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第1章

第113話 周回戦

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 北壁の上で、ユキシラが狙撃銃を構えていた。折り畳んだ水竜の皮に銃身を置き、片膝を着いた姿勢で照準器を覗いている。

 すでにエスクードは"白い砂"の上に在った。

 わずかに銃口を下げると、照準器にシュン達の背中が入った。シュン、ユア、ユナ、ジェルミー、カーミュが横列に並んでいる。
 死鬼兵が転移してくる直前に、カーミュが位置を察知して合図をする。
 ユキシラは、その時を待っていた。

「好きに狙って良い」

 シュンから、そう言われている。
 射程ぎりぎりだが、情報通りならターゲットは身の丈が3メートルの人型だ。まず外すことは無い。

(・・来るのか)

 ユキシラは、双子が"アタッチ・フィルタ"と命名した魔導器に魔力を通した。狙撃銃の銃口前に、黒い輪が浮かび上がる。直径が5センチほどの大きさをした輪だ。

(あれか)

 照準器越しに、大きな人型の魔物が見えた。
 転移光は無い。
 唐突に湧いて出たように見えた。

(・・棒立ちか)

 ユキシラは、静かに引き金を絞った。


『ご主人、来るです』

 シュンの肩口に漂っているカーミュが囁いた。

「乱戦になる。ユア、ユナ、いつも通りだ。俺の後ろを離れるなよ!」

「アイアイ」

「ラジャー」

 双子が敬礼した。"ディガンドの爪"を浮かべ、MP5SDを肩から掛けている。

「ジェルミー、まず脚を切れ。それから腕、首だ。HPを削りきる必要は無い」

 シュンの指示に、ジェルミーが双子同様に敬礼をして見せた。

「カーミュ、動きを鈍らせる程度で良い。灼いて回れ」

『やるです! 灼き払うのです!』

 カーミュも敬礼をした。

「さて・・」

 シュンはやや離れた場所に浮かんでいる白翼の女騎士を見た。75階の階層主を務めている戦乙女である。

「この事態を招いた元凶はお前だ。ここで働いて見せることは、神様への贖罪になる」

『承知している』

 戦乙女が固い表情で頷いた。

「"ネームド"が討ち洩らした死鬼を仕留めてくれ。神様は、エスクードに被害が出ることを嫌っていた」

『言われるまでも無い! 1匹たりとも通さぬ!』

 戦乙女が軽く羽ばたくと、エスクード上空へ向かって舞い上がって行った。

『ご主人っ!』

「来るか」

 シュンは前方へ向き直った。

(・・なるほど)

 カーミュから聴いていた通りの大きさ、体型をした異形の兵士達が出現していた。

 筋骨隆々として均整の取れた体躯はほぼ裸で、腰布一枚、重そうな金属の棍棒を手に握っている。肌身は灰色。針金のような蓬髪で、眼は白く、瞳の形が分からない。上唇を割って下から牙がせり出し、頭部には角らしい突起が見える。

(これが、死鬼兵か)

 シュンが相手の様子を把握した時、正面に出現した死鬼兵が頭部を弾かれて仰け反った。やや遅れて銃声が聞こえる。

(ユキシラだな・・ダメージは、2500。悪く無い)

 銃器は人型には特別な効果が出る。加えて"アタッチ・フィルタ"によって"防御力無視"の効果が付与され、良好なダメージポイントと共に死鬼兵の肉体を損壊させている。HP総量を考えれば微々たるダメージポイントだが、死鬼の顔面に拳大の穴が開いて両眼が失われていた。

(再生が出来ないのなら、眼を潰せば視界を、脚を切れば移動力を奪える)

 シュンはテンタクル・ウィップを振り上げた。

「さあ、始めようか」

 やる事は、いつもの周回狩りと変わらない。
 ただエスクードを護らなければならないという条件が追加されただけだ。

 シュンはテンタクル・ウィップが風切り音を鳴らし、転移したばかりの死鬼兵達めがけて襲いかかった。
 同時に、ユアとユナがMP5SDを乱射する。
 ジェルミーが駆け込み、腰間の刀を煌めかせながら駆け抜けて行く。
 散開しようと動きかけた死鬼兵達が白炎に包まれて炎上した。

「行くぞ!」

 シュンの掛け声で、"ネームド"が走り始めた。
 黒い触手が嵐のように暴れ狂い、死鬼兵を打ち潰し、跳ね転がす。水楯から水渦弾を放ちながら、集団を引き裂くように押し入るシュンの後ろから、"アタッチ・フィルタ"を使用したユアとユナが、MP5SDを撃ち続ける。2人の銃弾は1100ダメージポイントだったが、なにしろ撃ち出す弾数が違う。至近距離からばら撒き続ける銃弾は、大柄な死鬼兵の何処かに必ず命中する。

 "ネームド"が東の転移予定地を目指して駆け去った時には、1000体の死鬼兵の半数以上が灰に還り、損傷が激しい死鬼兵ばかりが残って砂上を這っていた。

 手足を傷め、動きを鈍らせた死鬼兵を、ユキシラが淡々と狙撃していく。見晴らしの良い白い砂上だ。射線を遮る物は何も無い。
 上空で見守っていた戦乙女が厳しい表情のまま、東へ向かった"ネームド"を眼で追った。北に脅威は残っていない。次は東である。

『ご主人、出るです』

 カーミュが行く手を指さした。到着ぎりぎりのタイミングだ。北では時間をかけ過ぎたらしい。

「少し時間を短縮しよう。ここは魔法を使う」

「アイアイ」

「ラジャー」

 双子が元気よく応える。

「まず、カーミュが全体を灼け!」

『はいです!』

 白翼の美少年が大きく息を吸い込みながら突進した。
 出現した1000体の中で、何やら大きな声を発した死鬼兵がいる。反射の動きでテンタクル・ウィップを伸ばして、その死鬼兵を拘束して引き摺り出す。

 直後、

 ゴウゥッ・・・

 大気が焦げる音が鳴り、死鬼兵が大量に燃えあがった。

「水渦弾」

 シュンが水魔法で攻撃し、

「セイクリッドォーー」

「ハウッリングゥーー」

 双子が白銀の光を噴射する。
 一歩下がって見守っていたジェルミーが素早く駆け出て、逃れ出ようとする死鬼兵達を斬り捨てた。

「行くぞ!」

「アイアイ」

「ラジャー」

 水渦弾とMP5SDを撃ちまくりながら、"ネームド"が南へ向かって移動し始めた。まだ、数十体の死鬼兵が五体満足で生き残っている。
 しかし、上空から白銀に輝く槍状の光が降り注いで、死鬼兵を串刺しにしていった。

 これで、生き残っているのは、地面を這うようにしている死鬼兵だけだ。
 戦況を見守っていた"狐のお宿"が、"ネームド"の移動に合わせて一斉に外へ討って出てくる。
 レベル差はあっても、満足に動けないままでは死鬼兵に戦う術が無い。死鬼兵が全滅するのは時間の問題だろう。

 上空で見下ろしていた戦乙女が、"ネームド"を追って南側へと移動していった。

 南は、護りに徹するガジェットしか居ない。出現した1000体の死鬼兵めがけて魔法を撃ち込み、テンタクル・ウィップで薙ぎ払いつつ、シュンはアルマドラ・ナイトを召喚して、ジェルミーと共に残兵の掃討に当たらせた。
 そのまま、シュンとユア、ユナ、カーミュは西側へ急行する。

「飢餓縄鞭!」

 シュンは、テンタクル・ウィップの固有技を使用した。黒い触手の表面に無数の小さな裂け目が生まれ、一斉に開いて牙を覗かせる。MPを吸う代わりに肉を喰らいHPを吸う鞭と化したテンタクル・ウィップが死鬼兵の集団へ襲いかかった。
 これまで乱れ打つテンタクル・ウィップに当たるだけで骨を砕かれ、肉を裂かれて地面に転がっていた死鬼兵達が、今度は唐突にごっそりと体の部位を失って倒れ伏していく。

「ボス、食あたりに注意する」

「死鬼さんに同情しかない」

 軽口を叩きながら、双子はMP5SDの引き金を引きっぱなしだ。何しろ、相手の防御力による威力の減衰が無い。1000ちょっとのダメージポイントだろうと、10発、100発と当たれば、馬鹿にならないダメージだ。おまけに、死鬼兵は、体に穴が開けば黒色の血が流れて継続ダメージが続き、骨が損傷すれば動きがぎこちなくなり、腱が切れれば手足が動かせなくなるのだ。

『灼くです! 灼くです! 灼くです!』

 白翼の美少年が大はしゃぎで上空から白炎を噴いて回っていた。

「送還」

 南の死鬼兵を掃討し終えて戻って来たアルマドラ・ナイトを還し、シュンは北へ向かって走り出した。
 予想以上に、死鬼兵の掃討が楽だった。逆に違和感を覚えるほどだ。

「かなり余裕があるな」

 シュンが双子を振り返ると、2人が笑顔で親指を立てて見せた。

「戦乙女の出番が無い?」

「活躍しないと処刑される?」

 ユアとユナが上空の女騎士を振り仰ぐ。神様とのやり取りや、戦乙女が参戦した経緯について2人に説明してある。

『あいつも・・灼くです』

 小さな呟きが聴こえた。
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