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図書館の出会い

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 帰宅部の帰宅ラッシュに巻き込まれるのが嫌なので、いつもだったら少し待ってから帰っている。少し待てば運動部も自分達の「部活」というコミュニティに収まり、人が一人校門から出ていくのなど気にしなくなるからだ。

 しかし今日は違った。
 帰りのホームルームには鞄に荷物を詰め込んでおき、挨拶とともに教室を出た。

 校門を抜ける頃には、萌が教室に来て「あれ、くるみいないじゃん!」ってなってるのを想像してクククッと笑えてきた。

 今日も今日とて、新しい飛び蹴りを考えていたかもしれないが。
 今日も今日とて不発に終わるのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 往復すると1時間かかる学校に戻ってきた。
 校門越しに、運動部の練習が見える。時間は17時を回った頃だろうか。

 本当に、何かに打ち込む一心不乱な姿は素晴らしい。特に俺のように「燃えないゴミ」からすると、青春を熱く燃やしている若者は、とても輝いていて、直視し続ければ目が焼けそうになる。
 それでいて目が離せないような魅力を持っているから不思議だ。

 おっと、俺が部外者だったら、警備員に捕まるところだぜ。

 俺は立ち止まるのをやめて歩きだした。
 もしかしたら時々捕まるオジサンも、俺と同じように燃えないゴミで、青春の火を眺めに来ているだけかもしれない。
 性的志向とは違うかもしれないのだ。
 まぁあくまで推測だけどそんな人も多分いる。


 校門を横切り、学校の敷地の側面へ回り込むと、数年前に建て代わったばかりの新しい図書館が見えてくる。地域に対しても開かれており、老若男女でいつも賑わっている。

 一階が駐車場で、17時過ぎだと言うのに、まだ結構な数の車が停まっている。
 俺は駐車場をすり抜け、図書館の二階へ上がるエレベーターに乗る。

『当館の駐車場は、図書館利用者の物です、学校の送り迎えには使用しないでください』
 目線の高さに張り紙がある。
 よく見るよなこういうの。

 最近は物騒だ。
 さっきの俺のようにグラウンドを眺めるオジサンが捕まったばかりだし。交通事故もちらほら聞く。

 さっきもそろそろ日が傾いてきているというのに、まだグラウンドでは運動部が部活をしている。あと一時間もすれば日は落ちてしまう。そうなってから帰宅するのは親としては心配だろうが。

 これは親の仕事なのか?
 それとも親自身の安心のためなのか……

「どっちにしろ人の迷惑になるのは好きじゃないな」

 かといってそれをどうこうするだけの、力もやる気もない。ただ自分だけでも「正しくありたい」と生きることしか出来ない。
 この考えも、親父譲りなんだけどな。


 扉が開き、本好きにはたまらない匂いが漂ってくる。
 紙の本は独特な匂いがして好きだ、

 俺はそのまま受付へ。

「おや、蘇我君いらっしゃい」
 ここの司書の菅森すがもり佳苗かなえさんだ。
 歳は30くらいだろうか……聞いたことはない。茶色に染めた髪が大人を感じさせる。
 タイトなスーツっぽい服装を好み、清潔感のある雰囲気が利用者に好まれている。実際に図書館に通う主婦層も、佳苗さんと仲良さそに話しているのをよく見かける。
 男受けしそうな女性ほど、同性に嫌われるイメージがあるが……萌といい、佳苗さんといい、自己マネージメントに優れていて羨ましい。

「こないだの本の返却?」
「はい、続きを借りようと思って」
「えっと、転生した俺はみんなより少し時間軸がずれていて一分先の未来が見えるから新天地で無双します。の三巻ね」

 フルでタイトル言うのやめてください。

「最近のラノベはタイトルが長くて管理に困っちゃう、とても覚えきれないわ」

「でしょうね」

パソコンに検索をかける佳苗さん。
「カタカタっと……はい。あら?」
「どうかしました?」
「借りられてるわね」

 残念だが、ままあることだ。
 タダで借りている以上文句は言えない。

 佳苗さんは立ち上がると、読書コーナーへと歩いていった。
「文代ふみよちゃん、その本もう読み終わったかしら?」
 一人の女の子に声をかけた。

「佳苗さん……もう少しで終わるところです」
「そっか、終わったら教えてくれる?」
「はい」
 そう言うと女の子は再び本に目を落とした。

「佳苗さん、無理矢理借りなくても……」

 借りるために誰かを急かすつもりは無かったのだけど。と俺は思ったが。
 佳苗さんは俺の両肩を手で掴むと、こっちを向かせ。
「本にも人にも平等に出会う権利があるの!」
 と言った。口癖だ。

「だけど、急かされたほうの権利は阻害されてません?」

「大丈夫、文代ちゃんマイペースだから」
 佳苗さんはカラカラと笑って、カウンターに戻った。
「蘇我君も、待ってる間他の本借りてきなさいよ」

 確かに。ただボケッと待つのもバカらしいか……、沢山並ぶ本棚に向かおうとすると、呼び止められる。

「あ、ついでにあなたが借りた本、元に戻しておいて!」
「それは司書さんのお仕事では?」
「いいからいいから!」

 こういってよくサボるのだ。
 もちろんみんなにこう接するわけではないのが嬉しくもある。

 佳苗さんは萌ほどではないが、話ができる数少ない人間の一人だ。といっても、相手のコミュニケーション能力に頼ってようやく会話が成り立つ程度だが……

 この人を目当てに図書館に通っている節も、なくは無い。



 俺は本棚を巡り、ほしい本を探す。

 そう言えば、この図書館はラノベが置いてある。これって珍しい事のようで、このコーナー目当てに近場の町から借りに来るものも居るようだ。
 それに、料理の本や、家事の雑誌等も豊富で、佳苗さんとしゃべっている主婦層はこの辺も目当てに来ているようだ。

 佳苗さんの言う、平等に出会う権利がある「本」はかなり広義に至るもののようだ。俺もその意見には賛成している。かの有名なジュールベルヌでさえ、現代でいうラノベ寄りの作品もある。
 俺は俺をワクワクさせてくれる作品なら何でも同じだと思うんだ。


 そんな俺も今回は少し毛色の違う本を借りている。
 睡眠と夢の専門書、未来予知や予言についての考察の本など、デジャビュに関する本を集めてきた。
 昨日パソコンで調べた際に『出典』として、載っていた本だ。

 俺はそれらを借りて、椅子に座ってパラパラとページをめくっている。
 さっきの女の子の読書待ちだ。
 あそこまで言って貰って、俺が先に帰るのも何だかだしな。


ーー
 専門書は難しい。
 睡眠と夢の専門書は、メカニズムを解説していたり、色々な実験の結果、病気で眠れない人の脳波の図形など、少し俺には早かったかなと思う内容だった。

 むしろ、未来予知や予言の考察に関しての本は堅苦しくなく、むしろそのままファンタジーの入り口のような印象があって、楽しく読み進められそうだった。

「読み終わったわ」
 突然横から声を掛けられて、ビクッとした。
 先ほど俺の借りてた本の続巻を読んでいた子だ。

「……ありがとう」
 俺はぶっきらぼうにならないように答えたつもりだが、端的過ぎて印象は良かったか疑問だ。

 女の子はチラッと俺の借りた本を見ると。
「あなた、小説でも、書いてるの?」と聞いてきた。
 藪から棒にどうした? って顔をしていたんだろうな。

「予知チートのラノベ読みながら、参考資料集めしてるから」

 あぁ、そう見えるのか。

「いや、俺は産み出す側の能力は持ってないから」
 ようやく俺は女の子とちゃんと目があった。

 女の子は俺と同じ学校の制服を着ている。
 顔立ちは整っているが、眼鏡の奥の瞳は俺に似た三白眼。少しだが目付きが悪い気がする。
 襟章から同じ学年なのも分かったが、顔を思い出せない。

「あなた……蘇我……来未ですっけ?」
 向こうはこちらに見覚えがあるみたいだ。

「話したこと有りました?」
 俺はまた目を伏せて答える。

「無いけど、話しは聞いてるわ」

 誰にだよ……と思ったがどうせ悪い噂だろう。あえて聞く気にはならない。
 何だか、苦々しい気持ちになっていると。
 女の子は俺の目線の先に、ラノベの続巻を置いて言う。

「もし良かったら、その本を読んだ感想を聞かせてくれる?」

 唐突だ。
「あ、良いですけど……」
 つい答えてしまった。嫌だなんて言って印象を悪くしたくない性格が、肯定以外の選択肢を潰してくる。

「じゃあ、LINEを交換しましょうか」
 女の子はそう言うとスマホを取り出す。

「ごめん、携帯は持ってないんだ」

 体よく断ったと思われたくない。焦って付け加える。
「本当に、うちはあまり家庭環境が良くなくてさ」

 と言葉を続けた。俺の悪い噂を知ってると仮定して、納得して貰おうという算段だ。

「今時珍しい……じゃあ来週、本の返却の時に聞かせてくれれば良い。私居るから」
 とりあえず悪い印象は与えていないようだ。

「私は田中文代、隣のクラスよ」

「だったら……学校で聞けば良いんじゃ?」
「嫌よ」

 即否定。
 俺もたいがいコミュ障だが、この子もなかなかだぞ。

 まぁ、殺人犯の息子とは仲良くしているのを、皆に見られたくないとか、そんなところだろうか……
 俺はテンションが下がったので、本を鞄に詰めると。

「じゃあ来週」

 とだけ言って別れた。
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