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第1章

第172話 主神問答

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「ここは・・」

 シュンは足を止めた。ユアとユナを連れて"ガジェット・マイスター"のホームを訪れた帰り道である。

「真っ白ですねぇ~」

「これ、私達まで呼ばれちゃいましたかねぇ~」

 ユアとユナがきょろきょろと真っ白な世界を見回している。サヤリとリールの姿もあった。今回は、ネームド全員が神の空間に招かれたらしい。



・・使徒達よ・・



 不意に聴こえてきた声は、主神のものだった。

「・・何用でしょうか?」

 自然とシュンの声が低くなる。ユアとユナがそそくさとシュンの背へ隠れて上着の背を握る。



・・甲冑人形による暴虐が止まぬ・・



「アルマドラ・ナイトは、主神様に能力を封印された範囲での使用しかしておりません」



・・その通りじゃ。故に、使徒達を罰する事はせぬ・・


「魔王種に対抗するためには必要な力です。正直なところ、今の封印状態では先々に不安を感じるのですが・・」



・・迷宮を滅する力は赦しがたい・・



「魔王種に滅されろと仰るのでしょうか?」



・・甲冑人形が無くとも戦う術があろう・・



「私は、この先も力を削がれ続けるのでしょうか? それとも、誰であれ魔王種に不利な力を持つ者は等しく弱体するという決め事になっているのでしょうか?」



・・これは試練である。使徒としての分際を知れ・・



「アルマドラ・ナイトをどうしようと?」



・・"参の封印"を解除不可能なものにする・・



「3番目・・巨大化ができなくなるという事ですか?」



・・その上で、1番目と2番目の使用負荷を増大させる・・



「主神様は、魔王種による世界滅亡がお望みなのでしょうか?」

 シュンは何も見えない白い空間に向かって訊ねた。その冷えた声音に、ユアとユナがぎょっとした表情でシュンを見上げる。



・・甲冑人形は、あのようなものでは無い。そもそもの存在が異常なのだ・・



「ですが、アルマドラ・ナイトは、正当な手段により手に入れたものです」



・・故に、使徒を罰する事はせぬ・・



「アルマドラ・ナイトを弱体化し、魔王の狩場となる迷宮は放置、魔王のレベル制限は無いと・・そういう事なのですね?」

 淡々と問いかけるシュンの背で、ユアとユナがサヤリとリールを振り返り、近寄るように目配せした。



・・試練である・・



「せめて、魔王のレベルに上限を設けて頂けないでしょうか?」



・・魔王種は災害・・魔王は脅威でなければならぬ・・



「魔王種の成長の場を制限できませんか? そもそも、当初の取り決めでは消滅するはずの世界です。他世界の迷宮は、どうして無条件にこの世界に存続するのでしょうか?」

 シュンの声が静かに響く。



・・領域を分け与える事は、神々が決めた事だ。使徒の関与する事象では無い・・



「しかし、その領域割譲は、この世界の神による情けです。この世界を間借りする以上、他の世界は何らかの対価を支払うべきではありませんか?」



・・間借りではない。正当に領域を与えられたのだ・・


「使徒戦では、己の世界の使徒を討たれると滅ぶという取り決めでした。あれも神々の定めた事でしょう? あの決め事は守られないのでしょうか?」



・・使徒戦の裁可は下った。決定は不変である・・



「使徒戦に不備があったという事なら、もう一度、それぞれの迷宮を賭けた使徒戦を行なって頂けませんか?」



・・全世界の迷宮存続は、決定事項である・・



「では、迷宮の管理権限を賭けた使徒戦はどうでしょう? 結果はどうであれ、迷宮は存在しますが?」



・・使徒たる者が揃わぬ。公平では無い・・



「迷宮を存続するという決定は覆らないのですね?」

 シュンは小さく息をついた。



・・仮に魔王種が世界を滅ぼそうとも、迷宮は存続し続ける・・



「何があろうとも迷宮は不滅となるのですか?」



・・甲冑人形の力でも破壊できぬよう全ての迷宮に我が加護を与える・・



「そうですか」

 シュンは頷いた。



・・甲冑人形の"参の封印"は永久封印とする・・



「はい」



・・迷宮は未来永劫、不滅のまま存続する・・



「はい」



・・魔王種のレベルに制限は無い・・



「はい」



・・すべて神界の決定事項である・・



「理解しました」



・・うむ、使徒としての務めを果たすが良い・・



「しかし・・」



・・まだ何かあるか?・・



「初めから、"参の封印"・・というより、アルマドラ・ナイトの巨大化を行えないようにして頂ければ良かったのでは?」



・・それについては、この世の神の手落ちである・・



「防御力を上げるなり、速度を上げるなり、楯技や剣技を覚えさせるなり・・別の進化の方法があったと思います」

 巨大化などシュンが望んだことでは無い。もちろん、より強い力が欲しいという望みは持ち続けているが・・。

「主神様の御力で、アルマドラ・ナイトの進化の方向を定めて頂けないでしょうか?」



・・甲胄人形をどうせよと申すのか?・・



「破壊の光や熱などは2番目の能力を上限とし、今後の成長は、膂力と防御力、全体の強度などに割り当てて頂くというのはどうでしょう?」



・・使徒の分際で要求を口にするとは、身の程を知らぬ・・



「私は、神々の定めに則って勝ち得てきた力を行使したに過ぎません。使徒戦に勝って力を削がれ、魔王を仕留めて力を削がれるのは何故でしょうか? 今後も神々の"定め"を守ると不利益を被り続けるのでしょうか? 事前に定めた規則を、事後に別の規則で塗り替えることは、規則そのものの存在意義を揺るがします」



・・使徒の分際で生意気なことを・・



「私は神の"定め"を一度たりと破っておりません。手に入れた力の全ては"定め"を守った中で得てきたものです。奪うにしても、何らかの"定め"を提示して頂きたい!」

 シュンは、胸奥に溜め込んでいた思いを吐き出した。その背中を、ユアとユナがそっと撫でている。2人とも、すでに何かを諦観した穏やかな表情をしていた。

 主神に向かって言って良い言葉では無い。
 それが分かっていて、口にしてしまったのはシュンの幼さだろう。
 この場に居る"ネームド"全員を危険に巻き込むことになる行為を冒してしまっている。常のシュンからは考えられない未熟な行為・・。
 神に・・それも主神に物申す行為そのものが、"定め"を踏み外しているのだから。



・・言いおったのぅ・・



『ちょっ、ちょっと待ったぁ! 待って下さい! ご寛恕をっ! どうかお許しを!』

 いきなりの大絶叫と共に、水玉柄の半ズボンをはいた少年神が白い空間に飛び込んできた。泳ぐように白い空間を掻き分けて、シュンめがけて突進してくる。

『歯を食いしばれぇっ!』

 少年神が突進の勢いそのままに、拳を握ってシュンの顎めがけて振り抜いた。

 シュンは軽く上体を反らして避けた。

『ぇ・・?』

 虚しく空を切った拳をそのままに、少年神が勢い余って後方へ通り過ぎて行った。
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