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第1章
第78話 エスコート
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シュンは、真っ白な衣装を着せられていた。
光沢のある白い革靴、折り目のついた白いズボン、襟の無い白いシャツ、そして幅広の襟がある上質な白い上着。上着は襟と袖に銀糸で装飾が施され、ボタンでは無く、細い金鎖で前を留めてあった。
双子の方は、ケイナ云く、和装卒服のハイカラチューンだという、淡い水色をした振袖型の上衣に胸の下から足首まである濃い紫色の袴風スカートという物を着ていた。本来は上下別々の着物らしいのだが、一体型のワンピースになっていて、長い袴風の部分は深いひだのあるスカートになっている・・そうだ。
その上で、なぜか、2人は実用性が皆無だろう小さな日傘をさしている。そして、ほぼ見えないのに、スカートの下には編み上げの長靴を履いていた。
シュンには全く分からない。色々と分からない事だらけだった。
そして、
(どうして、俺はこんな白い服を着せられてしまったんだ?)
別に人と同じ格好じゃないと駄目だとは思わないし、特に目立たないようにしようとも思っていないが・・。街中を真っ白な服で歩くというのは、どうしても意味が分からないのだった。
経緯としては、ユアとユナに捕まり、
1)一生に一度のお願いだからと、口説かれた。
2)いつ死んでも悔いが無いようにしたいと、泣き真似をされた。
3)魔物狩りを頑張ってるご褒美が欲しいと、強請られた。
そして、双子の熱量にシュンは負けた。
あとは、敗者は多くを語らず・・ただただ勝者に従うばかりという流れだった。
かくして、白服姿のシュンは、なんちゃって和装卒服のユアとユナに両側から肘を抱えられて、大通りの只中を歩いているのである。
「ケイナに白いシルクハットを注文すべき」
「とても良いアイデア」
シュンを挟んで2人が上機嫌で何やら相談している。
なお、ユキシラは"ガジェット・マイスター"のホームに置いて来ていた。
「どうも・・落ち着かない感じだ」
シュンが微弱な抵抗を口にする。
「それは高揚感」
「魂は喜んでる」
双子がさらりと悟り顔で応じる。どうあがいてもシュンに勝ち目は無いのだった。
ほぼ連行されるように歩くこと30分、行く手に大きな石造りの館が見えてきた。館の前は広場になっていて、少年神の銅像があった。水玉模様の半ズボンまで細緻に再現されている。広場に人の姿は疎らだった。
「・・役場のようだな」
正面玄関らしい大扉を見上げつつ、左右に立っている石人形へ視線を向ける。転移門を護っていた石人形よりも、小柄で細身だったが金属製の円盾と短槍を持っていた。
「ファミリア・カードの提示が必要か?」
訊いてみると、
「ムヨウ・・ニュウカンデキル」
石人形が答えた。
高さが3メートル近い大扉を押すと、わずかな軋み音を立てて分厚い木扉が開いた。急に中から賑やかな人の喧騒が漏れ聴こえる。
(すごい防音扉だな)
妙なところに感心しつつ、シュン達は館に入った。
外からはまったく分からなかったが、館の中は天井階まで吹き抜けの構造になっていて、各階の安全柵が下から見渡せる。入って正面に見える太い円柱が天井まで届いて支柱になっていた。
2階は食事ができるらしく、談笑する人の声に食器の音が混じる。
「見ない顔だね」
羽根妖精の女が飛んで来た。転移門の羽根妖精と同じく、真白いシャツに、腰から下がふっくら膨らんだズボン、襟元に赤いリボンを結んでいる。
「初めて来た。色々訊きたいんだが」
「あら、ようこそエスクードへ。久しぶりの新人さんだわ」
「そうなのか?」
「最近は増えるより減る方が多いのよ。奥に個室があるから付いてきて」
羽根妖精の女が身を翻して去って行く。その背を追ってシュン達は壁にいくつか並んだ扉の前へ向かった。
扉を開けると、6人が座れる円卓が置かれた小部屋になっていた。
「受け付けでも説明とかできるんだけど、冷やかしとか、邪魔してくる人がいて面倒だからね」
「・・なるほど」
「今日、他のメンバーさんは?」
訊きながら羽根妖精の女が円卓の中央で呪文らしき言葉を呟いた。途端、台座に設置された大きなガラス玉が出現した。
「知り合いのホームに置いてきた」
「そうなの? まあ、良いけど・・あ、カードを卓上に置いてちょうだい」
言われるまま、3人がカードを置いた。
「シュン、ユア、ユナね。犯罪ナシ・・これなら、どこのホームでも選べるわ」
「まだ、ホームの必要性が理解できていないんだ」
「あらあら・・そうね。絶対に必要ってわけじゃないわ。いくつかある便利な機能を使えるようになるだけよ」
羽根妖精の女が卓上を歩いてシュン達の正面に立った。
「ざっと説明するわね」
そう前置くと、ホームについて説明してくれた。
・郵便機能の拡充・・・リーダー間だけでなく、メンバーも郵便機能を利用できるようになる。
・宅配システム・・・・ホーム間の宅配システムが利用ができるようになる。
・売り子システム・・・パーティ専属の委託販売者を雇用できる。
・廃品回収システム・・不用品、使途不明品を入れると元素に還して迷宮に還元するゴミ箱。
・緊急脱出システム・・蘇生魔法による蘇生時にホーム内に転移できるようになる。
・生存確認システム・・定期的にホーム住人の安否確認が行われる。
「主なところは、こんな感じね」
「なるほど・・利便性が高そうだ」
ただの居住スペースでは無いということだ。
「システムの容量によって値段が変わるわ。例えば、最安のホームだと、1キログラムまでの物しか宅配できないとか、郵便受けに1通しか入らないとかね」
「・・なるほどな」
「部屋の間取りや室数でも値段は違うけど、なんといっても風呂付き、水洗トイレ付きのホームは人気ね」
「ふうん・・」
シュン達の反応は鈍い。
「あらら? そっちは興味なし?」
羽根妖精が意外そうに言った。街に辿り着いた異邦人達の興味や要求は、まずは風呂とトイレが完備されているかどうからしい。
「客間一つ、自室一つ、客用のトイレが一つあれば良い。それより、他の色々なシステムが充実している方がありがたいな」
「そうなの? まあ、それで良いなら・・狭めで、システム重視で・・狭くて良いなら幾つか選べるわね。システムで一番重要視するのは何?」
「委託販売だ」
「ふむふむ、商品に自信あり・・と」
羽根妖精が真剣な表情でガラス玉を覗き込んでいる。
「住環境を度外視するなら、商工ギルド内にある宿直室が良いわね。罪科の審査が厳しいんだけど、君達は問題ないし・・なんといっても委託販売の権利数が多いわ。普通、高級ホームでも12種類なんだけど、ここは60種類まで置けるのよ」
「値段は?」
「小さな仮眠室だもの。月150デンよ」
「そこにしよう」
「・・え? 本当に良いの? あなた達は大丈夫?」
羽根妖精がユアとユナを見た。紹介しておきながら、まさか良いと言い出すとは考えていなかったらしい。
「より良く狭い」
「ほど良い狭さ」
双子が笑顔で頷いた。
「えっと・・お風呂とか無いし、トイレは職員用を使う事になるわよ? ご飯を食べようとしたら、寝具とか片付けないと駄目だし・・狭いと大変よ?」
「川の字に寝る」
「小の字に寝る」
双子がにこやかに笑顔で応じた。
「風呂やトイレは問題無いが、カワとか、ショウとか・・何だ?」
知らない単語を聴いて、怪訝そうにシュンが訊く。
「異世界の符牒でありんす」
「高尚な諺でありんす」
双子が澄ました顔で斜め上へ視線を逸らす。
「ありんす?」
「・・まあ・・仲良しさんなのは良いけど・・家賃は6ヶ月分を前払い。預託保証金は1万デギン。職員向けの食堂が利用できるわ。ええと・・異臭がしたり、凄い音がしたりしたら職員が確認に入るかもしれない。そもそも、安っぽい扉一枚だから・・洗濯する場所も無いわ。館内はどこも人の目があるし、気が休まらないかもよ?」
羽根妖精が話を進めようと3人に割って入った。
「大丈夫だ。部屋には物は置かないし、物音などは問題無い」
シュンは苦笑気味に言った。
「そう? なら、預託保証金を合わせて1万500デギンよ。ああ、今月の委託販売の利用料は家賃に含まれてるわ。来月からは、売り上げに関係なく、月60デギンを商工ギルドの窓口で支払ってね」
「分かった」
「基本的に10日以上日持ちがする物なら何でも委託販売できるわ。売り子さんへの支払いは、日当1デギンがまあ高めの相場ね」
「ふむふむ」
「お安いですな」
双子がメモをとっている。
「・・本当に狭い部屋なのよ?」
「好条件」
「好物件」
「そう・・なの? それなら・・3ヶ月以内の解約は、違約金5万デギンが発生するから注意してね」
羽根妖精がガラス玉に触れてしばらくすると、円卓の上に滲み出るようにして紙が浮かび上がってきた。ちらと見えた魔法陣は創作魔法の一種のようだった。
「ご確認下さい」
手渡された紙を手にシュンが眼を通していく。
「問題無さそうだな?」
『魔導的に正しい契約魔法です。問題無いです』
カーミュの声が聴こえる。
「よし・・契約しよう」
「では、この玉に手を触れてちょうだい」
羽根妖精に言われてガラス玉に手を置くと、契約書に金の透し模様が刻まれて消えていった。賃借人の欄に、ネームド。連帯保証人に、シュンの名前が印字されていた。
「これで手続きは完了よ。写しは、ファミリア・カードに転写されてるから、いつでも契約内容の確認ができるわ」
羽根妖精がほっと息をつく。
「もう、委託販売が利用できるのか?」
「商工ギルドで手続きをするの。売り子さんとの契約とか、販売エリアの設定とか、まあ行って訊けば分かるわ」
「そうか」
販売手続きまでは駆け足で終わらせておきたい。
「ネームドは魔物の素材の採取と販売に力を入れるの?」
「いや、飲食物や薬品の製造販売だな」
ポップコーンやポテチをどうにかしないといけない。
「あら、調合とか、調理を?」
「色々と作っている」
「意外ね。戦闘系かなって思ってたわ」
羽根妖精が小首を傾げた。
「素材を採るために戦闘もやる。ところで、委託販売で得たお金はどこで渡されるんだ?」
かなりの多額のお金になりそうだから受け渡しが大変そうだが・・。
「販売主が受け取るまで、商工ギルド内の金庫預かりよ。代理人は認められないから気を付けて」
「商工ギルドの信用性は? 過去に不正は無かったのか?」
「あり得ないわ。お金の管理はムジェリよ」
「ムジェリか。それなら安心だな」
シュンは納得した。
「管理運営の中枢は、全てムジェリ達が行っているわ・・というか、どうしてムジェリを知っているの? レベル20になりたてで?」
羽根妖精が怪訝そうに訊ねる。
「ちょっとした迷宮の装置の故障で、偶然出会うことがあった」
「そうなの? でも、どうして無事なの? 迷宮でムジェリに会った人間はみんな食べられちゃうでしょ?」
怖いことを言う。
「そうか? 普通に気の良い連中だったと思うが・・」
シュンは双子達を見た。
「フレンドリー」
「ハートフル」
2人からの評価も極めて高い。
「う~ん、それ本当ムジェリだった? ムジェリって、かなぁ~り、すごぉ~く危ない種族よ?」
羽根妖精が首を傾げている。
「・・とにかく、エスクードの維持管理はムジェリ達が担っているんだな?」
シュンは念を押した。
「ええ、そうよ。だから、契約違反とかやったらヤバイわよ?」
「契約が守られるのなら文句は無い。商工ギルドにもムジェリが居るのか?」
「商工ギルド、狩猟ギルド、農耕ギルド、教育ギルド・・ギルドと名前が付く場所では必ずムジェリがギルド長を務めているわよ」
「そうか」
1度、ムジェリに挨拶をしておくべきだろう。礼を言って立ち去ろうとすると、羽根妖精が行く手に回り込んできた。
「ちょっと訊きたかったんだけど・・」
「なんだ?」
「その白い服は何?」
羽根妖精がズバリと訊いてきた。
「・・おかしいと思うか?」
「う~ん、礼服としてなら有りかな? でも、そんなの街で着る?」
「・・という事なんだが」
シュンは双子を見た。
「とても高貴」
「気品バッチリ」
ユアとユナが動じずに褒めてくる。
「いや・・お前たちの服はよく似合っているし綺麗だと思うが、俺のこの白服は無いんじゃないか?」
シュンは真っ白な自分の衣装を見回して呟いた。
途端、双子がぴたりと動きを止めた。すぐに2人して顔を見合わせる。
「似合ってる?」
「綺麗?」
「ん?・・整った顔立ちに、涼しげな上衣の水色が良く似合ってるし、不思議な色のスカートも気品があって悪くない。初めは異質に感じたが、見慣れると良い衣装だと思う」
シュンがまじまじと2人の衣装を見ながら感想を述べた。
「これ、ど~したもんだろ?」
「難解な賞賛を喜ぶべき?」
ユアとユナが腕組みをして考え込んだ。
横で、
「私も女の子の方は可愛いと思うけど、リーダーさんの白服はちょっとねぇ?」
羽根妖精が難しい顔で首を傾げる。
「・・そもそも、礼服でこんな白い服があるのか?」
「あら? 式典とか、そういう場所なら良いと思うわよ。作りが安っぽくないし、言葉遣いさえ気をつければどこぞの貴族の子息っぽくやれるわ」
羽根妖精が言った。
「ふうん・・庶民の非常識も、場所が変われば・・か」
シュンは納得顔で頷いた。
「ユア、ユナ、商工ギルドへ行ってみよう」
「いまいち消化不良」
「なんだか不発弾」
ぶつぶつ言いながらも、双子が左右からシュンの腕を抱えた。あくまでも、このスタイルで街中を歩くつもりらしい。
「ボス、ゆっくり歩く」
「上品にエスコート」
「・・商工ギルドに行くんだぞ?」
「存じておりますわ」
「聴いておりましたわ」
双子が、オホホと奇妙な笑い声をたてた。
光沢のある白い革靴、折り目のついた白いズボン、襟の無い白いシャツ、そして幅広の襟がある上質な白い上着。上着は襟と袖に銀糸で装飾が施され、ボタンでは無く、細い金鎖で前を留めてあった。
双子の方は、ケイナ云く、和装卒服のハイカラチューンだという、淡い水色をした振袖型の上衣に胸の下から足首まである濃い紫色の袴風スカートという物を着ていた。本来は上下別々の着物らしいのだが、一体型のワンピースになっていて、長い袴風の部分は深いひだのあるスカートになっている・・そうだ。
その上で、なぜか、2人は実用性が皆無だろう小さな日傘をさしている。そして、ほぼ見えないのに、スカートの下には編み上げの長靴を履いていた。
シュンには全く分からない。色々と分からない事だらけだった。
そして、
(どうして、俺はこんな白い服を着せられてしまったんだ?)
別に人と同じ格好じゃないと駄目だとは思わないし、特に目立たないようにしようとも思っていないが・・。街中を真っ白な服で歩くというのは、どうしても意味が分からないのだった。
経緯としては、ユアとユナに捕まり、
1)一生に一度のお願いだからと、口説かれた。
2)いつ死んでも悔いが無いようにしたいと、泣き真似をされた。
3)魔物狩りを頑張ってるご褒美が欲しいと、強請られた。
そして、双子の熱量にシュンは負けた。
あとは、敗者は多くを語らず・・ただただ勝者に従うばかりという流れだった。
かくして、白服姿のシュンは、なんちゃって和装卒服のユアとユナに両側から肘を抱えられて、大通りの只中を歩いているのである。
「ケイナに白いシルクハットを注文すべき」
「とても良いアイデア」
シュンを挟んで2人が上機嫌で何やら相談している。
なお、ユキシラは"ガジェット・マイスター"のホームに置いて来ていた。
「どうも・・落ち着かない感じだ」
シュンが微弱な抵抗を口にする。
「それは高揚感」
「魂は喜んでる」
双子がさらりと悟り顔で応じる。どうあがいてもシュンに勝ち目は無いのだった。
ほぼ連行されるように歩くこと30分、行く手に大きな石造りの館が見えてきた。館の前は広場になっていて、少年神の銅像があった。水玉模様の半ズボンまで細緻に再現されている。広場に人の姿は疎らだった。
「・・役場のようだな」
正面玄関らしい大扉を見上げつつ、左右に立っている石人形へ視線を向ける。転移門を護っていた石人形よりも、小柄で細身だったが金属製の円盾と短槍を持っていた。
「ファミリア・カードの提示が必要か?」
訊いてみると、
「ムヨウ・・ニュウカンデキル」
石人形が答えた。
高さが3メートル近い大扉を押すと、わずかな軋み音を立てて分厚い木扉が開いた。急に中から賑やかな人の喧騒が漏れ聴こえる。
(すごい防音扉だな)
妙なところに感心しつつ、シュン達は館に入った。
外からはまったく分からなかったが、館の中は天井階まで吹き抜けの構造になっていて、各階の安全柵が下から見渡せる。入って正面に見える太い円柱が天井まで届いて支柱になっていた。
2階は食事ができるらしく、談笑する人の声に食器の音が混じる。
「見ない顔だね」
羽根妖精の女が飛んで来た。転移門の羽根妖精と同じく、真白いシャツに、腰から下がふっくら膨らんだズボン、襟元に赤いリボンを結んでいる。
「初めて来た。色々訊きたいんだが」
「あら、ようこそエスクードへ。久しぶりの新人さんだわ」
「そうなのか?」
「最近は増えるより減る方が多いのよ。奥に個室があるから付いてきて」
羽根妖精の女が身を翻して去って行く。その背を追ってシュン達は壁にいくつか並んだ扉の前へ向かった。
扉を開けると、6人が座れる円卓が置かれた小部屋になっていた。
「受け付けでも説明とかできるんだけど、冷やかしとか、邪魔してくる人がいて面倒だからね」
「・・なるほど」
「今日、他のメンバーさんは?」
訊きながら羽根妖精の女が円卓の中央で呪文らしき言葉を呟いた。途端、台座に設置された大きなガラス玉が出現した。
「知り合いのホームに置いてきた」
「そうなの? まあ、良いけど・・あ、カードを卓上に置いてちょうだい」
言われるまま、3人がカードを置いた。
「シュン、ユア、ユナね。犯罪ナシ・・これなら、どこのホームでも選べるわ」
「まだ、ホームの必要性が理解できていないんだ」
「あらあら・・そうね。絶対に必要ってわけじゃないわ。いくつかある便利な機能を使えるようになるだけよ」
羽根妖精の女が卓上を歩いてシュン達の正面に立った。
「ざっと説明するわね」
そう前置くと、ホームについて説明してくれた。
・郵便機能の拡充・・・リーダー間だけでなく、メンバーも郵便機能を利用できるようになる。
・宅配システム・・・・ホーム間の宅配システムが利用ができるようになる。
・売り子システム・・・パーティ専属の委託販売者を雇用できる。
・廃品回収システム・・不用品、使途不明品を入れると元素に還して迷宮に還元するゴミ箱。
・緊急脱出システム・・蘇生魔法による蘇生時にホーム内に転移できるようになる。
・生存確認システム・・定期的にホーム住人の安否確認が行われる。
「主なところは、こんな感じね」
「なるほど・・利便性が高そうだ」
ただの居住スペースでは無いということだ。
「システムの容量によって値段が変わるわ。例えば、最安のホームだと、1キログラムまでの物しか宅配できないとか、郵便受けに1通しか入らないとかね」
「・・なるほどな」
「部屋の間取りや室数でも値段は違うけど、なんといっても風呂付き、水洗トイレ付きのホームは人気ね」
「ふうん・・」
シュン達の反応は鈍い。
「あらら? そっちは興味なし?」
羽根妖精が意外そうに言った。街に辿り着いた異邦人達の興味や要求は、まずは風呂とトイレが完備されているかどうからしい。
「客間一つ、自室一つ、客用のトイレが一つあれば良い。それより、他の色々なシステムが充実している方がありがたいな」
「そうなの? まあ、それで良いなら・・狭めで、システム重視で・・狭くて良いなら幾つか選べるわね。システムで一番重要視するのは何?」
「委託販売だ」
「ふむふむ、商品に自信あり・・と」
羽根妖精が真剣な表情でガラス玉を覗き込んでいる。
「住環境を度外視するなら、商工ギルド内にある宿直室が良いわね。罪科の審査が厳しいんだけど、君達は問題ないし・・なんといっても委託販売の権利数が多いわ。普通、高級ホームでも12種類なんだけど、ここは60種類まで置けるのよ」
「値段は?」
「小さな仮眠室だもの。月150デンよ」
「そこにしよう」
「・・え? 本当に良いの? あなた達は大丈夫?」
羽根妖精がユアとユナを見た。紹介しておきながら、まさか良いと言い出すとは考えていなかったらしい。
「より良く狭い」
「ほど良い狭さ」
双子が笑顔で頷いた。
「えっと・・お風呂とか無いし、トイレは職員用を使う事になるわよ? ご飯を食べようとしたら、寝具とか片付けないと駄目だし・・狭いと大変よ?」
「川の字に寝る」
「小の字に寝る」
双子がにこやかに笑顔で応じた。
「風呂やトイレは問題無いが、カワとか、ショウとか・・何だ?」
知らない単語を聴いて、怪訝そうにシュンが訊く。
「異世界の符牒でありんす」
「高尚な諺でありんす」
双子が澄ました顔で斜め上へ視線を逸らす。
「ありんす?」
「・・まあ・・仲良しさんなのは良いけど・・家賃は6ヶ月分を前払い。預託保証金は1万デギン。職員向けの食堂が利用できるわ。ええと・・異臭がしたり、凄い音がしたりしたら職員が確認に入るかもしれない。そもそも、安っぽい扉一枚だから・・洗濯する場所も無いわ。館内はどこも人の目があるし、気が休まらないかもよ?」
羽根妖精が話を進めようと3人に割って入った。
「大丈夫だ。部屋には物は置かないし、物音などは問題無い」
シュンは苦笑気味に言った。
「そう? なら、預託保証金を合わせて1万500デギンよ。ああ、今月の委託販売の利用料は家賃に含まれてるわ。来月からは、売り上げに関係なく、月60デギンを商工ギルドの窓口で支払ってね」
「分かった」
「基本的に10日以上日持ちがする物なら何でも委託販売できるわ。売り子さんへの支払いは、日当1デギンがまあ高めの相場ね」
「ふむふむ」
「お安いですな」
双子がメモをとっている。
「・・本当に狭い部屋なのよ?」
「好条件」
「好物件」
「そう・・なの? それなら・・3ヶ月以内の解約は、違約金5万デギンが発生するから注意してね」
羽根妖精がガラス玉に触れてしばらくすると、円卓の上に滲み出るようにして紙が浮かび上がってきた。ちらと見えた魔法陣は創作魔法の一種のようだった。
「ご確認下さい」
手渡された紙を手にシュンが眼を通していく。
「問題無さそうだな?」
『魔導的に正しい契約魔法です。問題無いです』
カーミュの声が聴こえる。
「よし・・契約しよう」
「では、この玉に手を触れてちょうだい」
羽根妖精に言われてガラス玉に手を置くと、契約書に金の透し模様が刻まれて消えていった。賃借人の欄に、ネームド。連帯保証人に、シュンの名前が印字されていた。
「これで手続きは完了よ。写しは、ファミリア・カードに転写されてるから、いつでも契約内容の確認ができるわ」
羽根妖精がほっと息をつく。
「もう、委託販売が利用できるのか?」
「商工ギルドで手続きをするの。売り子さんとの契約とか、販売エリアの設定とか、まあ行って訊けば分かるわ」
「そうか」
販売手続きまでは駆け足で終わらせておきたい。
「ネームドは魔物の素材の採取と販売に力を入れるの?」
「いや、飲食物や薬品の製造販売だな」
ポップコーンやポテチをどうにかしないといけない。
「あら、調合とか、調理を?」
「色々と作っている」
「意外ね。戦闘系かなって思ってたわ」
羽根妖精が小首を傾げた。
「素材を採るために戦闘もやる。ところで、委託販売で得たお金はどこで渡されるんだ?」
かなりの多額のお金になりそうだから受け渡しが大変そうだが・・。
「販売主が受け取るまで、商工ギルド内の金庫預かりよ。代理人は認められないから気を付けて」
「商工ギルドの信用性は? 過去に不正は無かったのか?」
「あり得ないわ。お金の管理はムジェリよ」
「ムジェリか。それなら安心だな」
シュンは納得した。
「管理運営の中枢は、全てムジェリ達が行っているわ・・というか、どうしてムジェリを知っているの? レベル20になりたてで?」
羽根妖精が怪訝そうに訊ねる。
「ちょっとした迷宮の装置の故障で、偶然出会うことがあった」
「そうなの? でも、どうして無事なの? 迷宮でムジェリに会った人間はみんな食べられちゃうでしょ?」
怖いことを言う。
「そうか? 普通に気の良い連中だったと思うが・・」
シュンは双子達を見た。
「フレンドリー」
「ハートフル」
2人からの評価も極めて高い。
「う~ん、それ本当ムジェリだった? ムジェリって、かなぁ~り、すごぉ~く危ない種族よ?」
羽根妖精が首を傾げている。
「・・とにかく、エスクードの維持管理はムジェリ達が担っているんだな?」
シュンは念を押した。
「ええ、そうよ。だから、契約違反とかやったらヤバイわよ?」
「契約が守られるのなら文句は無い。商工ギルドにもムジェリが居るのか?」
「商工ギルド、狩猟ギルド、農耕ギルド、教育ギルド・・ギルドと名前が付く場所では必ずムジェリがギルド長を務めているわよ」
「そうか」
1度、ムジェリに挨拶をしておくべきだろう。礼を言って立ち去ろうとすると、羽根妖精が行く手に回り込んできた。
「ちょっと訊きたかったんだけど・・」
「なんだ?」
「その白い服は何?」
羽根妖精がズバリと訊いてきた。
「・・おかしいと思うか?」
「う~ん、礼服としてなら有りかな? でも、そんなの街で着る?」
「・・という事なんだが」
シュンは双子を見た。
「とても高貴」
「気品バッチリ」
ユアとユナが動じずに褒めてくる。
「いや・・お前たちの服はよく似合っているし綺麗だと思うが、俺のこの白服は無いんじゃないか?」
シュンは真っ白な自分の衣装を見回して呟いた。
途端、双子がぴたりと動きを止めた。すぐに2人して顔を見合わせる。
「似合ってる?」
「綺麗?」
「ん?・・整った顔立ちに、涼しげな上衣の水色が良く似合ってるし、不思議な色のスカートも気品があって悪くない。初めは異質に感じたが、見慣れると良い衣装だと思う」
シュンがまじまじと2人の衣装を見ながら感想を述べた。
「これ、ど~したもんだろ?」
「難解な賞賛を喜ぶべき?」
ユアとユナが腕組みをして考え込んだ。
横で、
「私も女の子の方は可愛いと思うけど、リーダーさんの白服はちょっとねぇ?」
羽根妖精が難しい顔で首を傾げる。
「・・そもそも、礼服でこんな白い服があるのか?」
「あら? 式典とか、そういう場所なら良いと思うわよ。作りが安っぽくないし、言葉遣いさえ気をつければどこぞの貴族の子息っぽくやれるわ」
羽根妖精が言った。
「ふうん・・庶民の非常識も、場所が変われば・・か」
シュンは納得顔で頷いた。
「ユア、ユナ、商工ギルドへ行ってみよう」
「いまいち消化不良」
「なんだか不発弾」
ぶつぶつ言いながらも、双子が左右からシュンの腕を抱えた。あくまでも、このスタイルで街中を歩くつもりらしい。
「ボス、ゆっくり歩く」
「上品にエスコート」
「・・商工ギルドに行くんだぞ?」
「存じておりますわ」
「聴いておりましたわ」
双子が、オホホと奇妙な笑い声をたてた。
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
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挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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