歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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幕間 カーテンコールのその後で

40場 引っ越し準備と婚姻届①

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「ええ……。ちょっとパパ、全然引っ越し準備進んでないじゃない。このままじゃ、一緒に住めるようになるまでに年越しちゃうよお」
「仕方ないだろ! なんだよ、この本の量! 運んでも運んでも終わんないんだよ!」

 首にタオルをかけ、全身汗びっしょりになったアルティが、レイの店先に積んだコンテナの中を指差す。そこには古今東西ありとあらゆる魔法書が、蟻一匹入る隙間もないぐらいぎっちりと詰め込まれていた。

「百二十年分だからなあ。地下室にもあるし」
「だから定期的に整理しろって言ったじゃん! 普段きっちりしてるのに、なんで本の整理だけはダメなんだよ!」

 叫ぶアルティに呼応するように、店のドアが開いた。

「アルティ君、これはダメだね。個人で出来る範疇を超えてる。業者に頼んで一気にやった方がいいよ」
「そうですね。ワーグナー商会で手配しましょうか? 最近、古美術品の配送も始めたんです。古書専門の配送人を呼びますよ」

 店の中から現れたのは、ルビーみたいに真っ赤な鎧兜を着たデュラハンと、海みたいに深い青色の鎧兜を着たデュラハンだった。この暑いのにフル装備である。

 二人ともグレイグを越える体格の良さなので、揃って見下ろされると圧迫感がすごい。

「て、手伝ってくれてるのって、ラドクリフさんとハンスさんだったの? ご近所さんたちにお願いするんじゃなかったの?」

 赤い鎧のラドクリフはエスメラルダの叔父で、国軍士官学校の校長。青い鎧のハンスは母親の部下で、首都の治安を守る警備隊と消防隊の責任者だ。こんなところで肉体労働をさせていい立場の人間じゃない。

「組合の職人たちは、君たちの披露宴会場の建設にかかりっきりになってるからね。パワーのあるデュラハンは適材適所でしょ」

 恐縮するメルディを宥めるように、ラドクリフが笑う。

「それに最近、時間に余裕があるんだ。エミィは教会の仕事で忙しいし、マーガレットもロビンとかいう熊のぬいぐるみと仲良くしてるし、士官学校は夏休み中だしね」
「僕は最初から選択肢ありません。連隊長には逆らえませんから」

 ハンスはリリアナのことを昔の役職名で呼ぶ。アルティの敬語と同じで、染み付いてしまっているらしい。なんでも二十年以上前からリリアナの部下として苦労……いや、頑張ってくれているそうだ。

 ロビンもマルグリテ家で楽しくやっているみたいで安心した。ラドクリフ曰く、最近はどこに行くのもマーガレットと一緒なのだとか。

 新しい春が来たということだろうか?

 喜ばしい反面、ウィンストンでは常にそばにいてくれただけに、ちょっとだけ寂しい。

「懐かしいなあ。こんな本、あったあった」
「ちょっと、やめてよレイ。それ、やり出すと終わらないやつだから」

 コンテナの中の本を手に取るレイを、アルティが慌てて止める……が、ちっとも聞いちゃいない。

 次々ページをめくっては、にこにこと嬉しそうに笑っている。その手つきも目つきもとても優しくて、レイが本をどんなに愛しているか伝わってきて胸が痛んだ。

「ねえ、レイさん。本当にいいの? 本を全部手放すなんて」

 レイの店舗兼住居はシュトライザー&ジャーノ工房よりも小さい。つまり、収納スペースには限りがある。

 メルディの持ち物は一般的な女子に比べて少ないが、それでもゼロというわけにはいかない。そのまま詰め込めば、足の踏み場もなくなるのが目に見えていた。

 だから、レイは二人で暮らすスペースを確保するために、店の本を王城の魔学研究所に寄贈すると言ったのだ。

 何しろ貴重な文献たち。王城側は狂喜乱舞で専用の書庫まで増設してくれる上、閉架にしてレイ以外には貸し出し禁止にしてくれるらしいが、それでも手元からなくなることには変わらない。

「いいよ。読みたくなったら、いつでも読みにいけるしね。それに、頭の中には全部入っているから。僕にはこの本さえあれば十分なんだ」

 レイはコンテナとは逆の位置に広げた、店に残すものを置くブルーシートの前に移動すると、汚さないよう丁寧に布で包まれていた本を手に取った。

 何度も何度も読み込んだのだろう。修繕を重ねた表紙には『魔法紋理論体系 ルミナス・セプテンバー著』と文字が見える。本の隙間からも、色とりどりの付箋がいくつも飛び出していた。

「それって……。魔法紋の創始者が書いたって本?」
「そう。僕の原点。これね、父さんが最後に手に入れてくれた本なんだ。昔は本って貴重だったから、なかなかウルカナまで回ってこなくてさ。僕の手元に届いたのは父さんが亡くなったあとだった。これを読んで、僕は魔法紋の道に進むと決めたんだよ」

 メルディとアルティから同時に喉が詰まった音がした。次いで鼻を啜る音も。そんな二人を見て、レイが困ったように笑う。

「相変わらず、君たち親子は涙もろいね。別に泣かせるつもりじゃなかったんだけど」

 本を元に戻し、メルディにハンカチを渡したレイが、元気づけるように殊更明るい声で続けた。

「さあ、引っ越し準備を再開しようか。手間をかけて申し訳ないけど、ハンスくんは業者呼んでくれる? ラドクリフくんも、もうちょっと付き合ってね。泣いてる暇はないよ、メルディ。一分一秒でも長く君と居たいからね」
「レイさん……!」
「……親の目の前で娘を口説かないでくれる?」

 感動するメルディに反して、涙を拭ったアルティがレイを睨む。そのとき、道の向こうから「お姉ちゃーん」と聞き慣れた声が届いた。

「お帰りー。無事にお姑さんたちとお話しできた?」
「グレイグ! ただいま! 無事に仲良くなれたわよ。何をかついで来たの?」

 グレイグの両肩には丁寧に梱包された大きな荷物が抱えられている。右肩は台形、左肩は長方形だ。

 新しい家具だろうか。首を傾げるメルディに目を細め、グレイグは荷物をどしんと地面に下ろした。

「お姉ちゃんの鏡台とタンス。今日届いたんだ。ルフト伯父さんたちからのお祝いだよ。できる限りコンパクトにしてもらったから、本をどけたら十分置けると思うよ」
「えっ、ひょっとして作ってくれたの? いつの間に……」
「結婚が決まった直後かな。工房の部屋も狭かったもんね。今まで持ってなかったんでしょ? レイさんとママが、それじゃ可哀想だからって相談したら作ってくれたんだって。あとでお礼言っておきなね」

 ルフトはアルティの一番上の兄で、双子の弟と共にルビ村で大工の職についている。家具はお手のものとはいえ、こんな短期間で二個も作ってくれるとは。

 震える手で梱包を外す。メルディの好みを汲んでか、鏡台もタンスもシンプルな白木で統一されていた。取っ手が緑色なのは、レイの瞳の色に合わせてくれたのだろう。

 今まで化粧は部屋の机に小さな鏡を置いてしていたし、服は適当な木箱に放り込んでいた。

 自分の鏡台とタンス。必要だと思ったことはないけれど、実際に見ると胸がじんとする。

「ママ、ずっと気にしてたらしいよ。年頃の娘なのに鏡台もないのかって」
「えっ……。なら、もっと早く言ってくれれば。俺だってそのぐらいの甲斐性は……」
「パパは実用性重視で、そういう情緒わかんないからダメだってさ。お姉ちゃんもパパに似て自分のことには無頓着だしね。いい機会だと思ったんじゃない」

 容赦ないグレイグの言葉にアルティが肩を落とす。それを慰めるラドクリフとハンスたちを背に、メルディは袖を捲った。

「よし、頑張るわよー!」
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