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活“緑” -katsuryoku-
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ある日コレットが夕飯の準備を始めたのを見て、グウェナエルもキッチンへ向かう。
「グウェン、これよろしくね」
「うん」
手伝いをするようになって初めて包丁を持った。オニオン一つ切るのに途方もなく時間をかけたり、火の扱い方も、生まれて初めてのことばかりで無知を恥じた。そんな彼にコレットは優しく指導してくれた。
「上手くなったね。グウェンは飲み込みが早くって驚いちゃう」
こんな自分にもこうして優しい言葉をかけてくれる彼女が、絶望に転がり落ちそうなグウェナエルの手を掴んでくれていた。
食事後、不意にコレットが何かを差し出した。
「あの…これね、作ってみたの。ビターチョコラスク。食べてみてもらえない?」
「おれに……?」
「うん。グウェンは甘いもの苦手なんでしょ?そんな人でも楽しめるお菓子を作りたいなぁって思って、色々試作してたの」
「なんで、知ってっ…?」
はにかんでそう話すコレットに、グウェナエルは驚いた。
「初めての日にホットチョコ見て嫌な顔をしたから。一階にもあんまり下りてこないし、やっぱり甘い香りがダメなのかなぁって思って」
グウェナエルはあの時の自分の失礼な態度を思い出して急に恥ずかしくなった。
「…あの時は……ごめん」
「ううん、グウェンは悪くないよ。私がちゃんと聞いてから作ればよかったんだもん。あの時気づかされたの…みんなが甘い物好きなわけじゃないって。勝手な思い込みがあったの」
こちらこそごめんなさい、とコレットは彼に頭を下げた。
「だから甘すぎないお菓子を作ろうってグウェンのおかげで気づけたの。このお菓子が第一作目」
差し出されたお皿には、チョコが染み込んだ掌《てのひら》ほどのラスクが二枚あった。それに恐る恐る手を伸ばしてゆっくりと口に運んだ。
サクッと子気味良い音と共にホロリと舌の上に落ちてくると、ビターチョコの味がふわりと口内に広がる。さらに表面に塗《まぶ》した塩が後からそれを追いかけてくる。後味まで深みのある絶妙なバランスを保っている。
「…おいしい……」
食べ終えてしまった後、思わずそう零していた。心配そうだったコレットの表情がぱあっと明るくなるのを見て、声に出していたことに気づいた。
「よかったぁ。甘くなりすぎないようにビターを使って、粗めの塩を少しだけ塗してるの!チョコと塩って相性いいね!」
すでに一枚ぺろりと食べきっていたグウェナエルに、にっこりと微笑むとコレットも皿の上の一枚を口に運んだ。至極幸せそうな顔で食べる彼女をグウェナエルはじっと見つめていた。
それからというもの、まだ少し香りに抵抗はあるものの、グウェナエルは一階で店の手伝いをするようになった。何もかも人生初めての経験で戸惑うことも多かったが、全てが新鮮で今では塞ぎ込む暇すらないほど目まぐるしかった。コレットにとってもグウェナエルとの出会いは新しいことの発見でもあった。
「ねえ、会った時から長かったけどそろそろ切ったほうがいいんじゃない?前見づらいでしょ?」
コレットは前髪の奥にひそむ瞳を見つめた。暫くして漸く彼は首を縦に振った。
「コレットが、切って」
「ええー。私上手くないよ?」
「いいから」
「んーわかった」
椅子に座って目を瞑ったグウェナエルの前髪に、すっと指を通すと、柔らかな金髪がキラキラと光を浴びて反射する。下に敷き詰めた新聞紙にハラハラと髪の毛が舞い落ちる。
「できたよ」
グウェナエルはゆっくりと伏せた睫毛を起こした。いつもよりすっきりと晴れた視界には、目を丸くしてこちらを見つめるコレットの姿がはっきりと映った。
「グウェン…あなた…」
「な、に?」
ぐっとコレットが顔を寄せて覗き込んでくると、グウェンの目の前いっぱいに眩しい青空色の瞳が広がった。
「あなたの瞳、すごく綺麗なグリーンね!」
「えっ……」
「素敵な色してたのね」
それは聞き飽きたはずの“綺麗”の中で、一番心に響いた。それには彼自身も驚いた。容姿を褒められることに嫌悪を覚えていたはずなのに、なぜ心がじんわりと温かくなるのだろう。その答えを知る前に、その日はやって来てきてしまった。
「グウェン、これよろしくね」
「うん」
手伝いをするようになって初めて包丁を持った。オニオン一つ切るのに途方もなく時間をかけたり、火の扱い方も、生まれて初めてのことばかりで無知を恥じた。そんな彼にコレットは優しく指導してくれた。
「上手くなったね。グウェンは飲み込みが早くって驚いちゃう」
こんな自分にもこうして優しい言葉をかけてくれる彼女が、絶望に転がり落ちそうなグウェナエルの手を掴んでくれていた。
食事後、不意にコレットが何かを差し出した。
「あの…これね、作ってみたの。ビターチョコラスク。食べてみてもらえない?」
「おれに……?」
「うん。グウェンは甘いもの苦手なんでしょ?そんな人でも楽しめるお菓子を作りたいなぁって思って、色々試作してたの」
「なんで、知ってっ…?」
はにかんでそう話すコレットに、グウェナエルは驚いた。
「初めての日にホットチョコ見て嫌な顔をしたから。一階にもあんまり下りてこないし、やっぱり甘い香りがダメなのかなぁって思って」
グウェナエルはあの時の自分の失礼な態度を思い出して急に恥ずかしくなった。
「…あの時は……ごめん」
「ううん、グウェンは悪くないよ。私がちゃんと聞いてから作ればよかったんだもん。あの時気づかされたの…みんなが甘い物好きなわけじゃないって。勝手な思い込みがあったの」
こちらこそごめんなさい、とコレットは彼に頭を下げた。
「だから甘すぎないお菓子を作ろうってグウェンのおかげで気づけたの。このお菓子が第一作目」
差し出されたお皿には、チョコが染み込んだ掌《てのひら》ほどのラスクが二枚あった。それに恐る恐る手を伸ばしてゆっくりと口に運んだ。
サクッと子気味良い音と共にホロリと舌の上に落ちてくると、ビターチョコの味がふわりと口内に広がる。さらに表面に塗《まぶ》した塩が後からそれを追いかけてくる。後味まで深みのある絶妙なバランスを保っている。
「…おいしい……」
食べ終えてしまった後、思わずそう零していた。心配そうだったコレットの表情がぱあっと明るくなるのを見て、声に出していたことに気づいた。
「よかったぁ。甘くなりすぎないようにビターを使って、粗めの塩を少しだけ塗してるの!チョコと塩って相性いいね!」
すでに一枚ぺろりと食べきっていたグウェナエルに、にっこりと微笑むとコレットも皿の上の一枚を口に運んだ。至極幸せそうな顔で食べる彼女をグウェナエルはじっと見つめていた。
それからというもの、まだ少し香りに抵抗はあるものの、グウェナエルは一階で店の手伝いをするようになった。何もかも人生初めての経験で戸惑うことも多かったが、全てが新鮮で今では塞ぎ込む暇すらないほど目まぐるしかった。コレットにとってもグウェナエルとの出会いは新しいことの発見でもあった。
「ねえ、会った時から長かったけどそろそろ切ったほうがいいんじゃない?前見づらいでしょ?」
コレットは前髪の奥にひそむ瞳を見つめた。暫くして漸く彼は首を縦に振った。
「コレットが、切って」
「ええー。私上手くないよ?」
「いいから」
「んーわかった」
椅子に座って目を瞑ったグウェナエルの前髪に、すっと指を通すと、柔らかな金髪がキラキラと光を浴びて反射する。下に敷き詰めた新聞紙にハラハラと髪の毛が舞い落ちる。
「できたよ」
グウェナエルはゆっくりと伏せた睫毛を起こした。いつもよりすっきりと晴れた視界には、目を丸くしてこちらを見つめるコレットの姿がはっきりと映った。
「グウェン…あなた…」
「な、に?」
ぐっとコレットが顔を寄せて覗き込んでくると、グウェンの目の前いっぱいに眩しい青空色の瞳が広がった。
「あなたの瞳、すごく綺麗なグリーンね!」
「えっ……」
「素敵な色してたのね」
それは聞き飽きたはずの“綺麗”の中で、一番心に響いた。それには彼自身も驚いた。容姿を褒められることに嫌悪を覚えていたはずなのに、なぜ心がじんわりと温かくなるのだろう。その答えを知る前に、その日はやって来てきてしまった。
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