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第1章
第221話 お手紙
しおりを挟むこれは独り言です。
誰かに聴いて欲しいわけでも、何かの相談に乗って貰いたいわけでも無いんです。
ボクは、神界の主神です。
神なので、名前はありません。
ただ、使徒の子達は『マーブル』と呼んでいるようです。
ボクは、何かを創造することが得意です。
色々な世界を覗きに行って、面白そうな物を見つけ、自分の世界で創ってみることが好きです。
もちろん、創って楽しむだけで、世の中には出しませんよ? 神界の決め事で、色々な規制事項がありますからね?
でもねぇ・・。
神々の決まり事のまま、何もしないでいると、せっかく創り出した世界が変わり栄えのしない、ありきたりなものになってしまうんですよ。
他の神々が創った世界と似たり寄ったりの、ごく普通の退屈な世界にね?
だから、ボクは色々と考えて、前の主神に相談して、迷宮については特別な規則を設けて貰いました。迷宮の中だけに適用される規則をね? もちろん、他の神々が創った迷宮も同じ規則ですよ?
例えば、他所の世界で見つけた"銃"や"魔法"なんかを、特別に与えることができる・・とか。どんな種族も、神によって迷宮に送り込まれると"探索者"という人種になるとか。"探索者"になると、精神的にも肉体的にも、老いが止まるとか・・。他所の世界に居る人間を姿も記憶もそのまま写して、"異邦人"という新人類として生み出したり・・。
割とやりたい放題、遊べる規則になったんだよねぇ。
もちろん、他の神々も色々な世界にいる文明社会を築いた生き物を写して新人類を生み出したり、独自に人類を創ったりやってますよ?
ボクの世界で言えば、獣人や洞窟人、森の妖精なんかは創造した新人類だね。他にも、色々な魔物を創ったし、人のような形の魔物や、血を吸って生きるような人種も創ったりした。
おかげで、世界は賑やかになったよ。
異種族間での自然な交配も行われて、想定外の人種も生み出されたし・・そういう小さな驚きを見つけるのは、本当に楽しいんだよねぇ。
ボクは神々の中でも、地上世界に興味を持っている・・持ち過ぎているという事で有名だった。陰でそう言われているのは知っていたし、面と向かって何度も言われたし・・。
でも、仕方無いじゃん? だって、面白いんだもの。
偉そうな事を言っているけど、神界だって問題だらけなんだよ? 地上世界と大差無いくらいに乱れてる。気付かないふりをしているだけでね? やっている事は陰湿だし、たまに生まれてくる新しい神なんか、いびられて小さくなってるしね? 嫌な場所なんだよね。
だから、ボクは迷宮に入り浸った。
ほとんどの神々が十数階で飽きて放置した迷宮造りだったけど、ボクは熱中したよ。何年も何十年も、迷宮造りに没頭したんだ。やり過ぎた事に気が付いたのは、900階を越えた時だった。前の主神に強制的に召喚されてさ。さんざんに叱られたんだよねぇ。
でも、造った物を壊せとは言われなかった。迷宮を900階まで造ったら駄目だとか、そんな禁止事項は無かったからね。
オグノーズホーンは、そんな時にボクの世界に迷い込んで来た異邦人さ。ボクが写したんじゃない、本物の異邦人。まあ、純粋に人類かと問われると首を捻るくらいの力の持ち主でね。当時は、何とか取り押さえたけど、今は力を付けているだろうから、もう無理かもなぁ・・。
ああ・・。
闇ちゃんと知り合ったのも、その頃だったねぇ・・。
あれは、たまたま神界で会合があった時に、当時はまだ正常だった凶神から頼まれてね、恋愛の仲を取り持てって煩いから、引き受けちゃったんだよね。
やれ恋文だ、やれ贈り物だ・・って、届けに行かされてさ。何度か、ご自分でどうぞって言ったんだよ? だけど、土壇場になったら何も言えなくなる、とんだヘタレでね? 結局、何から何までボクがやることになってさ。
いや、闇ちゃんって、黙って立っていたら、思わず眼を向けちゃうような美貌だし、立ち姿が綺麗なんだよ?凶神が惚れちゃうのも無理は無いなぁ・・って、当時は思ってたよ。
あっ! だからって、恋路の邪魔をしようとか、自分が成り代わろうとか、そういうのは全く無かったからね? だって、元が闇の精霊だって知ってたし? 一度、神敵を相手に暴れている現場を目撃しちゃったからね。
それはもう、敵に同情して涙するくらいの・・大変な有様だったんだ。
だけどねぇ、男神と女神って、どこでどうなるか分からないもんだよねぇ・・。
ほんのちょっとした・・何だろう、雰囲気? 気の迷い? 魔が差したっていうか?
あれは、凶神から、闇ちゃんの様子を見に行って欲しいって頼まれた時だった。
他の乙女に厳しい事を言われて哀しそうにしているから慰めてあげてくれって、呪具を持たされたんだよね。ああ・・あの時から、あいつは頭がおかしかったのかな? さすがに呪具は無いだろうと思って、ボクは神界の庭園で適当に花を摘んで行ったんだ。
それがマズかった!
いや、だって・・女の子に贈り物で呪具は無いでしょ? さすがに駄目でしょ? だからって自腹で何かを用意するのは嫌だし、だから神界庭園の花を持って行ったんだ。タダだからね?
ほら、ボクって内面を重視するからさ?
闇ちゃんは確かに美形だけども、ぶっちゃけ怖いから! 恐怖だから! 背後に立たれたら脂汗が滴るから! 無言で神を殺せるから!
・・ああ、ちょっと脱線したけども。
当時のボクは、神界でも指折りの美神だと評判の光の乙女に恋してたからね。闇ちゃんには、これっぽっちも・・ここだけの話、微塵も興味が無かったんだよ。
闇ちゃんに花を渡した時も、さっさと終わらせて庭園で見かけた光ちゃんの所へ遊びに行こうかなって思ってたし・・。
なんだけども・・。
そうだったんだけども・・。
ボクは花を渡しちゃったんだ。
うちひしがれた感じで、淋しそうにしていた闇ちゃんを見て、ついつい優しい言葉を掛けて、花を渡しちゃったんだよね・・。
おまけに、光の乙女に辛く当たられて哀しかったって言うからさ、絶対にそんなことは無いって、光の乙女は良い女神だからって言ったんだ。そうしたら、またあれこれと嘆き初めて、死んで世界を呪うだの、光ちゃんの部屋の扉に呪詛を刻むだの・・滅茶苦茶な事を言い始めて・・放って置くと本当にやりそうだったから、美しい女神がそんなことを言ったら台無しだって言ったんだ。
それがいけなかった!
ボクが、美しいって言った部分だけが記憶に残っちゃった。おまけに、花なんか渡しちゃってるし・・。しかも、あの時はうっかりしていて、凶神からの贈り物だって伝え忘れたんだよね。
ボクは臆病者さ。
後から、あれは凶神の贈り物です・・とか言えなかった。怖いんだよ! 冗談抜きで本気で怖いの!
ようく、考えて欲しい。
ボク達、神々はそれはもう無限かっていうくらいに長生きなんだよ?
仮にだよ? もしもの話だけども?
ボクと闇ちゃんが夫婦神となったとしようか?
ぶっちゃけ、何年続くと思います?
何百年も、闇ちゃんだけ?
浮気したら命がけの修羅場?
他の女神に親しげに声を掛けただけでも、首筋がひんやりするんですよ?
こんな張り詰めた状態で何年も何年も?
無理でしょ?
ねっ? 無理だよね?
はぁ~・・。
何だかんだと、のらりくらりと、上手くやっていたんだけどねぇ・・。
最近、迷宮に連れてきた子に妙なのが混じっちゃってさぁ・・。
いや、最初は面白おかしく、刺激を楽しんでいたんだよ。思いも掛けない事をやらかしてくれるし、だからと言って規則を破ろうとか、言う事を効かないとか、そういうお馬鹿さんとは違って、真面目に規則通りにやって裏街道へ入っていく子でね。イレギュラー君って呼ぶことにしたよ。
その子、いやその子達と言った方が良いな。
3人の子が、ボクと闇ちゃんをくっつけようとするんだ。油断も隙も無いよ! あれは、本気さ。完全にボクを追い込む構えだよ!
本当なら、その3人を呼んで厳しく叱責するところだよ? なんなら、人生退場させても良いくらいだよ?
でもねぇ・・。
1人の子に、有り得ないくらいの応援団がついてるんだ。身に着けた力も有り得ないんだけどさ・・。
一応、当時の主神には報告したんだよ? ちょっと先々問題になりそうだったからね?
でも、迷宮のことを神界に持ち込むな! って怒られちゃってさ。まあ、ボクの迷宮には闇ちゃんが居るし、オグ爺だって居るから、いざとなったら取り押さえて貰えば良いかなって思ったんだよねぇ。
もう無理だね。
うん、無理。絶対に無理です。
ああ、能力的にって事じゃなくて、オグ爺と闇ちゃんが動いてくれるかどうかが怪しい。よく分からないうちに、オグ爺も、闇ちゃんも、そのイレギュラー君一行を気に入っちゃったみたいでさ。
まあ、ボクも気に入っちゃてるんだけど・・。
前の主神が龍神がらみで色々やりそうだったから、強引に使徒にしちゃったけど、あれは大正解だったな。
あの時、使徒にしていなかったら、ボクは神界で消滅させられてたかも?
なんだかんだで、闇ちゃんやボクを助けてくれるし、ボクの迷宮を大切にしてくれるし・・。良い子なんだよねぇ~・・。
闇ちゃんと、ひっつけようとする・・あれさえ、なんとかしてくれるとねぇ。
ああ、最近、やたらと苦情が来るけど、イレギュラー君が使ってる甲胄人形は、何の不正もやっていないからね? 入手から強化まで、一片の狡無し! それどころか、本来もっと強いのに、ボクの方が規則違反をして抑制しているんだからね? あれをどうにかしろ? 自分でやってよ? なんなら、封印全解除しちゃうよ?
世界規模の災害を起こしちゃうから、ぎりぎり今の状態に抑えているだけだからね?
(あぁ・・また誰かの使者?)
せっかく、工作室に引き籠もっていたのに、誰だよまったく! いつもは、誰も寄り付かないのに! 眼も合わせないくせに! 困った事があった時だけ、"お願い"に来るんだ・・。
「書状です。取り次ぎを依頼されましたが、気分が優れないとの事でしたので、お断りいたしました。代わりに、書状を置いて行きましたので・・」
扉の外で、女神の声がした。神界において、中立的な立ち位置を崩さない、風の女神である。今の神界にあって、以前と変わらない姿勢で接してくれる数少ない神だった。
「・・すまなかった。ちょっと考え事があってね」
ボクは謝りながら扉を開けた。
本当なら、書状を運ぶような事をさせてはいけない大神である。
「見慣れぬ神でしたので・・」
凛とした美貌に、やや鋭い双眸をした丈高い女神が軽く低頭をしてから書状を差し出した。
「見慣れない? まさか・・異界の?」
ボクは、ピンときた。
だって、某使徒が異界に行きましたから・・。
精霊獣の霊糸を使った裏技で・・。
異界の状況は、こちらの神界では把握できなかったけどね。つい先ほど、無事に戻って来た様子は確認したんだ。
そう、あの使徒が異界へ行き無事に戻って来た。
そして、異界から書状が届いた。
偶然じゃないよね?
「申し訳無い。貴女にさせるような事じゃないが・・仕来り通り、開封を頼めるかい?」
ボクは、風の女神にお願いをした。
「お引き受けしましょう」
無表情に頷いた風の女神が、手にした書状を宙空へ浮かび上がらせて、神力によって封印を解く。その過程で、危険が無いことを確かめたのは言うまでも無い。
「先に読んでくれるかい?」
「・・よろしいのですか?」
「ボクは、前の主神様とは違って、異界神との取り引きには消極的なんだ。ボクが主神になってから寄り付きもしなかったし・・噂では、こちらの神界を無視して強引な越境行為を行っているらしいからね」
ボクは余裕の笑みを浮かべつつ、書状の中を確かめるよう促した。
「では・・」
風の女神が書状を手に取り、眼を通していった。その双眸がぎょっと大きく見開かれ、すぐに厳しい表情になって書状を読み進める。
これには、ボクの方が怖くなってしまった。
だって、風の女神は感情を表さないことで有名だったんだから。
「大戦になりますね」
元の無表情な美貌に戻り、風の女神が書状を手渡してくれた。
「大戦?」
ひんやりと背筋に滲むものを感じながら、ボクは神力で浮かび上がった文字を読んだ。
そして、もう一度、読み直した。眼力で書状が灼けるくらいに繰り返し読んだ。
「あぁ・・大戦だねぇ」
呟いたボク自身の声が、どこか遠く虚ろに聞こえた。
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