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第1章

第37話 休息

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 無事に11階に転移した後、レギオンを解散して、各パーティはそれぞれの思惑で散って行った。
 シュンと双子は、5階の転移門へ戻った。
 すでに、1階と11階への転移が可能になった。焦って11階を探索しなくても良い。それよりも、適性があると言われた魔法の熟練度をあげたり、新しい技能を試したりする方が大事だ。何しろ、シュンは異邦人達と一緒で、不老になっているらしい。

 5階、6階、7階と地図作りを兼ねて端から端まで歩き回り、隠し部屋で宝箱を開けたり、罠にかかって大量の魔物と戦ったり、その魔物部屋に入り浸ったり・・。

 新しく授かった力の試しを終えて、7階の町に到着するまで10日ほど費やした。

「温泉街っぽい」

「古典を感じる」

 双子が上機嫌である。

 上機嫌の理由は、進化した"文明の恵み"にある。"文明の恵み"施設内のお風呂は香りの良い木製風呂に進化し、脱衣場も広くなって長椅子が置かれ、飲料を買える自動販売機が設置された。もちろん、便所も優雅に進化して、この上なく清潔で、ゆったりとした空気には清涼感のある花の薫りが漂っている。
 双子に言わせると「住める!」という評価だった。

 実際には、MPの消費があるので居続けるのは困難だったが、広々とした風呂に浸かり、飲み物を飲んで一服してからまた風呂を楽しむ。薄暗い迷宮のどこに居ても、極上の安らぎを得られるのだった。

「迷宮探索者か?」

 町の入口に建てられた小さな詰め所から、武装した男が出て来た。彫りの深い顔立ちで、ホーラス人のような赤毛だった。

「探索者だ」

 シュンは男の風体をざっと確認した。鉄製の武器、鱗帷子に鉄兜といった装備で、斧槍を手に握っている。

「・・迷宮人では無いな。名前は?」

「シュン」

「ユア」

「ユナ」

 3人が答える。

「・・この町は初めてだな」

 帳簿を見ながら男が言った。

「目的は、宿泊と食糧の仕入れだ」

 シュンは男の後ろに見える建物へ視線を向けた。
 木組み造りの大きな建物があり、3階の窓から人の顔が覗いていた。

「ここに探索者は何人ぐらい居る?」

「現役組は300くらいかな。引退組は3000人以上居ると思うぜ」

「そうか」

 シュンは男の顔を見た。30歳くらいに見えるが・・。

「・・俺は、その引退組だ。攻略は諦めて、ここに住んでいる」

「そうなのか。異邦人・・なのか?」

「まあな。地下階でビビって1階に入るまでに、このとおり・・ちっとばかし老けちまったが、まあ長生きしてるよ」

 武装した男が苦々しく言った。

「ここは、異邦人だけでなく原住民も?」

「ああ、出身に関係無く、混じって暮らしてるぜ」

「そうなんだな。探索者・・現役用の宿は何処かな?」

「そこの大きい建物だ。あの中は武器の使用も魔法も禁止されてる。町中には質の悪いのも居るから気をつけな」

「分かった」

 シュンは双子を連れて宿へ向かった。

「じっと見てる」

「熱視線」

 双子が言うように、宿の3階、4階の窓が開いて宿泊客らしい少年少女の視線が注がれていた。

 木造で5階か、6階はあるだろう大きな建物だった。玄関扉を入ると、広間になっていて正面に受け付けがあり、女が1人、男が1人立っていた。どちらも銀髪で碧眼だった。細身で腰高な均整の取れた体格をしている。

(男も女も、20歳そこそこか? 元探索者なら・・地下階に手こずった人達なのか?)

 シュンは綺麗に掃除された板床を踏んで受け付けに向かった。

「2人部屋を1つ、1人部屋を1つ。部屋と部屋が離れていない方が良い」

「・・宿泊者名簿に、パーティ名と名前を書いて」

 受付の女が分厚い帳簿を開いた。

「空きはあるのか?」

「あるわ。4階になるけど、並びで空いてるわ」

「そうか」

 シュンは帳簿に3人の名前を書いた。

「部屋に関係無く、1人1泊100デンよ。料金は前払い。湯桶、お湯の用意が必要なら別途10デン貰うわ」

「部屋だけで良い。食事は外か?」

「長期滞在組は、町で食材を買って、宿の台所で料理してるわ。すぐに出掛けるなら、少し行ったところに屋台村ができているから、色々買い込んで部屋で食べたら良いんじゃない?」

「なるほど・・」

 受け付けから右手、扉の向こうが調理場を兼ねた食堂になっているらしく、それらしい物音が聞こえてくる。

「一応言っておくけど、宿内での暴行、喧嘩騒ぎは禁止よ? 神様の用意した衛兵が飛んでくるから気を付けなさい」

「理解している。1泊したい」

 シュンは、聖印銀貨3枚を受け付け机に置いた。

「じゃ、鍵ね。そこの階段を上がって。鍵の番号と同じ扉が君達の部屋よ」

「分かった」

 シュンは受け取った鍵を双子達にも渡し、女が指さした階段を上っていった。

「美人だわ」

「美人ね」

 双子が何やら感想を囁き合っている。

「一時間後くらいに"護耳の神珠"で連絡を取り合おう」

「お風呂」

「お風呂」

 双子がいそいそと自分達の部屋へ入って行く。
 扉が閉まったのを見届けて、シュンも隣の部屋に入った。正面に窓があり、机が一つ、寝台が一つという簡素な部屋だった。施錠を確かめ、ざっと部屋の中を確認してから、シュンは"文明の恵み"を発動した。

 風呂も最高だったし、異世界の飲み物も美味しい。
 なにより、どんなにゆっくり過ごしても、外の時間が経過していないという、文字通りの神具である。

 双子が檜風呂だと言う木製の風呂に長々と浸かり、炭酸水というものを楽しみ、また湯に浸かって・・。

 思う存分、至福の時を堪能してから、

「ふぅぅ・・」

 恍惚を声に出しつつ、シュンは"文明の恵み"の外に出ると、寝台に腰を下ろした。
 泉聖女の肌衣に騎士服のズボンだけという姿だ。

『ボス、お風呂出た?』

『ボス、部屋に戻った?』

 "護耳の神珠"から双子の声が聞こえてくる。

「今戻った」

『ユアナで行って良い?』

『ユアナで行きたい』

「・・ああ、良いよ」

 シュンは、湯上がりでぼんやりと緩んだ心地のまま返事をした。

 待つほども無く扉が、コツコツと叩かれた。

 出てみると、

「ユアナ、参上しました」

 長い黒髪の美しい少女が敬礼をして立っていた。言うまでも無い、ユアとユナの融合体・・という存在らしい。MP消費が激しいので長時間は保てないそうだが・・。

「炭酸という飲み物は美味しいな」

 部屋に招き入れながら、シュンは先ほど"文明の恵み"で飲んだ黒っぽい飲み物の感想を口にした。

「シュンさん、何飲んだの?」

「こう・・茶色い、喉がシュワシュワする・・」

 机から椅子を持って来てユアナを座らせ、シュンは寝台に腰を下ろした。

「ああ、あれね。私達はフルーツ牛乳派」

「美味しいのか?」

「ふふふ・・風呂上がりの定番よ」

「そうか。今度、試してみよう」

 シュンは手帳を取り出して、"フルーツ牛乳"と書き留めておいた。
 その様子を、ユアナの黒瞳が、じっ・・と見つめている。口元には微かに笑みがあるだろうか。

「ん? どうした?」

「ううん、何でも無い。シュンさんは、ずっと猟師なの?」

「そうだな。育ての親が猟師と鍛冶師だったから。狩猟と鍛冶を教えられて育った」

「・・そっか。その・・」

「山の中で拾われたんだ。母親らしい人が赤子の俺を抱いて亡くなっていたらしい」

「・・ごめんなさい」

 ユアナが俯いた。

「気にしなくて良い。今は、アンナ・・育ててくれた鍛冶をやっている人が俺のお母さんだ」

 シュンは軽く笑った。妙なことを気にする奴だ。あちこちで戦争があり魔物の氾濫もあり、親が居ない子供などそこら中に溢れている。

「大きな戦争が何度もあって、大勢の男が兵士として駆り出されて死んでしまった。俺が住んでいた町では、男は3人に1人しか居なくなった」

「戦争が・・」

「人と人の戦争はほとんど無くなって、最近は魔物と人の戦争になってる」

 冒険者協会で登録する若者の半分以上が女になった。

「魔物の・・兵隊?」

「力のある魔導師が魔物を操っているんだとか、魔人というのが出て来て魔物を率いているとか・・まあ、何が本当だか分からない。まとまった数の魔物が城塞を襲ってくるのは確かだな」

「・・だから、シュンさんは戦いに慣れているんだ」

「はぐれ魔物を狩るために、山中の案内役として参加しただけだ。魔物を狩るのは、日常の事だったから・・魔物に慣れているのは確かだが・・」

「私達は、戦うも何も・・刃物だって、包丁もほとんど握った事が無かったし、生き物を殺したりとか・・この世界に連れて来られて初めてだったよ」

「・・しかし、鳥とか鼠とか殺さないと食べられないだろう?」

「どこかで誰かが殺して、解体して、食べやすい大きさに切って・・お店に行けば切り身が容れ物に入れた状態で売ってあるの」

 ユアナが何だか申し訳なさそうに言う。

「冷やして鮮度を保つ・・魔導具のような物が店にも、家にもあって、だから切り身で買ってきて、家で冷やしておけるし・・色々な魔導具で、色々な調理を・・する方法があって・・私達は知らないけどね? とにかく、あれ?・・ええと、狩りとか、解体とか自分でやらなくても美味しい物が食べられる世界なのよ」

「・・想像がつかないが、良さそうな世界だな」

「でも、帰れないみたい」

 ユアナが俯いた。

「その・・ニホンという国か?」

「うん・・神様に訊いたの。帰る方法はあるのかって・・そしたら、一方通行だって・・来たら戻れないって言われちゃった」

「・・あの神様がそう言ったのなら、そうかもな」

「非道いよね。平和に・・学校とか行って、そりゃあ勉強は嫌いだったけど、普通に暮らしていたのに・・いきなり、こんな魔物だらけの場所で、迷宮に閉じ込められて」

「そうか? 魔物を斃して金を稼いで、力を付けて迷宮を出れば、それなりに楽な暮らしができると思うぞ?世界は違っても」

「だって、もう2度とお母さんに会えない。学校に行く前にお母さんに非道い事を言って・・帰ったら謝ろうって思ってたのに」

 ユアナが唇を噛んだ。

「それは心残りだな。神様は本当に帰れないと言ったのか?」

「うん」

「・・何でもやれそうな神様だったが、出来ないこともあるんだな」

 シュンは水玉模様の半ズボン姿を思い浮かべながら首を傾げた。

「次、神様に会うことが出来たら、俺も訊いてみよう。何か条件があるかもしれない。1度や2度訊いたくらいで諦めるのは早過ぎるだろう」

「・・ありがとう。シュンさんには助けられてばかり。始まりの村でシュンさんに拾われなかったら、今頃、死んでいたと思う。私達って教室では嫌われるっていうか、相手にしないように遠ざけられていたから、どこのパーティも嫌がってたし」

「そうなのか?」

「まあ、自業自得っていうね・・ほら、私達、色々と余計な事を言って回るからさ」

 ユアナがバツが悪そうな顔で頭を掻いた。自覚はあるらしい。

「慣れると気にならないけどな・・俺も、2人とパーティを組んでいなかったら危なかった」

 シュンは騎士服の上着に袖を通しながら言った。
 この迷宮は、外でちょっと狩猟経験がある程度でどうこうなる場所ではない。一人では、気が遠くなるほどの歳月が必要だろうし、そこまで気持ちが保たないだろう。

「隠れて、いっぱい泣いたし、この世界を呪って・・ちょうど色々諦めがついた時だったんだ。もう、2人だけで生き抜こうって・・他のみんなとは別れて、2人だけで狩りをやろうと思ったんだけど、何をどうしたら良いのか分からなくって」

 そんな時に、たった一人で獲物を狩ってお金を稼いでいたシュンを見つけた。

「狩りの方法を見て覚えようって、こそこそ追いかけて・・」

(あれで、こそこそ? かなり堂々と凝視していたが?)

「シュンさんに拾って貰ってからは、何て言うか・・もう、夢みたいだよ。もしかしたら生きて外に行けるんじゃないかって思えるもの」

「酷いな・・まず間違い無く外には出られるぞ?」

 シュンは苦笑した。
 レベル25には必ず到達できる。その先は知らないが・・。

「今まで通りに、防御と回復を念入りにやってくれれば、少々の強敵が相手でも生き残れる。まあ、迷宮人の狙撃には焦ったが・・」

「あれが連続して撃てる銃だったら、死んでたかも」

「それは無い。ディガンドの爪があるからな。それに、少し持ち堪えてくれれば俺が仕留める。自由には撃たせないさ。こうしてパーティを組んだ以上、何があってもお前達を守るつもりだ」

「・・天然?」

 ユアナが少し眩しそうにシュンを見る。

「何が天然だ?」

「騎士様発言に耐性が無いのです」

「よく分からないが・・・こうして、お互いが思っている事を話すのは初めてだな」

「ユアナになれるようになったのが最近だから。ユア、ユナの時はもう癖になってて上手く話せないんだ」

「そうか。まあ、俺の方も、同じ歳の相手と何を話せば良いのか分からないから・・ユア、ユナの2人で助かっているかもな」

 シュンが真面目な顔で言う。

「・・そろそろ、MPが心許ないから部屋に戻るね。明日は何時に出発?」

「そうだな・・」

 シュンは懐中時計を取り出した。同じ物をユア、ユナも持っている。

「7時に起きて身支度。それぞれ部屋で食事を済ませて、8時には宿を出よう」

「了解しました、ボス」

 ユアナが笑顔で敬礼をして見せた。
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