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第1章
第147話 困惑のシュン
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『やあ、久しぶり』
水玉模様の半ズボンをはいた少年が姿を現した。
「お久しぶりです」
シュンは丁寧に頭を下げた。
『ちょっと揉めててね。まだ片付きそうもないんだけど、下層も放りっぱなしって訳にはいかないからね』
宙を漂いながら神様が嘆息をする。
「何が起きているのでしょう?」
『う~ん、龍神が怒鳴り込んで来て、他の神も便乗して参戦みたいな?』
神様が頭を掻いた。
「大丈夫なのですか?」
『あんまり大丈夫じゃないねぇ~、あぁ、闇ちゃんの参戦は助かったよ! あの子のおかげで一気に形勢が変わって、ボクの側がちょっと優位になったんだ』
「闇・・ああ、奥様ですね」
シュンは大きく頷いた。
『・・なんだって?』
「輪廻の女神様ですよね?」
『いや、そこじゃないよ。誰が誰の奥様だって?』
少年神が近寄ってきた。
「輪廻の女神様は、奥方でいらっしゃるのでしょう?」
『ちがぁぁぁーーーう!』
神様が真っ赤な顔で絶叫した。
「えっ?」
あまりの剣幕に、シュンは軽く眼を見開いた。
『い、いや・・ほら、察してよ。ボクって、結構な人気者なんだよ? そんなに軽々しく奥さんとか決められないんだよ! いっぱい候補が居るんだからね?』
「そうなのですか。しかし、輪廻の女神様は・・」
『あの子は昔っから思い込みが凄いんだよ! 出会った時から運命がどうの、愛の歯車がどうの・・もう、大変だったんだから』
「お綺麗な方でしたが?」
『え? うん、まあ・・すっごく綺麗なんだけどね? でも、君は彼女が戦っているところを見てないよね? もう別人だからね? 敵に同情しちゃうレベルだからね?』
「お強いんでしょうね」
『そりゃあ強いよ。精霊なのに神籍まで昇ったくらいだ。とんでもない事なんだよ?』
「なるほど・・それで、上層の争いはどのような状況なのでしょう?」
『お互いにそれなりの被害を出して、小康状態になったところへ、別の界の奴が横やり入れてきた感じ』
「・・複雑なのですね」
『神界にも色々あってさ。まあ・・龍神の件は、君も無関係じゃないんだけどね?』
神様がじろりとシュンの顔を見る。
「私が?」
シュンは驚いた顔で神様を見た。
『これだからなぁ・・龍人は、龍神の直系氏族なんだ。とりわけ、白と黒は龍神に血が近い。君はまだ幼い白龍人を滅多切りにしたよね?』
「ああ・・あの白い奴ですか」
シュンは、顔をしかめた。
『そう、その白い奴さ。あの子は、千年に一度生まれる龍神直系の子なんだ。お披露目を兼ねてボクの迷宮に預けられてね。暇だと言って煩いから役目を与えていたんだけど・・誰かさんが大変な目に遭わせちゃった』
「斃すべき敵として現れましたから戦いました」
『・・まあ、そうなんだよね。探索者に絶対的な力の差を見せつける役割だったのに、やられちゃう方が悪いんだけど。あの白い子が龍神に泣きついちゃったもんだから、それはもう龍神がお怒りさ。龍族を引き連れて全面戦争だぁーーってね』
神様が苦笑した。
「上へ行けば、白い奴と戦えるのですか?」
『いや、そこじゃないよね? この際、白い子はどうでも良いでしょ? 上層の紛争の発端は、君が白龍人の幼子を虐めたからなんだよ?』
神様が不機嫌そうに睨む。
「それについては、御迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
シュンは深々と頭を下げた。
『あれ? お腹でも痛いの?』
少年神が驚きを口にしつつ、まじまじとシュンの顔を見つめた。
「迷宮管理人の討伐係として、毎日のように悪魔や魔神、魔憑きの人間を討伐しておりますが・・神様のご苦労の一端を少し理解できたように思います。意図したものではありませんが、結果として神様に御迷惑をおかけしたことを申し訳なく思います」
シュンはもう一度、丁寧に低頭した。
『いやぁ・・なんというか、君からそんな言葉が聴けるなんてビックリだね』
少年神が腕組みをして唸る。
「白い奴とは、けじめをつけたいと思っていますが・・」
『反省してないじゃん!』
「しばらく忘れることにします」
『・・まったく、君って子は本当にイレギュラーだねぇ』
神様が呆れた顔で嘆息した。
『あまり、ぐだぐだ愚痴を言っている時間が無い。今回来たのは、君にある提案を持って来たからなんだ』
「提案を?」
シュンは首を傾げた。
『これは、君だけじゃなく、君の婚約者ちゃんや君に宿っている子達、君に従属している者にも影響することだからね』
神様が真剣な顔でシュンの眼を覗き込むように見つめる。
『薄々理解しているとは思うけど、神界の神々はそれぞれが創世している。簡単に言えば、神の数だけ世界が存在しているんだ。君達は実際に他の世界を覗いて来ただろう?』
「"異界の門"によって飛んだ先ですか?」
『そうだね。もちろん、他にも沢山の世界がある』
神界という核を中心に、無数の世界が存在し、せめぎ合っているらしい。
『世界の成り立ちなんかは省くよ。まだ、君達に話せる内容じゃないからね? まあ、たいした理由じゃないんだけど・・』
「魔神が、迷宮に侵入してくる理由が知りたいのですが?」
シュンは訊いた。
『へ?』
「どうも、弱い魔神が数多く来ている印象です」
『あぁ、まあ・・そうだろうね。あれっ? 世界の事には興味なし?』
「教えて頂けないのでしょう?」
『・・うん、まだ話せません』
「魔神については?」
『君達、探索者と同じさ。経験を積んでレベルを上げれば手強い存在になる』
「どうして、神様の迷宮を狙ってくるのです?」
『魔神の世界の神とボクは、仲がとても悪いからね』
「それで迷宮に?」
『神の遊びさ』
「遊び?」
シュンは眉をしかめた。
『ふふふ、さすがに怒ったかい?』
「魔神を殲滅すれば、私は100階から上へ行けるのでしょうか?」
魔神の遊びに付き合いたくは無いが・・。
『うわぁ・・その台詞、魔神に聴かせてあげたいねぇ』
「こちらの世界から魔神の世界には行けないのですか?」
『ははは・・その必要は無いよ。だって、あいつは創世をやり直すとか言って、向こうの住人を放り捨てちゃったんだ。あいつの世界は崩落して塵になっている最中さ。時々、癇癪を起こすんだよ』
「魔神の神が?」
『気に入らないと壊す殺す消す・・そしてやり直す。いつもの事なんだよ。そして創世の暇つぶしで、死滅寸前の可哀相な魔神達をボクの世界に攻め込ませているのさ。死にたくなかったら居場所を奪い取れってね』
「そういう事なら、魔神が何千、何万と集まって下層に攻め込めば良いと思いますが?」
こそこそと迷宮内で暗躍する必要がどこにあるのか?
『世界の崩壊でほとんどが消滅しちゃったのさ。難を逃れてボクの世界へ逃避できたのは、わずかな数でしか無いよ』
「・・どうも、理屈が合わない気がします」
『そうかい?』
「魔神とは、神様では無いのですね?」
『もちろん違うよ。魔神と称しているのは、ほとんどがただの異界の住人さ。ああ、ボクに突っかかって来るお馬鹿さんは本物の魔神だけどね』
「悪魔はどうなります?」
魔神の他にも、リールのような悪魔も存在するのだが?
『あれも同じさ。別の世界の住人だ』
「なるほど・・"ネームド"に居る女悪魔は、白い龍人に世界を支配されていると言っていましたが?」
『龍人は世界の均衡を保つための存在だからね』
少年神が笑う。
「どういうことでしょう?」
『世界それぞれに、龍人が1人ずつ配置されているんだ。いわゆる監督者としてね』
「・・監督?」
『創世し、自分好みの世界を育むのは神の自由。ただし、創世には創世の決まり事があってね。龍人は、創世神が規則を破らないかどうかを監視しているんだ』
「すると、白い奴はこの世界の監督者なのですか?」
神との関係はどうなるのか? 龍人が神の創った世界を監督する意味は何なのか?
『いや、あれは違う。まだ幼すぎるよ。成長すれば、いつか、どこかの監督者になるかもしれないけど』
「すると、この世界には別の龍人が?」
『それがさぁ・・結構前に、殺されちゃった』
この世界の監督者である龍人は死んだらしい。
「成体の龍人が?」
『何百年も前の事だけどね。ボクの世界って、龍殺しが一つの勲章みたいな風潮があってさ。過去に8体も狩られちゃってる。それを恨んでいる龍神が何かにつけて喧嘩を売ってくるんだよねぇ。おまけに、君も赤いのを殺したでしょ? 龍神が激怒して騒いでたよ?』
「色で強さが違うのですか?」
『成体になると、まるで別物になるよ。白黒は別格、他色はまあそれなり』
「白の上は?」
『ヤバイのが居ます』
少年神が肩を竦めて見せる。
「龍神では無いのですか?」
『違います。ガチでヤバイ奴です』
「・・がち?」
『とにかく危険な奴。うちの闇ちゃんでも危ないかもしれない』
「奥様でも」
シュンは眉をひそめた。
『違うからっ! 本気で止めてくれる? あの娘は・・』
神様が青ざめた顔で何か言いかけたところで、
「ぁ・・」
シュンが小さく声を漏らした。
『・・え?』
口を噤んだ神様が、シュンの視線を追って後ろを振り返る。
そこに、輪廻の女神が立っていた。
『神様、こんなところにいらっしゃったの?』
黒い長衣姿の美しい女性が微笑む。
『あ、ああ・・うん、ほら、褒美とか渡さないといけなかったから』
少年神が、もごもごと言い訳めいた口調で言いながらシュンをちらっと見た。
『まあっ! あの時の子ね? 婚約者さんは元気にしているかしら? 浮気は駄目よ?』
「はい。2人とも元気です。女神様もお元気そうで良かった」
シュンは笑みを浮かべて低頭した。
『うふふ、もちろんですよ。こうして神様のお役に立てるのですもの・・妻として、女冥利に尽きるというものです』
『あぁっ! 何か上で動きがあったのかな?』
慌てた様子で少年神が会話に割って入った。
『そうでした。龍神めが何やら通告してきたと・・私の闇烏が申しております』
『通告とは穏やかじゃないね』
『主神様に裁定を上申したそうです』
輪廻の女神が無邪気に言うと、少年神の顔が引き攣った。
『げぇっ!? いや、まさか? こんな争い事で、どうして主神様の裁可?』
『私には詳しい事情は分かりませんわ。主神様にはお会いしたこともございませんし・・』
『あの馬鹿龍、なんて事を・・』
少年神が苦々しく顔をしかめる。
「何か悪い事が起こりました?」
『う~ん、まだ何とも言えないけどね。そういうことなら、ただで報酬をあげるわけにはいかない』
「神様?」
『君・・神に仕える聖職者をやってよ』
「私が聖職者?」
シュンは呆気にとられた顔で少年神を見た。
『君は今日から敬虔な信者だ。異論は認めない』
「私に信者が勤まりますか? どういった教義の宗教なのです?」
『ああ、教義とかそういうのは、どうでも良いから・・いや、そうだ。ねぇ、闇ちゃん?』
少年神が輪廻の女神に声をかけた。
『何でしょう?』
女神が首を傾げる。
『闇ちゃんを祀った宗教って無かったよね?』
『え? はい。私は人間達に女神として認識されていませんから』
『それはおかしい! 君は・・君のように美しく、ボクに尽くしてくれる女神を認識しないなんて罰当たりな事は許されない!』
少年神が語気を荒げて言うと、輪廻の女神が顔を赤くして俯いた。
『そんな、私なんて・・』
『いいや、君の心の清らかさ・・内から溢れる慈悲の心を人間は知らないといけない!』
『・・あぁ、神様』
輪廻の女神が眼を潤ませて胸元で手を組み合わせた。
『そういう訳だから、君、宗教作って広めてよ』
少年神が、シュンを指さす。
「・・は?」
『だからぁ、この心優しく美しい女神を崇める宗教を作るの』
「私が・・ですか?」
まるで意味が分からない。神殿を作れという話ならすぐにでも作るが、宗教とは何だ? どう作れば良いのだろう?
『君しかいません。君にこの美しい女神を崇め奉る宗教を作るように命じます』
少年神が有無を言わさぬ口調で言った。
「宗教というものは、どういう資格があれば作れるのでしょう?」
『資格なんか要らないよ?』
「血筋や育ちは?」
『何にも要りません。孤児でも大丈夫!』
少年神が笑顔で親指を立てて見せる。
「私は多くの命を奪っていますが?」
詳しくは知らないが、宗教とは殺生を嫌うものではなかろうか? 故郷の町では、狩人は不浄の職だとして、教会に入ることを禁じられていたが?
『関係ありません。ばんばん殺して大丈夫!』
少年神が澄ました顔で断言する。
「女神様、私が相応しいと思いますか? 私自身、かなり疑問なのですが?」
シュンは輪廻の女神を見た。
『神様がお命じになられたのです。神様のお言葉は絶対ですよ?』
輪廻の女神が窘めるように言った。
「・・その通りですね。覚悟が不足していたようです」
『私からもお願いします。貴方と貴方の婚約者さんで、私を祀る宗教を作って下さいな』
「全力を尽くします」
シュンは深刻な表情で深々と低頭した。まったく自信は無いが、命じられた以上、やるしかない。
『ようし、決まりだ! ボクも影ながら応援することを約束しよう。そうだな・・うん、君達"ネームド"に神聖騎士の称号を与えよう!』
『まあっ! 素敵です、神様ぁ!』
輪廻の女神がうっとりと少年神を見つめた。
『そうだろう。自称聖職者では格好がつかないからね! 神が認めた本物の聖職者にしようじゃないか!』
少年神が胸を張った。
「神聖な騎士? この私が?」
『ああ、神聖の意味を取り違えないでよ? 神聖とは、神に忠実であることだからね? 君の場合は、この闇ちゃん・・輪廻の女神に仕えることが神聖な行為になる!』
「・・承りました」
混乱したまま、シュンは再び低頭した。
『よろしい! では、続いてボクが不在中の君の奮闘を評価して報酬を授けよう!』
神様が有無を言わせない勢いで早口に宣言した。
水玉模様の半ズボンをはいた少年が姿を現した。
「お久しぶりです」
シュンは丁寧に頭を下げた。
『ちょっと揉めててね。まだ片付きそうもないんだけど、下層も放りっぱなしって訳にはいかないからね』
宙を漂いながら神様が嘆息をする。
「何が起きているのでしょう?」
『う~ん、龍神が怒鳴り込んで来て、他の神も便乗して参戦みたいな?』
神様が頭を掻いた。
「大丈夫なのですか?」
『あんまり大丈夫じゃないねぇ~、あぁ、闇ちゃんの参戦は助かったよ! あの子のおかげで一気に形勢が変わって、ボクの側がちょっと優位になったんだ』
「闇・・ああ、奥様ですね」
シュンは大きく頷いた。
『・・なんだって?』
「輪廻の女神様ですよね?」
『いや、そこじゃないよ。誰が誰の奥様だって?』
少年神が近寄ってきた。
「輪廻の女神様は、奥方でいらっしゃるのでしょう?」
『ちがぁぁぁーーーう!』
神様が真っ赤な顔で絶叫した。
「えっ?」
あまりの剣幕に、シュンは軽く眼を見開いた。
『い、いや・・ほら、察してよ。ボクって、結構な人気者なんだよ? そんなに軽々しく奥さんとか決められないんだよ! いっぱい候補が居るんだからね?』
「そうなのですか。しかし、輪廻の女神様は・・」
『あの子は昔っから思い込みが凄いんだよ! 出会った時から運命がどうの、愛の歯車がどうの・・もう、大変だったんだから』
「お綺麗な方でしたが?」
『え? うん、まあ・・すっごく綺麗なんだけどね? でも、君は彼女が戦っているところを見てないよね? もう別人だからね? 敵に同情しちゃうレベルだからね?』
「お強いんでしょうね」
『そりゃあ強いよ。精霊なのに神籍まで昇ったくらいだ。とんでもない事なんだよ?』
「なるほど・・それで、上層の争いはどのような状況なのでしょう?」
『お互いにそれなりの被害を出して、小康状態になったところへ、別の界の奴が横やり入れてきた感じ』
「・・複雑なのですね」
『神界にも色々あってさ。まあ・・龍神の件は、君も無関係じゃないんだけどね?』
神様がじろりとシュンの顔を見る。
「私が?」
シュンは驚いた顔で神様を見た。
『これだからなぁ・・龍人は、龍神の直系氏族なんだ。とりわけ、白と黒は龍神に血が近い。君はまだ幼い白龍人を滅多切りにしたよね?』
「ああ・・あの白い奴ですか」
シュンは、顔をしかめた。
『そう、その白い奴さ。あの子は、千年に一度生まれる龍神直系の子なんだ。お披露目を兼ねてボクの迷宮に預けられてね。暇だと言って煩いから役目を与えていたんだけど・・誰かさんが大変な目に遭わせちゃった』
「斃すべき敵として現れましたから戦いました」
『・・まあ、そうなんだよね。探索者に絶対的な力の差を見せつける役割だったのに、やられちゃう方が悪いんだけど。あの白い子が龍神に泣きついちゃったもんだから、それはもう龍神がお怒りさ。龍族を引き連れて全面戦争だぁーーってね』
神様が苦笑した。
「上へ行けば、白い奴と戦えるのですか?」
『いや、そこじゃないよね? この際、白い子はどうでも良いでしょ? 上層の紛争の発端は、君が白龍人の幼子を虐めたからなんだよ?』
神様が不機嫌そうに睨む。
「それについては、御迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
シュンは深々と頭を下げた。
『あれ? お腹でも痛いの?』
少年神が驚きを口にしつつ、まじまじとシュンの顔を見つめた。
「迷宮管理人の討伐係として、毎日のように悪魔や魔神、魔憑きの人間を討伐しておりますが・・神様のご苦労の一端を少し理解できたように思います。意図したものではありませんが、結果として神様に御迷惑をおかけしたことを申し訳なく思います」
シュンはもう一度、丁寧に低頭した。
『いやぁ・・なんというか、君からそんな言葉が聴けるなんてビックリだね』
少年神が腕組みをして唸る。
「白い奴とは、けじめをつけたいと思っていますが・・」
『反省してないじゃん!』
「しばらく忘れることにします」
『・・まったく、君って子は本当にイレギュラーだねぇ』
神様が呆れた顔で嘆息した。
『あまり、ぐだぐだ愚痴を言っている時間が無い。今回来たのは、君にある提案を持って来たからなんだ』
「提案を?」
シュンは首を傾げた。
『これは、君だけじゃなく、君の婚約者ちゃんや君に宿っている子達、君に従属している者にも影響することだからね』
神様が真剣な顔でシュンの眼を覗き込むように見つめる。
『薄々理解しているとは思うけど、神界の神々はそれぞれが創世している。簡単に言えば、神の数だけ世界が存在しているんだ。君達は実際に他の世界を覗いて来ただろう?』
「"異界の門"によって飛んだ先ですか?」
『そうだね。もちろん、他にも沢山の世界がある』
神界という核を中心に、無数の世界が存在し、せめぎ合っているらしい。
『世界の成り立ちなんかは省くよ。まだ、君達に話せる内容じゃないからね? まあ、たいした理由じゃないんだけど・・』
「魔神が、迷宮に侵入してくる理由が知りたいのですが?」
シュンは訊いた。
『へ?』
「どうも、弱い魔神が数多く来ている印象です」
『あぁ、まあ・・そうだろうね。あれっ? 世界の事には興味なし?』
「教えて頂けないのでしょう?」
『・・うん、まだ話せません』
「魔神については?」
『君達、探索者と同じさ。経験を積んでレベルを上げれば手強い存在になる』
「どうして、神様の迷宮を狙ってくるのです?」
『魔神の世界の神とボクは、仲がとても悪いからね』
「それで迷宮に?」
『神の遊びさ』
「遊び?」
シュンは眉をしかめた。
『ふふふ、さすがに怒ったかい?』
「魔神を殲滅すれば、私は100階から上へ行けるのでしょうか?」
魔神の遊びに付き合いたくは無いが・・。
『うわぁ・・その台詞、魔神に聴かせてあげたいねぇ』
「こちらの世界から魔神の世界には行けないのですか?」
『ははは・・その必要は無いよ。だって、あいつは創世をやり直すとか言って、向こうの住人を放り捨てちゃったんだ。あいつの世界は崩落して塵になっている最中さ。時々、癇癪を起こすんだよ』
「魔神の神が?」
『気に入らないと壊す殺す消す・・そしてやり直す。いつもの事なんだよ。そして創世の暇つぶしで、死滅寸前の可哀相な魔神達をボクの世界に攻め込ませているのさ。死にたくなかったら居場所を奪い取れってね』
「そういう事なら、魔神が何千、何万と集まって下層に攻め込めば良いと思いますが?」
こそこそと迷宮内で暗躍する必要がどこにあるのか?
『世界の崩壊でほとんどが消滅しちゃったのさ。難を逃れてボクの世界へ逃避できたのは、わずかな数でしか無いよ』
「・・どうも、理屈が合わない気がします」
『そうかい?』
「魔神とは、神様では無いのですね?」
『もちろん違うよ。魔神と称しているのは、ほとんどがただの異界の住人さ。ああ、ボクに突っかかって来るお馬鹿さんは本物の魔神だけどね』
「悪魔はどうなります?」
魔神の他にも、リールのような悪魔も存在するのだが?
『あれも同じさ。別の世界の住人だ』
「なるほど・・"ネームド"に居る女悪魔は、白い龍人に世界を支配されていると言っていましたが?」
『龍人は世界の均衡を保つための存在だからね』
少年神が笑う。
「どういうことでしょう?」
『世界それぞれに、龍人が1人ずつ配置されているんだ。いわゆる監督者としてね』
「・・監督?」
『創世し、自分好みの世界を育むのは神の自由。ただし、創世には創世の決まり事があってね。龍人は、創世神が規則を破らないかどうかを監視しているんだ』
「すると、白い奴はこの世界の監督者なのですか?」
神との関係はどうなるのか? 龍人が神の創った世界を監督する意味は何なのか?
『いや、あれは違う。まだ幼すぎるよ。成長すれば、いつか、どこかの監督者になるかもしれないけど』
「すると、この世界には別の龍人が?」
『それがさぁ・・結構前に、殺されちゃった』
この世界の監督者である龍人は死んだらしい。
「成体の龍人が?」
『何百年も前の事だけどね。ボクの世界って、龍殺しが一つの勲章みたいな風潮があってさ。過去に8体も狩られちゃってる。それを恨んでいる龍神が何かにつけて喧嘩を売ってくるんだよねぇ。おまけに、君も赤いのを殺したでしょ? 龍神が激怒して騒いでたよ?』
「色で強さが違うのですか?」
『成体になると、まるで別物になるよ。白黒は別格、他色はまあそれなり』
「白の上は?」
『ヤバイのが居ます』
少年神が肩を竦めて見せる。
「龍神では無いのですか?」
『違います。ガチでヤバイ奴です』
「・・がち?」
『とにかく危険な奴。うちの闇ちゃんでも危ないかもしれない』
「奥様でも」
シュンは眉をひそめた。
『違うからっ! 本気で止めてくれる? あの娘は・・』
神様が青ざめた顔で何か言いかけたところで、
「ぁ・・」
シュンが小さく声を漏らした。
『・・え?』
口を噤んだ神様が、シュンの視線を追って後ろを振り返る。
そこに、輪廻の女神が立っていた。
『神様、こんなところにいらっしゃったの?』
黒い長衣姿の美しい女性が微笑む。
『あ、ああ・・うん、ほら、褒美とか渡さないといけなかったから』
少年神が、もごもごと言い訳めいた口調で言いながらシュンをちらっと見た。
『まあっ! あの時の子ね? 婚約者さんは元気にしているかしら? 浮気は駄目よ?』
「はい。2人とも元気です。女神様もお元気そうで良かった」
シュンは笑みを浮かべて低頭した。
『うふふ、もちろんですよ。こうして神様のお役に立てるのですもの・・妻として、女冥利に尽きるというものです』
『あぁっ! 何か上で動きがあったのかな?』
慌てた様子で少年神が会話に割って入った。
『そうでした。龍神めが何やら通告してきたと・・私の闇烏が申しております』
『通告とは穏やかじゃないね』
『主神様に裁定を上申したそうです』
輪廻の女神が無邪気に言うと、少年神の顔が引き攣った。
『げぇっ!? いや、まさか? こんな争い事で、どうして主神様の裁可?』
『私には詳しい事情は分かりませんわ。主神様にはお会いしたこともございませんし・・』
『あの馬鹿龍、なんて事を・・』
少年神が苦々しく顔をしかめる。
「何か悪い事が起こりました?」
『う~ん、まだ何とも言えないけどね。そういうことなら、ただで報酬をあげるわけにはいかない』
「神様?」
『君・・神に仕える聖職者をやってよ』
「私が聖職者?」
シュンは呆気にとられた顔で少年神を見た。
『君は今日から敬虔な信者だ。異論は認めない』
「私に信者が勤まりますか? どういった教義の宗教なのです?」
『ああ、教義とかそういうのは、どうでも良いから・・いや、そうだ。ねぇ、闇ちゃん?』
少年神が輪廻の女神に声をかけた。
『何でしょう?』
女神が首を傾げる。
『闇ちゃんを祀った宗教って無かったよね?』
『え? はい。私は人間達に女神として認識されていませんから』
『それはおかしい! 君は・・君のように美しく、ボクに尽くしてくれる女神を認識しないなんて罰当たりな事は許されない!』
少年神が語気を荒げて言うと、輪廻の女神が顔を赤くして俯いた。
『そんな、私なんて・・』
『いいや、君の心の清らかさ・・内から溢れる慈悲の心を人間は知らないといけない!』
『・・あぁ、神様』
輪廻の女神が眼を潤ませて胸元で手を組み合わせた。
『そういう訳だから、君、宗教作って広めてよ』
少年神が、シュンを指さす。
「・・は?」
『だからぁ、この心優しく美しい女神を崇める宗教を作るの』
「私が・・ですか?」
まるで意味が分からない。神殿を作れという話ならすぐにでも作るが、宗教とは何だ? どう作れば良いのだろう?
『君しかいません。君にこの美しい女神を崇め奉る宗教を作るように命じます』
少年神が有無を言わさぬ口調で言った。
「宗教というものは、どういう資格があれば作れるのでしょう?」
『資格なんか要らないよ?』
「血筋や育ちは?」
『何にも要りません。孤児でも大丈夫!』
少年神が笑顔で親指を立てて見せる。
「私は多くの命を奪っていますが?」
詳しくは知らないが、宗教とは殺生を嫌うものではなかろうか? 故郷の町では、狩人は不浄の職だとして、教会に入ることを禁じられていたが?
『関係ありません。ばんばん殺して大丈夫!』
少年神が澄ました顔で断言する。
「女神様、私が相応しいと思いますか? 私自身、かなり疑問なのですが?」
シュンは輪廻の女神を見た。
『神様がお命じになられたのです。神様のお言葉は絶対ですよ?』
輪廻の女神が窘めるように言った。
「・・その通りですね。覚悟が不足していたようです」
『私からもお願いします。貴方と貴方の婚約者さんで、私を祀る宗教を作って下さいな』
「全力を尽くします」
シュンは深刻な表情で深々と低頭した。まったく自信は無いが、命じられた以上、やるしかない。
『ようし、決まりだ! ボクも影ながら応援することを約束しよう。そうだな・・うん、君達"ネームド"に神聖騎士の称号を与えよう!』
『まあっ! 素敵です、神様ぁ!』
輪廻の女神がうっとりと少年神を見つめた。
『そうだろう。自称聖職者では格好がつかないからね! 神が認めた本物の聖職者にしようじゃないか!』
少年神が胸を張った。
「神聖な騎士? この私が?」
『ああ、神聖の意味を取り違えないでよ? 神聖とは、神に忠実であることだからね? 君の場合は、この闇ちゃん・・輪廻の女神に仕えることが神聖な行為になる!』
「・・承りました」
混乱したまま、シュンは再び低頭した。
『よろしい! では、続いてボクが不在中の君の奮闘を評価して報酬を授けよう!』
神様が有無を言わせない勢いで早口に宣言した。
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挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
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