野鍛冶

内藤 亮

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「帰ってきたのか」
 それが喜一の第一声だった。
「ああ。これが最後だ、と清次には言ってある。迷惑かけるだろうが、宜しくたのむ」
「わしは構わんが、小春は?」
「小春に言われてな、清次をここに置くことにしたのだ」
「なるほど。わしも心構えはしておこう」
「すまん、恩にきる」
 小平太も仕事場にやってきた。
「そちらは?」
「息子の清次だ。今日から弟子入りする。色々教えてやってくれ」 
「分かりました」
 清次が家を出た詳しい経緯を知っているのは喜一と小春だけだった。先の兼正の代からここにいる喜一は身内のようなものだから、清次のことを他人に話すことはない。小平太も薄々親子の事情は知っているようだが、由緒が身ごもってからというもの、仕事が終わると飛ぶように帰っていく。清次のことは眼中にないようだった。あっさり返事をすると、ちらと清次に頭を下げ、自分の仕事をはじめた。
 歳の瀬も迫り、土間の片隅には、修理の終わった農具が山積みになっている。傍らには鍋釜の類いまで積んであって、生活道具が雑多に置かれた様はさながら古物商の店先のようだった。
「そんなものまで治すのか」
「ええ、そうよ」
 小春は千歯こきの歯を台座から外している最中だった。一通りの仕事を見て手順を頭に入れろ、という兼正の言葉にしたがって、清次は喜一や小平太の仕事を見て回っている。鉄を使った道具なら何でも扱うのが野鍛冶だから、覚えることは山のようにあるのだ。が、このところ清次は小春のそばにいることがほとんどだった。集中して仕事をしたいのだが、自分が言い出したことなので仕方がない。小春は清次にもよく見えるよう、身体をずらしながら答えた。
 省吾は独立して隣町に越していったから、今いる職人は小春を入れて三人だ。鍛造は身体に堪える、といって、喜一は鋳物を手掛けることが多くなった。重い鎚を振り上げ鉄を鍛えるのは年老いた喜一には酷なのだ。鉄を流し込むときは滑車を使えば年寄りにも負担が少ない。小平太は一通り何でもこなせるようになったが、鍛造で小春の右に出るものはいない。兼正の技を盗めばいいようなものだが、やはり気兼ねがあるのだろう。
「しっかし上手いもんだな」
 清次は鍬の歯こぼれを治す小春の手元を見つめて、惚れ惚れしたように言うと、いきなり手をとった。小春の手から離れた鎚が大きな音を立てて土間に転がった。
「危ないじゃないの」
 慌てて手を引っ込めようとしたが、清次は小春の手をしっかり握ったまま離さない。
「小春、一緒に暮らさないか」
 小春は助けを求めて辺りを見回したが、小平太は早仕舞いをして帰ってしまったし、喜一は溶けた鉄を鋳型に流し込んでいる真っ最中だった。兼正は、といえば厠にでも行っているらしく、姿が見えない。
 いつもは涼やかな清次の目が熱を帯びたように潤んでいる。男に言い寄られたことなど、初めてだった。
 やっと兼正が戻ってきた。
「返事を待っている」
 小春の耳元で清次が囁いた。首もとに生暖かな清次の吐息がかかった。それから清次はふいっと小春から離れ、手伝おう、と大声でいいながら喜一の方へと行ってしまった。
 年が明けた。兼正の工房では、皆で近くの神社に初詣に行き、商売繁盛と安全祈願をすることになっている。参詣の帰り道、清次が小春を呼び止めた。小平太が面白そうな顔をしてふりかえったが、喜一に促され先に行ってしまった。
「返事をもらえるか?」
 小春は頬を赤らめて頷いた。
「そうかそうか」 
 清次は嬉しそうにそう言うと、小春の尻をひょいと撫でた。驚いて飛び上がった小春を見て、清次がにやりとした。
「夫婦になれば色々教えてやるからな」
 小春が目を白黒させていると、清次が声をあげて笑った。
 小春が兼正の息子と一緒になりたい、と言うと、両親は大喜びだった。清次のことは、長い間修行に出ていた、と話してある。
「小春もいよいよ『兼正』を継ぐのだな。おまえが親方だからといって、亭主を尻にひいてはいかんぞ」
「妻は夫を立ててなんぼですからね」
 母の登米も上機嫌だった。
「孫の顔を早く見たいものだ」
「まぁ、気の早い。小春が赤くなっているじゃないですか」
 両親の嬉しそうな顔をみていると、嘘をついたことが後ろめたく思われたが、清次がまともな職人にさえなってくれれば全てが解決するのだ。清次に特別な才など望んでいるわけではない。今まで通り兼正や喜一、小平太と共に鍛冶仕事をして、食べていかれれば充分なのだ。
「親父、小春と一緒になりたいんだが」 
 清次にそう言われた兼正の喜びようはなかった。所帯を持てば清次も仕事に励むようになるに違いない。兼正は勿論、小春もそう信じていた。
 新居は町外れにある裏長屋だったが、二人分の飯を作ったり、男の下帯を洗うことさえも新鮮で、小春は嬉々として清次と暮らしはじめた。散々遊んできた清次は女の扱いが上手かったし、房事にも長けていた。春画を地でいくような清次の手技に目が眩むような思いがしたのも事実だった。
 だが、一時の熱が覚めると、小春にも清次の本性が見えてきたような気がした。生半可な仕事しか出来ないくせに、小春の身体だけは執拗に求めてくる。口を開けて眠りこけている清次を見ていると、小春は暗鬱とした気持ちになるのだった。
 やがて清次は仕事を休むようになった。腹が痛い、頭が痛いと何やかや理由をつけて、朝になっても布団から出てこないのだ。そのくせ、小春が支度しておいた飯は綺麗になくなっているし、夜になれば身体を求めてくる。
 兼正は容赦なく清次を叱りつけるし、小平太などは、いい年をしてまともな仕事一つ出来ない清次をあからさまに軽蔑している。清次の気持ちが分からなくもなかった。
 田植えが始まり、土色だった田が日毎に緑に染められていく。小春だけが鍛冶場にいくと、仕事場は兼正と喜一の二人しか居らず、静まりかえっていた。
 兼正の大口顧客である百姓達は今が一番忙しい時期だから、よほどのことがなければ鍛冶仕事を頼むものはいない。日頃使う道具の研ぎなら職人も百姓も自分で出来るから、鍛冶屋にとって、田植えの時期は仕事の端境期なのだ。
「おはようございます。小平太さんは?」
「今日は休みだ。かかあが風邪をひいて娘の面倒をみないとだそうだ。そんなことより、清次は?」 
「あの、ええと、頭が痛いそうです」 
 小春が目を伏せると、兼正が舌打ちをした。
「清次さんは本当に具合が悪いのか」
 喜一が気遣わしげに問うた。
「はい」
 小春が喜一の目を見ないようにして答えると、兼正が諦めたように言った。
「生根の曲がりきったやつは、そう簡単に変わるもんじゃねぇ。もう勘弁ならん」
「もう少し待ってやってください。清次さんは意気地がないだけなんです。帰ったらよく話してきかせますから」
 小春に頭を下げるられると、兼正も黙るしかなかった。
 明日は仕事に行く、という清次の言葉を信じて待っているうちに、夏が過ぎて秋になった。黄金色の田から吹いて来る冷たい風が小春の頬を撫でた。この道を清次と共に歩いた日々が遠い昔のように思われた。もうすぐ日が沈む。清次が腹を空かせて待っているだろう。小春は急ぎ足で家路へと向かった。
「飲んでいるの?」
 鍛冶場から帰った小春が最初に目にしたのは、片膝をつき、酒を飲んでいる清次の姿だった。
「うるせぇ」
 清次は持っていた湯呑みを小春に投げつけた。湯呑みは小春の顔をかすめ、柱に当たって派手な音をたてると粉々になった。清次は酒が強く、少々飲んだところで顔には出ない。白い顔をして睨めつけるように小春を見ている。そんな清次に小春は初めて恐怖を感じた。
「手荒なことをして悪かったな。こっちにこい。仲直りだ」
 清次の口調は柔らかかったが、目を細めたまま小春を凝視している。小春が土間に立ち尽くしたまま動けないでいると、清次は裸足のまま土間に下りてきて荒々しく小春の手を引いた。引きずられるようにして座敷に上がると、そのまま押し倒された。清次の手が裾を割って入ってきた。
 ようやく朝になった。清次の執拗な責めのせいで身体の奥が疼くように痛んだが、小春まで無断で仕事を休めば、兼正に余計な心配をさせることになる。
 清次は起きる気配もなく眠りこけている。小春は身支度を整えると、ふらつく足を踏みしめて、仕事に向かった。
「遅れてすみません」 
 小春しかいないのを見て兼正はため息をついたが、すぐに気を取り直したようだ。
「小春、善右衛門様から打刀の依頼だぞ」
「まぁ!」 
 小春の声が弾んだ。
 座敷では町年寄りの善右衛門が座って茶を飲んでいた。町年寄りは、不動産の仲介、人別帳の管理、御触の伝達、揉め事の仲介などを行うのが仕事だ。帯刀を許され、五十~六十両の給金が幕府から支給されている。
 両替商として若い頃はかなり強引な商売をした、という話だが、今の善右衛門は萎びたような爺さんで、柔和な物腰は好々爺そのものだった。小春はかしこまって頭を下げた。
「そう固くなるな。もう少し近くに座れ」
「は、はい」
「これでやっと話がしやすくなった。少し前に、佐野屋の息子に脇差を作ってやっただろう」
 小春は頷いた。薬問屋佐野屋の息子、由之助が、伊勢参りに行くのに自分用の脇差を作りたいと兼正にやってきたのだ。武士以外で帯刀を許されるのは、善右衛門のような功労のあった名士だけだが、庶民も旅をする時に限って護身用の脇差しを持つことが許されていた。
「お父様の脇差しをお借りしたら?」  
 由之助の父、勘解由は先代の兼正が鍛えた脇差しを持っているはずである。小春も一度見せてもらったことがあるが、古刀の趣がある素晴らしい刀だった。
「あの脇差しはやたらと重いし、私は親父のお古なんて嫌だよ。小春が作ってくれた刻み包丁は使い勝手が良くてね。せっかくなら使いやすい脇差しが欲しいなと思ってね」
 若い頃、剣術の道場に通いつめ、家業がおろそかになるほどだった勘解由と違って、由之助は根っからの薬問屋だった。蘭学の知識を取り入れるために蘭語を学ぶほどの熱の入れようだ。机にかじりついてばかりいるせいで、由之助は女のように白くて柔らかい手をしていた。
「使いやすいからって、おいそれと人様に使ってはダメですよ」
 小春が冗談めかしてそう言うと、由之助が真面目な顔をして言った。
「人様を切るつもりは更々ないさ。だけど、使いやすい刀のほうがいざという時役に立つだろう。だからといって、せっかくの旅に刻み包丁を持っていくんじゃ格好が悪すぎる」
「分かりました。そういうことなら承りましょう」 
 古鉄から刀を作る方法もあるのだが、由之助の希望で更の玉鋼を使うことにした。脇差しは、細身で軽く、しなやかで滅多なことでは折れない。殺傷力はないが、身を守る分には十分だろう。出来上がった脇差しを見せると、由之助は大喜びした。
 由之助は小春の脇差しを携えて、無事伊勢参りを済ませた。土産にもらった饅頭が美味かった。それが半月ほど前の出来事である。
「あの脇差しを見て、私も小春の脇差しが欲しくなってな」
「そう言ってくださるのは嬉しいのですが、善右衛門様の脇差に適う刀など、私には打てません」
 善右衛門の脇差しは関兼定の名刀だ。旅用の護身刀を何振りか作ったことはあるが、本職の刀鍛冶に比べれば鍛えた刀の数が圧倒的に少ない。刀の鍛造方法を知っているだけでは名刀は作れないのだ。
 小春がそう説明すると、善右衛門が逆に問うてきた。
「名刀の条件とは何だ?」
 小春は暫く考えて、答えた。
「多くの人が名刀、と認めることでしょうか。切れ味、刀身の美しさ、刀の来歴も必要です」 
「なるほど。それが名刀か」
「はい。そうだと思います」
「私はね、そうではないと思うのだ。小春の作る道具は、各々に合わせて作るから使い勝手がいい。職人も百姓も嬉々として小春の作った道具を使っておる。万人の評価など関係ない。私が使える刀が欲しいのだ。どうだ、出来るか」
 若い頃を彷彿とさせるような鋭い眼差しでそう問われ、小春は思わず、やらせて頂きます、と答えていた。
「何かご希望はありますか」
「小春に全て任せる」
 そう言うと、善右衛門は驚くような金額の金子を置いて帰っていった。
 善右衛門が帰ったあとも、小春の動悸はおさまらなかった。
「どうだ、小春。出来そうか」
「はい。やらせて頂きます」
「よし。それでこそ小春だ」
 小春は兼正の笑顔を久しぶりに見た気がした。

 
 
 
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