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しおりを挟む私に口づけ、息を奪ってからじっくり私の顔を見る。
「どうだ? まだ抜けていないようならもう少しやる」
今は疲れ果て、体が重く力が抜けている。
疼くような感覚はないし、満たされていると思う。
首を横に振ると、エルナンド様が親指で涙を拭ってくれた。
なぜこんなに優しく触れてくるのだろう。
じっと見つめていると、なんだと言うように首を傾げてからそっとキスされる。
お互いの間に流れるこの親密な雰囲気は一体なに?
エルナンド様が媚薬が抜けるように手伝ってくれて――。
少しずつ理性が戻ってくるとあまりに近い距離に恥ずかしさがわき上がった。
「…………‼︎」
お互いにあられもない姿で。
私達は約束した関係でもないし、結婚もしていない。
思わずさーっと血の気が引いた。
「なんだよ。純潔は奪っていないし、俺が責任とると言っただろ?」
「……あの、早く帰らないと……」
「馬鹿か? その状態で帰るほうがまずいだろ。……なんか、噛み合わないな。……悪いようにはしないから少し眠れ」
「でも……」
エルナンド様がはぁ、と息を吐いた。
「少しは余韻に浸らせろ」
表情はしかめ面だし、今聞こえてきた言葉とそぐわない。
「……じゃあ、支度を手伝うから待ってろ。起きるなよ? 今のうちに体を休めておけ」
「……はい」
エルナンド様が起き上がり何かを取りに行った。
その後ろ姿を目で追ってしまったことに気づいて、シーツに顔を埋める。
とんでもないことをしてしまった。
顔を合わせるのが恥ずかしい。
確かにこれは結婚相手としかしてはいけない行為だと思う。
それに今の私は純潔だと胸を張って言えないのでは?
そんなことを考えながら、エルナンド様が戻ってくるのを待っているうちに、眠気に襲われて目を閉じた。
目が覚めた時、いつもと違うベッドの硬さと寝具の感触に混乱した。
それに、普段は一人で眠るのに背中が温かい。
恐る恐る振り返ると、エルナンド様に見つめられていた。
「一度眠ったら起きないんだな」
「……ごめんなさい、その。迷惑かけて……」
いろんなことを思い出してエルナンド様の顔を見ていられなかった。
「そういうことじゃない。……そろそろ夜が明ける。このまま朝までいたらいい」
「今の方が目立たずに帰れるのではないですか?」
私がそういうと、エルナンド様が舌打ちした。
エルナンド様は眠いのかもしれないのに、私がわがまま言ったから機嫌が悪くなったのかもしれない……。
それに今、馬車を呼んだら余計に目立つかも。
「ハリエット、考えすぎだ。……何か勘違いしていないか? 以前、俺を選べと、国に連れ帰ると言っただろ? だいたいお前じゃなかったら助けなかった」
「……そう、でした、か……」
エルナンド様のまっすぐな言葉は一貫している。
「だからこのまま一緒に眠って、一緒に侯爵家に行けばいい。心配するな、手紙は出してあるし俺からも説明する」
優しい手つきで髪を撫でるから、その通りにしたい気持ちもある。でも。
「でも、この暗闇の中のほうが、目立たないのでは? 醜聞は困るので」
「……そうかもしれないな。本当は帰したくないけど」
エルナンド様が仰向けに転がって息を吐いた。
「なぁ? こんな状況で言うのもどうかと思うが、お前を無理矢理奪って結婚するしかない立場に追い込むこともできた。それをしなかったのは、いやいや嫁がれるなんてつまらないし、いくつかある選択肢の中からちゃんと考えて、俺を選んで欲しかったからだ」
そこまで言ってからエルナンド様が私のほうに体を向けて見つめてきた。
「ハリエット、俺と結婚しよう。向こうには俺の領地もあるし、収入源は他にもある。やりたいことは大抵叶えてやれる。エドウズ侯爵夫妻のことは俺に任せろ。だから、返事は『はい』しか聞きたくない」
エルナンド様の言葉の通り、あの状態なら、簡単に私の体を拓くこともできた。
そうなっていたら、結婚するしかなかったと思う。
けれど今、『はい』以外を聞きたくないと言いながらも逃げ道を残してくれている。
それが自由を好むエルナンド様らしくもあるし、思いがけない紳士的な態度に私の心が震えた。
お互いの肌が触れ合った分、近しさを感じているし、エルナンド様のまっすぐな言葉が好ましいと思う。
このまま両親の言いなりになるより、エルナンド様の手を取りたい。
彼との結婚は祝福されないかもしれないけれど、両親はきっと純潔を失ったと思っているだろうから、最終的に反対はしないと思う。
顔色を伺うのはもう止める。
もしこの先に困難が待っていても、彼と頑張ってみたい。
だから私は短く答えた。
「はい」
「やっぱりなしは駄目だからな。……大事にする。早く国に連れて帰りたい」
そう言ってきつく抱きしめてくるから、エルナンド様がほんの少し子どもみたいに見えて、思わず笑ってしまった。
こんな状況だからこそ浮かれているのかも。
「これからよろしくお願いします。……ただ、その、エルナンド様のご家族は私でいいと思ってくださるのでしょうか。心配です」
「殿下の婚約者候補で高度な教育を受けてきたエドウズ侯爵家の令嬢に問題なんてないだろ」
「それならいいのですが……」
「なぁ、そろそろその言葉遣いやめてくれない、ハティ?」
夜のほうが、距離が近かったと言われても。
友人にエッタと呼ばれることはあるけれど、誰にも呼ばれたことのない呼び名に戸惑った。
「俺はエルと呼ばれたいから、ハティがいやならハッピーと呼ぼうか? 幸せな感じがするだろ」
「ハティがいい、わ。言葉は、その、少しずつ慣れると思うから……エル様」
「……まぁ、今はそれでいい」
その呼び方に少し不満そうだったけれど、私を引き寄せしっかり抱きしめると、大きく満足げに息を吐いた。
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