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第1章

第184話 黒幕

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『闇ちゃんが、オグ爺に合流した。今の内に、主神様を助けるよ』

 マーブル神に促され、シュンは無言で頷いた。
 ちらと激しい戦闘音が聞こえる方を振り返りつつ、マーブル神の後を追って走る。手には、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を握っていた。

 オグノーズホーンが龍人と孤軍奮闘している間に、主神は幽閉されてしまったらしく、中央神界という領域から出られないよう外から封印されているという。

 マーブル神は、どうやら戦闘よりも、様々な神具を使って何かを調べたりする事に長けているらしく、迷路のような神界の中を駆け回りながら、隠し部屋のような所に入り込んで不思議な道具を操作して調べ物をやり、状況を調べ上げていた。

 細い一本橋のような通路を進むと、光る枠に囲まれた姿鏡のような扉が見えてきた。扉の周囲に50名ほどの騎士風の男女と青鱗の龍人達が護っている。

『ちょっと多いな。強引に突破して扉に飛び込もうか。中に入って主神様と合流できれば・・』

 マーブル神が呟く横をシュンが駆け抜けた。

「全滅させます」

『・・へ?』

 マーブル神が訊き返そうと振り返ったそこにシュンの姿は無かった。

 直後に、骨肉が切断される音が前方で響いた。

『ちょっ・・ぁ』

 マーブル神が眼を見張り声を漏らした。
 12本の黒い触手で首を絞められた龍人が吊され、甲胄姿の騎士達が斬り伏せられて転がっている。


 ゴアァァッ・・


 ギィアァァッ・・


 吊されて足掻く龍人達が順番に"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で胸を貫かれ、首を刎ねられていく。

『・・主神様、今参ります』

 マーブル神は凄惨な殺戮現場から眼を逸らし、姿鏡のような扉の調査に取りかかった。
 手際よく扉の罠を外し、封印を解除し・・ホッとひと息ついた時には、シュンがマーブル神の背後へ戻って来ていた。

『その剣、何か・・感じが変わった?』

「先日から脈動を続けていますね」

 シュンが"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を見る。

『みゃ・・脈動だって?』

 マーブル神が引き攣った顔で"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を見つめた。どこからか、虫眼鏡のような物を取り出して、さらに詳しく観察を始める。

『やっぱりよく見えないな・・術式のような・・でも、生体っぽい感じもするんだよね』

 ぶつぶつと言いながらマーブル神が首を傾げた。

「神様、主神様をお助けしないと」

『あっ、そうだった!』

 しゃがみ込んで"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を観察していたマーブル神が跳び上がるように立ち上がって、鏡のような扉に両手を当てた。

『色々仕掛けたみたいだけど・・これ造ったのはボクだからね』

 マーブル神が笑みを浮かべながら鏡扉をゆっくりと押し開ける。

 中は、がらんと何も無い広間になっていた。
 奥に、光を帯びた大きな柱が立っていて、その下に椅子が置かれて主神が座っていた。

『主神様っ!』

 マーブル神が声をあげた。
 主神の横に、美麗な容姿の男神が立ち、こちらを振り返って嗤った。椅子に拘束されているのだろう。すでに、主神の胸元には無数の短刀が突き立っている。男神は、さらに一本を突き入れようとしているところだった。

『冥神・・貴様っ!』

 マーブル神が怒りも露わに飛び出して行く。
 だが距離がある。間に合わない。
 冥神と呼ばれた男神が、駆け寄ってくるマーブル神を無視して、主神の胸元めがけて短刀を振り下ろそうとした。
 その時、いきなり球状の銀色をした檻が出現して男神を封じ込めた。

『えっ・・?』

 マーブル神がシュンを振り返った。後ろで、シュンが床に片膝を着き、VSSを構えていた。

「射線に入らないで下さい」

 低く呟いたシュンの体に熱いうねりが流れ込んでくる。間髪入れずに、シュンがVSSの引き金を絞った。
 奇襲でミリオン・フィアーを使用していた。男神が主神の傍を離れて移動すれば不発に終わるのだが・・。どうやら、動くつもりは無いらしい。

 9999999ダメージポイントが乱れ跳ぶ中、シュンはテンタクル・ウィップを伸ばした。

 30秒間の連射が終わり、球状の檻が崩れて消えていった。怒りに美貌を歪めた男神がシュンを睨み付けている。やはり・・と言うべきか、ミリオン・フィアーだけでは仕留めきれなかった。男神に再生力を残したままでは、どんなにダメージを与えても回復されてしまうのだ。

 しかし、男神の体を護っている障壁は破壊できた。
 テンタクル・ウィップが男神の手足を捉え、首に巻き付いて締め上げていく。
 そこへ、瞬間移動したシュンが"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で斬りかかった。

『地虫めがっ!』

 男神が短く吐き捨てながら、手にした短刀で"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を軽々と防ぎ止める。テンタクル・ウィップによる拘束力をものともしない剛力の持ち主だった。

 シュンが、振り下ろした"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を連続した刺突に変え、至近距離から水渦弾を浴びせながら男神を攪乱する。
 その間に、マーブル神が主神に駆け寄って拘束具を外して助け出す。

『ちっ・・』

 鋭く舌打ちをして、男神がマーブル神の方へ行こうとするが、金剛力を使用したシュンが力尽くで引き留める。

『煩い蠅めっ!』

 男神がシュンめがけて手を伸ばした。
 直後に雷鳴が轟いてシュンが立っていた辺りを灼いた。無論、シュンは瞬間移動をして回避している。
 男神が続けて雷撃を放った。
 シュンが連続して瞬間移動をする。しかし、テンタクル・ウィップを使用しているために移動先が男神に把握される。

『雷縛陣』

 男神の声が響き、無数の落雷地点を青白い雷光が奔ると、半球状の檻となってシュンが居る辺りを包んだ。

「ぐぅっ・・」

 雷檻の中で、シュンが苦鳴を噛み殺し、激痛に耐えながら蘇生薬を口に含んだ。

『どうした虫ケラ、もう終いか?』

 男神が嘲笑う。

『その檻は瞬間移動などの異能を封じる。もう逃れられんぞ?』

「・・ふぅぅ」

 シュンは雷光が弾ける檻の中で呼気を整えながら、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を担ぎ上げると、鋭く呼気を吐き、渾身の力で"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。

『むっ?』

 訝しげに顔をしかめた男神めがけて風が吹きつけた。"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"の一撃で雷縛の檻が消え去っていた。

『小癪な・・地虫風情が』

 男神の美貌が怒りに歪む。頭に血が昇りやすい性格なのだろう。主神を介抱しているマーブル神の事を忘れて、罵り声をあげながらシュンめがけて雷撃を次々に放ち追い込んでいく。

 だが、ぎりぎりのところでシュンが回避し、わずかな隙を誘って"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で斬りかかる。その間も、黒い触手が緩むこと無く男神に巻き付いて離れない。

『ええい、鬱陶しいっ!』

 男神が握っていた短刀を投げ捨て、長柄の錫杖を取り出した。

『方戟陣』

 錫杖で床を突き、男神が声を張り上げると、男神を中心に無数の刃物が床から生え、円を描くように回転を始める。

 シュンはVSSを取り出して刃物が回っている辺りをへ銃弾をばら撒いた。硬質の衝突音が鳴り響き、火花を残して跳弾が方々へ飛び散る。

『双槍陣』

 さらに、男神が錫杖を振って、頭上に2本の赤槍を出現させるとシュンを睨み付ける。

『もう逃れられんぞ!』

 男神が高々と錫杖を掲げて叫んだ。
 その時、眩い光の柱が男神を包み込んだ。


 ヒギャァァーーー・・


 男神の悲鳴が広間に響き渡り、光の中で身を仰け反らせて痙攣する。

 シュンはVSSを構えたまま、マーブル神の方を見た。そこで、意識を取り戻した主神が男神めがけて手を差し伸ばしていた。

 どうやら、主神による攻撃らしい。
 そうと見て、シュンは周囲へ視線を巡らせた。今のところ、他に危険は感知できていない。
 視線を戻すと、光柱に包まれたまま男神が塵となって消滅するところだった。

『使徒よ・・見事な働きであった』

 主神が苦笑を浮かべつつ、マーブル神に肩を借りて立ち上がっていた。胸を貫いていた短刀や短剣は全て抜かれて床に転がっていた。

「ここは安全ですか?」

 周囲を警戒しつつ、シュンはマーブル神の近くへ寄った。

『あまり安全とは言えないね』

 マーブル神が深刻な表情で首を振る。

『・・ボクと闇ちゃんだけみたいだ』

「味方の神々が?」

『すまぬ・・終末の神器を奪われた。彼奴等、あれを使っておまえの世界を滅ぼすつもりだ』

 主神がマーブル神に謝罪している。

『ボクの世界を滅ぼして・・それで何をするつもりでしょう? ただ壊したいだけで、こんな事をやったんですか?』

 マーブル神が顔をしかめて首を傾げた。

『真の思惑は分からぬ。だが、冥神が得意気に喋っておったが・・どうやら隠してあった異界の神と取り引きが行われたようだ』

『主神様に隠れて、異界の神々と接触を? そんな事が可能ですか?』

『何かの方法があるのだろう。冥神も、そこまでは語らなんだ』

「しかし・・あれだけの短刀を刺した理由としては弱過ぎるように思います」

 いきなり、シュンが口を開けた。

『ちょ、ちょっと!』

 マーブル神が飛び跳ねるようにしてシュンの口を塞ごうとする。

『構わぬ。自由に申してみよ』

 主神がシュンを見た。

「神々が一斉に反逆する理由があるはずです。主神様はそれに心当たりがおありでしょう?」

『き、君っ・・落ち着こうか?』

 マーブル神が小声で言う。

「凶神を見ましたが、意思疎通が図れるような状態ではありませんでした。神々があんなものに味方をしようと思うはずがありません」

『・・ふむ』

 主神が、じっとシュンを見ながら先を促す。

「別の盟主がいると考えるべきですが・・主神様に匹敵する神は神界に居ないはず。反逆すれば、先ほどのように消滅させられると、全ての神々が知っていますよね? それでも一斉に反逆をしました。何故でしょうか?」

『使徒よ。おまえは・・』

「主神様が、全ての神々を消滅する・・もしくは、それに近い状態にすると、神々に対してお告げになったのではありませんか?」

 シュンが主神の眼を見つめ返しながら訊ねた。

『へ?・・そんな事が? いや、いや、何を言ってんの!』

 マーブル神が狼狽え騒ぐが、主神は怒りを見せずに口元を綻ばせた。

『ふふふ・・まったく、使徒にしておくには惜しい。何を根拠に・・と言いたいところだが、ここへ辿り着いた褒美だ。答えてやろうか』

『え?・・主神様?』

『異界の主神と話をしたのだ。聞けば、向こうの世界は完全に管理されていて何の問題も起こらないらしいぞ? 何とも羨ましい話ではないか?』

『まさか、異界の神と・・主神様がお取引を?』

 マーブル神の顔が青ざめる。

『くだらぬ争いを繰り返す神々など害虫と変わらぬ。これからは、神々に代わって神器が神界を管理する。神は不要になるのだ』

『そんな・・だから神々が離反を・・当たり前じゃないですか!』

『細々とした理も定めも要らぬ! 高度な文明を許さなければ良いのだ。空を飛ぶ力を禁じ、魔法を使う力を禁じ・・神界へ辿り着く可能性の芽をことごとく刈り取れば良い。後は管理の神器が勝手に世界を管理する』

「その管理の神器の先兵が、魔王種ということですか」

 シュンが呟いた。

「魔王種は、主神様がお創りになったのではなく、異界の神の産物なのですね?」

『ふむ、気づいておったか?』

 主神が楽しげに笑う。

『神界を知らぬからこその観察力か。先ほどの立ち回りといい・・使徒として過ぎる力を持っておるようだ。あの魔王種は、異界の地において神界に至るほどに栄えた文明を滅ぼした滅亡の申し子らしいぞ。この世界の虫に苗床にして成長し、爆発的に数を増やしていくように調整してある』

『主神様・・』

 マーブル神が項垂れた。

『おまえも、短刀を刺すべきだったな』

『・・主神様のお考えがどうであれ、ボクは創世した神として自分の世界を守らねばなりません』

 マーブル神が呟いた。

『創世の"定め"か。この期に及んで虚しいとは思わんのか? どう足掻こうと滅びるのだぞ?』

 主神が揶揄するように笑う。

『ボクがどう思うかは関係ないんです。世界は、神が定めたことわりによって創られています。"定め"では、創った世界に神が干渉する事を禁じています。神が干渉できるのは迷宮だけです。しかし、魔王種が異界の神によって作られた産物であるなら、創世神であるボクには、異界種を排除するために世界に干渉する権利が発生します』

『その"定め"を作ったのは誰だったかな?』

 訊ねる主神の顔をマーブル神が見上げた。

『・・主神様です』

『そうだな。ならば"定め"を作り直そう。如何なる理由があっても、世界に神が干渉できぬようにしようか?』

『主神様・・いったい、どうされたのです?』

『つまらないのだ。いつまで経っても変わらぬ・・何もかもが、つまらないのだ。文明の程度も変わらぬ。知的生命の営みも変わらぬ。神々も変わらぬ。全てに飽きたのだ』

 主神が吐き捨てるように言った。

『それなら・・なぜ、ボクを残したのです? 冥神と同じように消滅させれば、このような話をする必要が無かったでしょう?』

 マーブル神が両手の拳を握って身を震わせながら訊ねる。

『道化めが、魔王種・・異界種に自分の世界が侵食されて狼狽え騒ぐさまを見てやろうと思ったのだが・・少々興ざめだな』

『主神様・・』

 マーブル神が唇を噛みしめた。

「主神様、生に飽きたと仰るなら、自裁をお勧めします。そうすれば何も見ず、何も聴かずに済みますし、つまらないと感じる事も無くなります」

 不意に、シュンが口を開いた。
 ぎょっとマーブル神が振り返り、主神が軽く眼を見張る。

『道化の使徒も、なかなかの道化ぶりだ。どのような方法をとろうと、主神を滅する事はできぬぞ?』

「主神様が自ら命を絶たれては如何です? 主神様のお力なら、ご自身を滅する事が可能なのでは? 必要なら私が首を落としましょう」

 シュンが主神を見つめたまま、気負いの無い静かな声音で言った。

『・・言いおるな。だが、おまえ達が大好きな"定め"は神の自裁を禁じておるぞ?』

 主神が不快げに顔を歪めながら言う。

「主神様は"定め"に従う事が、お嫌いなのでしょう?」

『ふん・・もう少し利口かと思うておったが、所詮は人間種か。少しばかり力を得て逆上せおったな』

 主神の双眸が細められた。マーブル神が顔を引き攣らせながら、急いで前に出るとシュンを背に庇う。

「私のような脆弱な力が通じない事は理解しています。ですので、先ほどまでは打つ手が無かったのですが・・自裁をお願いします」

 シュンが静かな声音で繰り返した。

『・・何を言っておるのだ。なぜ、使徒風情が主神に自裁を迫る?』

 何を感じたのか、主神がわずかに気圧されたようだった。

「完全な世界がお望みなのでしょう? それならば、死の国へ行かれるのが一番良い。争いのない良い国ですよ?」

『いや・・おまえは何を言っておるのか分かっているのか? 主神に死ねと?』

「それが、お望みなのでしょう?」

 呟いたシュンの周囲に淡く光の粒が集まり、ゆっくりと人の形になっていく。

『おぬしは・・まさか』

 主神の顔が恐怖に引き攣った。

「この者の体をしばし借りました。お久しぶりですね。主神様?」

 シュンを包み込むようにして顕現したのは、すらりと背丈のある美しい肢体を白銀色のドレスに包んだ女性だった。

『ひぃっ!』

 主神が悲鳴を上げて尻餅を着く。

「悪戯が過ぎましたね」

 白銀色のドレス姿の美女が、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"をゆっくりと振りかぶる。

『ま、待ってくれ・・謝る! ちょっとした試しだ! 試練というやつなのだ!』

 必死に叫ぶ主神の頭上へ、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が振り下ろされた。
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