歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

文字の大きさ
上 下
16 / 88
1幕 大団円目指して頑張ります!

16場 馬宿の怪③

しおりを挟む
「何の音……?」
「宿泊客じゃない?」
「違うわ。今は誰もいないはずだもの」
 
 二階に宿泊予定の客は、夕方に逃げた二人だけだったと女将さんから聞いた。

 化け物や悪霊じゃなくとも、泥棒の可能性はある。

 レイやグレイグを起こそうかと一瞬考えたが、マルクと二人でロビーにいたのを知られたくなかったのでやめた。
 
「私、ちょっと様子を見てくる。マルクは先に部屋に戻ってて」
「一人じゃ危ないよ。俺も行く」
 
 階段を上るメルディのあとをマルクがついてくる。

 さっきまで感じていた眩暈はすっかり消えていた。目からこぼれ落ちる涙も。目的を与えられると、人はしっかりするのかもしれない。
 
「……暗いわね」
 
 ロビーで調達した魔石ランプを廊下の先に向ける。光量が少なすぎてほんの数十センチ先しか見えない。仕方ないので、周囲を警戒しつつ一歩ずつ足を進める。
 
 メルディの足音と、マルクの足音が廊下に響く。その合間に、微かに何かを擦るような音が聞こえて身ぶるいをした。

 マルクにも聞こえたか確認したいが、怖い話は苦手だと言っていたので、口に出すのをぐっとこらえる。
 
 廊下の奥の出窓には、夕方見たときと同じく熊のぬいぐるみが座っていた。あたりを見渡してみても、特に異常はない。客室にも人気はなさそうだ。

「何もなさそうね。ごめん、マルク。私の気のせいだったかも――」
 
 ふと、出窓に視線を戻して体が固まった。
 
 熊のぬいぐるみがない。
 
「なんで……? さっきまであったのに……」
「メ、メルディ……。何か、音しない?」
 
 さっきと同じ、何かを擦るような音が近づいてくる。背後に気配を感じて振り返ったが、何もいない。

 マルクはもう声も出せないようだ。距離感のことも忘れ、二人で身を寄せ合う。
 
 触ってもいないのに、一番奥の客室のドアがきいっと開いた。

 明かりを消し忘れたのだろうか。隙間から漏れるオレンジ色の光が床に伸びる。そして、その中に大きな熊のシルエットがゆらりと浮かび上がった。
 
「――っ!」
 
 声なき悲鳴を上げる。同時に、周囲が一気に明るくなった。天井の照明が点いたのだ。
 
「君たち、何やってんの?」
「レ、レイさん!」
「また逢引き? 使える部屋でも探してた?」
「部屋……? 違うよ、何か物音がしたから――」
 
 また何かを擦るような音が聞こえ、体が飛び上がった。怪談話は平気だったはずなのに情けない。

 レイは長い耳をぴくりと動かすと、「なるほどね」と呟いて客室の中に入っていった。
 
 直後、何かが逃げ回る音と、家具をひっくり返すような音が聞こえてきた。レイを一人で危険に晒すわけにはいかない。勇気を振り絞って客室に飛び込む。
 
「私も戦う!」
「何と戦うのさ。大丈夫。捕まえたよ」
 
 レイの手の中には、じたばたと暴れる熊のぬいぐるみがあった。




 
「あらまあ。まさか本当に熊のぬいぐるみが動いてたなんて。ねえ、あんた」
 
 寝巻き姿の女将さんの隣で、同じく寝巻き姿のご亭主が黙って頷く。寡黙な性分のようで、さっきから一言も発していない。
 
 魔石灯の明かりが揺らめくロビーのソファには、レイとマルク、メルディとグレイグ、女将さんとご亭主がそれぞれセットになって座っている。

 机の上には縛り上げられた熊のぬいぐるみ。どことなくふてくされて見えるのは気のせいだろうか。
 
 他に客の姿はない。眠りを妨げられた何人かがクレームを言いに出てきたが、この異様な空気に黙って部屋に引き返していった。
 
「おそらく元の持ち主が強い聖属性の魔力の持ち主だったんだろうね。魔生物になったのを知ってて渡したのかはわからないけど、モルガン戦争で魔物から店を守ってたのは、このぬいぐるみだと思うよ」
 
 レイの説明に、グレイグが「そのまさかだったかあ」と頭を抱える。
 
「何を勉強してるんだって、先生に怒られちゃうよ。魔力の供給がなくても動けたのは、窓際に置かれてたから?」
「そうだね。月明かりには聖の魔素が含まれてる。この店自体も綺麗に整備されていて、聖の魔素が発生しやすい環境だからね。ぬいぐるみには居心地良かったんでしょ。ねえ、黙ってないで何か反応したらどうなの?」
 
 つんつん、と頭を突かれても熊のぬいぐるみはそっぽを向いている。なんだか可哀想になってきた。横から手を伸ばしてぬいぐるみを抱き上げ、縄をとく。
 
「メルディ、勝手なことするんじゃないよ」
「いいじゃない。もう逃げたりしないわよ。ねえ?」
 
 優しく声をかけると、ぬいぐるみはメルディの胸に擦り寄ってきた。可愛い。
 
「どうしてお客さんを脅かしちゃったの? 悪い評判がたったら、女将さんたちだって困っちゃうよ?」
 
 首を傾げるメルディに、ぬいぐるみは両手をばたばたさせて何かを訴えてきた。でも、何を言いたいのかわからない。こういうとき、同じ聖属性だったら通じ合えるのだろうか。
 
「これだろうね」
 
 レイが棚から取り出した新聞を広げて指を差した。隣町で起きた空き巣事件の記事だ。

 犯行現場の写真と、犯人だと思われる二人組の顔写真が載っている。悪事を働きそうにない見た目だが、それぞれ右耳と左耳が欠損していた。
 
「どこかで見たような……?」
 
 眉を寄せて顔を近づけると、ぬいぐるみがメルディの胸を叩いた。そのつぶらな瞳を見てはっと思い出す。写真に載っていたのは夕方逃げ出した二人組だった。
 
「悪いことをするやつは、魔の魔素を取り込みやすいからね。よからぬ気配に反応したんじゃない? とはいえ、ただのぬいぐるみに撃退する力はない。だから、ああして影を利用して脅かしたんだろうね」
「女将さんたちを守ろうとしたの?」
 
 ぬいぐるみがこくこくと頷く。それを見て女将さんが「まあ……」と瞳を潤ませる。
 
「二百年もずっと……。そんなこと知らずに、あたしたちったら」
 
 伸ばされた女将さんの手にぬいぐるみを預ける。一人と一匹は、今までの想いを分かち合うように頬を寄せ合った。ついもらい泣きしそうになったところで、ふとあることに気づく。
 
「え? じゃあ、私たちのことも悪者だって思ったってこと?」
「夜中に逢引きしてるからでしょ。二階にいたら様子はわからないし、泥棒だと思われたんじゃないの」
「やめてよレイさん! 逢引きじゃないって! たまたま一緒になっただけ!」
 
 ちらりとマルクを見たが、彼はご亭主と同じく、さっきから黙ったままだ。それどころか、冷や汗をかいて動くぬいぐるみから目を逸らしている。初めて見る人間には、受け入れがたい光景なのかもしれない。
 
「ねえ、エルフのお兄さん。この子みたいな魔生物っていうのは、そこら辺にいるものなのかい?」
「魔属性から発生したタイプだと、古いダンジョンに潜ればいるよ。でも、聖属性はほとんど見ないね。首都に一匹いるけど、レアケースだよ」
「そうかい……」
 
 女将さんは愛おしげにぬいぐるみの頭を撫で、改めてメルディたちに向き合った。
 
「あんたたち、ウィンストンで用を済ませたら首都に戻るんだろ? なら、この子も一緒に連れていってやってくれないかい?」
「えっ、どうしてですか?」
 
 思わず声がひっくり返った。ぬいぐるみも困惑している気がする。
 
「もしかして、怖くなっちゃったとか……?」
「違うよ。あたしも亭主もそこそこの歳だし、後継ぎもいない。いずれは宿を畳まなきゃねって話してたんだ。こんな田舎じゃ、魔生物ってやつに偏見を持つ人も多い。それなら、仲間と一緒にいた方がいいんじゃないかって思ってね」
 
 つぶらな瞳をじっと見つめる女将さんに何を感じたのか。ぬいぐるみは女将さんに、ひし、と抱きつくと、その手の中から飛び降り、メルディに駆け寄ってきた。
 
「いいの?」
 
 ぬいぐるみがこくりと頷く。その瞳には決意の色が浮かんでいる気がした。
 
「そっか。じゃあ、一緒に行こう。女将さん、この子に名前はあるんですか?」
「いいや。あたしらはずっとぬいぐるみとしか呼んでなかったから」
「お姉ちゃんがつけてあげたら?」
 
 グレイグの提案に女将さんもぬいぐるみも同意した。ペットすら飼ったことないのに、いきなりハードルが高い。
 
「責任重大だなあ。男の子と女の子、どっちなんだろ」
「オスだと思うよ」
 
 レイが口を挟む。
 
「なんでわかるの?」
 
 何故かレイは答えてくれなかった。ぬいぐるみに確認したところ、本当に男の子だった。エルフの勘というやつだろうか。
 
「じゃあ、ロビン、ってどう?」
 
 散々悩んだ挙句、思い浮かんだのは子供の頃に読んだ冒険物語に登場する熊の獣人の名前だった。

 少しでも構ってもらいたくて、よくレイに朗読をねだったものだ。きっと、もう忘れているのだろう。レイの表情はいつもと変わらなかった。
 
 ぬいぐるみは少し逡巡する素振りを見せたあと、大きく頷き、もふ、と肉球をメルディの頬に当てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...