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第1章

第272話 スウィート・トレイン

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 ジータレイドが率いる天馬騎士団に迷宮の護りを任せ、"狐のお宿"と"竜の巣"の全員が視察行に同行することになった。

 霊気機関車"U3号"には、通常の客車の他に貴賓用の特装車両まで連結されていた。

『この霊気機関車は、U3号特装車です。これより北部巡検に出発致します。お見送りの方は車外へお戻り下さい』

 ロシータの声が車内に響く。


 リンゴ~ン、リンゴ~ン、リンゴ~ン・・


 何処からともなく鐘の音が聞こえてきた。

『全車、外壁扉封鎖。機関室、防護扉の閉鎖を目視確認して下さい。乗務員は着席の上、衝撃に備えて下さい』

 通話器を片手に、ロシータが車内放送を行う。

「うむ、ロッシの声は良いものだ」

「うむ、ロッシを選抜した我らの勝利と言えよう」

 ユアとユナが満足げに頷く。

 その横で、

『いやぁ、良いね! 良いじゃん! 何だか、わくわくするね!』

 マーブル主神が瞳を輝かせて、指揮車両の内部を見回している。
 後方には、黒衣の女神が影のように寄り添い、車内司令室の後方にはオグノーズホーンが控えている。

「御三方の専用車両も用意してありますよ?」

 シュンは、マーブル主神に声を掛けた。

『あぁ、すっごく綺麗な車両だったね。うん! まあ、ほら、色々初めてだしさ? 発車の様子を見物させてよ』

 マーブル主神がひらひらと手を振って見せる。

「警護の方は任せます」

 シュンは、オグノーズホーンを見た。

「うむ。任せて貰おう。儂としても、そろそろ専用車にお戻り頂きたいところだが・・」

『何言ってんだい、オグ爺! これからが良いところなんじゃないか!』

 マーブル主神が右へ左へ飛びながら、車内の造りを細々見て回る。

「宜しいですか?」

 ロシータがシュンを見た。

「・・やってくれ」

 シュンが苦笑すると、ロシータが頷いた。

「全車、全扉封鎖確認しました。安全扉は正常に機能しています」

「よろしいよぉ~」

「行きますよぉ~」

 ユアとユナが前を向き、眼の前の舵輪を握った。マーブル主神が大急ぎで2人の傍へ飛んで来る。

「巻き上げ機、牽引開始ぃ~」

「巻き上げ機、牽引開始ぃ~」

 ユアとユナの声が響き、軽い振動に室内が揺れた。すぐに、正面画面に映った外の景色が動き始める。

『おぉぉぉ・・良いね! 良いね!』

 前方へ伸びる光る軌道が徐々に角度を増して上方へ伸び、どんどんと急勾配になっていき、指揮車がほぼ真上を向いて、シュンは背もたれに体を預けたまま、空を見上げるような姿勢になっていた。

 前方画面に映っているのは、薄暗い地下空洞の闇と光る4本の軌道のみだ。

「てっぺん来たぁ~」

「巻き上げ停止ぃ~」

 2人の指示に、ユキシラが手元で何やら操作する。
 ここからは、急降下そして急加速が始まる。

「行っきますよぉ~」

「超加速来ますよぉ~」

 ユアとユナが楽しげにはしゃぎ声をあげると同時に、軌道の天辺を乗り越えた霊気機関車が急降下を始めた。
 腹腔を持ち上げる落下感と共に、座席に体が押しつけられる。
 巨大な霊気機関車が凄まじい速度で光軌道上を降下しながら、徐々に水平方向へと向きを変え、今度は斜め上方へ向かって駆け上がっていく。

 前方画面に見えてきたのは、光る輪に囲まれた黒々とした空間だ。

「突撃っ!」

「突貫っ!」

 ユアとユナが操舵輪を握り締めた。

「フルバースト!」

「フルブースト!」

 2人が声をあげると同時に、霊気機関車が黒々とした空間に突入し、一瞬にして晴れやかな大空へと飛び出した。


 直後、


 ポォォォォォォーーーー・・


 ポォォォォォォーーーー・・


 ポォォォォォォーーーー・・


 のんびりとした大きな音が3度鳴り響いた。


「わははは・・」

「あははは・・」

 ユアとユナが上機嫌で手を叩き合って喜んでいる。

『凄い! 凄い! 凄い!』

 マーブル主神が興奮顔で跳びはね、輪廻の女神に抱きついて叫んでいる。

「マーブル・ワン、点火っ!」

「マーブル・ツゥ、点火っ!」

 ユアとユナが把手を握って一気に押し倒した。

 前方画面を流れ去る景色が一気に加速して消える。
 凄まじい加速感と共に霊気機関車"U3号"が黄金の光に包まれて高空を走り始めた。

『ふわぁぁ・・凄いね! どうやったら、こんなの思い付くんだろ!』

 興奮顔のまま輪廻の女神から身を離したマーブル主神が、また右へ左へ車内を飛び回り始めた。

「しばらくはこのままだ」

 オグノーズホーンが苦笑気味にシュンを見た。

「よほど、お好きなのですね」

 シュンは頷きつつ、輪廻の女神を見た。

 女神も幸せそうに頬を染め、マーブル主神を見守っている。
 マーブル主神が飽きるまで、指揮車両内に居て貰うしかなさそうだ。

 不意に、


 ポ~ン・・


 と短く音が鳴った。


『こちら食堂車、ミリアム・・食事の用意が出来たわ。みんな自由に食べに来て頂戴』

 車内放送でミリアムの声が流れる。

『食事? それって、ボク達も食べて良いのかい?』

 マーブル主神がシュンの近くへ飛んで来る。

「もちろん構いませんが、人が食べる物しかありません。何か特別な物を用意させましょうか?」

『いや、同じ物が良い。これでも、ボクは人に紛れて旅を愉しんでいた時期があるんだ。闇ちゃんには、その時に出会ったし・・ね?』

 マーブル主神が、後ろに付き添う輪廻の女神を振り返る。

『はい。あの時は・・その、ちょっと恥ずかしい時で・・』

 何があったのか、輪廻の女神が手で顔を覆いながら俯いた。

『あはは、いやぁ、何だか思い出すなぁ~』

 マーブル主神が上機嫌で笑いながら、宙に浮かんで輪廻の女神の隣へ並んで、軽く曲げた腕を出す。

『さあ、人間の食事を愉しもうじゃないか』

『・・はい』

 輪廻の女神が俯きながらもマーブル主神の腕を掴む。

「食堂車というのは、こちらのようですな」

 オグノーズホーンが開いた扉を、主神と女神が仲睦まじく通って行った。
 ちらと振り返ったオグノーズホーンが、シュンに向かって微かな笑みを見せてから去って行く。

「なんだか、良い雰囲気ね」

 ロシータがサヤリに囁く。

「ええ・・びっくりしました」

 サヤリも驚いている。
 ユアとユナから、主神と女神を少し強引に結びつけたと聴かされていたため、シュンとの間が険悪な雰囲気になっているのではないかと不安に思っていたのだ。

「むはは、新婚旅行大作戦なり」

「うはは、ブライダル超特急なり」

 ユアとユナが運転席で胸を張った。

 霊気機関車"U3号"に招待したいと言いだしたのは、この2人である。

「さあ、ボッス?」

「ボッス、あれですよ?」

 2人がシュンを振り返った。

「・・指令室だ。当機関車は予定の高度に到達した。これより、自動走行に移行する。目的地到着までは、3時間程度を想定している。到着まで、各人自由に過ごしてくれ」

 シュンは、座席の通話器を口元へ前方画面を指差して号令を掛けた。

「ボッス、オチが無いですよ?」

「ボッス、笑うところがないですよ?」

 ユアとユナが駄目出しをする。

「無茶を言うな」

 シュンは苦笑しつつ、手元画面に映る地形図を眺めた。

「確か、国があったな?」

「セルフォリア聖王国でしたら、先ほど通過致しました」

 ロシータが答えた。

「あの国の人間は、神殿町に?」

「はい。五千に満たないほどですが・・」

「少ないな」

「セルフォリア聖王国は、イルフォニア神殿の影響が強く、アリテシア教を拒む者が多いようですね」

「なるほど、それは仕方が無いな」

 シュンは頷いた。シュン自身には、等しく皆を受け入れる考えは無い。拒む者を説得するつもりも無い。もちろん、マーブル主神か、輪廻の女神からの命令があれば従うつもりだが・・。

「・・シュン様にお聴かせする案件かどうか迷っていたのですが」

 ロシータが紙の束を手に座席近くへ来た。

「神殿町に、交易所を開いて欲しいとの要望が寄せられています。すでに、シータエリア外にできた町には、粗末ながらも市場が設けられ、取り引きの場として機能し始めているようですが・・売り買いされている品は、神殿町から持ち込まれた品がほとんどです。一方で、神殿町からの持ち出しを禁じている品を何とか持ち出そうとして捕縛される商人、その使用人は後を絶ちません」

 流民町と言っても、すでに数万の人間が住み暮らしている大都市になっている。
 根本的には、神殿町の恩恵にぶら下がっている形だが、魔王種や魔物に怯えず、最低限の衣食が与えられるという環境は他の地には無い。行商人などから噂を聞きつけ、遠方から流れ着く者は後を絶たないらしい。
 当然、アリテシア教に入信し、その上で、神殿町で手に入る物を持ち出して商売を大きくしようとする商人も数多い。

「もちろん、ただの流民や商人だけでは無く、間諜の類も混じっています。しかし、正直なところ、どこの国がどんな探りを入れたところで・・脅威でも何でも無いですから、放置しています」

「まあ、攻めて来るような国は消滅させるが・・シータエリアすら突破できないだろう」

「はい。ただ、商人達が望んでいる交易の町については、やってみたいという思いがあるのです」

 ロシータとしては、神殿町と流民達が造った町の間をつなぐ緩衝地として、交易町を創りたいらしい。

「流民町の中でも貧富の差が出てしまい。つまらない連中が徒党を組んで縄張り争いのようなお飯事を始めていますし・・そろそろ、手入れをする時期かなと思っています」

「なんなら町ごと殲滅しても良い」

「ふふ・・そこまではやりません。ですが、格付けは必要です」

 ロシータが微笑した。

 その時、"護耳の神珠"からリールの声が聞こえてきた。

『主殿、良いかの?』

「見つけたか?」

『うむ。おそらく、森の妖精という連中ではないかの? 魔王種に襲われておったところを助けたが・・ちと傷病の手当が必要じゃな』

「よし、位置を教えてくれ」

 エルフィスと呼ばれる森の妖精の集落を見つけたのだ。他にも、羽根妖精の里や洞窟人の地下都市などを探している。

「リールが、エルフィスの里を発見した。これより救援に向かう」

 シュンは、ユアとユナに伝えた。

「アイアイ!」

「ラジャー!」

 2人が敬礼をして、座席の把手を握った。

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