歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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1幕 大団円目指して頑張ります!

4場 リヒトシュタイン領にて

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 窓の外では無慈悲な戦闘が繰り広げられていた。
 
 飛びかかってくる魔物や盗賊を、グレイグが剣にまとわせた氷魔法で薙ぎ払う。

 夏場で威力は落ちているが、それでも周辺を一瞬で凍らせるぐらいの効果はある。しかし、相手も手練れなのか、すんでのところで攻撃を避け、巧みに隙をついて迫ってくる。
 
 それを牽制するように木の根を伸ばすのはレイだ。レイはエルフなので木属性の魔法に強い。

 杖には他属性の力を底上げするセレネス鋼を使っているから、通常よりも威力は増している……ものの、いかんせん決定打に欠ける。相手側に火の魔法使いがいて、拘束する端から焼き払われていくからだ。
 
「もー! なんで窓まで開かないのよー!」
 
 どんなに力を込めても、ぴくりとも動かない。ドアと一緒だ。レイが外から魔法をかけたに違いない。絶対にメルディを馬車から出さないように。
 
「こんなときまで子供扱いして……!」
 
 こちらの戦力は、いつの間にか参戦した御者を入れても三人だけだ。多勢に無勢の言葉通り、少しずつ押されている。
 
 焦るメルディの視線の先で、魔物の一匹がレイたちの背後に回り込む素振りを見せた。三人は迎撃に必死で、まだ気づいていない。
 
「レイさん! グレイグ! 御者さん! 後ろ! 後ろ見てよ!」
 
 どんどんと窓を叩くが、誰も気づかない。

 それもそうだ。戦場には怒号と轟音が飛び交っている。メルディの細腕でどれだけ叩いたところで、それを越える音は出せない。
 
 床に這いつくばり、座席の下を探る。馬車には大抵、緊急脱出用のハンマーが備えられている。

 目的のものを右手に取り、腰から抜いた短剣を左手に握る。
 
 セレネス鋼には他属性を弾く効果もある。もし馬車のロックに使われているのが同じ聖属性だとしても、こちらの力が凌駕していれば打ち破れる。つまり、レイの魔法を無効化できるのだ。メルディの腕さえ確かなら。
 
「最後まで諦めないのが私の才能よ!」
 
 大きく吠え、刃先を窓に添えた短剣の柄頭にハンマーを振り下ろす。

 一瞬で窓ガラスは飴細工のように砕け散った。剣身には傷一つついていない。さすが私、と自画自賛するより早く、腰のポーチから閃光弾を取り出して窓の外に投擲する。
 
 閉じた瞼の裏で真っ白い光が瞬き、何かが走り寄ってくる気配がした。直後、どん、と激しい振動と共に、体が椅子から転げ落ちる。
 
 レイたちから気を逸らすことには成功したようだが、今度は自分の身が危ない。

 窓に残ったガラスの破片で体を傷つけながら、唸り声を上げた魔物が中に入ろうとする。思わず口から悲鳴がこぼれたとき、馬車のドアが開き、背後から伸びてきた腕に抱きしめられた。
 
「目を閉じな!」
 
 素直に従って目を閉じる。複数の鈍い音のあとに、聞いているだけで胸が悪くなりそうな断末魔が続き、徐々に静かになっていく。

 そろそろと目を開けると、全身を木の根で貫かれた魔物が血溜まりの中で絶命していた。えぐい。
 
「メルディ! 怪我は⁉︎」
 
 いつもの冷静さもどこへやら。血相を変えてメルディの体を確認するレイの髪は、頭から浴びた血で真っ赤になっていた。まるでメルディの髪みたいに。
 
「レイさん、格好いい……」
「こんなときに何言ってんの! 頭を打ったんじゃないだろうね⁉︎」
「大丈夫。怪我はないよ。助けてくれてありがとう。レイさんは無事? 怪我はない?」
「ないよ。怪我がないなら、とりあえず降りて。もう一度結界を張るから、今度は破らないでよね。まさか、旅のためにセレネス鋼製の短剣まで作ってるなんてさ……」
 
 手を引かれて馬車を降りる。エスコートされちゃった、なんて呑気なことを言っている場合ではない。
 
「待って、私も戦う。さっきの閃光弾の他にも色々持ってきたの。援護ぐらいはできるから」
「だからっ……」
 
 そこで言葉を切り、レイはため息をついた。
 
「いいよ、一緒に来な。あっちも、もう終わってると思うし」
 
 レイの言った通り、戦場は静けさを取り戻していた。グレイグも御者も怪我はなさそうだ。それぞれ血に汚れた剣身をのんびりと拭っている。

 地面に転がっている盗賊たちが生きているかどうかはわからない。確認したくもない。
 
「お姉ちゃん、無茶するのやめてよ。どうしたの、その短剣。高純度のセレネス鋼は国の許可制でしょ? ママたちに知られずに、どうやって手に入れたの?」
「おじいちゃんにおねだりした。ママとパパには内緒ねって」
 
 メルディの祖父は国軍総司令部の元長官――つまりリリアナの上司だった。コネなら腐るほどある。
 
「あの人は……。リリアナさんにちくってやる」
 
 レイが唸るように呟く。その声は低い。いつもより余裕なく見えるのは、気のせいなのだろうか。




 
 盗賊たちの襲撃から一夜明け、一行はリヒトシュタイン領の屋敷に辿り着いた。レイの魔法紋を駆使してすっ飛ばしたおかげだ。これでようやく、染みついた血の匂いからも解放される。
 
 転げるように馬車を降り、玄関前の庭で大きく深呼吸をする。ちちち、とさえずる鳥の声が、なんとものどかで良い。
 
「ああ、新鮮な空気って美味しい……」
「お姉ちゃんが魔物を挑発しなきゃ、馬車は無事だったんだよ。反省してよね」
 
 小言を無視して御者に近づく。彼は馬車の惨状に肩を落としているようだった。
 
「あの……。ごめんなさい。こんなことになっちゃって……。でも、なんとかしなきゃって必死だったの」
「い、いえ。保険に入ってますから。お構いなく」
 
 両手をそっと握りしめ、上目遣いに見上げると、御者は眉を下げて笑みを浮かべた。

 エスメラルダに教えてもらった「丸くおさまるごめんなさいのやり方」だ。何度かアルティに使ったが、他人にも効果抜群とは。
 
「お姉ちゃんさあ……」
 
 呆れた様子のグレイグに首を傾げる。
 
 屋敷の玄関が開き、エメラルドグリーンの鎧兜を着たデュラハンがこちらにやって来た。大叔父のガラハドだ。その後ろにはレイもいる。ことがことなので、先に事情説明をしていたのだ。
 
「やあ、メルディ。グレイグ。大変だったね。ようこそ、いらっしゃい」
「大叔父さま!」
 
 見上げるほど大きな体に抱きつく。鎧が硬いので、少し痛い。
 
「あんな目にあったのに元気だなあ。リリアナにそっくりだ。グレイグも強くなったね。優秀な後継が育って、僕も嬉しいよ」
 
 優しく頭を撫でられて目を細める。グレイグも褒められて嬉しそうだ。ガラハドはメルディとグレイグを昔から可愛がってくれる、大好きな大叔父なのだ。
 
「ガラハドさま、メルディをあまり甘やかさないでください。また無茶をされたら困ります。ただでさえ、アルティに似て頑固で、リリアナさんみたいに向こう見ずなのに」
「レイさんは相変わらず手厳しいね。子供の引率も大変だ」
「私はもう子供じゃ……」
「親に心配をかけるのは子供じゃないの?」
 
 静かだが、有無を言わせぬ声に思わず怯んだ。

 さすが年季の入ったデュラハン。レイとは迫力が違う。悔しい。背後でグレイグが頷く気配がする。もっと悔しい。
 
「盗賊たちが着ていた鎧、メルディが開発したやつの偽物……のさらに改造版だったよ。魔法紋が書き換えられて、必要以上に筋力を上げる仕様になってた。どうもウィンストンから流れてきたみたいだね。さしずめ、同業者たちに縄張りを奪われたかな」
 
 顔が強張るのが自分でもわかった。ガラハドは嘘をつかない。隣のレイは相変わらず冷静だが、その瞳には怒りが込められていた。
 
「……早くなんとかしなきゃ」
 
 メルディが作った鎧には、魔法紋偽造防止のロックをかけてある。ここ十年ほどの間に確立された技術で、まだ義務化はされていないが、大抵の職人は自分の作品を守るために取り入れている。特に直接身につける防具には。
 
 偽物の製作者は倫理観が薄いらしい。偽物や改造品がどれだけ出回っているのかと考えるだけで嫌な気持ちになる。
 
「とりあえず、今日はゆっくりしていきなさい。お風呂も食事も用意しといたよ。まだ乗り継ぎの魔物便は来てないんでしょ?」
「予定では明日です。先に隣のマルグリテ領で仕事があるようなので。グリフィン便ですから、空を飛んで来ると思います」
 
 レイの言葉にガラハドは頷いた。
 
「御者の君も、うちの子が申し訳なかったね。これ、少ないけど」
 
 ジャラリと重そうな革袋を手にした御者が目を丸くする。きっと修理代を遥かに超える金額が入っているのだろう。
 
「あ、ありがとうございます。では、私はこれで。お嬢さま……お気をつけて」
「御者さんも! 気をつけて」
 
 手を振るメルディに手を振り返し、御者は来た道を帰って行った。それをレイは渋い顔で見つめている。馬車が駄目になったことを悔やんでいるのかもしれない。
 
「ありがとう大叔父さま。迷惑かけて本当にごめんなさい」
「言っとくけど、タダじゃないからね。子供じゃないって言い張るなら、少し働いてもらおうかな」
「え?」
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