18 / 232
第一章
第18話 見えない敵
しおりを挟む「樹から離れて! 上に見えない何かがいます!」
64式小銃を撃ちながら、レンは大きな声を出した。
向こうにいる渡界者達にも聞こえるように叫んだつもりだったが、聞こえたかどうか。
ダダダッ!
ユキが上方に向けて64式小銃を連射しながら、ケイン達を庇う位置へ走る。
わずかに遅れて、大きな質量を持ったものが地面に落ちてきた。
重々しい落下音を聞きながら、レンは補助脳によって補正表示された視界を周囲へ巡らせ、落ちて来たものを狙い撃った。
さらに、樹上から別のものが降りてくる。
(ナメクジ?)
補助脳が輪郭を表示しているおかげで、見えない相手が見えている。
それは、体長が3メートルほどのナメクジのようだった。
レンが知っているナメクジと違うのは、銃弾を浴びせても死なずに、小さな触角のような物を長く伸ばして襲って来ることだ。
(動きは、そこまで速くない)
素早くは移動できないようだった。何発か銃弾が当たると、体色が赤紫色に光って見えるようになった。
銃弾が当たれば、怯んだように動きを止める。すぐに動き始めるのだが……。
(うわっ!)
ダァン!
レンは、口元から鞭のように伸びてきた小触角を避けながら銃弾を撃ち込んだ。
効いてはいるのだろうが、痛がっているようには見えない。
「下がります!」
ユキが小銃を撃ちながら声を掛けてきた。
「了解」
レンも64式小銃を撃ちながら、木々の合間へ視線を向けた。
- 199.7m
測距値が表示される。倒れているヤクシャという探索士までの距離だ。
銃声が断続的に鳴り響き、怒声や悲鳴が混じって聞こえていた。
「レンさん!」
「……はい」
レンは、伸びてきた触角をかい潜りながら、ユキ達の方へと走った。
ユキが的確に援護射撃をしてくれるおかげで、巨大ナメクジ達がレンを追いきれない。ぎりぎりのところで触角による追撃を回避しながら、レンはユキ達と一緒に後退戦を始めた。
ケインやキララ、マイマイも、動きの鈍いナメクジ目掛けて小銃を連射している。
(あの触角、そんなに遠くまでは届かないよな?)
『触角の延伸速度は、時速185キロ、到達距離は22メートルです。静止物である樹に38センチ刺さりました。周辺に、強酸の付着が見られます』
(間隔は?)
『触角の再延伸まで、最短4秒。ナノマテリアル体の一部を変形させながら延伸させているようです。伸長の予兆を観測可能です』
(……できるだけ、届く距離に入らないようにしたい)
レンは、ヤクシャ達の方を見た。
一人負傷したようだが、何とか防衛を続けている。
(あれっ? あっちは、ナメクジが遠巻きになって近づかない?)
不思議な事に、巨大ナメクジ達は、身動きがとれないヤクシャ達ではなく、レン達の方へ集まってくるようだった。
「なんで、あっちには行かねぇんだ?」
ケインが疑問を口にした。
「塩でも撒いてるんじゃない?」
キララが小銃の弾倉を入れ替えようと焦りながら答える。
「お塩? そういえば持ってるね」
マイマイがアイテムボックスから塩の袋を取り出した。自衛隊から支給された品の一つである。
「撒いちゃう?」
「そんなもんで、あんな化け物がどうにかなるのかよ?」
「やってみないと分からないじゃない」
「……って、あれぇ?」
ガチャガチャと小銃の遊底を動かして詰まった薬莢を取り出していたキララが、呆けたような声をあげた。
マイマイが塩の袋を取り出しただけで、巨大ナメクジ達が一斉に後退を始めたのだ。
「撒かずに持っているだけで良いみたい?」
マイマイが塩の袋を持ったまま小首を傾げた。
「……マジかよ」
「鉄砲より塩が怖いんだ?」
「レンさん」
ユキがレンを見た。
「このまま前に出て、ヤクシャさん達と合流しましょう。雨で食塩を流されないように気をつけてください」
レンは、ナメクジ達との距離を測りながら先頭に立って前に出た。すぐ後ろを食塩の袋を抱えたマイマイが付いてくる。
効果は覿面で、巨大ナメクジが体表を波立たせながら後退していた。
「袋に入っているのに、どうして中身が分かるのかな?」
マイマイが不思議そうに呟いている。
- 114.7m
「こちら、第九期探索士です! そちら、ヤクシャさん、フレイヤさんで間違いありませんか?」
レンは木々の間へむけて声を張り上げた。
「同じ九期のフレイヤよ! ヤクシャの他に、クロイヌとバロットが一緒! ヤクシャとバロットが怪我をしたわ!」
若い女の声が応えた。
「そっちにもナメクジがいるのか?」
ケインが訊ねる。
「地面に塩を撒いて近寄れないようにしたの! でも、雨で流されて薄まったみたい!」
「ああ、そりゃそうだぜ。こんだけ雨が降ると……」
「ヤクシャさんを連れて、こちらに移動できませんか?」
レンは、ナメクジの動きを警戒しながら訊ねた。
「無理よ。ヤクシャさんの血が止まらないの! なんとか押さえて血を止めようとしてるんだけど」
悲痛な声が返った。
「では、そちらへ合流します! ナメクジへの警戒を続けていて下さい!」
レンは大きな声を出しながら、周囲の探知情報を確かめた。
「塩が効くなら、砂糖でも嫌がるんじゃない?」
キララがマイマイと話している。
「ちょっと、今は試したくないかも」
「まあそうね」
「銃で撃っても、なかなか死なないような奴等に、塩や砂糖が効くのか?」
ケインが唸る。
「水分を失わせれば……って、地球産じゃないから、同じとは限らないのかな?」
「俺達の位置から、ポータルポイントが見えているんだ!」
それまでとは別の、若い張りのある男の声が聞こえてきた。
「クロイヌさんか? ポータルポイントが見えるって?」
ケインが対応した。
「ケインさんでしたね? ここから少し先に、小さな池のような所があって光ってるんです!」
「へぇ? そりゃ、当たりかもしれねぇな! 遠いのか?」
- 62.1m
「俺達から……たぶん、50メートルくらいだと思います」
(あっちが、クロイヌさんか)
降りしきる雨の中、レンの双眸は二十代半ばくらいの男を捉えていた。
中背で痩身の男がナメクジに向けて64式小銃を構えている。
(あっ!)
レンは思わず息を呑んだ。
ナメクジがクロイヌに向けて触角を伸ばしたのだ。
直後、クロイヌがわずかに身を傾けて触角を回避し、ナメクジの口元めがけて小銃を撃っていた。
巨大ナメクジが銃撃を嫌がり後退する。
(……凄い)
フレイヤという人が塩を撒いたようなことを言っていたが、それとは別に、クロイヌという探索士が一人でナメクジの接近を阻んでいるようだった。
(探知範囲内のナメクジの位置を!)
レンの思考に応じて、視界に ▽ マークが点り、通しで番号が振られた。
探知範囲内に、67匹の巨大ナメクジが存在していた。
「ユキさん、右手……この方向にいるナメクジは3匹だけです。仕留めて、退路を作りましょう」
「了解です」
ユキが短く応じて、小走りに木々の間を抜ける。
「ケインさん、キララさん、マイマイさんは真っ直ぐに走って、ヤクシャさんと合流を! 塩を忘れずに!」
「おう!」
返事と共に、3人が躊躇わずに走り始める。
レンは、先行したユキを追って走った。
(ナメクジが小さくなってるよな?)
『頭部が損壊すると体液が流出し、肉体を縮小して損壊した部分を再生しているようです。ナノマテリアル量の減少と共に脅威度が低下しています』
(あいつ、急所は無いのか?)
『呼吸孔が一箇所あります』
(呼吸の……どこ?)
『強調表示します』
補助脳のメッセージと同時に、巨大ナメクジの右側面に赤く線で囲まれた部位が出現した。
レンは、即座に64式小銃で狙い撃った。
『命中しました』
(……で?)
ナメクジが痛痒を覚えたようには見えないのだが……。
(あっ……)
巨大ナメクジの体色が濃い紫色に変じ始めた。
身悶えするように、全身を波打たせて地面を転がっている。
(効いた? あれって……呼吸ができないから?)
『不明ですが、命中した銃弾が器官を破壊したことが原因だと推測されます』
(そうだろうな)
レンは、ユキを見た。
木陰のユキもレンを振り返っていた。
「ナメクジの右頬って言うのかな? 片側に、少し色の濃い鱗のような物があります。そこを撃ってください。弱点かもしれません」
「了解です」
ユキが頷いた。
その時、
ポーン……
電子音が聞こえてきた。
******
ポータルガーディアン [ ミスティスラグ ] を討伐しました!
******
銀色に光る大きな文字が浮かび上がって消えた。
地面で身悶えしていた巨大ナメクジが、白くなって動かなくなっていた。
獲得ポイントについての表示は無かった。
(なに? このナメクジって、特別なモンスターだったの?)
リンゴーン……
リンゴーン……
リンゴーン……
不意に、大きな鐘の音が鳴り響き始めた。
「ナメクジが消えていきます」
ユキの声が聞こえ、レンは慌てて周囲を見回した。
まだ、大量に残っていた巨大ナメクジ達が大気に溶けるように消えていた。
『探知範囲内のナノマテリアル体が消失しました』
視界に、残念そうなメッセージが躍る。
******
ポータルゲートのロックが解除されました!
ポータルポイントが開放されます!
******
黄金色に輝く文字が目の前に浮かんで消えていった。
同時に、レン達から少し離れた場所で、黄金色に輝く光の柱が上空めがけて聳え立った。
(こういうの……資料に残しておいて欲しかったなぁ)
レンは、小銃の残弾を確かめながら小さく溜息を吐いた。
======
レンは、ポータルガーディアン [ ミスティスラグ ] を討伐した!
レンは、"オープナー"の称号を得た!
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる