上 下
238 / 316
第1章

第238話 甘くないマーブル

しおりを挟む
 神界に招かれた。
 ちょうど、食事会を終えてエスクードのホームへ戻ったところで、ユアとユナは、ユアナになったままだった。

「異界神ですか?」

 シュンは、神具だという大きな姿鏡を見つめた。
 鏡の中に、青白い煙のようなものが映っている。

『向こうの主神らしいよ』

 マーブル主神が宙に浮かんだまま腕組みをしている。隣には、オグノーズホーンが控えていた。

『挨拶が遅れたことを謝ろう。年若き主神よ』

 鏡の向こうから、年老いた男の声が聞こえていた。わずかに煙が揺らいだように見えたが、どこから声が発せられているのかは不明だ。そもそも、これが異界神なのかどうかすら疑わしい。

『良いけどね。ボクは、そっちに興味が無いし・・で、何の用?』

 マーブル主神がつまらなそうに鏡の中の煙を見ている。

『挨拶ついでに、ミザリデルンの軍勢を押し返したことを褒めておこうと思ってな』

『へぇ? ミザリデルンだって? 何だか韻を踏んだ名前だね? 君の呼称なのかい?』

 マーブル主神が鏡を見る。

『我が朋輩・・残されし唯一神が、ミザリデルンと呼ばれている』

 主神でありながら、もう一柱のことを朋輩と呼んだようだ。

『虫の神かい?』

 マーブル主神がくすくすと笑う。

『虫を苗床にした魔王種を生み出したのは、そちらの主神だった』

『金属とか喰い散らかす虫の話さ』

『・・ふむ。あれを見つけたか』

『神々の霊魂に巣喰わせた霊喰いの虫も居たねぇ~』

 マーブル主神が宙に浮かんだまま寝そべった。

『なるほど・・今代の主神殿は、良い眼を持っているらしい。良き使徒に恵まれているとは聴いていたが・・』

『君達が持ち込んだ"虫"を全部排除したいんだけど、まあ、簡単にはいかないよね』

『・・それをわれに告げるということは、準備が整ったということだな?』

『残念だけど、無理っぽいから諦めちゃった』

 マーブル主神が両手両脚を伸ばして大の字になる。

『ふむ・・主神だけではなかなか難しかろうな』

『まあねぇ・・そっちは、何柱なのさ?』

われを含めれば、二柱だ』

『操っている神々を含めたら?』

『さて・・あれは、ミザリデルンが人形遊びをしているだけだ。われのあずかり知らぬことよ』

 鏡の向こうで白い煙が揺らぎ、徐々に形を整えて人らしき造形に変じていくと、老人の姿を形作った。

『ふうん・・君の関係無いところで、そのミザリ君が暴れちゃってると?』

『報告は受けている』

『ボクの世界に入り込んで、やりたい放題やってます~って、報告を?』

 マーブル主神が笑うと、煙の老人の顔が歪んだ。

『・・直に、我らの世界になる』

『ふむふむ。今は、まだボクの世界だと認識しているわけだ』

われの世界は消失した。故に・・一時的に滞在をしている』

『ボクの世界にね? 他所の主神がね? 挨拶も無くね?』

 マーブル主神がよいしょっ・・と、起き上がって胡座を組んだ。

『前の主神との間では、世界を割譲してもらう契約を交わした』

 煙の老人が言う。

『神々の契約は、双方の存在が条件だ。片方が死滅した場合は破棄されるよね?』

 マーブル主神が片目をつぶって見せた。

『・・それは、こちらの世界における決まり事であり、われの世界では意味を成さない』

『その通り。このボクの世界においては、意味がある規則なのですよ。分かるかい?』

われの世界では・・』

『その君の世界はもうありません。ここはボクの世界です。ボクの世界の決まり事が適用されます』

『・・認めぬ』

 煙の老人がゆっくりと首を振った。

『ボクの世界の規則を破るということかい?』

 マーブル主神が明るい声音で訊ねた。

『規則そのものを認めぬ。我は主神だ。規則を決める存在なのだ』

『ボクも主神さ。だから規則を決めたよ?』

『直ぐに、ただの人形になる』

 煙の老人がマーブル主神を睨んだ。

『いやぁ、ボクは無理だと思うなぁ』

 マーブル主神が笑いながら寝転がった。

『・・余裕だな』

『ボクの創った世界だからねぇ~、駄々っ子みたいな事を言われてもねぇ~、ボクも困っちゃうんだよねぇ~』

『ミザリデルンは、ただの神では無い』

『機械の神様なんだよね?』

 マーブル主神が空中に頬杖をついて、煙の老人を見る。

『・・ほう?』

『昔、君の世界で遊んでいたことがあってさぁ~』

『貴様・・まさか、グラーレの』

 鏡の中で、煙の老人が大きく揺らいだ。

『貴様じゃないよぉ~? 主神様と呼びたまえよぉ~』

『グラーレの壺を破壊したのは・・貴様だな?』

 煙の老人の声に怒りが滲む。

『そうだっけ? いやぁ~、機人だっけ? あの種族が珍しくって、ちょいちょい遊びに行ってたんだよね。ボクにも創れないかなぁ~ってさ? ほら、ボクって真似っこするのが得意だから』

 マーブル主神が頭を掻く。

『ちゃんと移住したいって言ってくれれば迎えてあげた・・かもしれないのにね。もう、ここまでやられたら、許すことはできないよ?』

『・・もう手遅れだ。ミザリデルンは止められぬ。あいつが持ち込んだのは、世界を終焉させる装置だ』

『おまけに、前の主神から奪った終末の神器もある?』

 マーブル主神が訊ねる。

『そういうことだ』

『知ってた? あれって、殺戮人形を生み出すだけだよ? 何かの魔法で、世界が終わるわけじゃないよ?』

『ふん・・その人形こそが終焉をもたらすのだ。一度動き始めれば、神々の力を持ってしても止めることは出来ない』

 煙の老人が笑って見せた。
 その老人の後方を、真っ白な毛をした小さな獣が、尻尾を振り振り歩いている。
 鏡の中を、右から左へ、トコトコ・・と。

「俺を掴め」

 シュンに声を掛けられ、ユアナがシュンの上着の背を掴んだ。

 瞬間、2人の姿が鏡の中に現れた。

『むっ!? な、なんだ、貴様っ!』

 慌てた声をあげる煙の老人に黒い触手が巻き付いた。

『ボクの使徒さ』

 マーブル主神が胸の前で手を合わせ祈りを捧げた。

「・・飢餓縄鞭きがじょうべん

 シュンの呟きが聞こえた。同時に、巻き付いた黒い触手の表面に無数の小さな裂け目が出現し、一斉に牙を生やすと、煙の老人を喰い始めた。


 ギィァァァァーーーー・・


 老人が悲鳴が響き渡った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

処理中です...