歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

文字の大きさ
上 下
17 / 88
1幕 大団円目指して頑張ります!

17場 飴と鞭は使いよう  

しおりを挟む
 頬を撫でる風が心地いい。

 荷台の下に広がる景色を眺めながら、メルディは大きく伸びをした。

 膝にはロビンと名付けた熊のぬいぐるみ。

 ロッテン領の馬宿を出て三日が経っても、ロビンはメルディから片時も離れなかった。レイにもらった熊のぬいぐるみにやきもちを焼くのは困ったが、もう一人弟が増えたかと思えばそれも可愛い。
 
「その熊、お姉ちゃんにすっかり懐いたね」
「メルディは仕事でよくセレネス鋼を加工するから、人より取り込む聖の魔素が多いのかもしれないね。ただ、すぐに抜けちゃうんで、属性を持つまではいかないけど」
「エスメラルダさんみたいに聖属性の魔法が使えたら格好いいのにな~。炉の火力も簡単に上げられそうだし」
「いいことばっかりじゃないんだよ。その分、魔属性には弱くなるんだからね。短剣なくなっちゃったんだから、できるだけロビンと離れるんじゃないよ」
 
 心配してくれるのが嬉しいなんて、バレたらまた呆れられそうだ。
 
 宿でマルクから聞いた話はメルディの心に爪を立てた。好きな人が自分をなんとも思っていない事実なんて、できれば知りたくなかった。

 けれど、今さらこの気持ちが変わるわけでもない。こちとら十三年も片思いしているのだから。
 
「そうよ。鉄は何度も叩いて強くなる。ただでさえ寿命が短いのに、こんなことでめげている場合じゃないわよね」
「お姉ちゃん、なんか言った?」
「ううん。何も言ってない」
 
 しれっと嘘をつき、向かいで居眠りしているマルクに目を向ける。美形だと思っていたが、まさかエルフの血を引いていたとは。
 
 あれからマルクはあまり距離を詰めてこなくなった。グレイグが始終そばにいるからか、それともロビンが怖いからかはわからない。
 
 そろそろ旅も終盤だ。ウィンストンに着いたらきちんと話し合わなければ。マルクに求められて嬉しかったけど……それでも、メルディが望むのはレイだけなのだ。
 
「みんな、そろそろ降りる準備してね~。ウィンストンに着いたよ~」
 
 席を立ち、荷台の前方から下を覗く。土と岩しかない大地の中に、数多くの人の営みが見えた。

 ウィンストンは鉱山と工場と蒸気の街だ。一際高い煙突はドレイク製鉄所の高炉だろうか。その後ろには、天を貫くようにグロッケン山が聳え立っている。
 
「いよいよ着いたね。ブラムを捕まえて、偽物の製作をやめさせなきゃ!」
 
 気合いを入れるメルディに、レイがため息をついたのは気づかないふりをした。




 
「は~い。これで全行程終了だよ~。お疲れさまでした~」
「エトナさん、ピーちゃん。ここまで連れてきてくれてありがとう!」
「なんの、なんの~。仕事だからね~。帰りは飛竜便に乗るんだっけ~? その頃にはリヒトシュタイン領の飛竜の群れはいなくなってると思うけど、気をつけてね~」
 
 入場門の手前、数多くの旅人たちが行き交う一角で、メルディたちは荷台から降りた。

 目の前にはウィンストン市を囲む城壁と、その中から立ち上る蒸気機関の煙。そして、職人たちが振るう金槌の音がひっきりなしに聞こえてくる。
 
 ここは希少なセレネス鉱石をはじめ、鉄や銅など人の生活に欠かせない鉱石が多く取れる場所だ。出稼ぎで他領から流れてくるものも多く、全体的に荒んだ空気を醸している。

 瓦解したラグドールと山を挟んで接しているため、不法入国者も後を絶たないという。治安の悪さは首都の職人街の比じゃないだろう。気を引きしめなければ。
 
「決意をみなぎらせてるところ悪いんだけどね。ブラムを捕まえるのに君は連れて行かないよ。ロビンと一緒に宿で大人しくしてな」
「えっ、なんで? そんなの嫌だよ。私も行く!」
「ダメに決まってるでしょ。相手は闇ギルドの連中なんだよ。あいつらには常識も倫理観も通用しない。君みたいな女の子、一瞬で一捻りにされちゃうよ」
「そうだよ、メルディちゃん~。ヒト種の女の子には危ないって~。何かあったらアルティくんたちが悲しむよ~」
 
 左右から説得されて、戸惑うよりも先に怒りが湧いた。今までずっと、仕事でも感じてきた言いようのない怒りだ。

 女だから、まだ若いからと何度も押さえつけられてきた。今回もそうだ。心配されて嬉しいなんて思っていた自分を殴りたい。
 
「女だからって何よ! グレイグはいいのに、どうして私はダメなの? ママだって現役時代はバリバリ戦ってたじゃない!」
「リリアナさんとグレイグはデュラハン。君は力のないヒト種。正直言って、足手まといなんだよ。魔物を相手にするよりも、人を相手にする方が百倍厄介なんだ。ここまで連れて来たのが最大限の譲歩なんだから感謝してほしいね」
 
 正論がグサグサと刺さる。口調もいつもよりきつい。それだけ本気なのか。なんとか言い返そうと言葉を探していると、マルクがすっと間に割り込んできた。
 
「レイさん、さすがに言い過ぎじゃないですか? メルディはもう成人してるんですよ。ただの非力な子供じゃない。それを頭ごなしに……」
「君は引っ込んでな。元はといえば、君のお師匠さんが原因でしょ。僕には親友の娘を預かってる責任があるんだよ」
「パパだって私と同じことをするはずだよ! ねえ、レイさん。お願いだから連れてってよ。足手まといにならないように気をつけるし、絶対に危ないことはしないから」
 
 レイの胸に縋ると、さりげなく体を離された。拒絶の姿勢に焦燥感が募る。
 
「聞きわけのないことを言うんじゃないの。これ以上ごねるなら、このまま帰り便に放り込むよ。どうする?」
 
 最後通牒を突きつけられては、返事は一つしかない。「わかった……」と項垂れるメルディに、マルクが気の毒そうな顔を向ける。マントのフードに入っているロビンにもよしよしされ、思わず泣きそうになった。
 
「これで話はついたね~。じゃあ、ボクはそろそろ行くよ~。この度はご利用ありがとうございました~! またご指名してね~」
 
 空高く舞い上がったエトナとピーちゃんを見送り、メルディたちは市内へ足を踏み入れた。懐かしい鉄とコークスの匂いが鼻をついて、さらに切なくなる。

 先導するマルクとレイの後ろをとぼとぼと歩くメルディに、近寄って来たグレイグが耳元で囁いた。
 
「お姉ちゃん、元気出して。レイさんはただお姉ちゃんが心配なんだよ」
「子供扱いして何もさせてくれないのは心配なの……?」
「そうだよ。お姉ちゃんには戦う力がないんだからさ。遠ざけるのはそれだけ大事だってことでしょ。前向きに捉えなって」
 
 とても素直に頷けない。黙り込むメルディに、グレイグがため息をつく。
 
「ところで、僕たちどこに向かってるの? 宿?」
 
 話題を変えることにしたようだ。グレイグの質問に、レイが前を向いたまま答える。
 
「ブラムの工房」
「えっ……?」
 
 顔を輝かせるメルディに、レイが自分の耳を掻いた。照れくさいときにする仕草だ。
 
「勘違いしないで。殴り込みに行くんじゃない。前からチラ見するだけだよ。……まあ、製作者としてはどんなとこで偽物が作られてるかは気になるだろうからね」
「レイさん……!」
 
 背後から抱きつくと、レイは「暑いからやめな」と言ってメルディを振り払おうとした。
 
 それでもしがみつくメルディを見つめるマルクに気づき、さっと体を引く。心を寄せてくれる相手の前で抱きつくなんて考えなしだった。心の中で反省する。
 
「みんなお姉ちゃんには甘いんだから……。工房ってどのあたりにあるの?」
「工房は大通りを抜けた先の、ドレイク製鉄所の近くにあります。鉄錆通りの真ん中あたりですね」
 
 鉄錆通りとは、ドレイク製鉄所を中心として形成される職人街だ。首都の職人街みたいなもので、ドワーフの横穴を飛び出したドワーフや、他種族の職人たちが日夜しのぎを削っているらしい。
 
「なんだ。一等地じゃん。てっきり路地裏の薄暗いところにあるのかと思ってた」
「ちょっと、グレイグ。失礼でしょ」
「いいよ、メルディ。何を言われても仕方のない立場だから。……でも、俺はどうしても師匠を取り戻したい。ここまで一緒に来てくれて、本当にありがとう」
 
 甘い砂糖菓子すらも溶けてしまいそうな笑顔を向けられて思考が停止する。

 黙って頷くメルディの頭に、フードから抜け出たロビンが這い登ってきた。

 そのままマルクに腕を伸ばし、抗議するように上下に振りながら苛立たしげに地団駄を踏む。
 
「ちょ、ちょっとロビン。痛……くはないけど、やめてよ。髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃう」
「やきもち焼いてるんじゃない? お姉ちゃんも罪深いよね」
 
 これがモテ期というものだろうか。

 これ以上暴れられないようにロビンを抱きしめたとき、前方からざわめきが聞こえてきた。

 何やら人だかりができている。小柄さを活かして隙間に潜り込んだレイが唸るように呟く。
 
「……やられたね」
 
 焼け落ちた工房が、その無惨な姿を晒していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...