黄昏刻の魔法使い

ひろまさ

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 それは夕焼けで真っ赤に染まった児童公園での出来事だった。
 その日私は下校の途中で、一人で歩いているところだった。
 そして道路より低いところにある児童公園に目をやったのは本当に偶然だった。
 その時起こっていることを、把握できたのはなぜだか分からない。
 魔力も何も持たない私にそうと教えたのはきっと神様とか天使の類いだったのかもしれない。
 私が見たのは、大勢のカラス。そしてその中に佇んでいる男の子一人。
 普通は男の子がカラスに餌付けしているところ、だとか偶然カラスが少年に気付かず来たところだとか、少年がカラスに襲われるところだとか考えるものだろう。
 しかし私には、その時ーー
 カラスが男の子の一部のように思われたのだ。
 あそこにいるのは少年とカラスたちじゃない。
 無数の空飛ぶ目と、人間の思考を併せ持つ、人間よりも上位にいる存在が、一つーー
 そう考えると急に足と目が動かなくなった。
 カラスが一斉にこちらを向いても、足が全く動かない。
 そしてその中にいる核のような男の子がこちらを向いても、少しも目をそらせない。
 ......あの男の子、どこかで見たような感じがする......?
 しかし誰だろうと考える前に、男の子がカラスたちに合図を出し、カラスたちは真っすぐこちらに頭を向けてーー私に襲い掛かる。
「嫌あああああっ!」
 私は怖くなって逃げ出したが、カラスたちの方が早かった。カラスは私の前に回り込む。私は目をつぶってその中を突っ切った。
 羽毛の塊に頭を突っ込んだ感覚。それにカラスの爪やくちばしの硬い感触。
 息を詰めて目をつぶり、手と足だけをでたらめに動かすように走る走る。一本道で車通りも少ない道で助かった。
 その後私は商店街の電柱にぶつかり、肉屋のおばちゃんに心配されるまで、目を開けることはなかった。

  ......という彼女の様子を見て・・、おれは少し悪い気がした。
 でもまあ, やらないといけない事だし、おれがした事といえばちょっと驚かせただけだ、彼女が頭を打ったのはおれのせいじゃない。
 ............。
目を借りた・・・・・カラスを解放してから、おれは携帯電話を取り出した。
 師匠からはうるさく言われるが、こっちの方が便利な気がする。あと師匠だってスマホ持ってるじゃん。
 三回のコール音の後、スピーカーから男声が漏れる。
「............誰だ」
「......表示見てください、イリアイです、蛇岡さん」
 少し機械音痴気味の彼に名乗ると、蛇岡さんはあー、とか唸ってから
「入相か、どうした」
 何事もなかったかのように話を進められる。
「はい、クラスメイトに見られたんで報告を」
「ちゃんとごまかしたか?」
「ええ、ちゃんとしましたよ。カラスを使いました」
「入相でカラスなら安心だな、カラス通せば何でも出来るんじゃないか」
 思わぬところで褒められて、おれは少し慌てたようになった。
「まあその子なら明日様子を見ておけばいいだろう。言い触らすような目立ちたがりか? その子」
 何事もスルーしてくれる蛇岡さんは、またすぐ話題を元に戻した。
「いえ、学級委員ですが大人しい子です」
「なら安心か」
 話が終わりかけるその時、ガンッと頭を殴られるような衝撃を受ける。
 この感覚はよくしってるもので、実際に殴られた訳じゃない事ぐらい気づいている、受けたのは衝撃だけで痛みはない。よく知っている この正体におれはあきらめから来るため息をついた 。
『はっろー、話は見たよ!』
 おれでも蛇岡さんでもない声が聞こえた・・・・。蛇岡さんはため息をついた。
「おい。話に割り込むな、テレパシー叩きつけるな。昔から言ってることだろう」
 しかしそんな事が気になる相手ではない、それが証拠に話す相手の口調は変わらない。
『叩きつけなきゃ気付かないでしょ、割り込まなければ入れないでしょ。そんな事よりねえねえ入相、僕の弟子。魔法使っているとこ見た子はだあれ?』
 そう問われた瞬間、べらべらと彼女のことを言いたくなる衝動に駆らされておれは歯を食いしばった。
『別に僕はいいんだよ? そっち行って君の記憶をまるごと見ても。廃人にするようなへまはしないさ。それとも君の瞬間記憶から読み取ったあの子の顔を、人脳インターネットで検索しようか、それとも誰かに襲わせようか。それとも』
 だんだん背筋が寒くなっていくのを感じ、堪らなくなっておれは彼女の個人情報を頭の中で叫ぶように思い出した。
 彼女の名前は神田ひとみ。○×中学二年三組の学級委員。理科が得意で体育苦手。大人しいがノリはいい。一人っ子で、兄弟姉妹に憧れている。住所は、おれが今いる児童公園から八百メートル先にある住宅街の方向。以上。
 それらの情報を読み取った師匠の満足そうな思いを感じ、やっとおれは息をつく。
「オーケー、神田ちゃんって言うんだ。可愛いね、 君の記憶からちらっと見たけど。ライバルは多いんじゃない?」
 ライバルって何のだ。しかしここで騒ぐとからかいに来るのが師匠クオリティだ。
 むきにならないでいると、師匠はつまらない、という思いをダイレクトに伝えて来るだけで終わらせた。
『まあいいや、からかいすぎて愛弟子の初恋を殺しちゃ悪い。もう僕ァあがるログアウトするよ。進展したらまた来るね、バイバイ(゚▽゚)/』
 顔文字が脳内に浮かび上がってから、今度は上に引き上げられるような感覚を得た。
 師匠がおれを解放した証だ、さっきおれがカラスにしたように。
「......あー、入相大丈夫か? 侵入酔いしてないか?」
 電話口から出て、鼓膜を通して聞こえる蛇岡さんの声におれは何だか懐かしさを感じた。
「大丈夫です」
「あいつも弟ができた感じに舞い上がってんだよ」
 蛇岡さんのフォローにおれは頷いた。それにわがままなモノだ、『魔法使い』とは。

 一般的に言われる魔法使いとは別物だろうが、おれ達は魔法使いである。
 しかし魔法といえど物理法則をねじ曲げたり、得体の知れない都合のいいものを生成したりなんてできない。そもそも魔法使いとおれ達の一族が名乗って居るのも、他に名乗っている団体がいないのをいいことに十年ほど前に名乗りはじめたから、それだけだ。もし他の場所に真の魔法使いがいるなら連絡してほしい。名称変えるから。
 そんな弱気なスタンスのおれ達が何故魔法使いと名乗っているか。おれ達が出来ることとは何か。魔法とは何か。
 師匠に聞くと即答されるだろう、『他人と心を繋げる力』と。
 言葉を介して時間をかけて、他人に思いを伝えることは誰にも出来る。しかしおれ達は思いを一瞬で、無言で伝えられる。恋愛話における思いのすれ違いなんて起きない。
 しかし心といえば聞こえはいいが、実際には『他人の脳を操作できる』の方が近い。
 魔法の習熟度により、また個人により操作できる方向性は違うが、出来る人は洗脳レベルまでに達する。例えば師匠。彼の言うなりになる人間はこの町に多くいる。
 因みにおれはそこまで出来る奴じゃない。人間相手は苦手なんだ、カラスと意思疎通するくらいが関の山で、師匠にはいつもいつも注意される。向上心を持てー、とか。
 そう言われると考えるだけでため息をついてしまった、それに気づいたらしい蛇岡さんがおれに気遣わしそうな声をかける。
「あー、あいつに好きな人知られたのは同情する。無理矢理告白させられそうになったら遠慮なくカラスを呼んで暴れさせろ、収拾は俺があいつにつけさせる」
 あ、やっぱり勘違いされてる。おれは一応訂正してみた。
「別に、おれは神田さんに恋なんてしてませんよ」
「はいはい、そういうことにしてやろう」
「本当に恋じゃありませんよ。今度説明しますから聞いてください」
 言ってから画面を見ると、通話はいつのまにか切れていた。
 どこまで聞いていてくれたんだろう。考えてもわからない事だが。
 おれは携帯をしまってからかばんを拾い上げる。集めていたカラス達はとっくに解散してたからおれも帰ろう。
 道路に出ると、ピンクのハート柄ハンカチを見つけた。神田さんのハンカチだろうか。明日接触するいい口実ができた、と思い拾い上げる。
 ......。
 別に彼女のことを何とも思っていないが、一応おれは心の中で謝った。
 勝手に、あの師匠に個人情報渡しちゃってごめん。
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