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第1章

第12話 武器の書、魔法の書

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「あいつ誰?」

「え・・どっから?」

 不意に、異邦人の声が耳に飛び込んでくる。

 かなり前から気配断ちを止めていたので、見つかるのは分かっていたが、いきなり異邦人の言葉が理解できた事に、驚いていた。

"この子達がこちらの言葉を話すようになったんだよ"

 どこからか、少年神の声が聞こえる。

「シュンです。初めまして」

 シュンは丁寧に頭を下げて名乗った。

「お、おまえ・・さっきの神の使者か何かか?」

 近くに居た大柄な少年が訊いてくる。

「いいえ、みなさんと一緒に召喚されたみたいです。どこかで混ざったらしい」

「・・ああっ、巻き込まれだ!」

 別の少年が声をあげた。

 意味はまったく分からないが、

「巻き込まれたみたいですね。ここは・・まるで知らない場所のようだ」

 シュンは周囲を見回しながら言った。
 神殿のような静謐な空気が満ちているが、椅子も何もない。がらんと広い大広間といった感じだ。

「・・っと?」

 シュンは素早く斜め後ろを振り返りつつ後ろ腰の短刀に手を掛けた。

 床から染み出るように黒い泡みたいなものが噴き出して、見る間に人のような形になっていく。一つ、二つでは無い。次々に似たような黒人形が出現していった。
 眼鼻や口は無い。ヌメッとした粘体質の人形だった。

 シュンは素早く周囲へ視線を配った。
 身を隠せる場所は無い。
 少年少女は動かないようだ。
 戸口は見当たらない。

 一瞬で見て取るなり、短刀を引き抜いて一番近いところに居る黒人形を抜き打ちに斬った。返す刀で、隣にいる黒人形の頭部を刺し貫いてから、身軽く後ろへ跳んで距離を取る。

(左の奴は何かに当たった。右は駄目だな)

 胸の上部、喉元辺りで短刀の刃に硬い物が触れた。
 背負い袋の弩を組み立てたいところだが、その余裕は無いかもしれない。

 シュンは一気に前に出て距離を詰めるなり、黒人形の喉元へ短刀を突き入れ、斬り下ろした。ちょうど卵の殻でも割るような手応えがあり、黒人形が崩れて床の染みになる。それを見届ける間も無く、2体、3体と黒人形を仕留めていく。

「ど、どけっ!」

 切羽詰まったような余裕の無い声が背中側で聞こえ、シュンは床を転がって位置を移した。

 途端、鼓膜を破るような轟音が鳴り響き、シュンは思わず顔をしかめていた。
 床を転がりながら巡らせた視線の片隅で、天井の一部が爆ぜ散ったようだった。

 ちらと見ると、それが"銃"なのだろう。少年が黒い金属の物を両手に握って立っていた。

「っく・・どこに飛んだ?」

 少年が興奮した顔で振り返る。その視線と一緒に、握っている黒い武器が右へ左へ向きを変えていた。

 シュンは無言で天井を指さした。

「上っ? マジかよ!」

 少年が何やら言いながら、黒人形の方へ両手を突き出すようにして構えた。

 再び、轟音が鳴った。
 また逸れた。今度は天井では無く壁に当たったが、それでも、かなり上方である。

(あれで、喉元の一点を狙えるのか?)

 非常に不安な思いをしつつ、撃たれたら困るので少年の後方へと距離を取る。

 黒人形がゆらゆらと上体を揺らしながら距離を詰めてくる。人が歩くよりも遅い速度だ。剣で斬るなり突くなりした方が簡単そうなのだが、少年は"銃"に拘っているようで、知ってから知らずか、少年自身もじわじわと前に進みながら、正面の黒人形を狙っている。

 3発目は、黒人形の何処かに当たったようだが、それだけだった。いつの間にか、手を伸ばせば届くような距離まで前に出て"銃"を撃っていた少年が慌てて逃げ出す。

「おいっ、なんで撃たないんだよっ!」

 "銃"を手にした少年が騒ぐが、他の少年少女は迷惑そうに見ている。

「神様が言ってただろう。武器の書で選んだ銃とか剣は、ずうっとそのまま変更できなんだって。もっと時間を使って考えたいんだよ」

「・・てめぇ、カシザキ!」

「うるせぇっ、そんなにやりたきゃ、1人でやれっ!」

「野郎っ・・」

「やめなよっ! こんな時に馬鹿じゃないのっ!?」

 少女が怒鳴った。

(なんだろうな・・これ、どうしたら良いんだ?)

 黒人形の動きは鈍い。シュンが1人で片付けるのは簡単だが、後ろから撃たれるのは困る。

「すまないが、それを向けないでくれ」

 シュンは興奮して怒鳴り合っている少年に声を掛けた。先ほどから、"銃"の先がこちらを向いているのだ。

「あ・・ああ、すまん」

 少年が手にした"銃"を思い出したかのように床へと向けた。

「あれは、俺が片付ける。頼むから撃たないでくれ」

「・・分かった」

 少年が悔しそうに頷いたのを見て、シュンは短刀を手に黒人形に駆け寄ると、触手のように細く伸びてくる黒い粘体を回避しつつ、喉元を貫き、刃触りを確かめながら斬り下ろす。
 ほぼ機械的に、残る10体の黒人形を斃してから、周囲を警戒しつつ短刀の刃を確かめた。黒人形自体は、酸を含んでいないらしく、短刀の刃には反応が出ていない。
 エラードが贈ってくれた短刀は、アンナが打った物だ。稀少な聖銀が含まれている。強い酸に触れると褐色の曇りが出るのだった。

(数字・・ダメージポイントというのは出なかったぞ?)

 シュンは、床の染みを見ながら、短刀を布きれで拭いて鞘に納めた。
 一息つけるかと思ったが、今度はどこからともなく手を叩く音が聞こえていた。

「ずいぶんと勇ましい子が混じっているじゃないか」

 見つめる先で壁が消え、神官らしい服を着た老人が姿を見せた。

「神様の悪戯かな?」

 灰青色の目でシュンを見ながら、老人がゆっくりと広間に入ってくると、"銃"をどうしようか迷っている少年の方を見る。

「そういう物は、迷宮に入ってから使いなさい」

 老人が諭す口調で言って持っていた杖で、軽く床を突いた。

 途端、部屋だった場所が広々と開けた野原になった。

「もう迷宮の結界の内だ。野良犬程度の魔物は居るが、まあ、恐れる必要は無いね。夜は色々と危ないんだが」

 まずは、この階層で休みながら戦いに慣れるようにと言って、老人が遠くに見える建物を杖で示した。

「儂の家じゃ。その奥に見えとるのが、お前達の寝泊まり出来る宿になっておる。無論、無料では無いぞ?」

「そんな・・金なんて無いぞ」

 少年の1人が言った。

「その辺の魔物を狩ってみなさい。たまに、何かを落とすはずじゃ。それを宿屋裏の素材屋に持ち込めば宿代くらいにはなるじゃろう」

 老人がそう言って足早に建物に向かって歩き去って行った。何人かは後を追って行き、何人かは少し距離を取った。シュンは気配を断ってその場を離れていた。


(武器の書・銃・・)

 本を開くと、わずかな頁があり、一頁に一つ、銃器らしい絵と説明書きが書いてあった。全部で3頁。

(この中から選ぶのか)


 最初の頁は、SVD

 次の頁には、VSS

 最後の頁は、SV98


 どれも、先ほどの少年が持っていた"銃"よりは大きく長いようだった。

(まあ・・これかな)

 シュンは、VSSという"銃"を選択した。理由は一つ。射撃音が静かだと書いてあったからだった。さっきの少年が撃った時のような煩い音がする物は使いたくなかったのだ。

(弾・・まあ、貫通力のある方が良いのか?)

 よく分からないまま、SP6という弾を選択する。

"登録が完了しました"

 どこからか声が聞こえて、持っていた武器の書・銃が消え去り、代わりにズシリと重さのある"銃"が出現した。

(なるほどな・・)

 さすがは神様の贈り物。握った途端に基本的な使い方が頭の中に入ってくる。

(消費するという魔力は・・これが能力値?)

 自分の左手の甲から少し上、小さな文字と4色の棒線が並んで浮かび上がっている。

 シュンは、最初に貰った本を取り出して手早く頁をめくった。

(HP、MP、SP、EX・・か)

 4本の棒線の意味を理解し、端にある数字を確かめる。

<0> Shun
 Lv:1
 HP:117
 MP:269
 SP:6,288
 EX:1/1(30min)


 手の甲を斜めにして、隙間を覗いて見ると、手の甲から3センチほど上に浮かんでいる感じだ。振っても、甲の上から離れることは無かった。

(・・次は、武器の書・刀剣)

 これは問題無いだろう。そう思って本を開いたのだが・・。

(・・なんだ、これ?)

 シュンは、表紙の文字を見直した。

(刀剣・・だよな?)


・分銅鎖

・三方手裏剣

・苦無

・撒菱

・手甲鉤


(う~ん・・短刀や小刀はあるから、手裏剣? と苦無はいらないか。分銅鎖ってどうやって使うんだろ? 手甲鉤は・・殴るのか、これ? 撒菱はまあ人が踏めば痛がるだろうけど、魔物に通じるのか?)

 どうも、あまり良い武器の書では無い気がする。
 ちら・・と、神様に詰め寄ろうと騒いだ少年の様子が思い浮かんだ。いったい、どんな武器の書だったのだろう。

(使い方が分からないけど、分銅鎖にしておこう)

 鎖は物を固定したり、道具として使えるだろう。

 最後が、魔法の書だ。

(できれば、治癒術を使えるようになりたいけど)

 期待を込めながら魔法の書を開く。


・召喚:土竜

・召喚:鎌鼬

・召喚:火蜥蜴

・召喚:水馬


(・・・魔法?)

 シュンが期待した魔法とは何か違う気がする。

(召喚・・喚ぶってことか)

 ここに書かれている土竜とかを喚び出して、魔物を攻撃させるのだろうが、あまりにも迂遠だ。そんなことをするくらいなら、シュンが自分で攻撃した方が良い。

(土竜に、鼬? 蜥蜴に、馬・・この中なら馬かなぁ)

 背中に跨がれば移動の役には立つかもしれない。
 釈然としない面持ちで魔法を選び、シュンは金庫の魔法陣を左の手首内側へ貼った。

 チクッ・・と痛みがあって、刺青のように皮膚に刻まれる。元の紙よりも二回り近く小さくなっている。意匠は、円の中央に二本線が入っているだけだ。

(こっちのは・・)

 神様が追加でくれた3枚を、今度は右手首の内側に並べて貼ってみる。一枚一枚はすごく小さい、正方形の枠内に絵が描いてある。

(四角い枠?・・と、眼? 耳?)

 よく分からない刺青の意匠に首を捻るが、すぐに知識として何ができる物かが刷り込まれてきた。

(・・これは感謝だな)

 シュンは思わず口元を綻ばせていた。


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