1 / 2
1
しおりを挟む
「向こうに着いたらすぐに連絡ちょうだいよ」
「もう、文ちゃんたら。さっきからそればっかり」
文ちゃん、本名は文子。私の母だ。父が小学一年生の頃亡くなり、それからは女手一つで私を育ててくれた。
高校を出たらすぐ働くつもりだったが、文ちゃんが、「今時、高卒なんてダメよ」と、進学を強く勧めた。そう言う本人は高卒だ。本人の口からはっきり聞いた訳ではないが、そのせいで色々と嫌な思いをしたらしい。だからこそ、進学を勧めてくれたのだろう。
おかげで、この春から大学に通うことになった。中堅の地方国立に何とか受かり、初めて母のもとを離れて暮らすことになったのだ。
せめて奨学金をとって母に苦労はかけまい、と思ったのだが、残念ながら、無償の奨学金支給を受けるほど優秀ではない。凡人は普通の奨学金を取るしかない。どんな奨学金があるか調べていたら、母が苦笑した。
「あんたねぇ、簡単に言うけど。奨学金の利子を甘くみちゃダメよ。働きながら返すっていったって、そりゃ大変なんだから」
母は小さな町工場の経理をやっていて、社長さんからも信頼されている。経理の資格は自力でとったそうだ。入社の時はすでに資格をとっていた、というのだから、恐れ入る。母は私のアバウトな性格も良く知っている。そんな母の言うことに間違いはない。
「ほら、このお金を使いなさい」
そう言うと、母は私名義の通帳をポンッと渡した。
「でも、こんなに……」
「これが最後のお小遣いよ」
そう言うと、母はにこりとした。
通帳の金額はかなりの額面だったが、私立大学に四年間通うにはチトきつい。女子大生は、おしゃれしたり遊ぶお金も必要なのだ。ならば国立大学、なのだが、家から通える国立大学はやたらと偏差値が高い。高すぎる! 都落ちという手もあるが、下宿代や生活費が必いる。結局、私の偏差値では首都圏の私大しか選択肢はなさそうだった。四年間、バイトに励まなければならないのは辛いが、仕方ない。
「大学に入っても、やっぱり勉強しないとだよね」
「はい? 何かおっしゃいました?」
「ええと、何でもないです」
「相変わらずの極楽トンボね、あなたは。学生生活を楽しむのは大いに結構。だけど、いい成績をとらないと、ちゃんとした所に就職出来ないわよ。コネとかツテは我が家にはないからね」
「う、はい、分かりました」
夏が終わり、あっという間に秋が深まって、志望校を決める時期が迫ってきた。
三者面談の帰り道。晩秋の風がやたらと身に染みた。
「家から通える国立はやっぱり無理?」
「うー、ダメだと思う」
「そう……」
母は深いため息をついた。
「残業、増やすしかないわねぇ」
「やっぱり働く」
「ダメよ。ちゃんと進学しなさい。もしお金が足りなくなったら、父さん基金だってあるんだから」
父が遺したお金のことだ。あのお金に手をつけてはダメだ。父の遺産は母子家庭のいざという時の最後の頼みの綱なのだ。と言ってもたいした額じゃないのだけれど。ああ、バラ色の女子大生活よ、さようなら。
突然、閃いた。当に天啓だ!
「おばあちゃんの家から通える大学は? 国立なら、この金額でお釣りがくるわ。下宿代もタダよ!」
地方国立(旧二期校)なら、なんとかなりそうだ。今は受験生も減って地方国立は生徒集めに一生懸命なのだ。受験科目も多くない。ばあちゃんの家なら御飯だって食べさせてくれる。もちろん、タダで。口には出さなかったけれど。
「いざというときの婆頼み」
節をつけてそう言うと、
「あんたねぇ」
と、母は黙りこんでしまった。年金暮らしのばあちゃんに娘を預けるのは申し訳ない、と思うのだろう。
「私立の理系は学費が高いのよ。薬学部なんて六年間、大学に通うんだよ」
そう言うと、母はウッという顔をした。何となくの文系で楽ちんな学生生活を送ろうと思っていたのだが、実学重視の母は、せっかく大学に行くなら、資格を取れ、と薬学部を勧めたのだ。両親を二人とも病気で早くに亡くした母は、本当は医学部に行って欲しかったらしい。私だってお医者になる頭があれば、もちろんそうしたかったが、こればかりは仕方ない。ともあれ、六年間も学生ができるなんて、願ってもない。薬学部受験に、私も諸手を挙げて賛成したのだ。
「仕方ないなあ。義母さんに相談してみるね」
と、母も最後には折れた。
かくして奇跡は起こらず、私は無事、ばあちゃんの家から大学に通うことになったのだった。
「もう、文ちゃんたら。さっきからそればっかり」
文ちゃん、本名は文子。私の母だ。父が小学一年生の頃亡くなり、それからは女手一つで私を育ててくれた。
高校を出たらすぐ働くつもりだったが、文ちゃんが、「今時、高卒なんてダメよ」と、進学を強く勧めた。そう言う本人は高卒だ。本人の口からはっきり聞いた訳ではないが、そのせいで色々と嫌な思いをしたらしい。だからこそ、進学を勧めてくれたのだろう。
おかげで、この春から大学に通うことになった。中堅の地方国立に何とか受かり、初めて母のもとを離れて暮らすことになったのだ。
せめて奨学金をとって母に苦労はかけまい、と思ったのだが、残念ながら、無償の奨学金支給を受けるほど優秀ではない。凡人は普通の奨学金を取るしかない。どんな奨学金があるか調べていたら、母が苦笑した。
「あんたねぇ、簡単に言うけど。奨学金の利子を甘くみちゃダメよ。働きながら返すっていったって、そりゃ大変なんだから」
母は小さな町工場の経理をやっていて、社長さんからも信頼されている。経理の資格は自力でとったそうだ。入社の時はすでに資格をとっていた、というのだから、恐れ入る。母は私のアバウトな性格も良く知っている。そんな母の言うことに間違いはない。
「ほら、このお金を使いなさい」
そう言うと、母は私名義の通帳をポンッと渡した。
「でも、こんなに……」
「これが最後のお小遣いよ」
そう言うと、母はにこりとした。
通帳の金額はかなりの額面だったが、私立大学に四年間通うにはチトきつい。女子大生は、おしゃれしたり遊ぶお金も必要なのだ。ならば国立大学、なのだが、家から通える国立大学はやたらと偏差値が高い。高すぎる! 都落ちという手もあるが、下宿代や生活費が必いる。結局、私の偏差値では首都圏の私大しか選択肢はなさそうだった。四年間、バイトに励まなければならないのは辛いが、仕方ない。
「大学に入っても、やっぱり勉強しないとだよね」
「はい? 何かおっしゃいました?」
「ええと、何でもないです」
「相変わらずの極楽トンボね、あなたは。学生生活を楽しむのは大いに結構。だけど、いい成績をとらないと、ちゃんとした所に就職出来ないわよ。コネとかツテは我が家にはないからね」
「う、はい、分かりました」
夏が終わり、あっという間に秋が深まって、志望校を決める時期が迫ってきた。
三者面談の帰り道。晩秋の風がやたらと身に染みた。
「家から通える国立はやっぱり無理?」
「うー、ダメだと思う」
「そう……」
母は深いため息をついた。
「残業、増やすしかないわねぇ」
「やっぱり働く」
「ダメよ。ちゃんと進学しなさい。もしお金が足りなくなったら、父さん基金だってあるんだから」
父が遺したお金のことだ。あのお金に手をつけてはダメだ。父の遺産は母子家庭のいざという時の最後の頼みの綱なのだ。と言ってもたいした額じゃないのだけれど。ああ、バラ色の女子大生活よ、さようなら。
突然、閃いた。当に天啓だ!
「おばあちゃんの家から通える大学は? 国立なら、この金額でお釣りがくるわ。下宿代もタダよ!」
地方国立(旧二期校)なら、なんとかなりそうだ。今は受験生も減って地方国立は生徒集めに一生懸命なのだ。受験科目も多くない。ばあちゃんの家なら御飯だって食べさせてくれる。もちろん、タダで。口には出さなかったけれど。
「いざというときの婆頼み」
節をつけてそう言うと、
「あんたねぇ」
と、母は黙りこんでしまった。年金暮らしのばあちゃんに娘を預けるのは申し訳ない、と思うのだろう。
「私立の理系は学費が高いのよ。薬学部なんて六年間、大学に通うんだよ」
そう言うと、母はウッという顔をした。何となくの文系で楽ちんな学生生活を送ろうと思っていたのだが、実学重視の母は、せっかく大学に行くなら、資格を取れ、と薬学部を勧めたのだ。両親を二人とも病気で早くに亡くした母は、本当は医学部に行って欲しかったらしい。私だってお医者になる頭があれば、もちろんそうしたかったが、こればかりは仕方ない。ともあれ、六年間も学生ができるなんて、願ってもない。薬学部受験に、私も諸手を挙げて賛成したのだ。
「仕方ないなあ。義母さんに相談してみるね」
と、母も最後には折れた。
かくして奇跡は起こらず、私は無事、ばあちゃんの家から大学に通うことになったのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる