歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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1幕 大団円目指して頑張ります!

30場 魔法紋師の本領発揮

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「誰だ? どこにいる!」
「聞こえなかった? 放せって言ってんの」

 次の瞬間、マルクスの腰のポーチが独りでに開き、中から大量の石つぶてが飛び出した。

 闇の中で淡く発光する白銀色の輝き。セレネス鉱石だ。風魔法で操っているのか、巧みにメルディの脇をすり抜け、大きく身を引いたリアンに向かっていく。

「まさかラグドールの残党が裏で手を引いてたなんてね。本当にしつっこいなあ」

 続いてポーチの中から現れたのは見慣れた金髪。そして、美しい翡翠色の瞳に小柄な体。

 地面にうずくまって咳き込むメルディを背後から抱きしめ、リアンにまっすぐ杖を突きつけるその目は、険しく細められていた。

「レイさん!」
「相変わらず君は無茶するね。なんで大人しく待ってられないかな。いきなり移動するから焦ったよ」
「どうして、私の居場所がわかったの? 移動してるのも……」

 レイはそれには答えず、メルディの耳に唇を寄せて囁いた。

「僕のポーチから布を出して結界を張るんだ。この魔素だまりの中じゃ、どれくらい効果があるかわからないけど、ないよりましだ」

 こくりと頷いて腰のポーチから布を引き出し、地面に広げる。布には魔法紋がびっしりと縫い留められていた。

「いい子だね。このセレネス鉱石を持って、絶対にその上から動くんじゃないよ。マルクス、意識があるならお師匠さんを運びな。君はこっち側だ。寝てる暇はないからね」

 近くに転がっていたセレネス鉱石をメルディに手渡し、レイはその場に立ち上がった。

 視線の先では、襲いくるセレネス鉱石を赤黒いもやの中に飲み込んだリアンが苦しげなうめき声をあげている。効果はあるようだが、浄化するまではいかなかったらしい。

 セレネス鉱石に含まれている聖の魔素は生半可な量ではない。それに耐えるとはモルガン王に匹敵する魔力なのか。もしくは、この魔素だまりがリアンに力を与えているのか。

「あいつ、モルガン王レベル?」

 トゥールを結界の中に運び終え、ふらふらと横に並んだマルクスにレイが問う。

「いえ、そこまででは……。一度に操れる人間も二、三人ぐらいで……」
「なるほど。なら魔素だまりのせいか。魔属性は適性が大きく左右する。さぞかし怒りと憎しみの多い人生だったんだろうね。同情するよ」
「百二十年前の死に損ないめ。どうして、マルコシアスの正体がわかった」

 痛みに耐えるように前屈みになり、リアンが憎々しげに歯軋りをする。しかし、攻撃してくる素振りはない。魔素だまりの魔素を吸収して、失われた魔力が回復するのを待っているのかもしれない。

 レイも出方を見ているのか、それともセレネス鉱石が尽きたからか、追撃したりはしなかった。

「こっちには聖属性持ちがいるんでね。ご領主さまとブラムの洗脳を解かせてもらった。あとはマルクスのポーチの製作者を辿ったのさ。それでメルディを運んだと踏んでね」
「魔属性の魔法だと気づいたのか? 二人とも赤目化はしてなかったはずだ」
「僕は君のご先祖さまと戦ってるんだよ? あいにく経験は豊富なんだ。マルクが魔属性の使い手だとすれば、納得できる符号はいくつもあった。リヒトシュタインの森でメルディが調子を崩したのもそのせいさ。ロビンも反応してたしね」

 そういえばそうだった。血の匂いで酔ったのではなかったのか。あのときは聖の魔素が抜け切っていなかったのだろう。

「どうやって俺のポーチに……?」

 呆然と呟くマルクスに、レイが自分のポーチから取り出した紙を投げ渡した。

「工房に残ってたよ。ポーチの設計図だ。君のお師匠さんが作ったものだったんだね。いや、共同開発者かな? 完成品は魔石だけど、試作品には君の魔力が使われていた。なら、解析して辿り着くことは可能だ」

 マルクスが絶句する。

 個人の魔力には、取り込んだ魔素や生命力が複雑に絡み合っている。国お抱えの技術者でない限り、解析するには相応の時間が必要だ。こんなに早く終わらせるなど、並大抵の腕ではできない。

「さすがに魔力のパターンを書き残しててくれなかったら無理だったけどね。お師匠さんがマメな性格で助かったよ。――おっと、それ以上近づくんじゃないよ」

 杖を突きつけられ、リアンが二の足を踏む。軽い口調で話しつつも隙のないレイに、リアンは手を出しあぐねているようだった。

「……それよりメルディ、その顔どうしたの? 服は?」
「あっ、こ、これは……」

 殴られた上にナイフで切り裂かれていたのを忘れていた。あわあわと胸元を隠すメルディに、レイの肩がぴくりと跳ねる。

 誤解を与えたかもしれない。慌てて「さ、最後まではされてない」と答える。

「そう」

 地を這うような低い声がした。

「オルレリアンって言ったっけ? 君は僕の逆鱗に触れたようだね。その歪んだ根性を叩き直してあげるよ。おいたをした子供を叱るのは大人の責任だからね」
「この魔素だまりの中で、聖属性じゃないお前に何ができる!」

 オルレリアンが吠え、赤黒い鞭をレイに放った。

 魔属性を浄化するには聖属性の魔力を注ぎ込むか、セレネス鉱石をぶつけるしかない。聖属性が他属性を弾く性質を持っているのとは逆に、魔属性は他属性を全て飲み込む性質を持っているのだ。

「魔法紋師を舐めんじゃないよ」

 薄く笑ったレイが背負っていたリュックを下ろし、ショートローブを脱ぎ捨てた。その両腕には魔法紋が刻まれている。

 右腕を薙ぐ仕草をしたと同時に、杖と腕の魔法紋が白く光り、赤黒い鞭を弾き飛ばした。聖属性の簡易結界だ。

 レイの杖は聖属性を帯びたセレネス鋼で作られている。たとえ本人が聖属性でなくとも、魔法紋を書けば、ある程度の魔法は発動するのだ。

「マルクス! メルディを頼んだよ!」

 ポーチからスクロールを取り出したレイが、リアンに向かって杖を振るう。

 広げたスクロールの中心に闇が生まれ、その中からセレネス鉱石が次々に飛び出していく。闇属性の転送魔法だ。グレイグの闇から送り込んでいるのだろう。

「まだまだ!」

 さらなる杖の一振りでリュックの蓋が開き、一瞬では数え切れないほどのスクロールが飛び出してきた。そこから生まれた闇から伸びるのはセレネス鋼製のワイヤーだ。

 しかし、リアンは氷の魔法も使えたらしい。その右手の動きに合わせて、スクロールが凍りついて砕け散っていく。

 闇が消え、途中で破断されたワイヤーが無惨な音を立てて地面に落ちる。勝利を確信したのか、リアンの口元に笑みが浮かんだ。

「全部潰せば魔法を使えなくなると思った? 甘いなあ!」

 杖の動きに沿って風が巻き起こり、リュックから吐き出された大量の金属片がレイの周囲を取り囲んだ。ストロディウム鋼板だろうか。銀色の板の一つ一つには、魔語で綴られた文字が刻まれている。

 それが組み合わさるたびに、生まれた闇から違う武器が吐き出されてはリアンに向かっていく。全てセレネス鋼製だ。一体どれだけ準備してきたのか。その勢いに、リアンが徐々に押され始める。

「なんだ、この出鱈目な物量は! 複数の闇と繋げているのか? そんなことをすれば、すぐに魔力が枯渇するはずだ! どこにそれだけの魔石を隠し持っている!」
「魔素ならここに充満してんじゃん。それを魔力に変換する魔法紋を使ってるだけさ。文字さえ揃えばいくらでも魔法紋は組めるからね。ここはセレネス鉱脈が眠るグロッケン山だ。鉱石は腐るほどあるよ。ドワーフたちが作った武器もね」
「そんな馬鹿な話があるか! 瞬時に文字を並び替えて魔法を放つなんて、どれだけ高度な魔法紋を組めば……!」
「僕は百年以上、魔法紋に人生を捧げてきたんだよ。これぐらいわけないさ。君の世界がそれだけ狭いってことだ。わかったら観念しな。お子さまが!」

 レイの一喝と共に、セレネス鋼に触れた赤黒いもやから眩い光が迸った。聖の魔素がリアンの魔力を上回り、魔属性が浄化され始めているのだ。

 これ以上長引けば勝ち目はないと悟ったのか、獣のような雄叫びを上げ、リアンがこちらに駆けてくる。その手には鈍く光るナイフ。さっきメルディから取り上げたものだ。

 魔法紋師を相手にあまりにも無謀な行動に、マルクスが「もう理性が残ってないのか……?」と呟く。その瞬間、ナイフの切先に闇が生まれた。

「レイさん!」

 メルディの喉から悲鳴が漏れた。結界で弾くには距離がなさすぎる。リアンから放たれた闇が、レイを飲み込もうと襲いかかった。

「甘いって言ったでしょ」

 レイが杖を大きく上に振る。直後、天井を突き破って生えてきた木の根が、眼前に迫った闇を貫いて霧散させ、そのままリアンを拘束した。

「ロビン!」

 レイの号令とともに、レイが脱ぎ捨てたショートローブがもぞもぞと動き、中からロビンが飛び出してきた。その手には拳大のセレネス鉱石が握られている。

 ロビンはレイが生んだ風に乗って高く跳躍すると、もがくリアンの顔面目掛け、セレネス鉱石を思いっきり振り下ろした。

 刹那、白い光が洞窟内に迸り、メルディたちを包んで消えていく。さすが聖属性持ちだ。単純にセレネス鉱石やセレネス鋼製の武器で攻撃するのと威力が違う。

 あとに残ったのは、完全に沈黙したリアンと、目を丸くしたメルディたちだけだった。

「まあ、こんなもんだよ。これだけセレネス鉱石をばら撒けば、魔素だまりだって薄まるさ。魔属性の魔力が弱まれば、他属性で拘束するのも可能だからね」
「オルレリアンが闇属性も持っていると、どうしてわかったんですか?」
「ヘッドライトの明かりがあったとはいえ、こんな暗闇の中であれだけ動けるのは闇属性ぐらいでしょ。それに魔法使いってのは、大抵切り札を隠し持ってるもんだからね。最後の最後で何か仕掛けてくると思ってたよ」

 こともなげに言うレイに、マルクスが呆れた表情を浮かべる。

「……あなたって人は、どれだけ規格外なんだ」
「そうでもないよ。伊達に長生きしてないだけ」

 ふ、と口元を緩め、レイはいつも通りの仕草で肩をすくめた。
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