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第1章

第271話 思索に耽る

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「なかなか難しいな」

 シュンは、湯気の立つお茶を手に呟いた。

「確かに」

「難解」

 ユアとユナがチョコレートを頬張りながら訊いた。

 神界から戻されて、首尾をグラーレに伝えた後、エスクードにあるホームに帰っていた。今は、食事を終えて各々が居間の中で寛いでいる。

 珍しく、サヤリとリールが揃ってホームに戻り、"ネームド"が勢揃いしていた。

「人と獣を狩り集めてどうするのじゃ?」

 あやすように球形の魔法陣を操っていたリールが、シュンを見た。

「迷宮の領域内で保護をする」

 シュンは湯飲みを見つめたまま答えた。

「人助け?」

「獣助け?」

 ユアとユナが次の包みに手を伸ばしながら小首を傾げる。

「迷宮外の人々を救助なさるのですか?」

 サヤリが縫い物の手を休めて訊ねた。

『人と獣を適当に何種類か保護してよ』

 マーブル主神から与えられた課題だった。
 それが、地上世界をシュンに与えることの条件だと言う。

 あまりにも簡単で、すぐにでも達成できそうな課題だった。だからこそ、マーブル主神の意図を図りかねるのだ。

「なるほどのぅ・・考えさせられる課題じゃな」

「正解が有るのか無いのか、この課題に意味が有るのか無いのかすら分からない。あまり考えても仕方が無いか」

 シュンは手元でゆっくりと揺らしていた茶を口に含んだ。

 マーブル主神が言うところの、"人"と"獣"が何を指しているのか不明だ。

 "適当に"とは、手法を問わないという意味か?

 "何種類か"とは、2種類以上?

 "保護"しろという事だから、生きた状態で・・という理解で良いのだろうか。

「一番、簡単な方法は、大型の檻を用意して、捕らえた獣や人を放り込んでいく事だが・・」

「異議あり!」

「再考を求む!」

 ユアとユナが勢い良く挙手して言った。

「どうした?」

「ボッス、それは罠」

「マーブルトラップ」

「・・そうなのか?」

 確信ありげな2人の顔を見て、シュンは首を傾げた。

「思い出すのです。あの会話を!」

「マーブル問答にヒントがあるのです!」

 ユアとユナが、ピノンの小箱を取り出しながら言った。

「主神との会話・・か」

 シュンは少し考えてから、備忘録を取り出して開いた。

「魔王種と異界民?」

 保護すべき"人"と"獣"に、魔王種と異界から侵入した民を含めろという事だろうか?

「ポイントは、がっちゃがちゃ!」

「ポイントは、ぐっちゃぐちゃ!」

 ユアとユナが、ピノンを刺した紅い楊枝をシュンの方に差し出す。

「・・いや、チョコレートは・・」

「考え事には糖分」

「脳に養分をあげる」

 2人が左右からピノンを口元へ押しつけてくる。
 シュンは仕方無く控え目に口を開けた。

「画一的な保護は、NG」

「わちゃわちゃな感じが、GOOD」

 ユアとユナが困り顔のシュンにピノンを食べさせながらクスクスと笑う。

「なるほどのぅ・・これは、主殿にとっては難解じゃな」

 リールが微笑を浮かべた。

「・・分かるのか?」

 シュンは口いっぱいに広がる甘味に顔を歪めながらリールを見た。

「どちらかと言えば、妾も苦手じゃが・・要するに、引っくり返した道具箱のようなものじゃ」

「道具箱・・」

 シュンは、居間の中を見回した。整頓されていて、参考になりそうな物は見当たらない。

「ボッス、思い出すのです」

「ボッス、マーブル主神の部屋ですよ」

「主神の・・」

 シュンは、脳裏に神界の部屋を思い浮かべた。

「・・なるほど」

 散らかり放題に、意味不明の道具やら作りかけの何かが転がっていた。しかし、あの部屋がどうしたというのか?

「あれが、がっちゃがちゃ」

「あれが、ぐっちゃぐちゃ」

「ふむ?」

「そして、マーブル主神の理想」

「マーブル主神が落ち着く部屋」

「・・あれが? しかし、あの部屋は作業が終われば片付けるのだろう?」

「ノン! 永久保存」

「ノン! 永続状態」

 ユアとユナがシュンに向けて、次のピノンを差し出した。

「つまり・・どういうことだ?」

 シュンは盛大に顔をしかめつつ、左右から迫るピノンのために口を開いた。

「マーブル主神は、がっちゃがちゃの世界がお好み」

「マーブル主神は、ぐっちゃぐちゃの世界がお好み」

「・・放置か」

 シュンはようやく、2人が言わんとする事を理解した。
 争乱の余波で未曾有の大災害が襲った世界・・実際には世界の三分の二程度が被災しただけで、無事な地域が残っている。
 マーブル主神が言うように、放っておいても人という種族が滅びることは無い。動植物もその無事な地域に棲息している種類は生き延びる。
 災害が襲った地域においても、人や鳥獣、魔物や魔王種など、等しく被災して消し飛んだが、運良く生き延びた動植物は多い。
 過酷な環境下でも、細々と、逞しく生きている鳥獣や人、虫や魚などはいる。

「捕らえて保護は不正解か。となると・・」

 これからどうするべきか。
 機神ミザリデルンを仕留めに行くか、魔王に進化した魔王種狩りを行うか・・。

「怒られるかも知れないけど・・」

「ちょっとした提案があるのです」

 ユアとユナが、ちらとサヤリの方を見ながら言った。

「どうした?」

「実は、ケイナを見つけた」

「ユキシラに捜して貰った」

 俯きがちに、2人が言った。

「ケイナを・・そうか」

 シュンは小さく頷いた。ユアとユナにとっては、仲の良かった友人だ。放っておけなかったのだろう。

「それで、その・・会いに行きたい」

「会って話をしてみたい」

 ユアとユナが、怖々とシュンの顔を見る。

「行こう」

 シュンはあっさりと頷いた。

「えっ? 良いの?」

「たぶん、良い感じじゃないよ?」

「会いたいなら会うべきだ」

「罵られるかも・・」

「恨み言をぶつけられるかも・・」

 不安げに言う2人だったが、それでもケイナに会ってみたい気持ちは強いようだった。

「蛇身にはならなかったのか?」

「うん、普通の姿だったみたい」

「人の姿のままだったって」

 ユアとユナが、サヤリの方を見た。

「ええ・・そのようですね。ここから北東方面・・"U3号"なら3時間ほどの場所です」

 サヤリが2人を見ながら微笑する。
 悪魔の大軍が侵攻してきた方面とは真逆だったため、破壊光に巻き込まれずに済んだのだろう。

「ボッス・・」

「会いに行って良い?」

 ユアとユナがシュンを見つめた。

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