シング 神さまの指先

笑里

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ライブチケットの行方

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 先日の顔合わせの後、ムーさんから圭太に電話が入った。当面、圭のバックでドラムを叩くとしたら、それ以外の時間にうまく仕事を入れなきゃ、フリーのムーさんと上田はこれまでのように食っていくのが難しくなる、という。
「やっぱり厳しそうですか」と圭太は肩を落とした。できれば一緒にやりたい。
「でな」ムーさんは少し間をおいた。「上田とも話したんだが、あの子に帯同してる期間、お前のとこの事務所で俺たちのマネージメントをしてくれる条件ならいいんじゃないかってことになってな」
「えっ、それはつまり——」
「つーか、俺も上田も、あの子と演奏《や》ってみてえと思ってな。お前、すげえもん見つけてきたな」
「ありがとうございます。すぐに社長に伝えます」
「まあ、自分で仕事の交渉して、スケジュール立ててってのにもちょっと疲れちまったとこがあってさ。どこかに所属するのも、これがいい機会かなと思うところもあるんだ。うまいこと話しといてくれよ」
 電話を切ってすぐさま菊池に電話を入れる。もちろん二つ返事で菊池も喜んでその提案を受け入れた。圭のマネージャーという話から、いつの間にか「秘書」をしている姉の恵の仕事が増えただけだという噂もあるが。
 
 現在、圭太やムーさんたちがすでに請け負っている仕事のこともあり、本格的にムーさんたちを交えて音作りを始めるのは、学園祭の後からということになった。今は学校とスカイ・シーを優先すると西川先生と約束したからだ。
 圭太と西川先生の最初の約束は月に1回だったが、圭太としては乗りかかった船でもあり、学園祭まではできるだけスカイ・シーとディープ・ブルー——新たに2年生を中心に結成されたバンド——の指導にできるだけ時間を作って通ったのだった。

 ⌘

「学園祭のライブチケット、買ってくださいよ」
 圭太が事務所にチケットの束を持ってきたのは、学園祭のひと月ほど前のことだった。
「なんだよ、学園祭のアマチュアバンドで金を稼ぐ気かよ」と菊池が笑いながらいう。
「いやあ、結構アマチュアったってそれなりに経費もかかるし、来年以降の軽音部の活動経費にもなるんですから、ケチケチせずに、ここは社長らしくドーンと30枚ぐらいは頼んますよ」と圭太が水を向けると苦笑いをして「買うんじゃなかったと後悔しないぐらいのステージ、やってくれるんだろうな」と言いながら札入れを取り出した。
「任せてくださいよ」
と言いながら、圭太は菊池が持っている札入れに無造作に手を突っ込んで、数えもせずに結構な厚みの札を引っこ抜き、代わりにチケットを札入れに返した。
「なんだよ、がめついな。まあ、いいわ。で、ライブはどんな構成?」
「最初はジョニービーグッドからあの辺のオールディーズでと思ってたんですけどね、圭がせっかくの初ライブだからツェッペリンから入りたいっていうんですよね」
「へえ、ツェッペリンか。で、どんな曲やんの」
「まずはいきなり強烈に『Rock  and  Roll』から入って『Black dog』へいこうかと。どうです、社長。聴きたくなってきたでしょう」
「あの子、本当に10代かよ。そりゃあ、本番まで待てねえよ。ちょっとリハに招待してくれるとかないのか。俺は大口の上得意のスポンサーだぞ」と、冗談とも本気ともわからない顔で菊池が言ったが「俺は権力には屈しないスタイルなんで」と話に乗らず、
「まあ、チケットいっぱい渡したんで、いっぱい誘ってきてください。そこらの女子高生バンドよりはすげえもん見せますんで」
と圭太が自信ありげにニヤリと笑った。
 そうこうしているところに、
「圭太、あたしのチケットは? もちろんあるんでしょうね」
と事務所の奥から恵が顔を覗かせた。
「めぐちゃんの分は社長がさっき買ってくれてるから、そっちからもらって」
と圭太が言うと、恵は菊池に向かって「ですって、社長」と笑っていう。
「ちぇっ、しょうがねえなあ。このがめつい姉弟《きょうだい》め」と菊池が吐き捨て、札入れからチケットを1枚抜いたのだった。

 だが結局、菊池の買った数十枚のチケットは、そのチケットを売りつけた圭太が事務所の関係者やなど、あちこちに配って綺麗にはけて、菊池の手元には1枚だけチケットが残ったのだ。
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