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第1章

第86話 指名依頼

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 商工ギルドのムジェリから依頼が出された。
 "ネームド"名指しの指名依頼である。

「外から?」

 シュンは訝しげに首を傾げた。

「そうだね。ちゃんと依頼の手順は守ってるね。クレヴ・タウリールという名前ね」

「クレヴ・・知らない名前だ」

「依頼は竜鱗の採取ね。1枚につき15万デギンね。10枚欲しいらしいね」

 ムジェリが石版らしき物を手に読み上げる。

「鱗の色は?」

「指定は無いね。もしかして、古竜の鱗も持ってるね?」

「18階の竜は、金銀の大きい奴以外は狩ったから。それなりに素材も持っている」

 シュン達は、18階で執拗に竜狩りをやっていた。リポップする色つきの古竜に法則性があるのか興味を持ったからだったが、古竜の素材は山のように在庫がある。

「素晴らしいね。外の依頼は低位の灰色のやつで良いね。でも、ムジェリの村からも依頼が出てるね」

 ムジェリが石版の上に、もっちりした丸い手を押し当てて何やら操作を始めた。石版平面の半分くらいに触れてしまっているが、あれで何の操作ができるのか・・。

「なんだろう?」

「赤い竜の鱗と背鰭、翼膜が欲しいね」

「ちょっと待ってくれ・・」

 シュンはポイポイ・ステッキの収納物を手早く見ていった。当然のように、赤色の竜の素材も潤沢だ。

「赤だけでも何種類かあるな。ただの赤王竜で良いのか? 炎帝竜というのもあるが?」

 シュンが訊くとムジェリが挙動不審になった。椅子に立ったり座ったり、うろうろと左右へ歩き、ピタリと動きを止める。

「トフィル君、席を外すね。ここを閉じた空間にするね。危ないから入らないね」

「・・は、はいっ!」

 羽根妖精が大急ぎで部屋から出て行った。

「もしかしなくても、水帝竜や雷帝竜も斃したね?」

 ムジェリが机上に身を乗り出した。

「風や土、闇も狩った」

「おおぉぉ・・」

 ムジェリが手を震わせる。

「ここで納品しようか?」

「村へ行くね。依頼は他にもあるね」

「分かった。今回は、新しいメンバー・・このユキシラも連れて行きたい」

「もちろんね。"ネームド"のリーダーが選んだ人なら問題無いね」

「ありがとう」

 シュンはムジェリに向かって小さく頭を下げた。

 どうするのかと見守っていると、ムジェリが丸い手を左右へふりふり、床の上を歩き回った。それだけで、床に奇妙な模様の魔法陣が出現して光りを放ち始める。

「乗るね。ムジェリの村へ跳ぶね」

「分かった」

 シュンは、双子とユキシラを促して魔法陣に乗った。

 転移は一瞬だった。
 あまりにもあっさりと、感動を覚える間も無く、ムジェリの村に着いていた。そこは見覚えのある大きな天幕の中だった。
 少し待つように言って、商工ギルドのムジェリが急ぎ足に去って行った。

「ボス、ムジェリに依頼して良い?」

「ボス、衣装・・装備を充実する」

 双子が胸の前で手を組んで祈るように見上げてくる。

「・・衣装でも装備でも好きな物を頼んで良い。それから、ユキシラ・・とサヤリに、おまえ達が考案した"ネームド"の制服を作って貰おう」

「ボスの優しさに胸が高鳴る」

「なお、胸はここ」

 双子がタクティカルベストの胸元を抑えてみせる。

「21階のような砂漠での戦闘服、43階の湿原での戦闘服を考案してくれないか?他にも良さそうな物があれば・・この際だ。ムジェリが欲しがる素材を放出して、代わりに装備を充実させよう」

 シュンは、双子に装備品を考案するよう頼んだ。

「任せるナリ!」

「頼まれたナリ!」

 ユアとユナがにんまりと良い笑顔を見せた。すぐさま、2人して額を寄せ合って会議を始める。

「ユキシラ、体の方はどうだ? 違和感は無いか?」

「はい。馴染んだ・・と申すべきでしょうか。英霊ユラーナがしっかり護ってくれますので、ルインダルのようなものに憑かれる心配は無さそうです」

 ユキシラが片膝を床に着けて低頭した。英霊ユラーナというのは、ユキシラとサヤリの魂にルインダルのような類が潜り込めないよう、神様が宿らせた守護精霊である。四本腕の巨人で女性の姿。銀の仮面を着けていて顔は分からないが、口元だけは覗いている。紅白に彩られた地の薄い魔導衣を身に纏った肢体は成熟した女の凹凸が露わで、某2人には大変に不評であった。

「ユラーナはお前のSPを消費するんだな?」

「はい」

「俺のカーミュと一緒か・・そうなると、ユキシラ自身のSP量を増やさないといけないな」

「努力いたします」

「うん・・こまめに、ユラーナを喚んでSPを消費させることで練度があがる。枯渇寸前まで減らして還すことを繰り返せば良い」

「はい」

 ユキシラが頷いた。
 その時、

「お待たせしたね」

 ムジェリ達が続々と天幕に入って来た。

「よく来たね」

「久しぶりね」

 口々に言いながら黒服ムジェリや、前掛け姿の職人ムジェリ達が取り囲む。

「商工ギルドのムジェリに連れてきて貰った」

 シュンは近くに立っているムジェリを示した。

「ムジェリの依頼、最近は納品が無いね。だから友達にお願いしたね」

「良い考えね」

「どの依頼ね?」

 ムジェリ達が騒ぐ。

「今回は、赤い竜の素材を依頼したね。でも、他にもあるかもしれないね」

「欲しい物を言ってみてくれ。手持ちの中にあれば納品しよう」

「ありがたいね!」

「ぜひお願いしたいね!」

「最近の探索者は依頼を受けてくれないね」

「・・まずは、赤い竜だったな。赤王竜と炎帝竜の両方で良いか?」

 シュンが訊ねると、集まったムジェリ達が大騒ぎを始めた。
 どうやら、炎帝竜の素材は珍しいらしい。

「ちょっと待つね。高熱素材を置く場所を作るね」

 職人ムジェリ達が大急ぎで工作を始めた。たちまち、大型の箱が組み立てられ、何かの魔法が付与される。
 シュンは、炎帝竜の鱗、角、牙、爪、背ビレ、翼膜、腱・・と順に出していった。職人ムジェリ達がかぶりつくように箱に集まって騒ぎたてる。

「他にも、水帝竜、雷帝竜、地帝竜、嵐帝竜、闇帝竜の素材がある。買い取れるか?」

「もちろんだね! 全力で買うね!」

「最高だね! 体が震えるね!」

 職人ムジェリだけでなく、黒服ムジェリまでが狂乱状態になった。

「後で良いが、作って欲しい装備品がある。この2人がまとめて依頼をするので、よろしく頼む」

 シュンは手帳を手にあれこれ打合せをやっている双子を指さした。

「任せるね!」

「ムジェリの総力をあげて作るね!」

「ありがとう。竜の他にも欲しい素材があれば言ってくれ。リポップに混じる上層階の魔物をかなり斃している」

「悪魔の素材はないね?」

「低位悪魔ならある。核は神様に渡したから、翼と爪、眼や臓器がいくつかだな」

 シュンはポイポイ・ステッキの収納物を見ながら答えた。

「素晴らしいね!」

「どうやったらお返しできるね!」

「ルインダルの素材はあるね?」

「あるな。影主のルインダルというやつだ」

 シュンが言うと、狂乱していたムジェリ達がしん・・と静まりかえった。
 すぐさま興奮した様子で押し寄せる。

「影主ね!? あれはもう魔神ね!」

「あれを斃したね?」

「あの魔神を斃したね?」

「斃した。ただし、"ルインダルの涙石"は強化に使ったから持っていない。"嘆きの声帯" "絶望の腹腔" "終末の開眼"・・妙な名称の素材ばかりだな」

 シュンは眉をひそめた。

「凄いね! それは生を完全に諦めたルインダルの素材ね」

「死に方で素材が変わるね。最高の状態ね」

 ムジェリ達が騒ぐ。

「真なる浄滅ね!」

「もう蘇らないね!」

「・・あの程度なら蘇っても良い経験値になる」

 シュンは小さく笑った。

「どうやら、満足して貰えそうかな?」

「ムジェリにとっては素晴らしい逸品ばかりね!」

「依頼の品は任せるね! 良い取り引きにしてみせるね!」

 商工ギルドのムジェリと黒服ムジェリがシュンに向かって丸い手を伸ばし、その手をシュンが握った。
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