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第1章

第84話 キノコ・キノコ

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 21階の階層主は、巨大な管虫。22階の階層主は、気体状の漂う爆弾。23階の階層主は、全身から炎を噴きあげる巨人。24階の階層主は、ひたすら分裂と再生を繰り返す粘体。25階の階層主は、5匹の蛙だった。さらに、26階、27階、28階・・・と階層主を仕留めていく。


「地図は?」

「パーフェクツ」

「コンプリート」

 双子が親指を立てた。

「ユキシラ、経験値の入り方は落ちたか?」

「はい。刀剣と魔法操作に関する練度が上がったおかげで、取得経験値は5000以下になっております」

 答えたユキシラだったが、すでにレベルが30になっている。ここに来て、ようやく練度が上がった事による取得経験値の減少が顕著になってきたらしいが、シュン達と違って身体能力に関する練度は上昇していないらしい。なお、シュン達はまだレベル23である。

「50周目が終わりましたよぉ~」

「55階の恐竜が泣いてますよぉ~」

 双子が地図を収納しながら報告した。

 シュン達は、各階層を50周ずつ巡り、丁寧に隅から隅まで虱潰しに魔物を駆逐して、リポップで上層階の強敵を出現させては斃し、1層1層とても時間をかけて上っている。
 これについては、もう誰も何も言わない。いつの間にか、1階層50周回が通常の行動パターンとして定着してしまったのだ。むしろ、途中で切り上げて休憩をすると「何かあったのか!?」と不安がられるほど浸透した行動パターンだった。

「シゲンサウルス、カーボサウルス、ゴピサウルス・・おまえ達が言う恐竜ばかりだな」

 サウルス=恐竜のことだとシュンに教えたのは双子である。2人が言うことなので、口から出任せだった可能性は否定できない。
 ポイポイ・ステッキの中には、爪、牙、骨、水掻き、翼膜、角、鱗、皮、胃袋、魔核・・膨大な数が並んでいる。

「恐竜と竜の区別がつかない~」

「きっと名前の違いだけ~」

 双子が果実水を飲みながらもっともらしいことを言っている。なお、シュンとジェルミーは斃した恐竜を解体している最中だった。
 55階の階層主はとっくに斃していて、いつでも次の階へ進める状態だったが、ここのボス部屋は大扉を出入りすると、1~7体のヤタサウルスという恐竜がポップする。迷宮主が居る時は出現しなかった恐竜だ。白く透けるような気味の悪い肌身をしていて、ひたすら猛進して捨て身で噛みついてくるだけの恐竜だった。シュンとジェルミーは、この白い恐竜の素材を採っている。


「ボス、キノコが生えた!」

「光るキノコ!」

 ユアとユナが興奮顔で指差す。

「生えるところは初めて見たな」

 シュンが見つめる先で、斃した白い恐竜の身体に淡く光るキノコが次々に生えていき、みるみる内に死骸を覆い尽くしてしまった。アマリカルというキノコで、蘇生薬の原材料の一つだ。
 シュンはポイポイ・ステッキでなぞるようにしてキノコを収納し、最後に恐竜の死骸も収納した。思わぬ収穫だ。

(ヤタサウルスの死骸に秘密があるのか?)

 アマリカルは蘇生薬だけでなく、他にも上位薬の原材料として使える。安定的に採取できる方法を見つけたい。

「この部屋だけ出入りを何度か繰り返してみたいんだが、どうだろう?」

 シュンは双子を見た。

「キノコ採り?」

「良いキノコ?」

 ユアとユナが小首を傾げる。

「かなり良いキノコだ」


 通常ドロップ品のヤタサウルスの白い背鰭も魔導具製作の良い素材になる。シュンは、薬品だけでなく、装飾品や道具類まで作るようになっていた。迷宮を探索していて必要に感じた物を作る。作った物を試す。そして作り直す。そんな毎日を送りつつ、21階の砂漠地帯をクリアして以降、1度もエスクードに戻らずに55階まで上って来ている。

「やるでゴザル」

「キノコ狩りでゴザル」

 双子が承諾した。ユキシラは・・訊くまでも無く、シュンが視線を向けただけで低頭していた。


<1> Shun (565,491/8,950,000exp)
 Lv:23
 HP:143,870
 MP:190,530
 SP:5,983,000
 EX:1/1(30min)

<2> Yua
 Lv:23
 HP:75,850

<3> Yuna
 Lv:23
 HP:75,850

<4> Yukishira / Sayari
  Lv:30
  HP:68,500


 それぞれレベルが上がり、表示されない練度が上がり、HPが増えて55階の恐竜が相手であれば即死をするようなダメージを受けなくなっていた。
 ただし、55階にいる恐竜の中で最大種のケルヘイドサウルス。これを執拗に斃し続けるとリポップするテラーサウルスの、尾による一撃、踏みつけ、咬み付きという3連撃を浴びると、身体能力の高いシュンでも5万前後のHPが削られるので注意が必要だ。

「では、部屋の出入りをやる。部屋を出たところにいるゴピサウルスは無視しよう」

 シュンはユアとユナ、ユキシラを振り返って言った。
 扉を出た広間にはボス部屋を護るように全身に岩をくっつけたような恐竜が数頭居るが、もう十分に狩ったので相手にする必要は無い。

 シュン、ジェルミー、ユアとユナ、そしてユキシラが、魔法の結界扉を抜けて外へ出る。

(・・ん?)

 外で何やら戦闘が行われていた。別のパーティがボス部屋の前で乱戦の最中である。

 シュンはちらと様子を眺めただけで、今抜けたばかりの結界扉へと入り、ボス部屋に戻った。ほぼ同時に、メンバー全員がボス部屋に戻って来る。同じパーティかレギオンで無ければ、ボス部屋に入った時点で別空間に別けられ、一緒になることは無い。

「なんか来てた」

「いっぱい居た」

 双子が短めの感想を口にした。基本的に、この2人は他のパーティへの興味が薄い。"ガジェット・マイスター"のような職人チームには食いつくのだが・・。

「レギオンだろう。4、50人居たな」

 シュンが見たところ、ゴピサウルス1頭を3パーティが受け持って戦っていたようだった。

「ヤタ出た!」

「キノコの素!」

 双子が指さす先で、白い恐竜が5頭現れた。身の丈は2メートルほどで、55階層の恐竜としてはさほど大きく無い。
 出現してから1秒・・。侵入者である"ネームド"を感知して一斉に襲ってくる。そして、テンタクル・ウィップに首を絞められて床へ引き摺り倒されるのだった。

「炎の舌っ!」

「炎の舌っ!」

 ユアとユナが最近の2人の流行らしい火魔法で攻撃する。下から上へ、炎の塊が恐竜を舐め上げるようにして焼く。もしかしなくても、最下級に近い魔法なのだが、一撃で2万近いダメージポイントが出るのは、双子の魔法練度がデタラメに高いからだろう。

 双子が低位魔法で遊んでいる間に、ジェルミーとユキシラが刀を手にして斬り込み、思うように動けないヤタサウルスに止めを刺していた。ジェルミーのCP率が高く、時には一刀で100万近いダメージポイントが跳ねる。同じく刀剣で戦っているユキシラも相当に強いはずなのだが、ジェルミーと比べるとどうしても見劣りがしてしまう。

(レベル表示は無いが、ジェルミーにも練度やレベルがあるんだろうな)

 斃したヤタサウルスをそのまま放置するよう指示し、シュンは賑やかに炎が舞っている現場へ視線を向けた。

「黒くなった!」

「黒曜石みたい!」

 ユアとユナが、炎の舌で焼いたヤタサウルスが黒くなったと騒いでいる。
 確かに、白く透けるような肌身をしていた恐竜が、黒光りをする石のような質感に変じていた。焼けたからでは無く、色や質感そのものが変化したようだった。

 これは新しい発見だ。

(火魔法で攻撃すると別物になるのか? 採取できる物も変わるのか?)

 白い背びれでは無くなっているし、ドロップ品も変わるかもしれない。

「なんか大きくなった」

「膨らんだ」

 炎の舌を乱射していた双子が、何を感じたのか、ちら・・とシュンを振り返る。その大きな黒瞳から救難信号を感じ取って、シュンは水楯を展張し始めた。1枚、2枚と水楯を増やして多重の水防壁を構築する。その上で、ジェルミーを還し、ユキシラを楯の後方へ避難させた。

 黒く大きくなったヤタサウルスはテンタクル・ウィップに縛られて動けない。ただ、何とか跳ね起きようと床を掻いて足掻き、尾を跳ねさせて暴れていた。

「数字が出た」

「カウントダウン」

 倒れて足掻くヤタサウルスの頭部の上に、赤く光る数字が浮かんでいた。55階層に来るまで、こんな現象を起こした魔物を見たことが無い。

 危険を感じた双子が、大急ぎで水楯の裏へと逃げ戻って来た。
 その間にも、黒く変色したヤタサウルスの頭上で、5・・4・・3・・と、赤く灯った数字が減っている。

「化ける?」

「爆発?」

 そわそわしながらユアとユナが防御魔法を全員にかけ直し、継続回復の魔法を使用する。

(・・さて、何が起こるのか)

 魔物がいきなり爆発するというのは考えにくい。別の何かに変じるという可能性が高いだろう。

 4人が見守る先で、赤く光る数字が"0"になった。
 半拍の間を置いて、動かなくなった黒いヤタサウルスの表面が乾いた破片となって剥がれ埃のように空中へ散り始める。

「毒?」

「吸ったら駄目?」

「・・いや、あれは・・」

 シュンは水楯を全周展開に切り替えた。後方や足下はもちろん、上部も水の壁で密封する。

「念のため、"聖なる楯"を」

「アイアイサー」

 ユアがEX技を使用した。光り輝く聖なる楯が周囲を覆うと同時に、パーティメンバー全体のHPを全回復させる。効果の持続は3分間。EX技の練度が上がって、防御力はどんどん強力になっていた。

「キノコ?」

「悪いキノコ?」

 空中に舞い散った粉が床や壁へと漂い、黒々とした大きなキノコを生やしていた。笠の裏に赤い斑紋が散っている。どう見ても、食用には見えないキノコ群が瞬く間に増殖して、ボス部屋全体を埋め尽くしていった。

(護っていなければ、俺達にも?)

『生えたです。聖気を吸う邪妖のキノコです。あのままだったら、ユアとユナにはいっぱい生えたです』

(なるほど・・わりと危ないところだったんだな)

『短い時間だけど神聖魔法を阻害するです。厄介なキノコなのです』

(ふむ・・まだ生えるのか?)

 いつまでも水楯で護り続けるわけにはいかない。どうしようもないなら、ファミリア・カードの帰還転移を使用するしか無いが・・。

『排菌は収まったです。10秒で菌は死滅するです』

(・・もうキノコは増えない?)

『大丈夫なのです』

(よし・・)

 シュンは水楯を解いた。すかさず、ポイポイ・ステッキで黒いキノコを収納していく。カーミュが言ったとおり、床を歩いても体からキノコが生える気配は無い。

「ボス、平気?」

「キノコ生えない?」

 未だ続く"聖なる楯"の中から、双子が心配そうに訊いてくる。

「俺は大丈夫だが・・おまえ達はまだ中に居た方が良いな」

 菌による増殖は無くても、すでに生えた黒いキノコは聖気を吸うらしい。神聖術が得意な双子にとって良い影響は無いだろう。

(・・グロンナブ・マッシュ? これは稀少なものか?)

 ポイポイ・ステッキの収納物を確かめつつ、カーミュに訊ねる。

『死の国のキノコなのです。生者には良くない効果がいっぱいなのです』

(そうか・・薬品に使えそうだな)

 毒は薬にもなる。創作魔法を使えば何かしら生み出せるだろう。

『もうすぐ胞子を出すです。逃げるです』

(・・分かった)

 まだ半分以上未回収だったが仕方無い。シュンは、そわそわと落ち着き無く見守っている双子のところへ駆け戻った。

「そろそろ、キノコが胞子を散らすらしい。帰還転移でエスクードへ戻ろう」

「異議ナシ」

「異論ナシ」

 双子が敬礼する。

「畏まりました」

 ユキシラも双子を真似して敬礼した。カードによる転移は、すでに街中で試しているので戸惑いは無い。
 シュンは出現させたファミリア・カードを手に、

「リーダー権限で全員を転移させる。"ネームド"・・リターン、エスクード」

 念じながら呟く。個々人が個別に転移を使用することも出来るが、パーティリーダーがパーティメンバー全員を一度に帰還させることも出来る。
 ユア、ユナ、ユキシラの体が青白い光に包まれ、シュン自身の視界も青白く染まる。視界の隅で、部屋に残った黒いキノコが風船のように膨らみ始めていた。
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