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1幕 大団円目指して頑張ります!

25場 小さな太陽

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「……うん。うん、本当にごめん。僕の責任だ。何かわかったらすぐに連絡する。いや、君たちはまだそこにいて。下手に動くとメルディが危ない。うん、じゃあ、また」
 
 通信機を切り、ため息をつく。ここは領主邸の一角。応接間に続く控え室の中だ。

 そばのソファには土で汚れたロビンがぐったりと横たわっている。いなくなったメルディを探して、宿の周りを駆けずり回っていたのだ。
 
 ドアの向こうではドワーフたちの怒号が響いている。領主のボンボンとやらを説得しようとしているのだが、状況は芳しくないらしい。
 
 うまくいかないときは、何もかもうまくいかないものだ。
 
 もう一つため息をついたとき、肩を落としたグレイグが控え室の中に入ってきた。レイがアルティたちに状況を説明している間、立ち会ってもらっていたのだ。
 
「レイさん……」
「どんな感じ?」
「ダメ。ずっと平行線。自領民でもない人間のために兵は出せないって」
 
 予想はしていたことだが、実際に突きつけられると苛立ちが増す。ドワーフの縄張り意識とやらは本当に厄介だ。内心毒づきながら、呆然と立ち尽くすグレイグに近づく。
 
「リヒトシュタインの名前は出した?」
「出したけど、余計頑なになっちゃって。『俺と親父を比べるな』とか『俺だってやればできる』とか、よくわかんないことばっかり言ってる」
 
 今のウィンストンの領主の父親は、百二十年前のモルガン戦争で活躍した英雄だった。随分大層なコンプレックスを抱えているようだが、この状況を読めないのは度し難い。フランシスが呆れるのもよくわかる。
 
「ママの力でなんとかできないの? ここの領主が無理でも、近くの駐屯地の国軍に助けを求めれば……」
「民間人の誘拐事件だ。領主の合意がなければ駐屯地の国軍は動けない。さすがのリリアナさんも、爵位を継いだ今じゃ無茶はできないよ。越権行為になるからね」
「ブラムを押さえたら国も動けるって言ってたじゃん。あれはどうなったの?」
「それはあくまで監査人の話だ。今は状況が違う。メルディを無事に取り戻すには、マルクを刺激せずに戦力を整える必要がある。そのためには、ここの領主に邪魔をされちゃ困るんだ。背後に敵がいる状況じゃ、危なっかしくて動けないでしょ」

 淡々と告げるレイに、グレイグが「そんな……」と声を漏らす。
 
「どうしよう。こんなことをしてる間に、お姉ちゃんにもしものことがあったら」
「しっかりしな。メルディなら大丈夫だよ。誰よりも強い子だもの」
 
 顔の闇を両手で覆い、震えるグレイグの背中を優しく撫でる。この体がまだ小さい頃からずっとそうしてきた。しかし、グレイグはレイの手を振り払うと、涙が滲んだ目で吠えるように叫んだ。
 
「なんで、そんなに冷静なんだよ! 男に拉致されてんだよ? お姉ちゃんのこと、本当になんとも思ってないの? こんなことになるなら最初から連れて行けばよかったんだ! 多少危険でも僕たちが守るべきだった! レイさんが遠ざけたからだよ!」
 
 はあはあと荒い息をつくグレイグを黙って見上げる。反論する権利も言葉もレイにはない。グレイグははっと我に返ったように目を見開き、口元あたりの闇に手を当てた。
 
「……ごめん。言い過ぎた」
「いや、君の言う通りだ。こんなときまで落ち着いてる僕がおかしいんだ。メルディが連れて行かれたのも、僕がつまらない意地を張ったせいだよ」
 
 長く生きれば生きる分だけ感情が鈍磨していく。それを激しく揺り動かすのは、いつだって他種族と接するときだ。
 
 そう。あのときもそうだった。十三年前の夏。メルディがまだ五歳の頃。

 手を引いて歩くレイにいじらしい恋心をアピールしつつ、「わたしは、ずっとレイさんのそばにいるよ!」と向けられた笑顔が、今も目に焼き付いて離れない。
 
 エルフは否応なく親しい人を見送っていく。だから、誰しも未来のことには触れようとしない。レイ自身も。寿命を全うしたあとも、ずっとそばにいると言ってくれたのは、アルティに次いで二人目だった。
 
「……僕の行く先を照らしてくれるの?」
 
 思わず足を止め、震える唇で呟くレイに、メルディは元気一杯の声でこう返した。
 
「もちろん! わたしね、レイさんのたいようになる! どんなにくらいばしょでも、明るくしてあげるよ!」
 
 それがどんなにレイの救いになったか。きっと、メルディはもう覚えていないだろう。その日から、この小さな少女はレイの宝物になったのだ。
 
 大事な大事な親友の娘。レイを眩しく照らしてくれる小さな太陽。素直に好意を示してくれるのも可愛くて仕方なかった。

 しかし、メルディが成長していくにつれて、徐々に雲行きが怪しくなってきた。
 
 小柄だが均整の取れた体。レイを見つめるまっすぐな瞳。何があっても諦めないひたむきな心。明るく響く笑い声。

 三度の飯よりも仕事が好きなせいか、世間知らずで、誰に対してもあけすけに好意を示す。周りを無意識に魅了しているとも知らずに。
 
 危なかしくってとても見ていられず、過保護に接するレイにメルディはますます懐いた。

 このままだとまずいと気づき、慌てて線を引いても後の祭り。成長すれば消えると思っていた少女の淡い初恋の火は、さらに激しく燃え盛っていたのだ。
 
 レイがいる限り、メルディは他の男に目を向けないだろう。その気になれば、いつだっていい男に巡り会えるのに。

 マルクを拾ったのは、そんな罪悪感に苛まれている最中だった。
 
 だから、スライムだらけのダンジョンで「メルディに本気になっていいですか?」と聞かれたときにこう答えたのだ。
 
「もしメルディが頷いたらね。そしたら僕の出る幕はない。好きにしなよ」
 
 同じヒト種で、同じデュラハンの防具職人。レイと違って背も高いし、何しろ美形。稀に見る高物件だ。師匠が贋作に手を出してはいたが、そんなものは本人たちが好き合っていれば何の問題もない。
 
 こんな年寄りを相手にするよりも、メルディにとってはその方がいい。そう言い聞かせて身を引こうとした。とっくに芽生えていた自分の気持ちに蓋をして。

 けれど、実際にマルクがメルディに近づくと、嫌で嫌でたまらなかった。そのくせ、メルディを受け入れるのも怖かった。いずれ訪れる別れを想像して、足がすくんだのだ。
 
 マルグリテ領の宿屋で、まっすぐな感情をぶつけてくれるメルディにひどいことをしたとわかっている。挙げ句の果てにあれだ。フランシスに言い寄られる姿を見て、醜い嫉妬を剥き出しにした。

 細い手首を掴んだとき、このまま自分のものにしようと本気で思った。震えるメルディを見て我に返らなかったら、きっと最後まで突き進んでいただろう。
 
 己の醜悪さに怖気が走り、咄嗟に嘘だと誤魔化した。これは演技。メルディを危険から遠ざけるため。そんなずるい言い訳で現実から目を逸らしたのだ。
 
「……どっちが子供なんだかね」
「え?」
「なんでもない。ところで、ブラムはどんな様子だった?」
 
 縛り上げられたブラムは、領主への説明のためにフランシスたちと共に応接室にいた。闇ギルドの人間たちは、今のところ地下牢で命を繋いでいる。
 
 ブラムと闇ギルドの人間たちを引き合わせたのはマルクで間違いないだろう。だが、理由がわからない。ブラムにマルクの素性を問いただしても、その前後の記憶が曖昧になっているのだ。
 
「なんか急に大人しくなったよ。あれだけ泣いて興奮してたのが嘘みたい。今はなんかぼんやりしてる。目が虚ろっていうかさ」
「……ここの領主と同じだね」
 
 今までの経験が囁いている。心当たりはたった一つ。できれば、そうであってほしくなかった答え。

 レイは応接間へ続くドアへ手をかけると、ソファで伸びたままのロビンを振り返った。
 
「ロビン、おいで。君の力が必要なんだ」
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