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閉ざされたドア
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それは風花が東京から尾道に帰り着いた夕方前のことだった。
「あら、いらっしゃい」
風花がガタゴトと部屋の片付けをしていると、玄関の方から祖母の声がし、しばらくすると部屋の入り口の襖をノックする音がした。襖を開けるとそこに美織が立っていた。
「どういうこと」
顔を合わすなり、美織が風花を睨んだ。おそらく、今回の急な話を孝太から聞いたのかもしれない。
「どういうって……明日、話に行こうと思ってたんだ。私、東京に帰ることにしたの。こういう大事なこと、トークで言うのもなんだかなって思ってて」
「だから、うちには話さなくていいって思ったわけね」
美織はかなり怒っているようだった。やっぱり、一言でも先に言っておいた方がよかったのかなと少しへんだが、ここは丁寧に説明するべきだと思う。
「それでね、孝太君ならどうするか聞いたら、自分なら東京へ帰るしか答えはないだろうって言ってくれて。それで決めた……」
突然決まった今回のことを、風花は始めから美織に話した。だが。
「風花はそれでいいんでしょうよ。自分は水泳に復帰できましたあ。じゃあ、尾道なんかさようならあって? じゃあ、あなたのためだけに春から頑張ってきた孝太の気持ちはどこへ行くのよ」
美織はまったく怒りが治らない様子だった。
「いや、だからそのことは二人でちゃんと話して——」
「そして、孝太はもういらないからポイって?」
カチンときた。今日はなんかミオらしくない。すごい嫌な言い方——
「何よ、それ。まるで私がわがままでそうしてるみたいじゃん。それに、孝太君と私の問題は、私たちが決めればいいことなのに、ミオにそこまで言われる筋合いはない」
ついきつい言い方を口にしてしまってから、しまったと思った。そんなことを言うつもりじゃなかったが後の祭りだ。
「はいはい。そうよね、二人の問題よね。それならええわ。とっとと東京でもどこでも帰ればええわ。どうせうちにはもう関係ないことじゃけ」
それだけ言うと、美織はクルリと背中を向けて早足で玄関へ向かって行く。
「ミオ、そうじゃなくって——」
風花はその背中に言葉をかけて、慌てて跡を追いかけたが美織は振り向きもせずに、そのままサンダルをつっかけて玄関を飛び出して行った。
「どうしたんね」
祖母がびっくりして、風花の顔を見ている。
「いや、なんでもないから。ちょっと誤解してるみたい」
風花は玄関に揃えてあった木製のサンダルをつっかけると、今しがた飛び出して行った美織の跡を追った。だが、すぐに追いかけたつもりだが、美織はかなり先まで行ってしまっていた。
「ミオ!」
風花が叫ぶように美織に声をかけると、美織は逃げるように足を早めていく。
「待ってって! ねえ、ミオ!」
坂を下りながら後ろから何度も声をかけるのだが、取り付く島もない様子で美織は坂を下って行き、風花は途中で追うのを諦め、腰に手を当てて美織の姿が消えるのを見送っていた。
仕方ない。明日、頭を冷やしてもう一度ちゃんと話そうと決め、風花は家へ引き返したのだった。
寝る前に、風花は夕方のことを孝太に電話で話した。
「悪いのは私なのは分かってるけど、少しぐらい話聞いてくれたっていいと思わない?」
つい、愚痴ってしまう。
「まあ、そう言わないでいてくれ。あいつも本気で悪気があって言うわけじゃないと思うし」
「そうなんだろうけどさ、あんなきつい言い方をするなんてミオらしくない」
「まあな。ミオはそんなやつじゃないのにな。どうしたんだろうな。後で俺からも話してみるよ」
孝太と話して、気持ちも落ち着いてきた。さっきまでカッカと怒ってた自分が少し恥ずかしいと思いながら、眠りについた風花だった。
「ごめんね。いないって《言ってくれ》ってミオが言うのよ。もちろん、いるんだけどねえ……」
翌日、風花が小柴呉服店を訪ねると美織の母がそう言った。
「ちょっと部屋に上がってもいいですか」
美織の母が頷いたので、風花は2階の美織の部屋に向かうと、ちょうど部屋のドアが開いて美織が出てくるところだった。
「ミオ」
だが、風花がそう声をかけた途端に、美織は踵を返して部屋に入りドアを閉め切ったのだ。
今しがた閉ざされたドアの前に風花は立った。美織の怒りがそれほど深いことを風花は改めて思い知らされた。
「ミオ、ちゃんと先に話さなかったのは、本当にごめん。ミオにはトークとかじゃなくて顔を見て話したかったの。私が悪いのは分かってる。だから、このドアを開けてくれない?」
風花はドアの向こうにいるはずの美織にゆっくりと話しかけた。だが、美織はまったく返事をしてくれなかった。涙が溢れそうだ。
「私は尾道を捨てるわけじゃない。だって、私はここが大好きだもん。ミオや孝太君と過ごした時間も私の宝物だよ。だからこそ、ここで立ち直れた自分をみんなに伝えたくて、もう一度チャレンジしようと思ってる。孝太君ともいつか高校総体で会おうって約束——」
そこまで話した途端、ドアが勢いよく開いた。
「うるさいよ! そんな話、聞きたくないから帰って」
美織から肩をドンと強く押された。
「ミオ……?」
「孝太と約束した? よかったわね、仲良くなって。風花がいなくなっても、孝太はどうせ、うちとはただの兄妹のままで……」
美織が涙で言葉を詰まらせた。そして、風花はやっと美織の怒りの理由がわかったような気がした。
「ミオ、あなたもしかして——」
「うるさい。早く帰ってよ!」
美織は叫ぶように言うと、再びドアを勢いよく閉めたのだ。
「あら、いらっしゃい」
風花がガタゴトと部屋の片付けをしていると、玄関の方から祖母の声がし、しばらくすると部屋の入り口の襖をノックする音がした。襖を開けるとそこに美織が立っていた。
「どういうこと」
顔を合わすなり、美織が風花を睨んだ。おそらく、今回の急な話を孝太から聞いたのかもしれない。
「どういうって……明日、話に行こうと思ってたんだ。私、東京に帰ることにしたの。こういう大事なこと、トークで言うのもなんだかなって思ってて」
「だから、うちには話さなくていいって思ったわけね」
美織はかなり怒っているようだった。やっぱり、一言でも先に言っておいた方がよかったのかなと少しへんだが、ここは丁寧に説明するべきだと思う。
「それでね、孝太君ならどうするか聞いたら、自分なら東京へ帰るしか答えはないだろうって言ってくれて。それで決めた……」
突然決まった今回のことを、風花は始めから美織に話した。だが。
「風花はそれでいいんでしょうよ。自分は水泳に復帰できましたあ。じゃあ、尾道なんかさようならあって? じゃあ、あなたのためだけに春から頑張ってきた孝太の気持ちはどこへ行くのよ」
美織はまったく怒りが治らない様子だった。
「いや、だからそのことは二人でちゃんと話して——」
「そして、孝太はもういらないからポイって?」
カチンときた。今日はなんかミオらしくない。すごい嫌な言い方——
「何よ、それ。まるで私がわがままでそうしてるみたいじゃん。それに、孝太君と私の問題は、私たちが決めればいいことなのに、ミオにそこまで言われる筋合いはない」
ついきつい言い方を口にしてしまってから、しまったと思った。そんなことを言うつもりじゃなかったが後の祭りだ。
「はいはい。そうよね、二人の問題よね。それならええわ。とっとと東京でもどこでも帰ればええわ。どうせうちにはもう関係ないことじゃけ」
それだけ言うと、美織はクルリと背中を向けて早足で玄関へ向かって行く。
「ミオ、そうじゃなくって——」
風花はその背中に言葉をかけて、慌てて跡を追いかけたが美織は振り向きもせずに、そのままサンダルをつっかけて玄関を飛び出して行った。
「どうしたんね」
祖母がびっくりして、風花の顔を見ている。
「いや、なんでもないから。ちょっと誤解してるみたい」
風花は玄関に揃えてあった木製のサンダルをつっかけると、今しがた飛び出して行った美織の跡を追った。だが、すぐに追いかけたつもりだが、美織はかなり先まで行ってしまっていた。
「ミオ!」
風花が叫ぶように美織に声をかけると、美織は逃げるように足を早めていく。
「待ってって! ねえ、ミオ!」
坂を下りながら後ろから何度も声をかけるのだが、取り付く島もない様子で美織は坂を下って行き、風花は途中で追うのを諦め、腰に手を当てて美織の姿が消えるのを見送っていた。
仕方ない。明日、頭を冷やしてもう一度ちゃんと話そうと決め、風花は家へ引き返したのだった。
寝る前に、風花は夕方のことを孝太に電話で話した。
「悪いのは私なのは分かってるけど、少しぐらい話聞いてくれたっていいと思わない?」
つい、愚痴ってしまう。
「まあ、そう言わないでいてくれ。あいつも本気で悪気があって言うわけじゃないと思うし」
「そうなんだろうけどさ、あんなきつい言い方をするなんてミオらしくない」
「まあな。ミオはそんなやつじゃないのにな。どうしたんだろうな。後で俺からも話してみるよ」
孝太と話して、気持ちも落ち着いてきた。さっきまでカッカと怒ってた自分が少し恥ずかしいと思いながら、眠りについた風花だった。
「ごめんね。いないって《言ってくれ》ってミオが言うのよ。もちろん、いるんだけどねえ……」
翌日、風花が小柴呉服店を訪ねると美織の母がそう言った。
「ちょっと部屋に上がってもいいですか」
美織の母が頷いたので、風花は2階の美織の部屋に向かうと、ちょうど部屋のドアが開いて美織が出てくるところだった。
「ミオ」
だが、風花がそう声をかけた途端に、美織は踵を返して部屋に入りドアを閉め切ったのだ。
今しがた閉ざされたドアの前に風花は立った。美織の怒りがそれほど深いことを風花は改めて思い知らされた。
「ミオ、ちゃんと先に話さなかったのは、本当にごめん。ミオにはトークとかじゃなくて顔を見て話したかったの。私が悪いのは分かってる。だから、このドアを開けてくれない?」
風花はドアの向こうにいるはずの美織にゆっくりと話しかけた。だが、美織はまったく返事をしてくれなかった。涙が溢れそうだ。
「私は尾道を捨てるわけじゃない。だって、私はここが大好きだもん。ミオや孝太君と過ごした時間も私の宝物だよ。だからこそ、ここで立ち直れた自分をみんなに伝えたくて、もう一度チャレンジしようと思ってる。孝太君ともいつか高校総体で会おうって約束——」
そこまで話した途端、ドアが勢いよく開いた。
「うるさいよ! そんな話、聞きたくないから帰って」
美織から肩をドンと強く押された。
「ミオ……?」
「孝太と約束した? よかったわね、仲良くなって。風花がいなくなっても、孝太はどうせ、うちとはただの兄妹のままで……」
美織が涙で言葉を詰まらせた。そして、風花はやっと美織の怒りの理由がわかったような気がした。
「ミオ、あなたもしかして——」
「うるさい。早く帰ってよ!」
美織は叫ぶように言うと、再びドアを勢いよく閉めたのだ。
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