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第1章

第166話 欲しい物

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『君ねぇ・・どんだけ危なかったか自覚してる?』

 少年神が盛大に溜め息をついた。

「危なかったのですか?」

 もちろん、シュンには理解できない。そもそも、主神という存在は声だけで姿を見ることはできなかった。主神から何かを告げられたという実感がわかないのだ。

『そりゃそうさ。普通なら問答無用で消滅させられてるよ。主神様の空間で大暴れやったんだからね』

「しかし、そのために使徒として集められたのでしょう?」

 各世界の使徒を集めて戦う流れだったはずだ。

『合図はなかったでしょ?』

「いいえ、殺し合え、喰らい合えと・・と、口頭ながら許可が出たと記憶しております」

『いやっ、違うから! あれは雰囲気作りで言ってる前振りだから。主神様って、そういう前振りがお好きなの!』

 少年神が宙を飛び跳ねるようにして喚いた。

「紛らわしいです」

 シュンは小さく嘆息した。あれが合図で無く、何が合図だと言うのか?

『もう良いけど・・さすがに今回は庇えないかと思ったよ』

 少年神が頭を掻きながら呟いた。

「話の分かる方で良かったです」

『はぁぁぁ・・これ、補償が大変だなぁ』

 少年神が横倒しになって漂いながら頭を抱える。

「補償ですか?」

 誰が誰に対して何の補償をするというのか?

『主神様の合図を待たずに戦闘を開始して、使徒を全滅させちゃったんだよ? さすがに、規則通りに世界を消しちゃうわけにはいかないでしょ?』

 他の神々の恨みつらみが凄いらしい。

「そうなのですか?」

 使徒は世界の命運を賭けて戦うのでは無かったのか? だからこそ、開戦の合図と同時にアルマドラ・ナイトを出したのだが・・。

『いくらなんでも可哀想過ぎるよ。ほらぁ・・主神様の訓示が終わって、顔合わせをして、それから対戦の組み合わせの発表とか・・そういう手順が用意してあったんだと思うよ? なのに、いきなり戦闘を始めて全消滅じゃ・・さすがにね。まあ補償云々は、神々の間での事だから君にどうこうさせたりしないけど。主神様も、咎めないって仰ったし・・』

「もう一度、やり直します?」

 シュンが提案すると、少年神が疲れた顔で首を振った。

『どんなに不満があっても主神様の決定は絶対だよ。地上世界における使徒戦は終了さ』

「すると残る障害は魔王ですね?」

 シュンとしては、神々の事より、まずは目の前の事象・・下層迷宮の存続である。主神の話の通りなら、魔王という生き物を探し出して討伐しなければならない。

『魔王種・・眷属の魔物も含めて、魔王は放って置くと脅威になるだろうね。でも、今はレベル100でしょ? レベル60台の探索者が30人くらいが集まれば斃せるんじゃない? まあ、配下の魔物が居ない前提だけど・・ボクの方でも各地の権力者っぽいのを見繕って魔王討伐をやれって吹き込んでおくよ』

「迷宮の探索者が出歩いて探しても良いのですか?」

『問題無いよ? 地上の権力者は何だかんだと言って来そうだけど・・ああ、その辺の線引きを説明してなかったかな?』

「何でしょう?」

『異邦人は写し身だから、そもそもこちらの世界の住人じゃない。ただ、魔法や武技を覚える能力が高いから、どこへ行っても重宝される。どこの国も、どんな組織も、1人でも多くの異邦人を欲しがるね』

 少年神の言葉にシュンは頷いた。

「そうなるでしょうね」

『それで、迷宮の周りの大きな国が集まって探索者の所有権を主張しちゃったり馬鹿な事をやってたんだけど、異邦人がこちらの国々の王様だの貴族だのの言う事なんて従うわけ無いでしょ? それならばって事で、異邦人をどう手懐けるかって研究をやったり・・まあ、地位、金、愛人・・あの手この手で抱き込もうと懸命なのさ』

「"ホワイトクラウン"という探索者のパーティが決闘を申し込んできたことがあります。転移の罠を使い、ネームドを強制転移させた先は、イルフォニア神殿でした。転移先では、魔法阻害と何らかの精神攻撃を受けていたようです。あの時、"ホワイトクラウン"のリーダーは、奴隷にされて教皇の番犬にされる・・と、死に際に言い残しました」

 シュンは当時の様子を思い出しながら少年神に状況を説明した。

『ボクの世界には隷属の魔法や道具は存在しない。本当の意味での絶対的な隷属は不可能なんだ。魔法抵抗力を削っておいて、暗示のようなものを刷り込もうとしたのかな? "ネームド"を転移させちゃったのが運の尽きだったね』

「あの時の様子からして、"ホワイトクラウン"だけでなく、後から出てきた探索者達も従属していたように思います」

 大勢の探索者が神殿の兵と一緒に攻撃をしてきたのだ。

『浅い暗示を何度も繰り返して刷り込みながら、地位、金、愛人を与えて居心地良くさせて・・まあ、大なり小なり、どこでも似たような事が行われているよ。魔法や呪具が無くても、隷属している人間はいっぱいいるでしょ?』

「・・確かにそうですね」

 シュンは頷いた。むしろ、そうした地位や金を得るために努力している人間が多いだろうし、それはとても健全で人間らしいと言える。異性を囲うことについては賛否が分かれるかもしれないが・・。

『レベル30になると、魔法抵抗力、精神耐性はかなり高い。外の地上世界ではレベル30に到達する者なんてほとんど居ないからね、探索者本人がしっかりとした意思を持っていれば、術による隷属なんて不可能なんだけど・・もちろん、本人が望んで家来になったり、爵位とか貰って暮らしている探索者はいっぱいいる。イルフォニア神殿は優秀な術者を集めて集団魔法を行ったんだろうね』

 頭の後ろで手を組んだ少年神がシュンの目の前を漂って過ぎる。

「強制的に隷属させられなければ問題ありません」

 別世界の迷宮には、そうした魔法や道具を持った敵が潜んでいるかもしれない。

『そこは大丈夫さ。ボクの神具をあげたでしょ? 自慢じゃないけど、ボクはその手の道具を創らせたら神界一・・二を争う腕前だよ? 仮に、万が一、ボクの神具を上回るような強制力を持つ魔法や呪具があったとしても、君達の精神耐性があれば差分は埋められる。恐れる必要は無いさ』

「・・安心しました」

 シュンは小さく頷いた。神様がここまで自信を持って言うのだ。信じるべきだろう。

『それより、魔王退治だよ』

「はい」

『世界って広いよ? 多分、君が認識しているより、とんでもなく広いよ?』

 少年神が両手両足を大きく広げた。

「そうなのでしょうね」

 シュンは、ユアとユナから、"世界"の形というものを教えてもらっている。こちらの世界が、ユアとユナの世界と同じ形をしているのかどうかは分からない。ただ、想像を絶する広大さなのは間違いないだろう。

『まあ、地上で暮らしている人間が、世界がぁ~なんて考えるはずが無いもんね。せいぜい、隣の村がぁ~とか、向こうの町がぁ~とか・・王都がぁ~とかでしょ? 大陸の形だって頭の中に無いよね?』

「私も、つい最近まで認識していませんでした」

 シュンは苦笑した。

『そうでしょう? 海の向こうにどんな土地があって、その土地に沢山の国があって、また海があって・・それはもう、とんでもなく広いよ。そんな中から、魔王を見つけるとか、普通に考えて無理です~』

 少年神が戯けた口調で言う。しかし、シュンは魔王を探す方法はあると考えていた。

「迷宮を巣にするはずです」

『ほう? その心は?』

「地上で暮らしている人間の街や村を襲っても、得られる経験値はわずかなものでしょう。レベル100から上を目指すなら、迷宮の90階層以上へ籠もらなければ満足のいく成長は望めません」

 そして、90層以上あるような迷宮は、シュン達が居る迷宮のように、神々が創った迷宮しかないのだ。

『ふむ、さすがは専門家・・』

 少年神が自分の顎先を擦りつつ、シュンの顔を見た。

「つまり、魔王は、神様の迷宮に潜り込むしか成長の手段が無いことになります」

『ふむふむ・・』

「私達が居る迷宮一つなら簡単だったのですが・・他の世界の迷宮まで出現することになるそうですから、私の目論見は外れてしまいました。残念ながら、迷宮を一つ一つ巡って魔王を狩るなり、封鎖するなりしていかなければなりません」

 せっかく使徒を全滅させたというのに、迷宮を減らすどころか全ての迷宮が出現する事になってしまった。その上、アルマドラ・ナイトに何らかの封印まで加えられてしまったのだ。シュンにとっては最悪の結果と言って良い。

『・・ふうん、ちゃんと考えてたんだ? いつものように、ただ暴れただけじゃ無いんだね?』

「神様?」

『あはは・・いやぁ、うんうん、君のことだから、何か考えがあるんだろうとは思ってたけど、なるほどねぇ・・確かに、経験値を効率良く稼ぐ場としては迷宮が一番優秀だからね。魔王が間抜けじゃないなら、迷宮に籠もるしかないよね』

 少年神が空中で胡座を組んで座った。

「他の迷宮はどこに出現するのでしょう?」

 場所を把握できれば、総当たりに踏破を繰り返していけば良い。

『まだ分からないね。もしかしたら、何年もかかるような離れた場所に出現するかもしれないよ。世界ってとんでもなく広いからさ』

「・・それは厄介ですね。ネームドだけなら飛行していけますが・・」

 シュンとしては、"狐のお宿"や"竜の巣"にも応援を頼むつもりだった。レベル100くらいなら、簡単に討伐できるメンバー達なのだ。魔王と遭遇しても問題無く仕留めるだろう。

『中層と上層の決着が付いたら応援を寄こすよ。それまで何とか探してみて。魔王全部を討伐してくれれば一番だけど』

「ところで、使徒戦の報酬は何を頂けるのでしょう?」

『え? ああ・・覚えてた?』

 少年神の笑みが引き攣った。

「はい。主神様も聞いていらっしゃったと思います」

 主神と少年神がやり取りをしている場で、少年神が報酬を支払うと言ったのだから。

『・・ははは、うん、もちろん、誤魔化すつもりはないよ? ちゃんと考えてあるし?』

「ありがとうございます」

 シュンは頭を下げた。

『えっと・・どんな物が良いのかな? やっぱりレベルアップとか? それとも強い武器?』

「それはもちろん、レベルアップをして頂けるなら嬉しいですし、強い武器も欲しいのですが・・何よりも、今は移動手段が欲しいと思っています」

『はい?』

「迷宮から迷宮へ。広い世界を短い時間で移動できる乗り物・・そういった物はありませんか?」

『う~ん・・そうきたかぁ』

 少年神が唸り声をあげて考え込んだ。
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