歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

文字の大きさ
上 下
34 / 88
1幕 大団円目指して頑張ります!

34場 静かな夜

しおりを挟む
 夜も更けたホテルの中はあまり人気がない。

 アイスブルーのカツラとホテルの寝巻きに身を包み、向かうのは大人の雰囲気が漂うバーだ。

 宿泊者のみ利用可なので、ドレスコードはないと部屋のガイドブックに書いてあった。

 入り口に立つ店員から出生証明書の提出を求められたが、視界の先に座る男を指差し、不機嫌そうに「連れなんだけど」と言うと中に入れてくれた。

 こういうとき、デュラハンは便利だ。偉そうにしていれば、周りが勝手に大人だと思ってくれる。

 丸い背中でグラスを傾ける男の隣の椅子に座る。綺麗な金髪に長い耳。エルフだ。エルフの男はグラスを置くと、翡翠色の瞳で気だるげにグレイグを見た。

「何しに来たの、グレイグ。こんな夜中に」
「こんばんは、色男さん。大事な奥さんをほっぽってていいの?」
「メルディならぐっすり寝てるよ。朝まで起きないんじゃない? あの子、眠り深いし、疲れてたみたいだしね」

 疲れさせたんでしょ、と言い返そうと思ったがやめた。身内のそういう話には触れたくない。

「子供が来るとこじゃないって言わないんだ?」
「今日は特別。飲みたいなら飲んでもいいよ。お兄さんが奢ってあげる。酔い潰れても運んであげないけど」
「遠慮しとくよ。ママに殺されるから」

 ガタイのいいデュラハンがブドウジュースを頼んでも、バーテンダーは眉ひとつ動かさなかった。さすが高級ホテル。

「なんで気づいたの。僕がここにいるってこと」
「気づくよ。僕の部屋、同じフロアにあるんだよ。こんな夜遅くにお姉ちゃんの部屋から出てきたら、なんかあったなって思うじゃん。だから、あとつけてきた。気配を殺すのは闇属性の十八番だし、レイさん、いつもと違ってぼうっとしてんだもん。余裕余裕」
「デュラハンって感覚が鋭いから嫌だね。隠し事一つできないよ」

 顔をしかめたレイが、バーテンダーに要求したタバコを咥えて慣れた手つきで火をつける。赤ん坊からの付き合いだが、こうして喫煙するところは初めて見た。

「レイさんってタバコ吸うの?」
「八十年前ぐらいに、ちょっとだけね。でも、すぐにやめた。頭ぼうっとするし、イライラするのも嫌だから。でも、今夜は吸いたい気分なんだ。煙たかったら部屋に帰んな」

 そう言いつつ、煙を吐くときはグレイグから顔を背けてくれる。メルディもこういうところを好きになったんだろうな、と天井に昇っていく煙を見ながら思う。

「お姉ちゃんとこうなったこと、後悔してる? 領地で、僕が重荷だなんだ言ったから」
「重荷だなんて思わないよ。後悔もしてない。ただ、年甲斐もなくがっついたなって反省してるだけ。もっとスマートに事を運ぶつもりだったんだけどねえ」

 タバコを咥えて眉を寄せるレイに、小さな笑みが漏れる。

「レイさんでも、お姉ちゃんに格好つけたいって思うんだ」
「そりゃあね。男って、いくつになってもそういうとこあるでしょ。アルティだって、リリアナさんの前では格好つけてるよ。見抜かれてるかもしれないけどね……。君もそのうちわかるよ」

 ふうっと煙を吐き出し、酒を口に含む。

 エルフの美貌も相まってか、思わずドギマギするほど様になっている。普段は見せないだけで、レイは父親よりも経験を積み重ねてきた大人なのだ。

 改めて、歳の差を乗り越えて想いを成就させたメルディに感心する。元々、好き合っていたとはいえ、レイがメルディの気持ちを受け入れるには、まだまだ時間がかかるかもしれないと思っていた。

 寿命の差という覆せないものがあるし――それに、エルフは達観しているように見えて、実は寂しがり屋なのだとアルティが言っていたから。すぐに死ぬヒト種を伴侶に選ぶには、大きな覚悟が必要だったはずだ。

「お姉ちゃんをもらってくれて本当にありがとう。でも、正直びっくりしたよ。いきなり結婚まで話が進むなんてさ。廃坑に行く前は、自分がどうしたいかわかんないって言ってたのに」
「ドレイクに言った言葉通りだよ。メルディがマルクスに捕まって、もう二度とこの手に戻らないかもしれないって思ったとき、倫理観も恐怖も全部吹っ飛んで、残ったのが『メルディを手に入れたい』って本能だった。結局僕も一匹のオスだったってことさ」

 あけすけな言葉に目を丸くする。これまでなら絶対に聞けなかっただろう。酒が入っているからか。それとも、身内になったからか。

 わからないが、レイの心に触れる許可を得たようで胸が弾んだ。グレイグとて、子供の頃からそばにいたレイのことを敬愛しているのだ。

「偽物作りは阻止できたし、レイさんは新しく家族になるし、何より誰も死ななかった。この旅は大団円で終わるってことでいい?」
「どうだろうね。オルレリアンに死刑の判決が下ると、だいぶ後味悪くなっちゃうけど」
「お姉ちゃんにあんなことしても?」
「それははらわたが煮えくり返るほどムカつくけどね。残されたラグドール民のためって事情はわからなくもないし……。それに、もう戦争は懲り懲りだよ」

 もしリアンを処刑すれば、また新たな憎しみの種が生まれる。それを危惧しているのだろう。レイの言葉は、どんな歴史の授業よりも重くて現実味があった。

「となると、他の人たちもだよねえ。ブラムや闇ギルドの連中はどうでもいいけどさあ。マルクスはどうなるんだろう。あんまり酷い判決だと、お姉ちゃんが悲しんじゃうよね。ご領主さまだって、何らかのペナルティはあるだろうし」
「情状酌量の余地があっても、不法入国者だからね。過去の判例と照らし合わせても、国外追放ってとこかな……。ブラムは、しばらくの間営業停止だろうね。ドレイクが矯正してくれると思うよ。元々はドワーフの横穴出身だし、腕は悪くないんだろうからさ」

 すらすらと出てくるのはさすがだ。黙って耳を傾ける。耳ないけど。

「闇ギルドの連中は懲役確定で、ご領主さまは……貴族間のバランスを保たなきゃいけないから、爵位の剥奪はないだろうけど、君のおじいちゃんがシメるでしょ。あの人、孫バカだからね。今頃、大剣研いでるかも」
「ええ……。もういい歳なのに……。大人しくしといてほしいんだけど」

 ぼやくグレイグに、レイが肩をすくめる。

「無理だね。僕が知る限り、リヒトシュタイン家の人間が大人しかったことなんて一度もない。うっかり殺さないよう気をつけときなよ」
「それって、百年以上好戦的ってこと? 確かにママもお姉ちゃんも血の気多いし、パパもああ見えて怒ると怖いけどさあ……。どんな一族なの?」
「知りたい?」

 一瞬頷きそうになったが、ふと思い直して首を横に振った。なんだか、知らなくていいことまで知りそうな気がする。

「やめとく。エルフの話は長いから、聞くなら徹夜を覚悟しとけってママが言ってた」
「それは純血のエルフの場合でしょ。僕はハーフエルフだから、時間の感覚はヒト種と変わんないよ」

 そうだろうか。たまに「ついこないだ」の基準が数十年単位だったりするけど。

 首を捻るグレイグの横で、レイは短くなったタバコを灰皿に押し付けると、いつもみたいに頬杖をついた。

「君もしっかりリヒトシュタインの血を継いでるよ。たぶん、君の子孫もそうだろうね。今から楽しみだ」
「ちょっと、やめてよ。そういうレイさんこそ、うちの一員になるんでしょ。パパたちにどう説明するつもり?」
「どうもこうも、そのまま言うよ。嘘ついたってしょうがないでしょ。自分がやったことの責任は取らなきゃね」

 残った酒を飲み干して、レイは笑った。もうとっくに心の準備は出来ているらしい。グレイグが同じ立場になったら、ここまで堂々としていられるだろうか。

「パパとママのこと、お義父さんとお義母さんって呼ぶの?」
「嫌がるだろうなあ。特にアルティ。口にした途端に金槌でぶん殴られそう」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが止めてくれると思うし」

 レイがふっと息を漏らした。

「そうだね。頼りになる奥さんで嬉しいよ」

 ふいに沈黙が降り、バーテンダーがグラスを磨く音だけがその場に響く。けれど、嫌な静けさではなかった。

「……なんだか、いい夜だね。旅が終わっても、またこうやって過ごせるかな」
「これから何度だって過ごせるよ。僕たちは家族なんだから。君が成人したら、おすすめの酒場に連れてってあげる。アルティも一緒にね」

 今までは口にすることもなかった未来の約束。

 込み上げてきた涙を隠そうとブドウジュースを啜るグレイグを横目に、グラスの縁をなぞっていたレイが、思いついたように顔を上げた。

「そういえば、廃坑に行く前に何か言いかけてたよね? あれは何だったの?」
「お姉ちゃんはレイさんが逃げても地獄の果てまで追いかけていくと思うよ、って」

 一瞬の間のあと、レイが盛大に吹き出した。

「違いないねえ。愛されすぎて困っちゃうよ」

 その目尻には涙が浮かんでいるような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

処理中です...