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1幕 大団円目指して頑張ります!
8場 広い広い森の中
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いくら領地の森だからとはいえ、危険がないわけではない。
大叔父のガラハド率いる私兵団と近隣にある国軍の駐屯地から派遣された兵士たちによって、凶暴な魔物は定期的に駆除されているが、無闇に生態系を崩さないよう、大方はそのままにされている。
魔物と遭遇するのは山を歩いていて熊や猪に遭遇するようなものだ。相手が子持ちだったり、空腹だったら運が悪かったと言うしかない。今みたいに。
「メルディ! その結界から絶対に出るんじゃないよ!」
「お姉ちゃん! 絶対に余計なことしないでよね!」
「わかったから、前見てよー!」
魔法紋が書かれた布の上で、メルディは叫んだ。
伸ばした人差し指の先には、ヨダレを垂らして咆哮を上げる雷大猪。
普通の猪と違うのは、頭部に魔力を蓄えるツノがあり、雷魔法が使えることだ。体の大きさも倍以上違う。少しぶつかっただけで致命傷になるだろう。
何故、こう次から次へと厄介ごとに巻き込まれるのか。雷大猪は臆病な気質で、人の気配がすると自分から逃げて近寄って来ないと聞いていたのに。
「うーん。剣だと感電しちゃうよなあ。全身帯電してるんだっけ?」
「先にツノ折るしかないね。僕がやるよ。氷魔法は相性悪いし、闇魔法は昼間だと威力落ちるしね」
人語をある程度解するのか、危険を察知した雷大猪が二人に雷魔法を放った。それを難なく躱し、レイが右手の杖を振るう。
絵物語にあるみたいな、呪文の詠唱などはいらない。腕の動きに合わせて周囲の木々が一斉にざわめき、四方から伸びた蔦が雷大猪の体を拘束して、さらにツノにも巻き付いた。
鼓膜を突き刺す雷大猪の鳴き声に、メルディの体が強張る。尋常じゃなく暴れる体を押さえ込むため、レイの右腕にも力がこもる。
両者の力比べはレイの勝利に終わったらしい。骨が砕けるような音がして、ツノが真っ二つに折れた。
「グレイグ!」
「任せて!」
上段に掲げた大剣が振り下ろされると同時に、雷大猪の首が飛んだ。まさに一刀両断。我が弟ながら、デュラハンのパワーが怖くなる。
えげつないほどの凄惨な現場にも、男二人は平然とした顔だ。地面に転がった雷大猪の体を検分しながら、「これ食べられるかな」なんて話している。
血の匂いで気持ち悪くなってきた。盗賊に襲われたときは大丈夫だったのに。
風上に行こうと足を踏み出したが、込み上げる嘔吐感に耐えかね、その場にしゃがみ込む。それに気づいたレイがメルディの横に膝をついて、優しく背中を撫でながら顔を覗き込んだ。
「メルディ、大丈夫? 吐く?」
「吐か……ない」
「お姉ちゃん、顔真っ青だよ。無理しない方がいいって」
「二人のお荷物になりたくない……。頑張るから置いてかないで……」
この森に入ってからというもの、メルディは二人との力量差をひしひしと感じていた。
整備された公園とは違い、手付かずの森の中は基本的に獣道だ。足場も悪ければ、視界も悪い。
鬱蒼と生い茂る木々のせいで薄暗く、一瞬でも気を抜くと、方向を見失いそうになる。その上、周囲には絶えず野生動物や魔物の気配が漂っている。
経験豊富なレイは、そんな中でも苦もなく進んでいけるし、魔法学校で幾度となく野外演習を繰り返してきたグレイグも、鼻歌まじりでレイと並んで歩くことができる。
対してメルディは、なんとか遅れないようについていくのがやっとだ。ウィンストンに向かうと言い出したのはこっちなのに、守られてばかりの現実が情けなかった。
「馬鹿だね。こんな森のど真ん中で置いて行くわけないでしょ。ほら、お水飲みな。あと深呼吸するんだよ。ゆっくりね」
水筒を渡され、背中をぽんぽんと叩かれる。その優しい仕草にちょっとだけ涙腺が緩む。
「少し早いけど、今日はここで野宿しようか。近くに川もあるし、猪も解体しやすいでしょ。ダンジョンに潜る前に、お肉食べて精をつけなきゃね」
「だ、大丈夫。まだ歩けるよ。ただでさえ、私のせいで遅れをとってるんだから……」
「君を休ませるためじゃないよ。どうも森が騒がしいから、これ以上進まない方がいい。雷大猪が複数の人間相手に向かってくるなんて、滅多にないことなんだよ。飛竜の影響かもしれないけど……。旅は慎重にするべきだ」
きっぱりと言われ、それ以上何も言えなくなる。旅に関しては経験者の意見を聞くしかない。こくりと頷いたメルディに、レイがふっと笑みを漏らす。
「元気だしなって。君はよくやってる方だよ。普通の女の子だったら、とっくに引き返してるって」
「そうだよ、お姉ちゃん。男でも女でも、野外演習についていけない人はいっぱいいるよ。そもそも、そんな殊勝なキャラじゃないじゃん。一人でウィンストンに行こうとしてた無謀さはどうしちゃったの。きっと寝不足なんだよ。昨日、遅くまで起きてたんでしょ?」
確かにグレイグの言う通り、朝方まで眠れなかった。レイと手を繋いだ感触が残り続けていたからだ。恥ずかしくてとても口には出せないけど。
「そう……かな?」
「そうそう。猪を解体してる間、ちょっと仮眠したら? レイさん、あとよろしくね」
軽々と猪を担ぎ上げ、グレイグは颯爽と川へ歩いて行った。いつの間にあんなに大きくなったのだろう。一緒に遊び回っていた頃は、メルディよりも小さかったのに。
「ほら、メルディ。敷物広げたから、この上で寝な。見張っといてあげるからさ」
てきぱきと寝床を整えてくれるレイの姿に、胸がまたきゅんとした。まだ血の匂いも消えてないのに。なんて現金なのか。
「ねえ、レイさん。膝枕してくれたら眠れるかも……」
「調子に乗るんじゃないよ。これでも枕にしてな」
脱いだマントを投げ寄越される。仕方ない。これ以上は引き下がっても無駄だ。
風魔法で周囲の空気を一掃する背中を眺めながら、畳んだマントに頭を乗せる。そのまま頬を寄せると、微かにレイの香りがした。
目を覚ますと、雷大猪は立派なお肉になっていた。綺麗な赤身にサシが入って実に美味しそうだ。氷魔法で一旦凍らせたから、寄生虫の心配もないらしい。
敷物の上に身を起こしながら、「すごいなあ」と呟く。
「魔法って便利よね。私も使えたらよかったのに」
「どうかな。一度属性を持つと、一定の魔力量を維持し続けなきゃならないし、相性の悪い属性には弱くなる。君は職人なんだから、火に弱くなるのは困るでしょ?」
属性とは、魔素という物質によって発現する。たとえば火には火の魔素が多く含まれていて、これを摂取すると体内で魔力に変換される。それが一定量まで溜まると火属性を持てるようになるのだ。
魔力容量や、相性のいい属性は遺伝や本人の体質に左右される。もしメルディが属性を持てるとしたら、母親のリリアナと同じ氷属性の可能性が高い。つまり、火の魔素が多い炉のそばには、いるだけでしんどくなる。
「困る。金槌を振るえなくなるのはやだ」
「だよねえ。仕事を愛してて何よりだよ」
夕飯用の食材を切りながらレイが笑う。その向かいでグレイグも肩を揺らしている。今日のメニューはボアシチューらしい。味の予想が全くつかない。
「さて……。そろそろテントを張らないとな。暗くなる前に水も汲んでこないと」
「あ、私行ってくるよ! もう元気になったし、働かせて」
何か言われる前にさっさと鍋を手に取り、川に向かう。
属性は持てて二つか三つだ。レイは木と風。グレイグは氷と闇。水属性持ちはこの中にはいない。対応する魔石と魔法紋があれば他属性の魔法も使えるとはいえ、節約できるところは節約するのである。
「お姉ちゃん、待って。僕も行く」
「大丈夫よ。すぐそこだし。テント張る手伝いしなさいな。レイさん一人じゃ大変でしょ」
レイは小柄なので力仕事は向いていない。しかし、グレイグは首を横に振ってついてきた。
「何言ってんのさ。さっき魔物に襲われたばっかりで。お願いだから、もうちょっと危機感持ってよね。お姉ちゃんに何かあったらパパたちが悲しむでしょ」
「わかってるわよ。でも、少しでも役に立ちたいの。じゃないと、何もさせてもらえない気がして……。料理だって、あんたと二人でぱぱっと作っちゃうし」
「考えすぎだって。元はと言えばお姉ちゃんが無理するからいけないんでしょ」
「そうだけどさ……」
口を尖らせたそのとき、ふと視界に入ったものに思考を持っていかれた。
鍋をグレイグに渡し、茂みを掻き分けて全速力で走る。距離はそう遠くない。あっという間に辿り着き、地面に膝をつく。
「お姉ちゃん! 言ってるそばから!」
怒りながらあとを追ってきたグレイグに、メルディは声を上げた。
「グレイグ! どうしよう、人が倒れてる!」
大叔父のガラハド率いる私兵団と近隣にある国軍の駐屯地から派遣された兵士たちによって、凶暴な魔物は定期的に駆除されているが、無闇に生態系を崩さないよう、大方はそのままにされている。
魔物と遭遇するのは山を歩いていて熊や猪に遭遇するようなものだ。相手が子持ちだったり、空腹だったら運が悪かったと言うしかない。今みたいに。
「メルディ! その結界から絶対に出るんじゃないよ!」
「お姉ちゃん! 絶対に余計なことしないでよね!」
「わかったから、前見てよー!」
魔法紋が書かれた布の上で、メルディは叫んだ。
伸ばした人差し指の先には、ヨダレを垂らして咆哮を上げる雷大猪。
普通の猪と違うのは、頭部に魔力を蓄えるツノがあり、雷魔法が使えることだ。体の大きさも倍以上違う。少しぶつかっただけで致命傷になるだろう。
何故、こう次から次へと厄介ごとに巻き込まれるのか。雷大猪は臆病な気質で、人の気配がすると自分から逃げて近寄って来ないと聞いていたのに。
「うーん。剣だと感電しちゃうよなあ。全身帯電してるんだっけ?」
「先にツノ折るしかないね。僕がやるよ。氷魔法は相性悪いし、闇魔法は昼間だと威力落ちるしね」
人語をある程度解するのか、危険を察知した雷大猪が二人に雷魔法を放った。それを難なく躱し、レイが右手の杖を振るう。
絵物語にあるみたいな、呪文の詠唱などはいらない。腕の動きに合わせて周囲の木々が一斉にざわめき、四方から伸びた蔦が雷大猪の体を拘束して、さらにツノにも巻き付いた。
鼓膜を突き刺す雷大猪の鳴き声に、メルディの体が強張る。尋常じゃなく暴れる体を押さえ込むため、レイの右腕にも力がこもる。
両者の力比べはレイの勝利に終わったらしい。骨が砕けるような音がして、ツノが真っ二つに折れた。
「グレイグ!」
「任せて!」
上段に掲げた大剣が振り下ろされると同時に、雷大猪の首が飛んだ。まさに一刀両断。我が弟ながら、デュラハンのパワーが怖くなる。
えげつないほどの凄惨な現場にも、男二人は平然とした顔だ。地面に転がった雷大猪の体を検分しながら、「これ食べられるかな」なんて話している。
血の匂いで気持ち悪くなってきた。盗賊に襲われたときは大丈夫だったのに。
風上に行こうと足を踏み出したが、込み上げる嘔吐感に耐えかね、その場にしゃがみ込む。それに気づいたレイがメルディの横に膝をついて、優しく背中を撫でながら顔を覗き込んだ。
「メルディ、大丈夫? 吐く?」
「吐か……ない」
「お姉ちゃん、顔真っ青だよ。無理しない方がいいって」
「二人のお荷物になりたくない……。頑張るから置いてかないで……」
この森に入ってからというもの、メルディは二人との力量差をひしひしと感じていた。
整備された公園とは違い、手付かずの森の中は基本的に獣道だ。足場も悪ければ、視界も悪い。
鬱蒼と生い茂る木々のせいで薄暗く、一瞬でも気を抜くと、方向を見失いそうになる。その上、周囲には絶えず野生動物や魔物の気配が漂っている。
経験豊富なレイは、そんな中でも苦もなく進んでいけるし、魔法学校で幾度となく野外演習を繰り返してきたグレイグも、鼻歌まじりでレイと並んで歩くことができる。
対してメルディは、なんとか遅れないようについていくのがやっとだ。ウィンストンに向かうと言い出したのはこっちなのに、守られてばかりの現実が情けなかった。
「馬鹿だね。こんな森のど真ん中で置いて行くわけないでしょ。ほら、お水飲みな。あと深呼吸するんだよ。ゆっくりね」
水筒を渡され、背中をぽんぽんと叩かれる。その優しい仕草にちょっとだけ涙腺が緩む。
「少し早いけど、今日はここで野宿しようか。近くに川もあるし、猪も解体しやすいでしょ。ダンジョンに潜る前に、お肉食べて精をつけなきゃね」
「だ、大丈夫。まだ歩けるよ。ただでさえ、私のせいで遅れをとってるんだから……」
「君を休ませるためじゃないよ。どうも森が騒がしいから、これ以上進まない方がいい。雷大猪が複数の人間相手に向かってくるなんて、滅多にないことなんだよ。飛竜の影響かもしれないけど……。旅は慎重にするべきだ」
きっぱりと言われ、それ以上何も言えなくなる。旅に関しては経験者の意見を聞くしかない。こくりと頷いたメルディに、レイがふっと笑みを漏らす。
「元気だしなって。君はよくやってる方だよ。普通の女の子だったら、とっくに引き返してるって」
「そうだよ、お姉ちゃん。男でも女でも、野外演習についていけない人はいっぱいいるよ。そもそも、そんな殊勝なキャラじゃないじゃん。一人でウィンストンに行こうとしてた無謀さはどうしちゃったの。きっと寝不足なんだよ。昨日、遅くまで起きてたんでしょ?」
確かにグレイグの言う通り、朝方まで眠れなかった。レイと手を繋いだ感触が残り続けていたからだ。恥ずかしくてとても口には出せないけど。
「そう……かな?」
「そうそう。猪を解体してる間、ちょっと仮眠したら? レイさん、あとよろしくね」
軽々と猪を担ぎ上げ、グレイグは颯爽と川へ歩いて行った。いつの間にあんなに大きくなったのだろう。一緒に遊び回っていた頃は、メルディよりも小さかったのに。
「ほら、メルディ。敷物広げたから、この上で寝な。見張っといてあげるからさ」
てきぱきと寝床を整えてくれるレイの姿に、胸がまたきゅんとした。まだ血の匂いも消えてないのに。なんて現金なのか。
「ねえ、レイさん。膝枕してくれたら眠れるかも……」
「調子に乗るんじゃないよ。これでも枕にしてな」
脱いだマントを投げ寄越される。仕方ない。これ以上は引き下がっても無駄だ。
風魔法で周囲の空気を一掃する背中を眺めながら、畳んだマントに頭を乗せる。そのまま頬を寄せると、微かにレイの香りがした。
目を覚ますと、雷大猪は立派なお肉になっていた。綺麗な赤身にサシが入って実に美味しそうだ。氷魔法で一旦凍らせたから、寄生虫の心配もないらしい。
敷物の上に身を起こしながら、「すごいなあ」と呟く。
「魔法って便利よね。私も使えたらよかったのに」
「どうかな。一度属性を持つと、一定の魔力量を維持し続けなきゃならないし、相性の悪い属性には弱くなる。君は職人なんだから、火に弱くなるのは困るでしょ?」
属性とは、魔素という物質によって発現する。たとえば火には火の魔素が多く含まれていて、これを摂取すると体内で魔力に変換される。それが一定量まで溜まると火属性を持てるようになるのだ。
魔力容量や、相性のいい属性は遺伝や本人の体質に左右される。もしメルディが属性を持てるとしたら、母親のリリアナと同じ氷属性の可能性が高い。つまり、火の魔素が多い炉のそばには、いるだけでしんどくなる。
「困る。金槌を振るえなくなるのはやだ」
「だよねえ。仕事を愛してて何よりだよ」
夕飯用の食材を切りながらレイが笑う。その向かいでグレイグも肩を揺らしている。今日のメニューはボアシチューらしい。味の予想が全くつかない。
「さて……。そろそろテントを張らないとな。暗くなる前に水も汲んでこないと」
「あ、私行ってくるよ! もう元気になったし、働かせて」
何か言われる前にさっさと鍋を手に取り、川に向かう。
属性は持てて二つか三つだ。レイは木と風。グレイグは氷と闇。水属性持ちはこの中にはいない。対応する魔石と魔法紋があれば他属性の魔法も使えるとはいえ、節約できるところは節約するのである。
「お姉ちゃん、待って。僕も行く」
「大丈夫よ。すぐそこだし。テント張る手伝いしなさいな。レイさん一人じゃ大変でしょ」
レイは小柄なので力仕事は向いていない。しかし、グレイグは首を横に振ってついてきた。
「何言ってんのさ。さっき魔物に襲われたばっかりで。お願いだから、もうちょっと危機感持ってよね。お姉ちゃんに何かあったらパパたちが悲しむでしょ」
「わかってるわよ。でも、少しでも役に立ちたいの。じゃないと、何もさせてもらえない気がして……。料理だって、あんたと二人でぱぱっと作っちゃうし」
「考えすぎだって。元はと言えばお姉ちゃんが無理するからいけないんでしょ」
「そうだけどさ……」
口を尖らせたそのとき、ふと視界に入ったものに思考を持っていかれた。
鍋をグレイグに渡し、茂みを掻き分けて全速力で走る。距離はそう遠くない。あっという間に辿り着き、地面に膝をつく。
「お姉ちゃん! 言ってるそばから!」
怒りながらあとを追ってきたグレイグに、メルディは声を上げた。
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