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6.破滅への一歩 編
その1
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サルビアの流した涙が、魔石のような形をしていたが、どのような効果があるのかがさっぱりわからなかった。
色は魔石に似て、透明な青色だったが、表面は薄く赤い色をしていた。
大きいものばかりで、大人の男性の手のひら2つ分ほどだった。
竜の涙自体が珍しいので、竜王国の使者に聞いてもわからなかった。
危険なので、封印をして、魔法省のもとで調べることになった。
「見た目は魔石と同じだけどな」
「成分がわからないですよね」
魔法省の研究チームもさっぱりだ。
「しかし、シエロ様の緊縛魔法、凄かったな」
「銀色って初めて見たぜ」
「まだまだ鍛錬が足りないな俺たち」
しみじみ魔法師たちが話すと、ガシャーン!と凄い音がした。
「何だ?」
「ああ、またかんしゃくだよ」
「またか」
サルビアを止めるのにシエロ副長官が出向いたのは良かったが、ちょうどその時チャパティ長官は、王宮内にいて間に合わなかった。
「ふざけおって!わしが到着するまで我慢すればよいものを!しゃしゃり出おって!」
「ま、まあ長官、シエロ様が報告書を書いていますから」
――気に入らん!特にヘンリー!あいつはいつもいつもわしの邪魔をする!
「化け物のくせに!」
8年勤めていたボタニカル島から、晴れて王島の竜騎士に昇格したルークは、先週から勤務についていた。
ヘンリーがレオンに相談をして、ルークは月明かりの夜だけ、ヘンリーの屋敷で休んでから竜騎士の勤務についていた。
おかげでビオラは、ルークがいる時はぐっすり眠れることができた。
竜騎士の宿舎とヘンリー邸はさほど離れてはいない。
ただ、城の外に出ないといけないので、王都と同じく、ダチョウのポーカーを使うことにした。
「はじめまして。ヘンリー・グレッグソン邸のポーカーと申します」
「おお、ダチョウと会話は初めてだなぁ」
「ずいぶんと礼儀正しいね」
「グレッグソン邸に勤める者は皆そうです。どこぞのペリカンとは違います」
あー、トトとは仲が悪いんだと、みんな一斉に悟った。
「すみません、ではちょっといってきます」
「朝までには戻れよ」
「ビオラによろしくな」
は、はいと真っ赤になりながらルークは答えた。
腹立つなー
その場にいた全員の心の声が聞こえたようだった。
「ルーク様が王島勤めになって本当によろしゅうございました」
「え?」
「海上島、マーレ島から帰ってきてから、この半年ほど夜お眠りになられていないようだったので」
「やっぱりそうか」
「特に月が明るい夜は眠れないらしく、以前はお庭を散策されていました。邸内の者に理由を聞かれるようになってからは、気になさってお部屋で起きてらっしゃるようで」
「…そうか」
「つきました。ちなみにルーク様、ビオラ様がお茶を飲まなくなった理由をご存じですか?」
「!!」
「侍女はもちろんグレイソン様がお入れになったものですらお口にしないようになりました。単純にお茶が嫌いになったのかと思っていたのですが」
「わかった」
ポーカーはぺこりと頭を下げ、出入り口に座って目を閉じた。
ヘンリー邸に出入りは、遠慮、挨拶無用と言われていた。
時間が早い時もあれば、かなり遅い時もあるからだ。
ルークはお茶の話をした。
「…ああ、自分で入れたいだけよ」
「嘘をつけ」
ルークはビオラを後ろから抱きしめた。
「王妃様のお茶会の時は飲んでいるけど後で吐き戻しているって聞いているぞ」
「…ごめんなさい」
「王妃様も心配している」
「どうしてもお茶だけは…」
ガタガタ震え始めた。
「いい。説明しなくていい。今は忘れろ」
この口づけで何もかも俺が吸い取れたらいいのにな。
嫌なこと全部。
お前を抱いて慰めることしかできない。
俺は無力だな。
「はあ…」
大きなため息をつきながらルークは竜宿舎の掃除をしていた。
「なんだよ、でかいため息ついて」
「聞いたぜ、ビオラ夜眠れないんだって?」
「え?誰がそんなこと」
「レオン団長がさ。マーレ島から帰ってから夜の眠りが浅いらしいって言ってて」
「それを治すために凄い量の回復薬を飲むんだって?体に良くないよな」
「ルークがやっと王島勤めになったから、ちょっとの間は大目に見てやってくれってさ」
「その代わり、日中はこき使えって」
にやりと先輩方は、雑用を言いつける。
「まあな、俺もたまにダイヤ島の夢をみるぜ」
「あの黒こげな」
「言うなって!飯が食いにくいだろ!」
「俺しばらく肉食えなかった」
「焦げ臭い何とも言えないニオイは今も忘れられないよ」
「あの惨状を見て、魔石作りをして倒れたんだろ?そりゃ、思い出して眠れなくもなるな」
ああ、炎の竜の一件でということになっているんだ。
「ええ、夜中に急に起きて泣いたりとか。そんな時、俺は無能だなーと思います」
「…そうか」
「記憶を消せる魔法とか使えりゃいいんですけどね。俺は魔力ないもんで」
ははっとルークは自虐な笑いと言葉を吐いて、掃除を続けた。
「…辛いな、お前…」
「そばにいてもできないことはあるよなあ」
「できるところまで協力してやる」
「ビオラの心を守ってやれよ」
竜騎士はみんな優しい。
「みなさん、ありがとうございます!」
「その代わり…」
「薬師マーシャさんに言って、女の子紹介してって伝えてよ」
「へ?」
「あー薬師の若い子はみんな、騎士団のほうに取られているぞー」
先輩の竜騎士の一人が言う。
「ええっそうなの?」
「俺たちを好きになるには、竜を好きになってもらわないとな」
あーそうですね。
とみんなへこんでいた。
女性に、竜を慣れろと言われても…
竜騎士は女性にまったくモテなかったので独身者が多い。
「では、炎の竜は今は竜王国に預けているのですか?」
「そう。珍しい涙の魔石を置いてね」
「涙の魔石!」
シシィとカイトは叫んだ。
聞いたことがない。
「このたびのダイヤ島は悲劇でした。亡くなられたマーレ島の騎士たちの遺族にお悔やみを伝えてください」
「王妃様、ご配慮いただきありがとうございます」
「ところで、カイト。そなた気になる娘や好きな娘はいないのか?」
「はい?」
「実はな…」
国王がいうには、先だっての竜騎士試合の時、貴族席にいた女性がカイトを見初めたらしい。
「心に決めた娘がいなければ、すぐに結婚というわけではないが、まあ、一度会ってみてくれ」
「はあ」
「では陛下、わたくし、シシィ殿をお借りいたしますわね」
「はっ」
「カイトは晩餐まで、チェスにつきあってくれ」
「もちろんでございます」
二人同時に呼ぶなんて何だろうと思っていたが、カイトの結婚話か。
しかし、王妃の話とは。
花が咲き乱れる庭園の中にテーブルが用意されていた。
女性の護衛たちが離れて立つ。
「王妃様のお茶は、格別ですな」
色とりどりの花が咲き、風に揺られていた。
「そうですね。ですが、とある女性はお茶が苦手らしく、口にした後しばらくしてそこで戻されていたのですよ?」
「おや、味が合わなかったのでしょうか。ですが、失礼な女性ですな、王妃様の前でお庭を汚すとは」
「ええ、以前は笑い声の絶えないお茶会でした。はじけるような笑顔で。ところが、最近は辛い表情ばかり」
「ほう」
「マーレ島から帰ってきたらね、お茶が飲めなくなったそうよ」
「!!」
ガシャン!とカップを取り損ねた。
これは…
シシィはどう答えるのが正解か考えあぐねていた。
黙っている彼を見て、王妃は扇をパタパタと仰ぎ始めた。
「私はね、シシィ。別にあなたが誰を好きになろうとかまわないわ。妻に欲しいならそう言ってくれればきちんと手順を踏んで正妻にしてあげれる。なのに」
「なんのお話か、わかりかねます」
王妃の言葉をさえぎって、しらを切った。
「…そう。わかったわ。お茶のカップを握るたび、真っ青な顔になるの。わたくしの大切な真珠に傷をつけたことは許せません」
静かに席を立った。
シシィはその場にひざまづく。
パチン!
大きな音を立てて、扇を閉じた。
「真珠の価値がわからない者に、見ることも触らせることも許しません。いいですね?!」
怒りながら王妃は下がっていった。
ため息をつきながら、その場に片ひざをついているシシィに一人の女性護衛が立ったまま話した。
「王妃様はあの人をことのほか可愛がってらっしゃる。娘のように。マーレ島に行くときに、最後まで反対されていた」
「…」
「きっとご自分の判断にお怒りなのであろう。行かせなければ良かったと何度もつぶやいておられた」
「王妃様…」
「そなたの罪は一つではない。周りの人間をも不幸にした罪だ。しらを切るなら」
女性護衛は、剣を抜き、シシィの前に見せた。
「命をかけてしらを切れ」
「!」
「よいな」
パチンと剣をしまって女性護衛も王妃の後を追った。
あの護衛もきっとビオラとのお茶の時間が楽しかったのだろう。
「俺は…」
花一輪だけ摘み取っただけではないんだな。
ルークが王島竜騎士に昇格したと聞いている。
たまにヘンリーの屋敷で過ごしていることも聞いた。
やはり。
俺だけが辛い現実に取り残されているのか。
「覚悟していたとはいえ、現実となるとこたえるな」
シシィの体をバラ園の風が吹き抜けていった。
「すなまい、王妃様が教会の花が欲しいと言われて」
「いいえ、この辺りがお好きなお花かしら?」
「あなたが選ぶ花なら、なんでも王妃様は喜ぶ」
王妃付き女性護衛シルバーはにこっと笑った。
ビオラは思わず顔を赤くした。
女性にしては背が高く、護衛騎士の制服を着ているととても女性に見えない。
特にこのシルバーという女騎士は、王妃のお気に入りで剣の達人だ。
「シルバー様は、女性にもてたりしません?」
はははと軽快に笑った。
「確かに勘違いをされて、花を頂いたことはありますな」
「だって、素敵ですもの」
「あなたに言われるとは光栄だ」
ますますビオラは真っ赤になった。
生垣の中でムッとしたのは、シシィである。
教皇に挨拶をしにいこうといたら、先ほどの女性護衛の声がしたので、とっさに隠れてしまった。
そうしたら、ビオラも一緒に歩いていたのだ。
声を聴いただけで、胸が締め付けられた。
別れたのは9カ月ほど前。
泣き顔に髪がかかって、抱きしめたくなるほどのか弱さだった。
そのビオラがここにいる!
『王島に行くことがあれば会いに行く』
確かに俺は言った。
であれば、普通に会っても良いのでは?
『真珠の価値がわからない者に見ることも触れることも許しません!』
先ほどの王妃の言葉が思い出される。
そして。
『命をかけてしらを切れ』
「…」
植え込みの中でシシィは目頭を指で押さえた。
どうすれば…
さすがに教会の敷地は静かだ。
二人の会話が良く聞こえる。
「シルバー様にお聞きしたくて」
「なんなりとどうぞ」
「怖いものを克服するにはどうしたらよいのでしょう?」
「ビオラ殿…」
「温かいお茶と月明かりが怖いのです」
「無理はよくありません」
「私は強くなりたいのです」
「ビオラ殿」
「私が弱い心でいるたびに周りの人達がこまっている。それが耐えられないのです。心配をかけたくない。強くなりたいのです」
「無理して強くならなくてもよいではありませんか」
「この前はグレイ様に、今日はシルバー様にもこうしてご迷惑をおかけしている」
「まったく迷惑ではないですよ。綺麗な花に寄る害虫退治は得意ですからね」
どき。とシシィは思った。
気づかれたか。
「守ってもらえるなら、その腕に身をゆだねるのも守る人にとっては良い事だと思いますよ」
「そうでしょうか」
「あなたが私の妹でしたら、相手をたたっ切ってやるところです」
「王妃様は、扇子でぶん殴るとか言ってました」
ぶっと思わず、吹きそうになった。
「?」
「今日は大聖堂でしたな。送りましょう。お花をありがとうございます」
「はい、よろしくお願いいたします」
ほーっとシシィはため息をついて。そっと植え込みから出た。
聖女風のドレスを着ていたビオラは、精霊のようだ。
美しい。
マーレ島にいた時よりも女性らしくなった。
ギロリと女性騎士ににらまれる。
ばれてたか。
さては王妃が俺に会わせないように護衛をつけたか。
風が抜けていく。
彼女のベールも風にあおられる。
見えなくなるまで、シシィはぼんやりと見つめていた。
くるりと方向を変えたシシィは、無意識に剣に手をかけた。
「!!」
剣を振るが、気配がするだけで何もあたらない。
「くそっ!」
陛下の影か?
いや、そんな感じがしない。
何だ、こいつらは!
3人ほど人がいた感覚はあったが、取り逃がしてしまった。
色は魔石に似て、透明な青色だったが、表面は薄く赤い色をしていた。
大きいものばかりで、大人の男性の手のひら2つ分ほどだった。
竜の涙自体が珍しいので、竜王国の使者に聞いてもわからなかった。
危険なので、封印をして、魔法省のもとで調べることになった。
「見た目は魔石と同じだけどな」
「成分がわからないですよね」
魔法省の研究チームもさっぱりだ。
「しかし、シエロ様の緊縛魔法、凄かったな」
「銀色って初めて見たぜ」
「まだまだ鍛錬が足りないな俺たち」
しみじみ魔法師たちが話すと、ガシャーン!と凄い音がした。
「何だ?」
「ああ、またかんしゃくだよ」
「またか」
サルビアを止めるのにシエロ副長官が出向いたのは良かったが、ちょうどその時チャパティ長官は、王宮内にいて間に合わなかった。
「ふざけおって!わしが到着するまで我慢すればよいものを!しゃしゃり出おって!」
「ま、まあ長官、シエロ様が報告書を書いていますから」
――気に入らん!特にヘンリー!あいつはいつもいつもわしの邪魔をする!
「化け物のくせに!」
8年勤めていたボタニカル島から、晴れて王島の竜騎士に昇格したルークは、先週から勤務についていた。
ヘンリーがレオンに相談をして、ルークは月明かりの夜だけ、ヘンリーの屋敷で休んでから竜騎士の勤務についていた。
おかげでビオラは、ルークがいる時はぐっすり眠れることができた。
竜騎士の宿舎とヘンリー邸はさほど離れてはいない。
ただ、城の外に出ないといけないので、王都と同じく、ダチョウのポーカーを使うことにした。
「はじめまして。ヘンリー・グレッグソン邸のポーカーと申します」
「おお、ダチョウと会話は初めてだなぁ」
「ずいぶんと礼儀正しいね」
「グレッグソン邸に勤める者は皆そうです。どこぞのペリカンとは違います」
あー、トトとは仲が悪いんだと、みんな一斉に悟った。
「すみません、ではちょっといってきます」
「朝までには戻れよ」
「ビオラによろしくな」
は、はいと真っ赤になりながらルークは答えた。
腹立つなー
その場にいた全員の心の声が聞こえたようだった。
「ルーク様が王島勤めになって本当によろしゅうございました」
「え?」
「海上島、マーレ島から帰ってきてから、この半年ほど夜お眠りになられていないようだったので」
「やっぱりそうか」
「特に月が明るい夜は眠れないらしく、以前はお庭を散策されていました。邸内の者に理由を聞かれるようになってからは、気になさってお部屋で起きてらっしゃるようで」
「…そうか」
「つきました。ちなみにルーク様、ビオラ様がお茶を飲まなくなった理由をご存じですか?」
「!!」
「侍女はもちろんグレイソン様がお入れになったものですらお口にしないようになりました。単純にお茶が嫌いになったのかと思っていたのですが」
「わかった」
ポーカーはぺこりと頭を下げ、出入り口に座って目を閉じた。
ヘンリー邸に出入りは、遠慮、挨拶無用と言われていた。
時間が早い時もあれば、かなり遅い時もあるからだ。
ルークはお茶の話をした。
「…ああ、自分で入れたいだけよ」
「嘘をつけ」
ルークはビオラを後ろから抱きしめた。
「王妃様のお茶会の時は飲んでいるけど後で吐き戻しているって聞いているぞ」
「…ごめんなさい」
「王妃様も心配している」
「どうしてもお茶だけは…」
ガタガタ震え始めた。
「いい。説明しなくていい。今は忘れろ」
この口づけで何もかも俺が吸い取れたらいいのにな。
嫌なこと全部。
お前を抱いて慰めることしかできない。
俺は無力だな。
「はあ…」
大きなため息をつきながらルークは竜宿舎の掃除をしていた。
「なんだよ、でかいため息ついて」
「聞いたぜ、ビオラ夜眠れないんだって?」
「え?誰がそんなこと」
「レオン団長がさ。マーレ島から帰ってから夜の眠りが浅いらしいって言ってて」
「それを治すために凄い量の回復薬を飲むんだって?体に良くないよな」
「ルークがやっと王島勤めになったから、ちょっとの間は大目に見てやってくれってさ」
「その代わり、日中はこき使えって」
にやりと先輩方は、雑用を言いつける。
「まあな、俺もたまにダイヤ島の夢をみるぜ」
「あの黒こげな」
「言うなって!飯が食いにくいだろ!」
「俺しばらく肉食えなかった」
「焦げ臭い何とも言えないニオイは今も忘れられないよ」
「あの惨状を見て、魔石作りをして倒れたんだろ?そりゃ、思い出して眠れなくもなるな」
ああ、炎の竜の一件でということになっているんだ。
「ええ、夜中に急に起きて泣いたりとか。そんな時、俺は無能だなーと思います」
「…そうか」
「記憶を消せる魔法とか使えりゃいいんですけどね。俺は魔力ないもんで」
ははっとルークは自虐な笑いと言葉を吐いて、掃除を続けた。
「…辛いな、お前…」
「そばにいてもできないことはあるよなあ」
「できるところまで協力してやる」
「ビオラの心を守ってやれよ」
竜騎士はみんな優しい。
「みなさん、ありがとうございます!」
「その代わり…」
「薬師マーシャさんに言って、女の子紹介してって伝えてよ」
「へ?」
「あー薬師の若い子はみんな、騎士団のほうに取られているぞー」
先輩の竜騎士の一人が言う。
「ええっそうなの?」
「俺たちを好きになるには、竜を好きになってもらわないとな」
あーそうですね。
とみんなへこんでいた。
女性に、竜を慣れろと言われても…
竜騎士は女性にまったくモテなかったので独身者が多い。
「では、炎の竜は今は竜王国に預けているのですか?」
「そう。珍しい涙の魔石を置いてね」
「涙の魔石!」
シシィとカイトは叫んだ。
聞いたことがない。
「このたびのダイヤ島は悲劇でした。亡くなられたマーレ島の騎士たちの遺族にお悔やみを伝えてください」
「王妃様、ご配慮いただきありがとうございます」
「ところで、カイト。そなた気になる娘や好きな娘はいないのか?」
「はい?」
「実はな…」
国王がいうには、先だっての竜騎士試合の時、貴族席にいた女性がカイトを見初めたらしい。
「心に決めた娘がいなければ、すぐに結婚というわけではないが、まあ、一度会ってみてくれ」
「はあ」
「では陛下、わたくし、シシィ殿をお借りいたしますわね」
「はっ」
「カイトは晩餐まで、チェスにつきあってくれ」
「もちろんでございます」
二人同時に呼ぶなんて何だろうと思っていたが、カイトの結婚話か。
しかし、王妃の話とは。
花が咲き乱れる庭園の中にテーブルが用意されていた。
女性の護衛たちが離れて立つ。
「王妃様のお茶は、格別ですな」
色とりどりの花が咲き、風に揺られていた。
「そうですね。ですが、とある女性はお茶が苦手らしく、口にした後しばらくしてそこで戻されていたのですよ?」
「おや、味が合わなかったのでしょうか。ですが、失礼な女性ですな、王妃様の前でお庭を汚すとは」
「ええ、以前は笑い声の絶えないお茶会でした。はじけるような笑顔で。ところが、最近は辛い表情ばかり」
「ほう」
「マーレ島から帰ってきたらね、お茶が飲めなくなったそうよ」
「!!」
ガシャン!とカップを取り損ねた。
これは…
シシィはどう答えるのが正解か考えあぐねていた。
黙っている彼を見て、王妃は扇をパタパタと仰ぎ始めた。
「私はね、シシィ。別にあなたが誰を好きになろうとかまわないわ。妻に欲しいならそう言ってくれればきちんと手順を踏んで正妻にしてあげれる。なのに」
「なんのお話か、わかりかねます」
王妃の言葉をさえぎって、しらを切った。
「…そう。わかったわ。お茶のカップを握るたび、真っ青な顔になるの。わたくしの大切な真珠に傷をつけたことは許せません」
静かに席を立った。
シシィはその場にひざまづく。
パチン!
大きな音を立てて、扇を閉じた。
「真珠の価値がわからない者に、見ることも触らせることも許しません。いいですね?!」
怒りながら王妃は下がっていった。
ため息をつきながら、その場に片ひざをついているシシィに一人の女性護衛が立ったまま話した。
「王妃様はあの人をことのほか可愛がってらっしゃる。娘のように。マーレ島に行くときに、最後まで反対されていた」
「…」
「きっとご自分の判断にお怒りなのであろう。行かせなければ良かったと何度もつぶやいておられた」
「王妃様…」
「そなたの罪は一つではない。周りの人間をも不幸にした罪だ。しらを切るなら」
女性護衛は、剣を抜き、シシィの前に見せた。
「命をかけてしらを切れ」
「!」
「よいな」
パチンと剣をしまって女性護衛も王妃の後を追った。
あの護衛もきっとビオラとのお茶の時間が楽しかったのだろう。
「俺は…」
花一輪だけ摘み取っただけではないんだな。
ルークが王島竜騎士に昇格したと聞いている。
たまにヘンリーの屋敷で過ごしていることも聞いた。
やはり。
俺だけが辛い現実に取り残されているのか。
「覚悟していたとはいえ、現実となるとこたえるな」
シシィの体をバラ園の風が吹き抜けていった。
「すなまい、王妃様が教会の花が欲しいと言われて」
「いいえ、この辺りがお好きなお花かしら?」
「あなたが選ぶ花なら、なんでも王妃様は喜ぶ」
王妃付き女性護衛シルバーはにこっと笑った。
ビオラは思わず顔を赤くした。
女性にしては背が高く、護衛騎士の制服を着ているととても女性に見えない。
特にこのシルバーという女騎士は、王妃のお気に入りで剣の達人だ。
「シルバー様は、女性にもてたりしません?」
はははと軽快に笑った。
「確かに勘違いをされて、花を頂いたことはありますな」
「だって、素敵ですもの」
「あなたに言われるとは光栄だ」
ますますビオラは真っ赤になった。
生垣の中でムッとしたのは、シシィである。
教皇に挨拶をしにいこうといたら、先ほどの女性護衛の声がしたので、とっさに隠れてしまった。
そうしたら、ビオラも一緒に歩いていたのだ。
声を聴いただけで、胸が締め付けられた。
別れたのは9カ月ほど前。
泣き顔に髪がかかって、抱きしめたくなるほどのか弱さだった。
そのビオラがここにいる!
『王島に行くことがあれば会いに行く』
確かに俺は言った。
であれば、普通に会っても良いのでは?
『真珠の価値がわからない者に見ることも触れることも許しません!』
先ほどの王妃の言葉が思い出される。
そして。
『命をかけてしらを切れ』
「…」
植え込みの中でシシィは目頭を指で押さえた。
どうすれば…
さすがに教会の敷地は静かだ。
二人の会話が良く聞こえる。
「シルバー様にお聞きしたくて」
「なんなりとどうぞ」
「怖いものを克服するにはどうしたらよいのでしょう?」
「ビオラ殿…」
「温かいお茶と月明かりが怖いのです」
「無理はよくありません」
「私は強くなりたいのです」
「ビオラ殿」
「私が弱い心でいるたびに周りの人達がこまっている。それが耐えられないのです。心配をかけたくない。強くなりたいのです」
「無理して強くならなくてもよいではありませんか」
「この前はグレイ様に、今日はシルバー様にもこうしてご迷惑をおかけしている」
「まったく迷惑ではないですよ。綺麗な花に寄る害虫退治は得意ですからね」
どき。とシシィは思った。
気づかれたか。
「守ってもらえるなら、その腕に身をゆだねるのも守る人にとっては良い事だと思いますよ」
「そうでしょうか」
「あなたが私の妹でしたら、相手をたたっ切ってやるところです」
「王妃様は、扇子でぶん殴るとか言ってました」
ぶっと思わず、吹きそうになった。
「?」
「今日は大聖堂でしたな。送りましょう。お花をありがとうございます」
「はい、よろしくお願いいたします」
ほーっとシシィはため息をついて。そっと植え込みから出た。
聖女風のドレスを着ていたビオラは、精霊のようだ。
美しい。
マーレ島にいた時よりも女性らしくなった。
ギロリと女性騎士ににらまれる。
ばれてたか。
さては王妃が俺に会わせないように護衛をつけたか。
風が抜けていく。
彼女のベールも風にあおられる。
見えなくなるまで、シシィはぼんやりと見つめていた。
くるりと方向を変えたシシィは、無意識に剣に手をかけた。
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五月ふう
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リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
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