かせてもらえなくなっちゃうよ?」
「ひ孫……」
途端に大人しくなったトリスタンを見て、その場に笑い声が弾けた。
ようやく夫婦になれた。これで、レイと二人でどこまでも歩いていける。メルディの胸は、これから始まる新生活への期待に膨らんでいた。
しかし、メルディはまだ気づいていなかったのだ。結婚生活とは婚姻届を出してからが始まりだということに。
「うーん。壮観。こんなに物あったんだねえ」
夕焼けに照らされた店先で、メルディたちはレイが淹れたアイスコーヒー片手に一息ついていた。
ハンスが手配してくれた業者のおかげで本は綺麗さっぱりなくなり、代わりにブルーシートの上には大量の家具や魔具や生活用品がぎっしりと積まれている。
まだまだ余裕のありそうなデュラハンたちに対して、人一倍働いたアルティはもう息も絶え絶えだ。さっきから地面に倒れ込んでぴくりとも動かない。
「パパあ、しっかりしてよ。まだ中に戻す作業が待ってるんだからね。こんなところで寝ちゃわないで」
「……メルディ、パパはヒト種でもう若くないんだよ。もうちょっと、そっとしといて……腰痛い……」
「もー! 可愛い娘のためでしょ? 頑張ってよー!」
「あのう、レイさん……」
騒ぐ親子の横で、アイスコーヒーを飲み干したハンスが、地面に無造作に置かれた古い家具や古い服――いわゆる粗大ゴミをおずおずと指差した。
「この不要品、商会で引き取っていいですか? どれも年代物ですよね。マニアの間で高く売れそうです」
「いいよ。粗大ゴミに出さずに済むなら、こっちも助かる。これだけあると、いくらかかるかわかんないからね」
「ありがとうございます!」
早速ワーグナー商会に連絡するハンスの傍らで、近くの時計を見たラドクリフが「ねえ、二人とも」と声を上げる。
「今日中に婚姻届出すんでしょ? そろそろ役所閉まっちゃうよ。残りはやっとくから、早く行っておいで」
「えっ、もうそんな時間? レイさん、急ごう!」
「あ、お姉ちゃん!」
レイの腕を引っ張って市内馬車の停留所に駆けて行くメルディを、グレイグが呼び止める。
「何よ。急いでるんだけど」
「えーと……」
グレイグは続けるかどうか悩む素振りを見せたあと、結局諦めて小さく手を振った。
「ごめん。なんでもない。気をつけてね」
「? まあ、大丈夫でしょ。レイさんも一緒だし、婚姻届を出しに行くだけなんだから」
「だからだよ」
意味がわからない。真意を問いただす前に、グレイグは鏡台とタンスを担いで店の中に消えていった。
終業間際の市役所はそれなりに人がいた。
メルディたちが目指すのは市民課の窓口だ。そこに婚姻届を提出して受理されれば、晴れてレイと夫婦になれる。
気持ちとしてはウィンストンから首都に戻った翌日にでも出したかったのだが、一応社会人として、レイの親族の許可を得るまではと我慢していたのだ。
「パパたちのおかげで引越し準備も今日中に終わりそうだし、あとは私が工房の荷物をまとめて運ぶだけだね」
「それこそ、グレイグがいればすぐに終わるね。闇魔法なら一気に運べるし」
「持つべきものは闇魔法使いの弟だわ。今度何か奢ってあげようっと」
弾む気持ちを抑えつつ最短距離を進み、『市民課』と書かれたプレートが吊るされた区画に着く。
重厚な石造りの長テーブルには十人ほどの職員が横並びに座り、市民たちの応対に追われていた。運よく一つだけ空いていた窓口には、温和そうなヒト種の女性が座っている。
「すみませーん、婚姻届ください」
「はい。おめでとうございます。お二人の出生証明書を拝見できますか?」
言われるまま証明書を手渡すと、職員は何故か肩をびくっとすくめた。
「あの、どうかしました?」
不安げに問うメルディに、職員がはっと我に返る。そして、机の下から横長の紙を取り出すと、明らかに愛想笑いだとわかる笑みを顔に貼り付かせてこちらに差し出した。
「申し訳ありません。職人街にお住まいの方の受付はこちらではございませんので、この書類に必要事項をご記入の上、担当窓口にご提出頂けますか。あの角を曲がって突き当たりの部屋です」
「えっ、でも……。隣の人、職人街の人じゃ……」
腰に工具を下げているし、何より職人組合で見たことがある。隣人を指差すメルディに、職員は笑顔を崩さないまま、再度書類を差し出してきた。
「説明不足で申し訳ありません。職人街にお住まいで、かつ異種族婚の方が別窓口なんです。確認事項が多いので」
そこまで言われると、素直に受け取らざるを得ない。そのまま書類の記入台に向かうが、頭の中は疑問符だらけだ。
「そんなルールあったっけ?」
「まあ、とりあえず書いて行ってみようか。嫌な予感するけどね」
「それって、エルフの勘? 怖いんだけど……」
記入台には見本があったので、すぐに埋めることができた。書類の中の『夫となる人』『妻となる人』の文字に口元を緩ませつつ、最後にお互いの母印を押し、職員に言われた通りの部屋に向かう。
しかし、そこはどう見ても倉庫としか思えない空間だった。部屋中にダンボールが積み上げられていて、薄暗く、埃っぽい匂いもする。かろうじて奥に机らしきものが置かれていなかったら、そのまま回れ右していただろう。
「失礼しまーす……」
恐る恐る足を踏み入れたそのとき、メルディの眼前に巨大な影が立ちはだかった。悲鳴を上げそうになって、目が点になる。相手がよく見知った人間だと気づいたからだ。
「おじいちゃん! 何やってるの、こんなところで」
乏しい魔石灯の光を遮るようにこちらを見下ろすのは、濃いグリーンの鎧兜に身を包んだデュラハン――ゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタインだった。定年で引退するまで長らく国軍の長に君臨していた、リリアナの父親である。
「いつの間に軍事顧問から市役所職員に転職したのよ。ママは知ってるの?」
「いや、違うと思うよ。大方、最後の説得に来たってところでしょ。愛が重いなあ」
「黙れ、ハーフエルフ。リリアナは許したかもしれんが、俺はまだ納得してないぞ。そんなガキみたいな貧弱な体で俺の孫を守れるのか」
「ちょっと! レイさんになんてこと言うの!」
顔を真っ赤にして抗議するメルディに負けず、トリスタンが食い下がる。
「俺はお前のためを思って……。本当にそいつと結婚するのか? 異種族婚は大変だぞ。お前には、もっと相応しい男が……」
「おじいちゃんだって、ヒト種のおばあちゃんと結婚したくせに! ママとパパの結婚だって許したんでしょ。私はレイさんとしか結婚したくないの。せっかく十三年の想いが実ったのに、余計な事しないで! 何が私のためよ。おじいちゃんなんて嫌い!」
「き、嫌い……」
ショックを受けてよろめくトリスタンを見て、レイが素早く二人の間に入る。最初からこうなると踏んでタイミングを計っていたようだ。
「メルディ、言い過ぎ。君のためを思ってるのは本当だよ。異種族婚が大変だってのもね。トリスタンさまだって、自分が経験したから言ってるんだよ」
「そんなの、今さらおじいちゃんに言われなくてもわかってるわよ。全部承知の上で、私はレイさんと結婚するの!」
メルディが気炎を上げた瞬間、部屋の奥から笑い声が響いた。
「君の負けだよ、トリスタン。何を言ったってメルディは引かない。リリアナとアルティくんの娘なんだからさ」
よく見ると、奥の机にはもう一人誰かが座っていた。深くフードを被っているのではっきりわからないが、どうやらヒト種の中年男性のようだ。
男はメルディが怪訝な目を向ける中、おもむろにフードを外した。
うっすらとその身に流れるエルフの血を証明する金髪に青い目。穏やかな微笑み。何度か公式行事で見たことがある。目の前にいるのはこの国の王、アレス・フェルウィル・オブ・ラスタだった。
「お、王さま?」
「豪勢な受付だなあ。リリアナさんから頼まれたんですか? トリスタンさまが暴走しないように見張っててくれって」
「レイさんには先祖代々お世話になってるからね。リリアナとアルティくんたちにも、二十年前の借りが残ってるし」
のんびり頷くアレスに、そんな状況じゃないと思いつつ首をひねる。
「二十年前? それって、例の魔物暴走事件ですか? パパたちって、そんなにすごいことしたの?」
メルディが生まれるほんの二年前。詳細は不明だが、ラスタ全域で魔物の暴走が起こり、あわやモルガン戦争の二の舞になりかけた事件があった。
それを防いだのがリリアナをはじめとした国軍兵士たちと、アルティたち職人が作ったセレネス鋼製の鎧だったらしい。
リリアナたち自身は「大したことしてない」と言っていたから、ちょっと活躍したんだろうな、ぐらいに思っていたのだが。
「さあねえ。みんな多かれ少なかれ、すごいことしてるんじゃないの? メルディだって、作ったもので誰かの生活を支えてるでしょ。それと同じだよ」
いつもと変わらぬレイの様子にほっと息をつく。自分の両親が、まさか英雄なのかと考えるだけで怖い。
きっと、今までの労に報いてくれただけだろう。リヒトシュタインは高位貴族だし、その当主に請われれば王家としても無視できないだけだ。
「そうだよねえ。私の前じゃ、普通の親だもん。王さまったら大袈裟なんですから」
アレスはそれ以上何も言わず、にこりと微笑んだ。
「さあ、婚姻届を頂こうかな。お役所仕事は融通が効かないからね。一分過ぎても受け付けないよ」
「あっ、よろしくお願いします!」
慌てて差し出した書類を受け取ったアレスが、紙面に目を走らせて満足げに頷く。さすが国のトップ。確認が早い。
「はい、問題なく受理いたしました。おめでとう。これで二人は正式な夫婦だね」
「夫婦……」
甘美な響きに目を輝かせるメルディの手を、レイがそっと握った。
「そうだね。この瞬間から、君は名実共に僕の奥さんだ。不束な夫だけど、これからもよろしくね」
「こちらこそよろしく、レイさん。絶対に絶対に幸せにするからね!」
「レイって呼んでよ。僕たちはもう夫婦なんだから」
「ええ、まだ心の準備が……」
外聞も憚らず甘い空気を出す二人に、トリスタンが肩を怒らせて吠える。
「俺の前でいちゃつくな!」
「まあまあ。君だって生きてるうちにひ孫見たいでしょ。あんまりうるさく言うと、抱かせてもらえなくなっちゃうよ?」
「ひ孫……」
途端に大人しくなったトリスタンを見て、その場に笑い声が弾けた。
ようやく夫婦になれた。これで、レイと二人でどこまでも歩いていける。メルディの胸は、これから始まる新生活への期待に膨らんでいた。
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