歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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1幕 大団円目指して頑張ります!

10場 やきもち?  

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 マルクはウィンストン領北端の小さな村に生まれたが、五歳のときに凶暴化した魔物に村を襲われ、家族も家も失くしてしまった。
 
 頼れる親戚もなく、特に秀でた能力もない。絶望の中で一人彷徨っていたところを、ブラムというデュラハン防具職人のドワーフに拾われ、弟子として育てられることになった。
 
 ブラムは二百歳を超える腕のいいドワーフだったが、いかんせん偏屈で、同じ職人仲間からも孤立していた。それでもマルクには不器用な愛情を注いでくれたし、今まで積み重ねてきた技術も惜しみなく与えてくれた。
 
 そんなブラムの様子がおかしくなったのは、年明けに行われた職人コンテストの結果が発表された頃だ。

 ブラムが応募したのは伝統を踏襲した古典的な鎧兜。流行ばかりを追うのではなく、古くから愛されてきたものにも目を向けるべきという思考を体現するような、今までの職人人生を賭けた大勝負だった。
 
 しかし、優勝したのは若干十八歳のヒト種の少女。職人としてのプライドを打ち砕かれたブラムは、その日から偽物作りに夢中になった。
 
 贋作なんてよくない。腐らずにこれからも技術を磨くべきだ。

 そんなマルクの声は、偽物を求める周囲の声にかき消されてしまった。彼らにとっては高くてなかなか手が出せない本物よりも、安くてそれなりに効果がある偽物の方がよかったのだ。
 
 客は一般人もいたが、大抵が後ろ暗いことをしている裏社会の人間たちだった。そのうち、偽物の改造品も出回るようになって、ブラム本人にも収拾がつかなくなってきた。
 
 それでも偽物作りはやめられなかった。やめれば、裏社会の人間たちから何をされるかわからない。いつの間にか、工房は闇ギルドの中に組み込まれていたのだ。

 役所を頼ろうとも、今のウィンストンは腐敗が横行していて、握り潰される可能性が高い。

 これ以上、師匠が堕ちていくのを見ていられない。ウィンストンがダメでも首都に行けば……本物の製作者に事情を話せば止めてくれるかもしれない。

 そんな思いで鎧をポーチに隠し、一人ウィンストンを飛び出したのだ。
 
「浅はかな考えだとわかっています。でも、俺には頼る人もいないし、もう他に手段がなくて……」
 
 ぽろぽろと涙を流すマルクを見ても、あくまでレイは冷静だった。じっと観察するような視線を向けたまま、顎に手を当てる。
 
「五歳というと……十三年前のローグ村壊滅事件か。魔属性に取り憑かれた雪熊スノウベアの群れが、山から下りてきたんだよね」
 
 この国では魔属性の影響で凶暴化することを「魔属性に取り憑かれた」という。

 雪熊は北方によく出没する強い魔物だ。それが群れで襲ってきたとなればひとたまりもないだろう。当時の新聞の一面にも載ったらしい。
 
「事情はわかったけど、どうして本物の製作者の屋号紋を入れたの。魔法紋の偽造防止もしてないよね。何か思惑あってのこと?」
「最初は意趣返しのつもりだったみたいなんです。どっちが本物か当ててみろっていう……」

 言いにくそうに、マルクがごくりと唾を飲む。

「魔法紋をロックしなかったのも、好き勝手改造されて、本物の製作者の評判が落ちればいいって……。実際に出回り始めたらさすがに焦っていましたけど、そのときにはもう止められなくて……」
 
 ひどい、という言葉を必死で殺す。できることなら怒鳴り散らしたかった。

 メルディが優勝できたのは運もあったかもしれないが、ひとえに今までの努力が評価されたからだ。それを身勝手な逆恨みで踏みにじられるなんて。
 
 握りしめた両手が震える。今すぐブラムを殴りに行きたい。その気配を敏感に察知したレイが話をまとめ始める。
 
「君を完全に信じたわけじゃないけど、とりあえず首都に一緒に来てくれる? 役所に証言してもらって、正式な調査を……」
「ダメ! 他の人に任せるなんて! そんなことしてる間に逃げられちゃうかもしれないじゃない。ウィンストンが正常に機能してないなら尚更だわ。お役所仕事は遅いってママも愚痴ってたでしょ? だからレイさんに依頼したんじゃないの?」
 
 グレイグの制止を振り払って立ち上がったメルディに、レイが「こら!」と声を上げる。
 
「大人の話に首を突っ込むんじゃないよ。グレイグ! しっかり押さえててって言ったでしょ」
「こうなったお姉ちゃんにはデュラハンもかなわないって……」
「もう子供じゃないもん! 私にはブラムを殴る権利がある!」
「ないよ! なんでそう好戦的なの。お願いだから大人しくしててよ」
「レイ? 他の人? 君は、ひょっとして……」
 
 メルディたちがわーわーと喚き合う中、マルクの目が丸くなる。ブラムと共にコンテストに参加していたのなら、メルディやレイのことを知っているのかもしれない。
 
 赤茶色のポニーテールを翻し、マルクをまっすぐに睨みつける。

 そのとき、メルディは自分の胸の炉に灯った炎が、激しく燃え上がる音を聞いた。
 
「私はメルディ・ジャーノ・リヒトシュタイン。本物の鎧の製作者よ!」




 
「あーあ……。もうちょっとで気楽な夏休みに戻れるところだったのに」
「うるさいわね、グレイグ! お姉ちゃんの名誉を回復しようって気はないの?」
 
 一夜明けた森の中。しんがりを歩くグレイグに拳を振り上げる。言い返しても無駄だと思ったのか、グレイグは深くため息をつくと肩をすくめた。
 
「うるさいのは君だよ、メルディ。魔物たちを刺激しないように静かにしな」
 
 先頭を行くレイの声は硬い。メルディを家に返し損ねて悔しいのだろう。
 
 ラスタは王政とはいえ、個々の領地には自治権が与えられている。世界を揺るがすような事件ならともかく、民間人の揉め事に容易く首を突っ込めない。

 高位貴族の娘とはいえ、メルディはただの職人。いくらマルクの証言があったとしても、正式に公的機関を動かすには時間がかかるのだ。
 
 ブラムを押さえ、腐敗の証拠を明らかにすれば国も動ける。それが昨晩、ガラハドや両親と話し合った結論だった。
 
「ありがとうございます、リヒトシュタインさん。俺の無茶なお願いを聞いてもらって……」
「メルディでいいよ。敬語もいらない。同い年で、同じデュラハン防具職人なんだしさ! それに、最初からウィンストンに向かうつもりだったから」
 
 朝になって気づいたが、マルクはものすごく美形だった。エルフと言われてもわからないくらいだ。きっと十人中九人は恋に落ちるだろう。

 残りの一人はもちろんメルディである。メルディにとって、恋愛対象なのはレイだけだから。
 
「昨日から気になってたんだけど、その腰のポーチ、最近ウィンストンで開発された小型収納魔具だよね? どこに行っても品切れだって聞くよ。どうやって手に入れたの?」
 
 あえて世間話を持ちかけると、マルクの顔が少し緩んだ。

 緊張されっぱなしはこっちもしんどいので、できるだけ友好関係を保っていきたい。それに、同年代の友達がいないメルディにとっては、共通点の多いマルクは興味深い存在だった。
 
「たまたま知り合いが製作者で、試作品を譲ってもらったんだよ。首都でも手に入らないの?」
「うん。必要になったら買えばいいやーって思ってたら買いそびれちゃった。容量ってどれくらい?」
「馬車の荷台くらいかなあ。実は魔法紋をちょっといじってるんだよね。試作品って、魔法紋のロックかかってないからさ。完成品は麻袋一つ分ぐらいらしいよ」
 
 内心舌を巻く。マルクは簡単に言うが、他人の魔法紋を正しく改変するのはそれなりの力量がいる。だからこそ、まだ魔法紋のロックが義務化されていないわけだが。
 
「じゃあ、魔法紋にも明るいんだ。すごいね。ウィンストンではどういう鎧兜が流行ってるの?」
「んー……。流行りっていうか、北国だから防寒性が高いのが売れ筋だね。あとは伝統的なやつ。ウィンストンってドワーフが多いから、結構保守的なんだよ。お洒落な鎧兜がほしいデュラハンは、よその領地の職人に依頼してるんじゃないかな」
「えー! 大師匠から聞いてたけど、やっぱりそうなんだ。じゃあさ、工具は何使ってるの? 保守的なんだったら、魔具の金槌は使わない系?」
「使わない系だね。錆び取りも紙やすりだよ。右手が擦り切れて痛いんだよね……」
「わかるー! うちもそうなの! お互い大変だよねえ」
「オタクの会話だ……」
 
 背後でぼそっと呟くグレイグの声は無視した。
 
「お子さまたち。ここは学校じゃないんだよ。おしゃべりもその辺にしときな」
「あれ? レイさん、ひょっとしてやきもち焼いてたり……」
「馬鹿なこと言うんじゃないの。はしゃぐなって言ってるだけ。これからダンジョンに潜るんだからね」
 
 レイの視線の先には、真っ暗な洞窟がぽっかりと口を開けていた。
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