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第1章

第28話 奈落蛭

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 地下1階に3日、2階に6日、3階に9日、4階には12日かかった。隅から隅まで完全に踏破し、ポップもリポップも3周、4周と行って、これ以上は目新しい魔物は出ないと見定めるまで・・・。

 地下5階、広さは地下1階の5倍近かっただろう。踏破に15日間をかけた。
 ポイポイ・ステッキの恩恵が無ければ、こんな探索は不可能だ。


<1> Shun (5,102/18,000exp)
 Lv:4
 HP:2,367
 MP:2,033
 SP:12,979
 EX:1/1(30min)

<2> Yua
 Lv:4
 HP:1,245

<3> Yuna
 Lv:4
 HP:1,245


 色々言いたい事もあるだろうが、ユアとユナは何も言わずに、黙々と与えられた作業をこなしていた。

 正直、地下5階の敵は、レベル1でも何とかなる程度だ。リポップを繰り返して強敵を引き当てるような事さえやらなければ、まず問題なく突破できる階層だ。

 であるのに、わざわざ強敵がポップするまで周回しようとするのだった。地下4階では敗走して逃げ回ったし、ここ地下5階でも、つい先ほどまで文字通りの死闘をやったところだ。

 相手は、全身から炎を噴き上げている牛鬼だった。
 身の丈が5メートル近い牛頭の巨人が、燃えさかる炎の鎧を身に纏い、団扇のような幅広の戦斧を手に襲って来たのだ。
 ちなみに、通常なら、ここに出現する魔物は身の丈が150センチの小鬼達である。

 双子のEXは10分おきに発動され、シュンのEXも3度使用された。

 リビング・ナイトは戦斧で打ち壊されても、炎で溶解させられても、繰り返し召喚されて足止めを命じられた。

 双子の手榴弾で牛鬼の防御力と攻撃力が減衰し、シュンのVSSによる通常銃撃でもダメージポイントを稼げたことが大きかった。
 装備による防御力にも助けられたのだろう。加えて、双子の魔法防御が、牛鬼の死ぬ間際の爆炎を減衰させてくれなければ全滅していたかもしれない。

 例によって、最後は分銅鎖に短刀に、使える物は何でもつぎ込んで、どうにもならなくなったところで、ユナのEX "聖なる剣"による一撃が当たって炎鎧を纏った牛鬼は斃れた。


「ピロリ~ン、ユアは継続回復の魔法を覚えた」

「ピロリ~ン、ユナも継続回復の魔法を覚えた」

 双子がやや遠い目をしながら言った。

「ユアは、中距離魔術を覚えた」

「ユナは、中距離魔術を覚えた」

「ユアは、熱耐性が付いた」

「ユナは、熱耐性が付いた」

 双子がぶつぶつと呟いている。

 シュンにも、熱耐性が付いていた。今の防具で無ければ、こんがりと焼かれて灰になっていただろう。

・VSSの弾数が、80発になった。
・分銅鎖の本数が、6本になった。
・"水癒"という水魔法を覚えた。
・"霧隠れ"という水魔法を覚えた。
・リビング・ナイトの召喚MPが85に減った。
・炎鎧の牛鬼は、燃えさかる大きな石を遺した。

「この扉は今までとは雰囲気が違うな」

 シュンは疲労困憊の双子の方をあえて見ずに、通路の正面に見える巨大な金属扉を見上げた。

「この階層の主かもしれない」

 言いながら、シュンは静かになった双子を振り返った。
 ユアとユナが互いに背中合わせに足を投げ出して座り、そのまま寝息を立てていた。

「・・ごめん」

 シュンは小声で謝って、双子の傍らに腰を下ろした。
 
 炎鎧の牛鬼を斃してから手早く解体をやり、遺品の数々をポイポイ・ステッキに吸わせて、大急ぎで奥の通路へ移動してきたのだ。

 ここには、魔物は出現しない。
 HP、MP、SPを回復させるために休んでいるところだった。

 シュンは、覚えたばかりの水魔法"霧隠れ"を使用した。ふわっと涼やかな空気が肌に触れる。他には、これと言って変化は無いが、外から見ている敵は、こちらの位置を誤認するらしい。魔法の習得と共に、どういった魔法なのか理解できるのは有り難い。効果のほどは実際に試してみないと分からないが・・。

(使い込んだら、面白そうな魔法だな)

 魔法には練度があり、使い込む内に別の魔法を覚える。それを双子が体現していた。
 シュンは、より強い敵を相手にしないと練度が上がりにくいと推測している。

(ずっと、頭打ちになっていたSPがいきなり伸びた)

 SP:9,999 のままだったから、上限なのかと思っていたら、炎鎧の牛鬼との戦闘後に SP:12,979 になっていた。

(・・消えた)

 "霧隠れ"の水魔法は15分で消えるようだった。消費MPは50だ。

「む・・」

「む・・」

 変化を感じたのか、寝息を立てている双子がぼうっと眼を開き、虚ろな眼差しで正面を見ている。

 シュンは再び、"霧隠れ"を使用した。

「・・涼しい」

「肌に潤い・・」

 ユアとユナがそれぞれ呟く。

 シュンは微かに笑いつつ、短刀の鞘に填め込んでいる細い筒を取り外した。鹿を寄せるための猟笛を元に、6穴の横笛に作り直した物だ。
 吹けるのは、幼い頃にアンナが口ずさんでいた子守歌だけだったが・・。

 元々、人の耳では拾えるかどうか・・よほど耳が良い者が微かに聞き取るくらいの音で、ゆったりとした子守歌が洞窟の闇に漂う。

(悪いけど・・もう少し付き合ってくれ)

 この地下階層を使って強くなれるだけ強くなり、迷宮の1階から5階までを一気に突破するつもりだった。

 シュンにとって、迷宮の脅威は、魔物だけでなく、異邦人も警戒しなくてはいけない。5階層をクリアするまでは、シュンは銃をドロップする"美味しい獲物"なのだから。
 だからこそ、早く5階層を突破して、魔物だけを警戒すれば良い状況に身を置きたい。

 だから、ここで無理をしている。
 可能な限り地下で力をつけてから、迷宮5階層までを一気に駆け抜けるためだ。
 魔物のポップを繰り返し、わざわざ強敵を出現させるのは、そのためだった。だからこそ、防具に大金をつぎ込んだのだ。

 自分のEX、双子のEXと手榴弾の弱体効果・・すべてが上手く組み合わされば、かなり上位の魔物を斃せると感じている。もちろん、逃れようのない死をもたらす化物が出現する可能性もあったが・・。

(ここまでは、何とかなっている)

 正直、炎鎧の牛鬼はレベル4の3人には厳しい魔物だった。
 わずかな判断の遅れ、失敗で命を落としていただろう瞬間が何度もあった。綱渡りのような、ぎりぎりの勝利だった。

 横笛を吹きながら、気持ちを鎮めて冷静に行動を見つめ直していく。山中で1人狩りをしている時もやっていた事だった。
 考えを纏める時、迷いがある時、気持ちが乱れた時・・こうして横笛を吹いていると不思議と鎮まっていく。

(レベル4・・)

 すでに次のレベルが遠く感じられる。犬鬼や小鬼を斃しても、得られる経験値は0になった。たまに混じる小鬼の亜種で1~3ポイント。大きな小鬼で9~12ポイント。炎鎧の牛鬼で5000。この扉の奥に主が居るとして何ポイント得られるか?

(地下6階層に進むべきなんだろうけど)

 牛鬼との戦いでは練度の上がり方が非常に大きかった。もう一度、炎鎧の牛鬼が出現するまで小鬼広場で粘った方が良いかもしれない。確かに厳しい相手だが、1度斃せたのだから。

(だが、牛鬼より強い魔物が現れる可能性もある)

 リポップする時に、クジ引きが行われて次に現れる魔物が決まっている・・・そういう理解をしている。
 問題はクジ引きの、クジに何が含まれているかだ。
 小鬼広場のリポップでは、クジのほとんどは小鬼、次いで亜種小鬼、さらに数は少ないが大型の小鬼、いわゆる有り得ない化け物枠は1枚なのではないだろうか?

(そういえば、次のポップ・・小鬼広場には何が出たんだろう?)

 順当に、小鬼の群れが出現したのだろうか。
 シュンは来た道を振り返った。幅が2メートルほどの道が緩やかに蛇行して続いている。この道を200メートルほど戻れば小鬼の広場だ。

(2人が回復したら、何が湧いたかだけ確認に戻ってみよう)

 ただの小鬼なら経験値が入らないので無視。
 亜種や大型が居れば、斃す。
 この静けさで炎鎧の牛鬼はないだろう。あいつは出現した時から狂乱状態だった。
 確認したら、ここへ戻って扉を開けて中に居る主を斃し、地下6階に降りる。

(・・あれ?)

 ふと気がつくと、いつの間にか、ユアとユナが眼を覚ましてシュンを凝視していた。

「気力充実」

「疲労回復」

 双子に、いつもの元気が戻ったらしい。黒い瞳に活力が蘇っていた。
 シュンは小さな横笛を短刀の鞘に填めて紐で固定した。

「MP、SPは?」

「全快」

「マキシマム」

「小鬼広場に何が湧いたか、確認に行く」

「ラジャー」

「アイアイサー」

 敬礼する双子を連れて、一本道を戻っていく。なだらかに登った所で、少し先まで見渡せる。

「真っ暗」

「声しない」

 双子が呟いた。
 小鬼達がポップしたなら、ギャーギャーと声を出し合い、喧嘩をやったり、寝ていたり・・物音がするはずだ。
 炎鎧の牛鬼なら炎で明るくなっている。

「何も出なかったのか?」

 シュンは首を傾げた。
 しかし、直ぐに息を殺し、双子を抑え込むように道に身を伏せた。

 何かが居た。
 シュンの眼は、真っ暗な広場の中をゆっくりと動いている黒々とした影を捉えていた。
 ブヨブヨと肉の弛んだ巨体を引きずって、広場をじわじわと動いている。虫というより、山蛭を想わせる姿だった。体長は15メートル近いだろうか。体高は5メートルを超えている。

「あいつは・・閃光や音は効きにくい」

 シュンは化物の動きを見つめながら呟いた。

「・・放置を推奨」

「・・触らぬ神に祟りナシ」

 双子が撤退を進言する。

「機動力は馬程度だ。左右に動かれると危険が増すから、この一本道を利用して戦おう」

「ヌメヌメ」

「グニョグニョ」

「道に引き入れてしまえば、上へ跳ねるか、身体を伸ばすか、液体を吐くかの3択に限定できる。最初の釣りで、ユアのXM。広場に居る内にユナのMKで傷を与える」

 シュンの説明が続く。

「道に入ったところで、リビング・ナイトで進行方向に蓋をして、俺のEXを使う。どうせ長丁場になるから。最初に使ってしまおう。基本は這い進んで来るだろう。重さも巨体なりにあるから、道に対戦車地雷を仕掛ける」

「ボス、リビング・ナイトが跳ね飛ばされたら、どうなりますか?」

「ボス、平気な顔でグイグイ来たら?」

 不安顔の双子が質問をした。

「あれに似た魔物をよく知っている。大きさは違うし、柄模様もああでは無かったが・・どうやら、運は俺達の方にある」

「理解不能」

「意味不明」

 双子が頭を抱える。

「大丈夫だ。ただひたすら長期戦になるけど・・」

 普通なら、あの巨体の突進を止められずに追い詰められ、生気を吸われて干からびた屍を晒すことになる。

「あいつは乾燥・・火に弱い。ちょっとした焚き火でも嫌がって進めなくなるんだ」

「まさかの松明攻撃!?」

「彼我の戦力差は絶望的であります!」

「動きを鈍らせ、ユアとユナの手榴弾で防御力と攻撃力を落とし、ダメージを与えて前進を押し留め、30分おきに俺のEXで削る。隙があれば、対戦車地雷を仕掛けて踏ませる。これをひたすら繰り返す」

「ボス、予想される戦闘時間は?」

「ボス、まさかの日跨ぎでありますか?」

 双子が青ざめた顔で訊く。

「合間、合間で交代しつつ食事をしろ。あいつは、全く痛みを感じない上に、毒が効かない。逆に、飛び散る体液には毒があるし、底知れ無い生命力がある。その上、一度獲物の臭いを覚えると死ぬまで追って来る。海も渡る。砂漠に逃げ込めば追って来ないが・・あいつの攻撃手段は、粘着質の触手を伸ばすか、跳ねて上から包み込むか、毒液を吐き出すかの3つだ」

「死亡確定?」

「死因猛毒?」

 ユアとユナが暗い顔で足元の岩肌へ両手両膝を着いた。

「触手は伸びても体長程度だ。跳ぶ高さは、この天井高で制限される。毒を吐く時には体表が少し光るから分かる。俺は一度だけ、あれの討伐に参加したことがある。焦らずに、時間をかけてダメージを与え続ければ必ず斃せるよ」

 シュンは努めて明るく言った。
 水分を与えると自己再生してしまうし、吐き出す毒には酸が含まれていて鉄が溶ける。しかも、あの時はエラードが率いる冒険者226名による大討伐戦だったのだ。交代で休息しながら、ふんだんに回復薬を使って退治した。あれは、目の前の化け物より一回り大きかった。

(ナラクビル・・亜種か)

 姿形はそっくりだ。動きも大差ない。

(いつもなら逃げるところだが、今なら・・)

 地形を利用して完全な膠着状態に持ち込める。再生するより、ほんの少し多いダメージを与え続けられるだろう。
 不安要素は、最初の釣りで、この一本道へ引き込めるかどうか。僅かな時間、リビング・ナイトがナラクビルの動きを抑えられるかどうか。この2点だ。

(慣れてしまえば、後は根気が続くかどうか)

 シュンは、テラーミーネ43を取り出し、岩床に置いた。すっと沈んで床下ギリギリに設置される。120キロの重みがかからないと爆発しないようになっているから、双子が走り抜けたくらいなら問題無い。

「ユア、ユナ」

「し、死なば諸共っ!」

「女は度胸っ!」

 双子が転びそうにつんのめりながら走り出た。一瞬ひやりとしたが、すぐに頑張って持ち直して広場に駆け入るなり、それぞれXMとMKを放り投げた。
 すぐさまディガンドの爪を背中側に浮かべつつ、双子が大急ぎで逃げ戻って来る。

 シュンはVSSを構えて、双子を狙って鞭のように伸ばされた触手を撃ち抜いた。

 ダメージポイントは、82。

 連続して爆発が起こり、閃光の中に黒々とした巨体が浮き彫りになった。

(・・少し違うか?)

 記憶にあるナラクビルと違い、背中側に船底の竜骨のような赤色の梁が2本縦縞にように伸びていた。

「こちらを獲物と認識した。来るぞ!」

 シュンは、向きを変えて動き出したナラクビルを見ながら、リビング・ナイトの召喚を開始した。

「退避ぃーー」

「ヌシが来るぞぉーー」

 双子がVSSを構えたシュンの左右を駆け抜けて、通路後方へ退避する。それを待って、シュンもVSSで小山のような魔物に狙いをつけたまま30メートル後退った。

 床で魔法陣が光りながら回転し始めた時、ナラクビルが通路へ突入して来た。直後に、テラーミーネ43 対戦車地雷の爆発が起こった。地面を覆った巨体が、対戦車地雷の爆発をすべて受け止めた。

 痛みを感じる魔物では無い。
 ダメージこそ負ったものの、委細構わず突き進んでくる。
 そこへ、

「押し返せっ!」

 シュンの命令を受けたリビング・ナイトが楯を前にぶつかって行った。
 リビング・ナイトの真後ろをシュンが走る。
 ほぼ一撃でリビング・ナイトが打ち潰されて消え去った。
 背後に隠れていたシュンと、通路に押し入るナラクビルの距離は5メートルも無い。リビング・ナイトを粉砕した触手がヌメった体表から次々に伸びてシュンを狙う。

 しかし、いきなり出現した炎を前に、黒い触手が縮んで引っ込み、ナラクビル本体が熱に炙られて数メートル後退した。

 地面で猛火を噴き上げているのは、ポイポイ・ステッキで収納していた牛鬼の炎鎧だった。

「ハンドレッド・フィアーっ!」

 シュンは、VSSを手にEXを発動した。
 進むに進めず、通路に巨体を突っ込んで蠢くナラクビルが紅い光に照らされた。
 どこからともなく、不気味に眼を光らせる巨大な蚊が舞い降りてナラクビルに口器を突き入れる。

「待機して、手榴弾分のMPを回復しておけ。長期戦になるぞ!」

 背後で見守る双子に声を掛けながら、シュンはVSSの引き金を連続して引いていった。

 1発999ダメージ、これを30秒間に撃てるだけ撃ち込む。

 何重にもダメージポイントが重なって跳ね、ナラクビルの巨体が赤いダメージ孔で染まる。前に出たくても牛鬼の炎鎧が邪魔して進めず、そもそも退くという知能を持たず。

(・・さあ、やろうか!)

 シュンは撃ち切ったVSSを収納し、分銅鎖を手に前に出た。EXの効果内なら武器は何でも、999ダメージが出せるのだ。

 これが、20日間にも及ぶ死闘の始まりになろうとは・・。

 何も知らないユアとユナは、完璧に決まったシュンのEX技に勝利を確信して、小さな拳を突き上げて歓声をあげていた。

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