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二つの顔
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もう夜の八時だった。圭からは何も連絡がなく、相変わらず電話も通じなかった。夕方からも手分けして、思いつく限りの圭が立ち寄りそうな場所を散々探したが、何も収穫はなかった。ジリジリと無為に時間だけが過ぎて行く。
「案外、ひょっこりと家に帰ってくるかも知れないから、大騒ぎにはできるだけしたくないけど、せめて携帯の電源を入れてくれれば……」
史江は不安で仕方がない様子だ。
「もしこのまま連絡がなかったら、警察に届けを出すしかないのかな」
恵の「警察」という言葉に、みんなが少しビクリと反応した。あれだけ騒ぎになった昨日の今日で、今度は失踪ということになれば、ガセネタに振り回されたマスコミに、代わりの絶好のネタを差し出すようなものだ。できればそれは避けたいと圭太も思う。だが、それもいつまでも隠し通せるものでもないのはわかっている。
そういえば、この圭の失踪騒ぎで、昨日の記者会見の騒動をどのように伝えているのか、圭太はテレビなど見る機会もなかった。朝の情報番組を見た恵の話では、なぜか会見はなかったんじゃないかと思うほど、テレビでは取り上げていないらしい。局によっては昨夜は生中継までしていたにしては、その取り扱いの落差が激しかったという。週刊日日の記事に喜んで飛びついたが、どうやらその信憑性に疑問を感じ始めたのかも知れない。
「西川先生、圭司へは」
菊池がいうと、史江は左手の腕時計をチラッとみた。
「やっぱり、このままってわけにはいかないね。やだな、圭司に心配させちゃうな」と呟くように言う。「まだ向こうは七時半だね。それに、もう少し——もう少しだけ圭を待ってからにしようかな……」
ニューヨークと日本の時差は十三時間だ。こっちは月曜日の早朝から色々あって、何日も過ぎたような気がするが、圭司はアメリカへ帰ってからまだ二日、火曜日の早朝だ。そんな朝っぱらから圭が行方がわからないなどと、連絡しにくい気持ちが圭太にも理解できる。そういう自分もその圭司との別れ際に、圭を頼む、と土曜日の朝に頼まれたばかりだというのに、このざまだ。
ひょっこりと帰ってこないか——
誰も喋り出すものがいない。やがて、皆のそんな少しの期待を裏切るように無情にも時間は過ぎ、日付が水曜日になろうとしていた。
「日付が変わるね。警察に届けるしかないかな」史江は何度も時計を見た。「でも、圭司にはちゃんと話してからじゃないと——」
もう誰も反対するものはいなかった。
⌘
「ロック・イン・ジャパン」ではやっとランチの仕込みが終わり、圭司が開店前に一息ついていた午前十一時前、携帯電話が鳴った。ステラは店内の清掃を終えて、テーブルに座り雑誌を読んでいた。
電話は「フーミン」——姉——からだった。最近はメールでやり取りすることが多かったので、電話なんて珍しい。
「フーミンどうしたの、電話なんて。無事にこっちに着いたからって連絡忘れてたっけ?」
——あー、あのさあ。あっ、今時間は大丈夫?
「まあ、大丈夫かな。開店前だから、あんまり長いことは話せないけどな」
——ええっと、ステラさんは元気?
「なんだよ、それ。もちろん元気だよ? おととい会ったばかりじゃん。なんだよ、変だよ。なんかあったの?」
——あのね——落ち着いて聞いてね
史江はそう言って押し黙った。
やっぱりなんか様子が変だ。ステラも何か異変を感じたようだ。本を閉じて様子を伺っている。
史江がなかなか要件を言い出さないが、よほどのことがあるのかも知れない。次の言葉を待ってステラの方を見た。
史江が喋り出すのと、圭司が視線を向けたステラの後方にある店のドアが開くのは、ほぼ同時だった。
「ただいまあ」
横浜聖華国際学園高等部の制服を着て、背中に学校指定のリュックを背負った少女は、確かにそう言って圭司の前のカウンター席に座ったのだった。
——ごめん、圭司。あのね、圭の行方がわからないの」
「あ、お帰り」圭司は反射的にそう返事をしていた。
——いや、そうじゃなくて。あのね、圭が帰ってこないの。ごめん、私がちゃんとフォローできてなくて。
電話の向こうの姉は、もう泣き出しそうな声だった。
ステラが驚いて圭に駆け寄ってきて、ハグをしている。
実は昨日から、変な週刊誌の記事でね——
史江が一生懸命電話の向こうで状況を説明する声が、圭司には頭に全く入ってこない。なぜ三日前に日本で別れたばかりの圭が今、ニューヨークの—— この店の、俺の目の前にいるんだ。
何が何だかわからない。圭に聞きたいことが山ほどあるが、姉が電話の向こうで懸命に喋っているので耳から離すわけにはいかない。
そうしてる間に、圭は再び圭司の前に座って「お腹すいたあ」と言いながら、圭司に向かってウインクをしたのだ。
フーミン、圭が今帰ってきた。ニューヨークに——
携帯の向こうの史江に、そういうのが精一杯だった。
いったい何が起こったんだ——
圭司はすっかりパニックを起こしていた。
「案外、ひょっこりと家に帰ってくるかも知れないから、大騒ぎにはできるだけしたくないけど、せめて携帯の電源を入れてくれれば……」
史江は不安で仕方がない様子だ。
「もしこのまま連絡がなかったら、警察に届けを出すしかないのかな」
恵の「警察」という言葉に、みんなが少しビクリと反応した。あれだけ騒ぎになった昨日の今日で、今度は失踪ということになれば、ガセネタに振り回されたマスコミに、代わりの絶好のネタを差し出すようなものだ。できればそれは避けたいと圭太も思う。だが、それもいつまでも隠し通せるものでもないのはわかっている。
そういえば、この圭の失踪騒ぎで、昨日の記者会見の騒動をどのように伝えているのか、圭太はテレビなど見る機会もなかった。朝の情報番組を見た恵の話では、なぜか会見はなかったんじゃないかと思うほど、テレビでは取り上げていないらしい。局によっては昨夜は生中継までしていたにしては、その取り扱いの落差が激しかったという。週刊日日の記事に喜んで飛びついたが、どうやらその信憑性に疑問を感じ始めたのかも知れない。
「西川先生、圭司へは」
菊池がいうと、史江は左手の腕時計をチラッとみた。
「やっぱり、このままってわけにはいかないね。やだな、圭司に心配させちゃうな」と呟くように言う。「まだ向こうは七時半だね。それに、もう少し——もう少しだけ圭を待ってからにしようかな……」
ニューヨークと日本の時差は十三時間だ。こっちは月曜日の早朝から色々あって、何日も過ぎたような気がするが、圭司はアメリカへ帰ってからまだ二日、火曜日の早朝だ。そんな朝っぱらから圭が行方がわからないなどと、連絡しにくい気持ちが圭太にも理解できる。そういう自分もその圭司との別れ際に、圭を頼む、と土曜日の朝に頼まれたばかりだというのに、このざまだ。
ひょっこりと帰ってこないか——
誰も喋り出すものがいない。やがて、皆のそんな少しの期待を裏切るように無情にも時間は過ぎ、日付が水曜日になろうとしていた。
「日付が変わるね。警察に届けるしかないかな」史江は何度も時計を見た。「でも、圭司にはちゃんと話してからじゃないと——」
もう誰も反対するものはいなかった。
⌘
「ロック・イン・ジャパン」ではやっとランチの仕込みが終わり、圭司が開店前に一息ついていた午前十一時前、携帯電話が鳴った。ステラは店内の清掃を終えて、テーブルに座り雑誌を読んでいた。
電話は「フーミン」——姉——からだった。最近はメールでやり取りすることが多かったので、電話なんて珍しい。
「フーミンどうしたの、電話なんて。無事にこっちに着いたからって連絡忘れてたっけ?」
——あー、あのさあ。あっ、今時間は大丈夫?
「まあ、大丈夫かな。開店前だから、あんまり長いことは話せないけどな」
——ええっと、ステラさんは元気?
「なんだよ、それ。もちろん元気だよ? おととい会ったばかりじゃん。なんだよ、変だよ。なんかあったの?」
——あのね——落ち着いて聞いてね
史江はそう言って押し黙った。
やっぱりなんか様子が変だ。ステラも何か異変を感じたようだ。本を閉じて様子を伺っている。
史江がなかなか要件を言い出さないが、よほどのことがあるのかも知れない。次の言葉を待ってステラの方を見た。
史江が喋り出すのと、圭司が視線を向けたステラの後方にある店のドアが開くのは、ほぼ同時だった。
「ただいまあ」
横浜聖華国際学園高等部の制服を着て、背中に学校指定のリュックを背負った少女は、確かにそう言って圭司の前のカウンター席に座ったのだった。
——ごめん、圭司。あのね、圭の行方がわからないの」
「あ、お帰り」圭司は反射的にそう返事をしていた。
——いや、そうじゃなくて。あのね、圭が帰ってこないの。ごめん、私がちゃんとフォローできてなくて。
電話の向こうの姉は、もう泣き出しそうな声だった。
ステラが驚いて圭に駆け寄ってきて、ハグをしている。
実は昨日から、変な週刊誌の記事でね——
史江が一生懸命電話の向こうで状況を説明する声が、圭司には頭に全く入ってこない。なぜ三日前に日本で別れたばかりの圭が今、ニューヨークの—— この店の、俺の目の前にいるんだ。
何が何だかわからない。圭に聞きたいことが山ほどあるが、姉が電話の向こうで懸命に喋っているので耳から離すわけにはいかない。
そうしてる間に、圭は再び圭司の前に座って「お腹すいたあ」と言いながら、圭司に向かってウインクをしたのだ。
フーミン、圭が今帰ってきた。ニューヨークに——
携帯の向こうの史江に、そういうのが精一杯だった。
いったい何が起こったんだ——
圭司はすっかりパニックを起こしていた。
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