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第1章

第195話 再会

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 霊気機関車U3号に連結された客車は6層構造になっていて、1階は地上を見渡せる展望場兼運動場、2階と3階には座席が並び、4階と5階は家屋のように階段で繋がった一棟構造で、簡易調理場台所、居間、寝室、風呂と便所がある。ゆったりと5人前後。少し窮屈だが10名でも寝泊まりできる施設が、30棟。正に、移動する旅館である。
 ちなみに最上階は、大型の浴場になっていて、当然のように露天風呂もある。なお、各車両に転移筒が用意されており、壁の数字板に触れるだけで好きな階へ瞬時に移動できる。
 これで、客車一両だ。
 連結する客車を増やすことで当然、輸送できる人間の数は膨大になっていく。

 指揮車のすぐ後ろに連結されいている食堂車の中で、アンナ、エラードと再会を果たしたキャミがわんわんと声をあげて泣き、ミト爺の死を聞いて泣き、エラードの狩猟仲間達の死を悼んで泣いた。

 ジナリドという小さな町の冒険者協会で受付をしていたキャミにとっては、みんなが顔見知りで、互いに親しく声を掛け合う者達だった。特に、ミト爺は協会の先輩であり、何かにつけて面倒を見てもらった恩人でもある。

「ふん・・死んで若い女に泣いて貰えるとは、あの爺さんは幸せ者さ」

 アンナが不機嫌そうに言っていたが、アンナとエラード、ミトは古くからの顔なじみだ。悲しんでいないわけがない。

「ジナリドで集められた者はちと年齢が高めだったからよ。真っ先に一番危ない場所へ送られちまった。まあ、ミトの野郎が殴っちまった役人ってのが領主の親戚だとか・・そんな話だったからな」

 エラードが厚切りにして焼いた肉にかぶりついた。

「ちくしょう・・うめぇな!」

 シュン達に助け出された後、アンナとエラードは、それぞれ個室に落ち着いて湯を浴び、準備してあった簡素ながら清潔な衣服に着替え・・人心地ついたところで、ミリアムが腕をふるった料理でお腹を満たしていた。
 食堂車では、別の砦で救出された者達も集まって食事をしていた。

「好きなだけ食べて下さい。いくらでも作りますからね」

 忙しく手を動かしながら、キッチンからミリアムが声をかけた。

「ミリアム! ギュウドン8、スキヤキドン7・・追加よ。ガーリックトーストを多めに焼いといて!」

 他の食卓を回っていたジニーが戻ってきた。

「ジニー、先にスクランブルエッグを持って行って! 粉チーズを忘れないでね!」

「わぉ・・迫力ねぇ」

 ジニーが、大皿に盛られたサラダとスクランブルエッグの山を見て笑う。
 そこへ、ロシータがやって来た。

「お待たせしました。アンナ様、エラード様、キャミ様・・指令車の方へお越し下さい」

「シュンが戻ったのかい?」

 アンナが席を立つ。

「まだですが・・もうすぐ戻るとの連絡が入りました。周辺の掃除が終わったようです」

 ロシータが微笑しつつ先に立って歩き出す。

「やれやれ、迷宮帰りは化け物だっての・・おとぎ話じゃ無かったみたいだね」

 アンナが苦笑した。大急ぎで残りの肉を頬張ったエラードと、泣き腫らした目をしたキャミも後ろからついて行く。

 アンナ達から事情を聞いた後、シュン達"ネームド"は再度領主の城近辺へ降りて、魔王種の掃討を行っていたのだ。



ヴィィー・・ヴィィー・・ヴィィー・・


 いきなり耳障りな音が鳴り響き、反射的にロシータがアンナ達を背に庇って周囲へ視線を巡らせた。手には重機関銃を抱えている。しかし、すぐに前に聞いた音だと気がついて体の力を抜いた。



 全魔王種に告げる!

 忌々しい神の使徒によって"蜘蛛の女王"が殺された!

 戦いに備えよ!

 防備を怠るな!

 仇敵は強大なり!

 脆弱な人や獣を喰って満足するな!

 全ての魔王種よ、さらなる高みを目指せ!


ヴィィー・・ヴィィー・・ヴィィー・・



 どうやら常套句らしい声が聞こえた後、ロシータがアンナ達を振り返って微笑した。

「シュン様が"蜘蛛の女王"という魔物を仕留めたようです」

「・・今の、前にも聞いたけど・・」

「使徒というのは? シュンのやつが?」

「ええ、創造神様に選ばれ、使徒の役目を・・他にも色々と、神様から御役目を授かっておいでです」

 ロシータが答えると、アンナ達が言葉を失って固まった。

「それって、大丈夫なのかい? シュンは・・ちゃんと人間なんだよね?」

 アンナが不安げにロシータに訊ねる。

「正直なところ疑問に思う時はございますが・・この世界で一番味方にしておきたい方ですわ」

 ロシータが笑みを浮かべて歩き始めた。

「なんというか・・とんでもないね」

 アンナが頭を掻きながらぼやく。

「お、おい・・信じるのか?」

 エラードがアンナの袖を引いた。

「あの巨大蜘蛛を一撃だよ? こんな空飛ぶ乗り物に、夢のような部屋に・・これ以上、何を見れば信じられるんだい?」

「そうですよね。私もシュン君が使徒様だって・・何だか信じられる気がします」

「・・キャミまで? いや・・シュンがすげぇ奴になったのは分かるが、神の使いってのはどうなんだ? あいつがそんな玉か? あいつが神に祈ってる姿なんぞ想像できねぇぞ?」

 エラードが唸る。

「馬鹿だね。そんなの本人に聞けば一発だろ? あの子は嘘を言わないよ」

「おう・・そりゃそうだな」

「シュン君が来てくれなかったら、私は蛇穴で死んでいました。怪我は綺麗さっぱり消えちゃうし、魔物に怯えずにゆっくり眠れるし、食事はお腹いっぱい・・私にとっては、シュン君は神様ですよ」

 キャミが真面目な顔で言った。

「死神って事なら分かるが、神様はねぇだろう? それとも、ちったぁ、丸くなりやがったか?」

 エラードが首を傾げる。

「三つ子の魂っ・・て言うじゃないか。根っこのところは変わりゃしないだろ? それに、使徒だろうと何だろうと、シュンはシュンさ」

 アンナも笑った。

「そうだな。ん・・そういや、入信がどうとか言ってたな? キャミも言われたか?」

 エラードがキャミを見た。

「はい。アリテシア教ですよね? もう入りましたよ?」

 キャミが答える。

「おいおい、そりゃあ思い切ったな。これまで神様を拝んだことが無いんだが、俺のような不浄職の者でも良いのかい?」

「私も獣人でも良いのって訊いたんですけど、人種とか関係無いそうです」

「あたしも、これといって神様を知らないんだが・・ロシータさん、だったかい?」

「はい?」

 アンナに呼ばれて、ロシータが振り返った。

「その・・色々良くしてもらって、それについては十分に恩義を感じているんだけど・・アリテシア教っていうのは、その・・信者になると何かやらされるのかい?」

「後ほど説明をしようと思っていましたが・・」

 ロシータが手にしていた書類入れから3枚の紙を取り出して、アンナとエラード、キャミに手渡した。

「・・なんだいこれ?」

 目を通すなり、アンナが怪訝そうに訊ねた。

 "入学案内"と題された書類だった。

「町で当たり前に暮らすための決め事を学習し、神殿町の常識を体験しながら学んで頂く学校です」

 ロシータが足を止めて説明した。

「学校・・あたしみたいな婆さんが?」

 アンナが眼を丸くする。

「あら、もっとお年寄りの方がいっぱい通ってらっしゃいますわ。町に住む人は全員が通うことになっていますから」

「そうなのかい? なんとも・・驚くね、それは」

 アンナが困惑した顔で口を噤んだ。

「ああ・・シュンだな。それを考えたのは」

 黙って説明を聞いていたエラードが言った。

「お分かりになります?」

 ロシータがエラードを見た。

「違った国、違った種族・・海の向こうの連中なんかが混じれば、言葉が違う、物の数え方も違う、物の食い方から飲み方・・そもそも食ってる物が違う。こっちの常識は向こうの非常識だ。挨拶しただけで殺し合いの喧嘩が起きるかもしれねぇ・・そういうのを、まとめて学校へ放り込んで、まるっと均しちまおうって事だろうよ」

 エラードが苦笑した。

「シュンこそ、学校に通うべきじゃないかい? 女も作らないで、ひたすら坑道で魔物狩ってるような子だよ?」

 アンナが笑う。

「あら? シュン様は迷宮に入る前から魔物狩りをなさっておられたのですか?」

 ロシータが驚いて訊ねた。

「おや、知らなかったのかい? いくつだっけね?」

 アンナがエラードを見る。

「あいつは捨て子だ。正しい年齢なんか分からねぇが・・まあ、四つか五つぐれぇだったな。初めて、大鬼や犬鬼の解体を手伝わせた。そんで、仕掛け罠を作れるようになったのが六つかそこらだ」

 エラードが昔を思い出しながら言った。

「そんなに幼いうちから・・」

 ロシータが呟いた時、

「総長・・」

 "ケットシー"のメンバーが食堂車の端にある個室で頭を下げた。ここは、指揮車へ移動するための転移室だ。

「ロシータ、アンナ、エラード、キャミ、4名・・転移筒に入ります」

「どうぞお通り下さい」

 決めた通りの手順を守って、少女が転移の魔法紋に神聖術を使用する。
 瞬時に、指揮車後方の小部屋に転移した。この部屋の扉も、神聖魔法で開ける仕組みだ。

 ロシータが魔法を流すと、ちりん・・と鈴のような音が鳴って扉が開いた。

 途端、

「おうっ! 来やがった! みんな生きとったか!」

 大声で騒ぎ出したのは、かつて冒険者協会で素材の鑑定をやっていた老人だった。

「ミト! てめぇ、生きてやがったか!」

「ミト! あんた・・」

「ミトさん!」

 エラードとアンナ、キャミが声をあげて驚きながら、駆け寄って互いの無事を喜ぶ。

「なぁに、ちょいと死んじまったところに、そこのお嬢ちゃん達が来てくれてな。ちょちょいっと生き返らせてくれたぜ」

 ミトが皺だらけの顔をくしゃくしゃに歪め、黄色い歯を覗かせて笑って見せた。しかし、すぐに顔を俯けて溜め息をついた。

「儂だけ生き返っちまった。マノール、イヤル、リーダン、リッド・・みんな死んじまったよ」

 蘇生魔法は万能では無い。死後、時間が経ち過ぎると蘇生はできないのだ。

「つうか・・お前、どこに居たんだ?」

 エラードがミトの身体を乱暴に叩きながら訊ねる。

「お城の地下牢だ。太っとい鎖で繋がれてよ。歯は抜かれる、爪は指ごと切られる、焼いた棒やら釘やらで穴だらけ・・まったく、生きた心地がせんかったぞ」

 ミトが頭を掻き掻き溜息をついた。

「例の小僧っ子か?」

 エラードの声が怒りに震える。

「領主のガキも混じっとった」

「それで、ジナリドの年寄りを蜘蛛に差し出して、領軍はどこへ消えやがった?」

 エラード達は、ミト爺達が蜘蛛の討伐に行ったと教えられたのだ。それを聴いて激怒したエラード達はジナリド出身者に声をかけ、化物蜘蛛の巣へ向かったのだが・・。

「さあな・・儂はどてっ腹に金串刺されたまま吊るされとったからの」

 ミトが腹を摩りながら首を振る。

「そいつらが牢に来なくなって何日経ったか分かるかい?」

 アンナがミトの背へ手をやりながら顔を覗き込んだ。

「そうじゃなぁ・・5日は経っておらんと思うが」

「すると、あの後すぐか」

 エラードがアンナを見た。アンナが厳しい顔で頷く。

「ミト爺・・」

 不意に、シュンが声をかけた。怖いくらいに静かな声音である。

「お、おう、シュン?」

「イヤル達も地下牢で殺されたのか?」

「儂の目の前で・・最期まで悪態をついて・・牢役人に舌を抜かれちまった」

 ミトが顔を歪めた。

「・・領主の軍はどこへ向かったかな?」

「そりゃぁ、コゼール城塞だろうぜ。あそこは、王国最大の砦だ」

 エラードが言った。

「王都ではなく?」

「俺達ジナリドの徴兵組が領城に来た時には、領主は先にコルーゼ城塞へ出発した後だった。国王も城塞へ入ったって見張りの兵が話していたぜ」

「そうか」

 シュンは、指揮車前方に表示された地図へ眼を向けた。

「5分とかからないな」

 シュンの呟きを聴いて、ユアとユナが操縦席に座った。珍しく2人が怒りを露わに唇を引き結んでいる。

「・・やってくれ」

「アイアイ」

「ラジャー」

 夜の帳が下り始めた空の上で、巨大な霊気機関車がゆっくりと向きを変え始めた。

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