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6.破滅への一歩 編
その3
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そこで夢は絶たれた。
必死にビオラの名を叫ぶ、ヘンリーの声が聞こえたからだ。
「はっ!うっ!」
せき込む、ビオラに、侍女たちが水を渡し、背中をさする。
「良かった!戻ってきた!」
「暖かいタオルを持ってきます」
周りがバタバタしている。
「何が…」
「ビオラが眠ったまま起きないと侍女から連絡があったんだ。眠っているのはいいけど、今度は目覚めないって」
はーっと安堵のため息をついて、ヘンリーはビオラを抱きしめた。
「良かった。本当に」
ああ、この人の腕も優しくて暖かい。
「大丈夫ですよ。でもちょっとだけこうさせてください」
そう言って、ビオラはヘンリーに抱き着いた。
「ああ、いいよ。落ち着くまでそうしているといい」
ジョージ様と一緒、この世界のお父さんだわ。
安心する。
そこへ、騎士の仕事を終え、ポーカーから目が覚めないと知らされたルークが飛び込んできた。
「ビオラ!!」
目に飛び込んできたのは、抱き合う二人。
「ヘンリーさーまー!」
「ルーク様お静かに!」
周りにいた侍女にしーっとされてしまった。
「~!」
恥ずかしいやらで、ルークは顔が真っ赤になった。
ビオラはヘンリーから離れた。
「もう大丈夫か?」
「はい、勘違いしたルークにヘンリー様が殴られちゃいますから」
ふふふと笑って、ヘンリーは頭をなでた。
「何なんだ、大丈夫なのか?ポーカーが、目を覚まさないと言っていたから」
「今さっきだ、目覚めたのは」
「私はどのくらい眠っていたのですか?」
「一昨日からだから、2日だな」
「そんなに!ご心配をおかけしました」
「顔色は良くなったな。良かった眠れるようになって」
ヘンリーは子供をなでるように頭を丁寧になでた。
気持ちよさそうにビオラが微笑む。
ルークは一昨日の兄弟喧嘩から引きずっていたので、余計にイライラした。
「ヘンリー様、さわりすぎです!」
その場にいた侍女たちも動きが止まり、ぶふっと笑った。
「大丈夫ですよ、ルーク様」
「ヘンリー様は、ビオラ様が小さいころから一緒にいらっしゃるんですよ、ご存じでしょう?」
「そ、そうだけど!」
「ルーク、ヘンリー様は私のお父様みたいなものよ。そんなに怒らないで」
「う、うん。わかった」
その場に居た一同、ルークが子犬のように見えた。
笑いながら、侍女たちは部屋を出る。
それをみて、ビオラが口を開いた。
「お二人にお話があります」
そして夢の内容を話した。
「魔王の準備はわからないのか…」
「しかし、討ち果たせとはまた、なんてことをお願いされたものだ」
「島は魔王が女神に会いたいから引っ張っている。マーレ島の話のままだな」
「明日にでも教皇様に話に行こう」
「はい。あ、モーガン様は何かおっしゃってましたか?」
「というと?」
「深く眠る前日、お仕事をお手伝いしていたので」
「大丈夫だ。急ぎならまた言ってくるだろうから。ルーク、後は頼んだ。ビオラ、ゆっくりまた眠れ」
「はい。ありがとうございます、ヘンリー様」
ぱたんとドアがしまった瞬間、はあーと深いため息をもらしたのはビオラだった。
ベッドの端に座っている。
「大丈夫か。何か、色々置いていっている。何か飲むか?」
と聞いて、はっ!とルークは思い出した。
うん…と小さく言って、侍女たちが用意してくれたワゴンを見た。
冷たいものから暖かいものまで用意されている。
ビオラ自身が注げるように、ポットに入ったままだ。
だが、あえて温かいお茶を飲むことを決意した。
自分で注いでも手が震える。
カチャカチャと音がする。
また薬が入っていて、意識が混濁したらどうしよう。
また何か起きて、ルークたちに心配をかけたらどうしよう。
『良いではないか、克服などしなくても』
『守ってくれる腕にゆだねては』
いいえ。
それでは前に進めないの、シルバー様。
いつも教会まで送ってくださってありがとうございます。
倒れないか心配でついてきてくださるあなたのためにも。
乗り越えたいのです。
――手が震えている。
――唇も、震えながら飲んでいた。
――無理をするな、ビオラ。
はらはらしながら、ルークはビオラが立ったまま暖かいお茶を飲むのを見守った。
カップのお茶を飲み干したビオラは、ルークの方を向きながらこう言った。
「ルーク、もう強くなりたいなんて言わないわ」
泣いてはいるが、唇を噛みしめていた。
「立ち止まるなって言われたわ。無理にでも前に進まないといけなくなった。力を貸して、ルーク」
ルークは、ビオラをしっかりと抱きしめた。
「わかった。全力で力を貸す」
どうして。
こいつばかりに試練が続くんだ。
俺はその荷物、持ってやれない。
もどかしい。何のために俺はいるんだ。
翌日、教会に行く前に、薬処に寄っていくことにした。
朝から、人が右へ左へとせわしなく動き回っている。
ビオラは、慣れているので、目的のものがある棚まで、すたすたと一人でやってきた。
棚から、一錠ずつ薬を取る。
5錠を一気に飲み干した。
「ビオラ!そんなに一気に飲んだら体がおかしくなるわよ!」
マーシャの言葉に、ビオラは振り返る事もなく上を向いて、泣きながらこう言った。
「マーシャ、私は本当はもっとゆっくり治したい」
「ビオラ…」
「わかってはいるんです。そんなこと言ってる立場じゃないって。だったら、無理にでも体を元に戻すしかないじゃないですか」
「ばか…!」
マーシャはビオラに抱きついた。
泣きながら、ばかともう一度言った。
「私がやるべきことはたくさんある。時間がないんです。ここで足踏みするわけにはいかない」
「時間がないって、ビオラ」
「魔王が私を待っている」
夢の話をする。
「凄い事頼まれたわね」
「私の悩みなんて吹っ飛ばされてしまいました。諦め慣れてはいるけど、ここまで自分を置いてこいと言われるとは思わなかったですよ」
マーシャはまた抱きついて泣いた。
「私の恋も何もかも置いてこいと言われてしまいました。渦巻人だから…!」
ビオラも声を出して泣いた。
ねえ、どうしてこの子ばかりこんな目に合うの?!
ゆっくり人を好きになったっていいじゃないの!
2人は抱き合ってオイオイ泣いた。
ビオラは、側にあった、違う回復薬の錠剤を3~4粒、一気に飲んだ。
「馬鹿!おかしくなるって!」
口を押えて、ビオラは飲み込んだ。
どくん!
もう一人の自分がいるように揺れた。
体中の血が沸き立つような感覚だった。
何かが血管を駆け巡っている。
指先からつま先まで、血管が広がったように大量の血が動いているのがわかった。
鼻血が出た。
手で押さえる。
側にいた若い薬師が小さく悲鳴を上げた。
「!!」
目の前が白くなる。
立っていられない。
口を手で押さえる。
だが、何かが体の中を回って2周目あたりから体が、軽くなってきた。
足や手や肩に乗っていた、重たい鎖がどすんどすんと落ちていく。
「…」
「ビオラ…?」
他の薬師も水を持ってオロオロしながら見守っていた。
座ったまま、深呼吸をした。
ああ。
私は生きている。
ふうーと息を吐いた。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
しっかりとした目をした、以前のビオラがそこにいた。
「なるほどな。陛下に進言してみようかの」
「全部申し上げて大丈夫でしょうか」
「心配するな。聞かれたことに答えればよい。それまでは下がっておれよ」
「はい」
「時にビオラ」
「はい?」
「無茶な治し方はいかんぞ」
「ばれていましたか」
「血を出したと聞いたぞ」
「大丈夫です。ただの鼻血です。それに少々無茶をして、無理にでもしないと前に進めません」
まったく、と教皇はブツブツ言いながら支度を始めた。
――薬を使って無理に体調を戻したらしいが。
――草津の湯でもなおりゃせぬ、か。
「ん?」
「ビオラ様、成長されていますね」
聖女の服が少しきつくなっていた。
「少しは女性らしくなったのかの?」
「だと良いのですが」
「では、戦いに行くかの」
ビオラ、教皇の他、ヘンリー、モーガン、竜騎士団長、王島騎士団団長が出席。
後は国王と王妃、魔法省も加わった。
魔法省からは、チャパティ長官とシエロ副長官が出席していた。
ビオラと教皇の話の後、色々な意見が出た。
島が海上に着水は必須なので、結界を張る事。
魔石を集めること。
魔物退治を進めること。
最後に。
魔王を討ち果たすこと。
女神までの道を繋ぐこと。
「準備とやらがわからないのか」
「はい。女神様もお知りにならないようでした。私が何を準備すればよいのか…」
「しかし、魔王を討ち果たせとは…」
「伝説の魔王ですぞ。魔王島のどこにいるのかわからんではないか」
その魔王に会って足を無くした人を知っています、とビオラ陣営は思っていたが、チャパティ長官に教えてやることもなく…
「それに、魔王を討ち果たしても良いものかどうか」
「と申しますと?」
少しイライラしていたモーガンがかぶせるように聞く。
「魔法が使えなくなるのではありませんか?」
「は?」
その場にいた一同が同じ声を出した。
ビオラとレオンはもう少しで吹き出して笑うところだった。
「魔王が魔物を生んでいるというお話ですぞ。魔石は魔物から生まれまする。魔石でまかなっている魔法は使えなくなるのではないのかと申し上げておるのじゃ」
チャパティ長官が言っていることを頭の中で理解するのに、全員時間がかかった。
「魔法はなくならないかと思いますが」
「ふん、そんなのわからんではないか!」
「魔王が魔法を管理しているわけではないでしょう。それなら魔王退治と別と考えるべきです」
「なくなったらどうするんじゃ!色々止まって大変なことになるわ!」
「魔石でまかなっている魔法はたくさんあるのですか?」
ビオラの質問に、これだから素人は、と鼻で笑った。
「ほとんどじゃ!ほとんどを魔石でまかなっておる!」
だから、その『ほとんど』を具体的に言えと言っているのに!
とみんなが思ってイライラが溜まりつつある会議だった。
「まあ、今できることをいたしましょう。先ほどの事を各省が連携して行うように。良いですね?」
王妃が丸く収めた。
皆がそれぞれ話しながら、席を立つ。
ビオラは、疑問がぬぐえなかった。
『なぜ、魔王を討ち果たせと言ったのだろう?魔石がなくなればこの世界がこまる事くらい、開祖神ならわかるはず。なくなってもこまらないと思っているのだろうか?』
『そもそも、海上島、マーレ島は結界を張っていない。というかあの島は、ほとんど魔法を使っていない。でも普通に暮らしていけている。魔王島に近いのに』
『使うとしたら…王島とのやり取り。往来の交通、飛んだりよね。物を運ぶもそう。あと魔法鏡。つまり通信。』
『王島が海に降りたら?すべての島が海に降りたら?交通は船がある。通信だけが不便。え?それだけ?』
「ビオラっ!!」
びくっとなって、はいと返事をした。
「いつまで御前におるつもりじゃ!さっさと出んか!」
チャパティ長官がつばを飛ばしながら、ビオラに叫んだ。
広い部屋に甲高い怒鳴り声が響く。
「あ、失礼しました」
陛下と王妃は苦笑いをして、手を振った。
王島騎士団団長も少し笑って、手を上げた。
先にヘンリー達は部屋の外へでていた。
魔法省副長官のシエロも先に魔法省へ戻っていった。
ビオラは軽く会釈をして、そそくさと部屋を出る。
「…どうかしたのか」
「いえ。ちょっと問題点をまとめていたら、意外と大したことがなかったと気づいただけです」
「恐らく同じことをわしも思っておる。さすがビオラじゃの」
にやっと教皇は笑った。
歩きながら、先ほど考えていたことを話した。
うんうんと教皇はうなずく。
「さすがはわしの弟子じゃな。まったく同じことを考えておったわい」
「海上島、マーレ島はそんなに魔法を使っていないのですか?」
モーガンが以外だという顔をした。
「ええ、本当に魔法鏡だけですよ、使っているのは。ああ、大切なことを忘れていた。回復魔法!」
「ああ、そうじゃの。それくらいじゃ」
「でもそれも、教会の薬草を増やして薬を増産すればケガや病は多少防げます」
「そうじゃな。回復魔法がないとわかれば、無茶なことをする者もいなくなるだろうしな」
「戦うにしても、魔物がいなくなれば攻撃魔法を使うこともない」
「ん?魔法は何のためにあるのかってことになりますな」
モーガンが首をかしげる。
「あったら便利くらいなものなのでしょうね」
ヘンリーが少し笑って言った。
「魔法が使えなくなったら、竜はどうなるんだろうな」
「レオン殿、竜は生き物じゃないですか。それも竜王国で育てられている。魔物とは違いますよ?」
「まあそうだなぁ。あと、ああ、ビオラ、トトと話せなくなるかもな」
「えーそれは嫌だわ。あの子なんでも食べちゃうんだもの」
「この前、教会の菓子をほとんど食うておったな」
あはははとにぎやかに回廊を歩いている時だった。
「!!!」
とっさに教皇はビオラにかぶさった。
レオンは剣を抜く。
ヘンリーはモーガンをかばっていた。
矢が飛んできたのだ。
レオンが2本ほど叩き落していた。
ヘンリーは、防御の陣を張っていた。
「大丈夫か!」
「ケガはないか!」
二人の問いかけに答えない者が一人いた。
「ビオラっ!」
「間に合わなかったか!わしなんぞ、かばうでない!」
ビオラの左肩に、黒い矢がブスリと刺さっていた。
必死にビオラの名を叫ぶ、ヘンリーの声が聞こえたからだ。
「はっ!うっ!」
せき込む、ビオラに、侍女たちが水を渡し、背中をさする。
「良かった!戻ってきた!」
「暖かいタオルを持ってきます」
周りがバタバタしている。
「何が…」
「ビオラが眠ったまま起きないと侍女から連絡があったんだ。眠っているのはいいけど、今度は目覚めないって」
はーっと安堵のため息をついて、ヘンリーはビオラを抱きしめた。
「良かった。本当に」
ああ、この人の腕も優しくて暖かい。
「大丈夫ですよ。でもちょっとだけこうさせてください」
そう言って、ビオラはヘンリーに抱き着いた。
「ああ、いいよ。落ち着くまでそうしているといい」
ジョージ様と一緒、この世界のお父さんだわ。
安心する。
そこへ、騎士の仕事を終え、ポーカーから目が覚めないと知らされたルークが飛び込んできた。
「ビオラ!!」
目に飛び込んできたのは、抱き合う二人。
「ヘンリーさーまー!」
「ルーク様お静かに!」
周りにいた侍女にしーっとされてしまった。
「~!」
恥ずかしいやらで、ルークは顔が真っ赤になった。
ビオラはヘンリーから離れた。
「もう大丈夫か?」
「はい、勘違いしたルークにヘンリー様が殴られちゃいますから」
ふふふと笑って、ヘンリーは頭をなでた。
「何なんだ、大丈夫なのか?ポーカーが、目を覚まさないと言っていたから」
「今さっきだ、目覚めたのは」
「私はどのくらい眠っていたのですか?」
「一昨日からだから、2日だな」
「そんなに!ご心配をおかけしました」
「顔色は良くなったな。良かった眠れるようになって」
ヘンリーは子供をなでるように頭を丁寧になでた。
気持ちよさそうにビオラが微笑む。
ルークは一昨日の兄弟喧嘩から引きずっていたので、余計にイライラした。
「ヘンリー様、さわりすぎです!」
その場にいた侍女たちも動きが止まり、ぶふっと笑った。
「大丈夫ですよ、ルーク様」
「ヘンリー様は、ビオラ様が小さいころから一緒にいらっしゃるんですよ、ご存じでしょう?」
「そ、そうだけど!」
「ルーク、ヘンリー様は私のお父様みたいなものよ。そんなに怒らないで」
「う、うん。わかった」
その場に居た一同、ルークが子犬のように見えた。
笑いながら、侍女たちは部屋を出る。
それをみて、ビオラが口を開いた。
「お二人にお話があります」
そして夢の内容を話した。
「魔王の準備はわからないのか…」
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「明日にでも教皇様に話に行こう」
「はい。あ、モーガン様は何かおっしゃってましたか?」
「というと?」
「深く眠る前日、お仕事をお手伝いしていたので」
「大丈夫だ。急ぎならまた言ってくるだろうから。ルーク、後は頼んだ。ビオラ、ゆっくりまた眠れ」
「はい。ありがとうございます、ヘンリー様」
ぱたんとドアがしまった瞬間、はあーと深いため息をもらしたのはビオラだった。
ベッドの端に座っている。
「大丈夫か。何か、色々置いていっている。何か飲むか?」
と聞いて、はっ!とルークは思い出した。
うん…と小さく言って、侍女たちが用意してくれたワゴンを見た。
冷たいものから暖かいものまで用意されている。
ビオラ自身が注げるように、ポットに入ったままだ。
だが、あえて温かいお茶を飲むことを決意した。
自分で注いでも手が震える。
カチャカチャと音がする。
また薬が入っていて、意識が混濁したらどうしよう。
また何か起きて、ルークたちに心配をかけたらどうしよう。
『良いではないか、克服などしなくても』
『守ってくれる腕にゆだねては』
いいえ。
それでは前に進めないの、シルバー様。
いつも教会まで送ってくださってありがとうございます。
倒れないか心配でついてきてくださるあなたのためにも。
乗り越えたいのです。
――手が震えている。
――唇も、震えながら飲んでいた。
――無理をするな、ビオラ。
はらはらしながら、ルークはビオラが立ったまま暖かいお茶を飲むのを見守った。
カップのお茶を飲み干したビオラは、ルークの方を向きながらこう言った。
「ルーク、もう強くなりたいなんて言わないわ」
泣いてはいるが、唇を噛みしめていた。
「立ち止まるなって言われたわ。無理にでも前に進まないといけなくなった。力を貸して、ルーク」
ルークは、ビオラをしっかりと抱きしめた。
「わかった。全力で力を貸す」
どうして。
こいつばかりに試練が続くんだ。
俺はその荷物、持ってやれない。
もどかしい。何のために俺はいるんだ。
翌日、教会に行く前に、薬処に寄っていくことにした。
朝から、人が右へ左へとせわしなく動き回っている。
ビオラは、慣れているので、目的のものがある棚まで、すたすたと一人でやってきた。
棚から、一錠ずつ薬を取る。
5錠を一気に飲み干した。
「ビオラ!そんなに一気に飲んだら体がおかしくなるわよ!」
マーシャの言葉に、ビオラは振り返る事もなく上を向いて、泣きながらこう言った。
「マーシャ、私は本当はもっとゆっくり治したい」
「ビオラ…」
「わかってはいるんです。そんなこと言ってる立場じゃないって。だったら、無理にでも体を元に戻すしかないじゃないですか」
「ばか…!」
マーシャはビオラに抱きついた。
泣きながら、ばかともう一度言った。
「私がやるべきことはたくさんある。時間がないんです。ここで足踏みするわけにはいかない」
「時間がないって、ビオラ」
「魔王が私を待っている」
夢の話をする。
「凄い事頼まれたわね」
「私の悩みなんて吹っ飛ばされてしまいました。諦め慣れてはいるけど、ここまで自分を置いてこいと言われるとは思わなかったですよ」
マーシャはまた抱きついて泣いた。
「私の恋も何もかも置いてこいと言われてしまいました。渦巻人だから…!」
ビオラも声を出して泣いた。
ねえ、どうしてこの子ばかりこんな目に合うの?!
ゆっくり人を好きになったっていいじゃないの!
2人は抱き合ってオイオイ泣いた。
ビオラは、側にあった、違う回復薬の錠剤を3~4粒、一気に飲んだ。
「馬鹿!おかしくなるって!」
口を押えて、ビオラは飲み込んだ。
どくん!
もう一人の自分がいるように揺れた。
体中の血が沸き立つような感覚だった。
何かが血管を駆け巡っている。
指先からつま先まで、血管が広がったように大量の血が動いているのがわかった。
鼻血が出た。
手で押さえる。
側にいた若い薬師が小さく悲鳴を上げた。
「!!」
目の前が白くなる。
立っていられない。
口を手で押さえる。
だが、何かが体の中を回って2周目あたりから体が、軽くなってきた。
足や手や肩に乗っていた、重たい鎖がどすんどすんと落ちていく。
「…」
「ビオラ…?」
他の薬師も水を持ってオロオロしながら見守っていた。
座ったまま、深呼吸をした。
ああ。
私は生きている。
ふうーと息を吐いた。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
しっかりとした目をした、以前のビオラがそこにいた。
「なるほどな。陛下に進言してみようかの」
「全部申し上げて大丈夫でしょうか」
「心配するな。聞かれたことに答えればよい。それまでは下がっておれよ」
「はい」
「時にビオラ」
「はい?」
「無茶な治し方はいかんぞ」
「ばれていましたか」
「血を出したと聞いたぞ」
「大丈夫です。ただの鼻血です。それに少々無茶をして、無理にでもしないと前に進めません」
まったく、と教皇はブツブツ言いながら支度を始めた。
――薬を使って無理に体調を戻したらしいが。
――草津の湯でもなおりゃせぬ、か。
「ん?」
「ビオラ様、成長されていますね」
聖女の服が少しきつくなっていた。
「少しは女性らしくなったのかの?」
「だと良いのですが」
「では、戦いに行くかの」
ビオラ、教皇の他、ヘンリー、モーガン、竜騎士団長、王島騎士団団長が出席。
後は国王と王妃、魔法省も加わった。
魔法省からは、チャパティ長官とシエロ副長官が出席していた。
ビオラと教皇の話の後、色々な意見が出た。
島が海上に着水は必須なので、結界を張る事。
魔石を集めること。
魔物退治を進めること。
最後に。
魔王を討ち果たすこと。
女神までの道を繋ぐこと。
「準備とやらがわからないのか」
「はい。女神様もお知りにならないようでした。私が何を準備すればよいのか…」
「しかし、魔王を討ち果たせとは…」
「伝説の魔王ですぞ。魔王島のどこにいるのかわからんではないか」
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「それに、魔王を討ち果たしても良いものかどうか」
「と申しますと?」
少しイライラしていたモーガンがかぶせるように聞く。
「魔法が使えなくなるのではありませんか?」
「は?」
その場にいた一同が同じ声を出した。
ビオラとレオンはもう少しで吹き出して笑うところだった。
「魔王が魔物を生んでいるというお話ですぞ。魔石は魔物から生まれまする。魔石でまかなっている魔法は使えなくなるのではないのかと申し上げておるのじゃ」
チャパティ長官が言っていることを頭の中で理解するのに、全員時間がかかった。
「魔法はなくならないかと思いますが」
「ふん、そんなのわからんではないか!」
「魔王が魔法を管理しているわけではないでしょう。それなら魔王退治と別と考えるべきです」
「なくなったらどうするんじゃ!色々止まって大変なことになるわ!」
「魔石でまかなっている魔法はたくさんあるのですか?」
ビオラの質問に、これだから素人は、と鼻で笑った。
「ほとんどじゃ!ほとんどを魔石でまかなっておる!」
だから、その『ほとんど』を具体的に言えと言っているのに!
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「まあ、今できることをいたしましょう。先ほどの事を各省が連携して行うように。良いですね?」
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皆がそれぞれ話しながら、席を立つ。
ビオラは、疑問がぬぐえなかった。
『なぜ、魔王を討ち果たせと言ったのだろう?魔石がなくなればこの世界がこまる事くらい、開祖神ならわかるはず。なくなってもこまらないと思っているのだろうか?』
『そもそも、海上島、マーレ島は結界を張っていない。というかあの島は、ほとんど魔法を使っていない。でも普通に暮らしていけている。魔王島に近いのに』
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「ビオラっ!!」
びくっとなって、はいと返事をした。
「いつまで御前におるつもりじゃ!さっさと出んか!」
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広い部屋に甲高い怒鳴り声が響く。
「あ、失礼しました」
陛下と王妃は苦笑いをして、手を振った。
王島騎士団団長も少し笑って、手を上げた。
先にヘンリー達は部屋の外へでていた。
魔法省副長官のシエロも先に魔法省へ戻っていった。
ビオラは軽く会釈をして、そそくさと部屋を出る。
「…どうかしたのか」
「いえ。ちょっと問題点をまとめていたら、意外と大したことがなかったと気づいただけです」
「恐らく同じことをわしも思っておる。さすがビオラじゃの」
にやっと教皇は笑った。
歩きながら、先ほど考えていたことを話した。
うんうんと教皇はうなずく。
「さすがはわしの弟子じゃな。まったく同じことを考えておったわい」
「海上島、マーレ島はそんなに魔法を使っていないのですか?」
モーガンが以外だという顔をした。
「ええ、本当に魔法鏡だけですよ、使っているのは。ああ、大切なことを忘れていた。回復魔法!」
「ああ、そうじゃの。それくらいじゃ」
「でもそれも、教会の薬草を増やして薬を増産すればケガや病は多少防げます」
「そうじゃな。回復魔法がないとわかれば、無茶なことをする者もいなくなるだろうしな」
「戦うにしても、魔物がいなくなれば攻撃魔法を使うこともない」
「ん?魔法は何のためにあるのかってことになりますな」
モーガンが首をかしげる。
「あったら便利くらいなものなのでしょうね」
ヘンリーが少し笑って言った。
「魔法が使えなくなったら、竜はどうなるんだろうな」
「レオン殿、竜は生き物じゃないですか。それも竜王国で育てられている。魔物とは違いますよ?」
「まあそうだなぁ。あと、ああ、ビオラ、トトと話せなくなるかもな」
「えーそれは嫌だわ。あの子なんでも食べちゃうんだもの」
「この前、教会の菓子をほとんど食うておったな」
あはははとにぎやかに回廊を歩いている時だった。
「!!!」
とっさに教皇はビオラにかぶさった。
レオンは剣を抜く。
ヘンリーはモーガンをかばっていた。
矢が飛んできたのだ。
レオンが2本ほど叩き落していた。
ヘンリーは、防御の陣を張っていた。
「大丈夫か!」
「ケガはないか!」
二人の問いかけに答えない者が一人いた。
「ビオラっ!」
「間に合わなかったか!わしなんぞ、かばうでない!」
ビオラの左肩に、黒い矢がブスリと刺さっていた。
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