歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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1幕 大団円目指して頑張ります!

26場 張られた罠

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「やだ……。やめて……。来ないで……」
 
 静寂が戻った牢の中で、メルディは身を震わせながら後ずさった。

 リアンはマルクを弟だと言っていた。つまり、最初からメルディを騙していたのだ。さっきは助けてくれたけど、何をするかわからない。
 
「メルディ、落ち着いて。俺は君に何もしない。だから、その傷の治療をさせて。唇から血が出てる。首も……」
「いや! 拘束されて信じられるわけないでしょ。ずっと嘘をついてたくせに。近寄らないでよ!」
 
 メルディの拒絶に、マルクは傷ついた顔をした。伸ばした手を下ろし、力なく肩を落とす。
 
「わかった。これ以上近寄らない。謝って済むことじゃないけど、本当にごめん。師匠の命を守るにはこうするしかなかったんだ」
「ブラムのこと? でも、あれは嘘なんじゃ……」
「全部が全部嘘じゃない。俺の師匠の名前はトゥール・モデストス。鉄錆通りに工房を構えるデュラハンの防具職人で、魔機や魔具の製作も請け負う魔技師。俺のポーチも、師匠が作ったものなんだよ」
「トゥールって……ブラムの唯一のお友達だったって人? 職人なのは本当なの? ううん。それよりも私を捕まえて何をするつもりなのよ!」
 
 混乱して頭を抱えるメルディに、マルクは苦痛に満ちた顔で右腕を胸の前に掲げた。
 
「順を追って話すよ。この腕にかけて、二度と嘘は言わない。約束する」
 
 職人にとって、腕をかけるのは命をかけるに等しいことだ。思わずごくりと喉が鳴る。

 確かに、リアンも「師匠の命が惜しいなら」と言っていた。閃光弾の魔法紋を改造する腕前も見ている。マルクがトゥールの弟子だというのは本当なのかもしれない。
 
「……わかった。教えて。何が本当で、何が嘘なのか」
 
 マルクはこくりと頷くと、静かな声で語り始めた。
 
「俺の本当の名前はマルクス・ラッセン。母親は緑の目のハーフエルフ。父親は二十一年前にラスタに滅ぼされたラグドール公爵。オルレリアンは俺の異母兄だ。ラッセンは母方の姓だよ。母親はラグドール家に仕える魔法使いで、父親とは正式に結婚していなかった。どういうことかはわかるよね?」
 
 黙って頷く。愛人、もしくは意に染まらぬ行為の結果か。とても口に出したくはない。
 
「母親が俺を身ごもったとき、ラグドールは瓦解した。その混乱の最中に、ウィンストンまで逃げてきたんだ。この国には色んな種族が多く暮らしていたし、何より豊かだったから、女が一人で子供を産んでもなんとかやっていけた」
「じゃあ、お父さんがお母さんに嫉妬してたってのは……」
「あれは嘘。ああ言えば君がレイさんと距離を取るんじゃないかと思って。本当の年齢も二十歳だ。君よりも年上だね」
 
 ひどい。ひどすぎる。渋面を浮かべるメルディから目を逸らし、マルク――いや、マルクスはぎゅっと両手を組んだ。何かを耐えるように。
 
「魔物に村を襲われて師匠に拾われたって言ったよね。あれは本当。師匠もモルガン戦争で家族を亡くしていたから、俺たちは親子みたいにお互いを支え合うようになった。大変なこともあったけど、とても幸せだったよ。ずっとこの生活が続けばいいと思ってたんだ。でも……」
 
 そこで言葉を切り、マルクスは唇を噛んだ。
 
「あのコンテストに、俺も応募してたんだ。結果は惨敗。優勝は俺よりも年下の少女。夜も眠れなくなるほど嫉妬したよ。だから作ったんだ。君の鎧の偽物を」
「えっ……」
「俺が師匠から受け継いだ技術は、決して負けてないって証明したかった。森で俺が持ってた鎧を見たよね。あれは俺が作ったものだ。ブラムのと比べて出来が良かっただろ?」
「なっ……なんでよ! なんでそんなこと!」
 
 自分から近寄るなと言ったことも忘れ、マルクスの胸ぐらを掴む。手首に手錠が食い込んで痛みが走ったが、そんなことを気にしている場合じゃない。
 
「コンテストに落ちたからって何よ! それを次に活かせばいいじゃない! 技術を磨き続けてこそ職人でしょ! 私……あなたのこと、密かにライバルだって思ってたのに!」
 
 ライバル。その言葉にマルクスははっと息を飲むと、大きく顔を歪めた。
 
「……師匠にも同じことを言われたよ。俺、恥ずかしくなって工房を飛び出したんだ。一晩中街をうろついてようやく頭が冷えて、師匠に謝ろうと戻ったら、あいつが……。オルレリアンが仲間を連れて師匠を取り囲んでた」

 そのときのことを思い出したのか、大きく身を震わせる。
 
「あいつはずっと探してたんだ。ラグドールの血を引く俺を。両親の力を受け継いで、闇と魔属性の魔力を持つ俺のことを」
「魔属性? でも、目が……」
「魔力をコントロールすれば赤目は抑えられるんだ。ただ、強い魔法を使うか、激しい感情に飲まれるとオルレリアンみたいに赤目に変わる。ラクドールは代々魔属性に適性がある一族なんだよ。十三年前に故郷の村を襲った魔物たちは、まだ不安定だった俺の魔力に当てられて凶暴化した。母さんや村のみんなが死んだのは俺のせいなんだ」
 
 目尻からこぼれた涙がメルディの手の甲を濡らしていく。それ以上何も言えなくて、メルディはマルクスから手を放した。

 リアンはその事件で気づいたのだろう。マルクスがラスタで生きているということに。
 
「オルレリアンの目的はラグドール自治区の待遇改善と、君の母親への復讐だ。そのために、俺の贋作を利用して君を罠に嵌めることにした」
「罠……?」
「ブラムと領主に、赤目化しない程度の洗脳魔法をかけたんだよ。ブラムも君に嫉妬していたから、洗脳するのは簡単だった。父親にコンプレックスを抱いていたご領主さまもね。その上で、闇ギルドの連中とブラムを引き合わせて、俺はウィンストンを出たんだ。君に会いに行くために」

 魔属性は心の隙を利用して、相手を操れる。領主の目が虚だったのはそのせいだ。ブラムが贋作を量産できたのも、マルクスがノウハウを渡したからだろう。
 
「私を誘き出すために偽物をばら撒いたっていうの? そんなことしたって、私がウィンストンに行くとは限らないじゃない!」
「君の気性は職人界隈では有名なんだよ、メルディ。贋作なんて絶対に許さないと思っただろ? 実際に君は自ら首都を出たじゃないか。まさかリヒトシュタイン領で会うとは思わなかったけどね」
 
 ぐっと喉が詰まる。全てはリアンたちの手のひらの上だったのだ。

 市場に流した偽物に屋号紋を入れたのも、メルディを挑発するためだったに違いない。そんなことも知らず、みすみす罠に嵌められに来たなんて。
 
「森で君たちを襲った雷大猪も、俺がけしかけたんだよ。本当はレイさんたちを倒してほしかったけど、予想以上に強くて隙がなかった。だから、作戦を変更することにしたんだ」
「作戦……?」
「俺と一緒にいるとき、何度か変な感覚がしなかった? たとえば、今みたいな」
 
 マルクスの声がわんわんと頭の中に響き、ぐらりと眩暈がした。馬宿のロビーで感じたのと同じ感覚だ。まるで自分が自分でなくなるような。
 
「やめて!」
 
 悲鳴を上げたと同時に、赤に染まったマルクスの瞳がすっと緑色に戻る。マルクスはメルディに魔法をかけようとしていたのだ。好意を示してくれたのも、心の隙を作るためだった。
 
「……だからロビンはあなたに怒っていたんだわ。あの子は私を守ろうとしてくれた。私の短剣を魔物便から落としたのもわざとなのね」
 
 激しく鼓動する胸を押さえ、必死に言葉を搾り出す。マルクスは否定せず、ただ黙って頷いた。
 
「あの短剣がある限り、君には魔法が通用しない。ロビンの存在も邪魔だった。だから、俺は魔力を補填することにしたんだ。オルレリアンが隠れ家にしていた、ここでね」
 
 ふと、フランシスが『グロッケン山に迷い込む魔物が増えている』と言っていたのを思い出した。もしかして、リアンたちの魔力に引き寄せられていたのだとしたら。
 
「ここはグロッケン山なの? まさか、ずっとフランシスさんたちの足元にいたなんて」

 マルクスが薄く笑う。

「そう。ここはグロッケン山の最深部。モルガン戦争で岩盤が崩落してできた、闇と魔の魔素だまりだ。危険すぎて近づく人間なんていやしないし、上層のセレネス鉱脈に邪魔されて、魔素が外に漏れ出すこともない。こちらには好都合だった」
 
 淡々と話すマルクスに唇を噛みしめる。

 酒場であれだけ騒いでも気づかなかったのは、転送魔法でここに来ていたから。公園でロビンをあしらえたのも、魔素を取り込んだマルクスの魔力が、ロビンの魔力を上回ったからだ。

 気づく場面はいくつもあったのに、どうして何も気づかなかったのか。
 
「もうわかっただろ、メルディ。オルレリアンは君を人質にして、自分たちの要求を認めさせるつもりなんだよ」
「そんなのうまくいくわけないわ! ママは決して屈したりしないわよ。揃って一捻りにされるのがオチよ」
「なら、グロッケン山が吹き飛ぶだけだ。君の母親に娘を見殺しにする覚悟があるかな? 君の居場所がわからない限り、従わざるを得ないと思うけどね。違う?」
 
 歯軋りしてマルクスを睨み返す。初めて会ったときと同じ音がする。胸の中の炉の炎が、激しく燃え上がる音が。
 
「レイさんなら、きっと気づいてくれるわ。私が迷子になったら、いつだって迎えに来てくれたもの!」
「……そうだといいね。でも、オルレリアンが君の母親と交渉を開始するまで、君に逃げられると困るんだ。師匠の命を守るためなら、俺はなんだってやる」
「何すんの! やめて!」
 
 体を押さえつけられ、腰のポーチを取り上げられた。ベルトに下げていた熊のぬいぐるみも取り上げられそうになって、必死に抵抗する。
 
「やだ! それだけはやめて。お願い、マルクス……!」
「……そんなにレイさんが好き?」
「好きよ。たとえなんとも思われてなくても、私はレイさんが好きなの。この想いが実るまで諦めないわ。だから絶対にここから抜け出してやるからね! 覚えてなさいよ!」
 
 即答して気炎を上げるメルディに、マルクスは悲しげな笑みを浮かべた。
 
「俺は君にたくさん嘘をついた。でも、俺は本当に君が……」
 
 ぐっと唇を噛み、マルクスはぬいぐるみから手を放すと、ポーチだけを持って立ち上がった。そのまま魔石カンテラを拾い、牢屋の向こうに出る。
 
「いい子にしててね、メルディ。レイさんも、きっとそう言うと思うよ」
 
 闇に包まれた牢屋の中に、鍵がかかる音が無情に響いた。
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