シング 神さまの指先

笑里

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エフ

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 それは、その時は本当にただの思いつきで口に出た言葉だった。

「なあ、圭。日本の高校に行ってみないか」

 隣に座ってパンフレットを読んでいた圭が、突然何を言っているのかわからないという顔で見ていた。
 
 何かがずっと頭に引っかかっていた。圭が高校に行かなくてもいいかと言い出した時からだ。それがなんだったのか思い出せなかったのだが、今日領事館へ来て、それに思い当たったのだ。
 そうか。これを読んだ記憶だったか——

「日本の高校へ留学してみませんか」とそのパンフレットの見開きページに書いてあった。以前ここへ来た時、紗英の通った高校の名前が目に入り、何気なくそのパンフレットを手にしてパラパラとページをめくったが、特に何も考えずに読み飛ばしていた。
 この高校では、「英語を話す友達を作ろう」という制度があるらしく、同じ学年に普通に英語で会話する相手を作ることで、英語に親しみ、国際的人材育成を目指すらしい。
 英語的には少しおかしくもあるが、日本人に理解しやすいように「English  Friend」制度と呼び、その生徒たちを「エフ」と呼称するということだ。しかも英会話授業の教師の補助もするため、特待生として学費なども全額免除されると書いてある。パンフレットを読みながら、これなら圭も——と思い、口をついて出てしまった。だが。
 ——しまった。
 驚いたような顔の圭を見て、いくら思いつきとはいえ、高校進学の話をするにはまだ少し早すぎたと内心焦った。圭の心はまだ大きな不安を抱えたままのはずだった。

「あ、いや、まだまだずっと先の話だよ。そんな選択も将来にはひょっとしたらあるかなって、ちょっとだけ思ってな。いやほんと、ただの俺の思いつきだから、気にしなくていいよ」
 無理矢理に笑顔を作り、口にした言葉を打ち消した。
「だいたい、日本の高校って16歳になる歳の4月に入学だからさ、もし日本の高校に行くなんてことになれば、日本の同じ歳の子たちの学年に合わせようと思えば、圭は今年の9月じゃなくて来年の4月まで入学を待たなきゃいけないし、いや、これはもう、いくらなんでも無理があるってもんだ。ははは……」
 心の中で冷や汗を流しながら、軽いジョークを言うように誤魔化す。実は、高校が4年制のアメリカでは、圭の年齢だとすでに高校1年生になっているのが普通となる。だが、ストロベリーハウスに関わるゴタゴタで学校に行かなかった時期が長かったため、日本の中学2年にあたるグレード8の卒業が1年遅れていたのだが、それでも、また遅れてでも普通に学校に行けるようになったことを、あの事件があるまで圭も心から喜んでいたのだ。その圭が一切進学のことを口にしなくなるぐらいショックを受けたを知っていたのに——
 圭司は読んでいたパンフレットを何事もなかったように元に戻し、椅子から立ち上がった。
「帰ろうか」
 うん、と小さく返事をした圭が、返し忘れたのだろう、パンフレットを小さく丸めて持っていたことを車に乗る時になって初めて気がついたが、できるだけ話題にしないよう見ないふりをして圭司は車を走らせたのだった。
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