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第1章

第140話 マリンマリン

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「マリンがピカピカ!」

「マリンがグルグル!」

 例によって、よく分からないことを口走りながら、ユアとユナが部屋に飛び込んできた。

 "ネームド"ホームの中である。
 シュンは自室で、試作した魔導具の仕上げを行っていた。

「マリンが?」

「カーミュちゃんが看てる」

「マリンが変身しそう!」

 しがみつくようにして、ユアとユナがシュンの腕に抱きつくと、ぐいぐいと引っ張る。シュンは手早く加工品を収納すると、2人に連れられて居間へ向かった。

「シュン様」

 編み物をしていたサヤリが道具を置いて立ち上がった。
 なるほど、書棚の前で、水霊珠が金色の光を放ちながら回転していた。

「・・確かに光っているな」

「はい。5分ほど前から、このような状態になっております」

 サヤリによると、最初は白い色に包まれ、続いて赤い色、そして黒い色・・今は黄金色に輝いているらしい。

「カーミュ?」

『繭玉が破れるです。変身するです』

 白翼の美少年が落ち着かない様子で、光る水霊珠の周りをうろうろと飛び回っていた。

「・・リールはどうした?」

「1階の討伐当番」

「今日は、リール」

 ユアとユナが壁に吊された白板を指さした。


****
今日の当番
****

1階 :リール(監視と討伐)
18階:ユア・ユナ(仕入れ)
19階:ユキシラ・サヤリ(隠れ里見廻り)

****


「あぁ・・そうだったな」

 先日から導入された連絡ボードという物だ。考案者はユアとユナである。シュンは売り子に商品を渡したり、商工ギルドに魔物の素材を卸したりしながら、ポイポイ・ステッキの中身を調整することになっていた。

「カーミュ、どのくらいで終わる?」

『個体差があるです。たぶん、10分くらいなのです』

「10分か・・」

 シュンが呟いた時、テーブルに置いてあったムジェリ製の通話器が、リリリリリ・・と控え目な音を鳴らし始めた。

 サヤリが通話器を手に取って耳に当てる。

「シュン様宛に、リールさんからです」

「また侵入者かな?」

 呟きながらシュンは通話器を受け取った。

『主殿、外から妙な旗を手にした者が入って来た。何やら対話を求めておるようじゃが?』

「問答は無用だ。例外は認めない」

『了解じゃ』

 通話器の向こうで、リールが小さく笑ったようだった。

 通話を切ってすぐ、リリリリリ・・と鳴り始めた。

「ネームドだ」

 シュンは通話器を耳に当てた。

『ケイナよ。今、話せる?』

「どうぞ?」

『スコットが完済したわ』

「・・完済? あいつは誰かに借金でもしていたのか?」

 シュンは首を傾げた。

『"ケットシー"の女の子達に迷惑をかけたから賠償金を請求されていたのよ』

「なるほど・・」

 ロシータが関与しているなら、膨大な金額だったのだろう。よく完済できたものだ。

『そろそろ、外出を認めようと思うんだけど、どうかな?』

 どうやら、スコットの外出許可を求めてきたらしい。別に、シュンは閉じ込めろとは言っていない。"ガジェット・マイスター"としてのケジメが終わったのなら自由にさせれば良い。

『ええと・・非常に言いにくいんだけど、スコットを男の子に戻してあげられない?』

「なぜ?」

 迷宮の外なら縛り首にされて吊されていてもおかしくない。

『だって、なんだか妙な方向にのめり込んじゃったみたいで、ちょっと気持ちわ・・痛々しい感じがするの』

「同じ事を繰り返すより良いだろう?」

『そうなんだけどさ・・色々な薬とか怪しげな魔術とか試しているみたいだけど、効き目がまったく無いみたいで、夜中にいきなり叫び出したりするの』

「そんな状態で、外出させるのか?」

 話を聴く限り、外へ出しては危険な感じがする。

『あっ、別に他人に暴力を振るったり、そういうのは無いのよ? なんというか・・物凄く優しくなって、ホーム内の雑用も率先してやってくれるし・・』

「よく賠償金を稼げたな」

 何を売って稼いだのだろう?

『ああ、外からの採取依頼をスコットの名前で受けたのよ。"ガジェット"のメンバーでも、それなりの魔物を狩れるから。ドロップ率は悪いけど稼ぎは良かったわ』

 確かに、迷宮素材を売ればまとまったお金が手に入る。

「そうか。"ガジェット・マイスター"は外の商人とやり取りがあるのか?」

『うちはあまり積極的じゃないわ。元々、探索者向けに衣服や料理を提供しているから・・大々的に取引をやっているのは、"狐のお宿"と"ケットシー"よ』

「ロシータのところか」

 シュンはちらと水霊珠を見た。そろそろ大きな変化がありそうだ。気配というのだろうか、眩く光っている水霊珠の雰囲気が変化していた。

「スコットについては、ケイナに任せる」

『分かった。必ず何かをやらかすとは思うけど、ずうっと閉じ込めておくわけにはいかないから・・ホームから出してみるわ。また報告します』

 ケイナからの通話が切れた。
 ちょうど、水霊珠の輝きが収束し始めたところだった。

 眩い光りの中から姿を現したのは、珠では無く、四足のほっそりとした獣だった。姿形は、貂や鼬を想わせるが、野山で見かける鼬などよりも小さく、シュンが見たことが無い、雪のように青ざめた白毛に覆われていた。獣は体を丸めて眠ったまま、ふわふわと宙に浮かんでいる。

『ご主人、名前を呼んで起こしてあげるです』

 カーミュが小声で囁くように言った。

「・・呼びかければ良いのか?」

 シュンは興味深く見つめながら、ふわふわ漂う獣に近寄ると小さな頭の辺りへ顔を寄せた。

「マリン?」

 声を掛けると、三角形の耳がぴくりと動く。

「マリン、起きろ」

 続けて呼びかけると、まだ意識のはっきりとしない様子で、ゆっくりと小さな頭も持ち上げた。鼬のようでもあり、狐のような感じもする顔形だ。

 しばらく、ぼうっとした顔で首をもたげていたが、紺碧の瞳がゆっくりと動いてシュンを見つめると、何かに気付いた様子で大急ぎで立ち上がった。

 何を踏み場にしているのか、空中で四つ足を踏ん張ると長い尻尾を持ち上げ、大きく伸びをしながら体を震わせる。

「角があるんだな」

 シュンは、真白い頭の上に、2本の角が生えているのを見つけた。ちょうど、尖った耳の少し内側くらいに、毛を分けるようにして銀色の小角が2つのぞいている。

「マリン、俺が分かるか?」

 シュンが声を掛けると、真白い獣が長い尻尾を振り立てて身軽く空中を走り、シュンの肩に乗って尾を顔に巻き付けてきた。

「マリン?」


 ナァァァ~~・・


 口を大きく開いてか細い声で鳴いた。耳元に、ふわふわとした毛に包まれた小さな頭を擦りつけてくる。
 その時、何か聞こえた気がして、シュンは耳を澄ませた。

『ごしゅじん』

 小さな声が頭の中に伝わってきた。

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