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しおりを挟む一週間後に開かれた王宮のお茶会には、殿下や婚約者候補達を中心に高位の貴族達が呼ばれた。
元から決まっていた行事で、本来これも殿下と婚約者候補の仲を深めて選ぶ為の会。
殿下はみんなと話すけれど、時々イライザ様と目を合わせている。
他の婚約者候補達は殿下の気を引こうと一生懸命話しかけていて、二人の関係に気づいていないのか、それともまだチャンスがあると思っているのかも。
殿下がまだ表明していないから、チャンスがないとは言えない。
私は一歩引いた位置からそれを眺めて、その中に踏み込めないでいた。
両親に言われているように、私も積極的に話をしないといけないとは思う。
一方で、いつ二人の婚約を発表するのかと考えていた。
「ハリエット、笑顔が引き攣っているぞ」
いつの間に席を移動したのか、エルナンド様が私の近くに座り、ビスケットを次々と口に放り込んだ。
大人のいない気楽な雰囲気のお茶会だからか、周りも自由に過ごしていて私達に注目している人達もいない。
どうしても前回の夜会でエルナンド様に言われたことを思い出してしまうけど、今が楽しいと暗示をかけるようにして笑顔を浮かべた。
エルナンド様は今も私の心を見透かすように見つめてくる。
あれは本気なのか、戯れなのか訊きたくもある。でも、触れないほうがいいのだと感じた。
彼はいつもと変わらない態度だから。
「この国のビスケットはうまいな」
表に出さないようにしているとはいえ、私だけが意識しているみたい。
食べる姿が綺麗なのは見ていて気持ちいいけれど、ドレスのラインが崩れるのが嫌で甘いものを控えている身としては、エルナンド様がどれだけ食べても細身なのが羨ましく思った。
「エルナンド様は鍛錬などされますの?」
最初の彼の言葉は聞こえなかったことにして、私は訊いた。
それからお茶を飲んで美味しそうなビスケットから視線をそらす。
「一応毎朝、体が鈍らないようにしている。……ハリエットも食べればいい」
そう言って、私の目の前にビスケットを一つ置く。
「そんなに食べたそうな顔して、我慢するなよ」
表情には出ていないはずなのに、彼には一体私の何が見えているのだろうかと思う。
「……エルナンド様、女性にそのようなことを言うのはどうかと思います」
「俺はハリエットにしか言わない」
「…………」
それもどうかと思って首をかしげそうになったものの、せっかくだから目の前のビスケットを一口かじった。
バターがたっぷり使われていて口の中でほろほろと崩れる。
これは私を堕落させる食べ物だわ。
「もう一つ食べたらいい」
私が止める前にエルナンド様はもう一つ私の目の前に置いた。
「…………」
「ビスケットの一つや二つ、食べたところで何も変わらない」
「そうでしょうか」
「そんなに自分に厳しくしなくてもいいだろ。うまいものはうまいと言って食べればいいのに」
私は一口お茶を飲んでから、食べかけのビスケットを口にした。
「本当に美味しいですね。ですけど、もうこれで十分ですから」
エルナンド様も同じものを口に入れた。
なぜかとても楽しそうに見える。
ビスケット二枚分、晩餐をいつもより控えめにしよう。
「食事を減らすことを考えるなよ。痩せすぎだ」
「……エルナンド様は、どうして」
「ハリエットは顔に出るよな。侯爵令嬢なのにそれで大丈夫なのか?」
家庭教師にも両親にも顔に出るなんて言われたことがなかったから衝撃を受けた。
「ははっ、その顔……!」
「……エルナンド様が野生の勘をお持ちなのではなくて?」
「ああ、そりゃ、違いない」
そう言って笑い続ける。
それから小声で、ハリエットしか見ていないからなと呟くから。
「エルナンド様はもう少し考えてから話したほうがいいと思います」
「よく言われる。……怒ったか?」
「いえ。呆れています」
エルナンド様の率直な物言いは不思議と腹が立たなかった。
言葉がきつい時があっても悪意からではないとわかるし、お互いに気が合うのだと思う。
もしかしたら、エルナンド様は結婚相手に率直に話しても腹を立てない女性を求めているのかも。
「それならいい」
ふと視線を殿下のテーブルに向けた時、イライザ様が席を立った。
エルナンド様と話していると、自分のペースが守れなくて困る。だから少しだけ殿下と話してこようと思った。
「少し失礼しますね」
次の瞬間、エルナンド様が腕を伸ばして私の指先を掴む。
「嫌だ。行ったって意味ないだろ」
「……そういう訳にはいかないのです。離して下さい」
両親に報告する手前、殿下のそばに行かなくてはいけない。そうすれば大きな嘘をつかないで、努力したと伝えられる。
そう考えて両親の考えと、殿下の婚約者候補という立場に縛られて息苦しさを感じた。
「馬鹿だな」
エルナンド様に言われて強く手を引いた。
彼は私の手をパッと離し、そのままビスケットを掴んで口に放り込む。
まるで何もなかったかのような態度に、心がざわめいたけれどそのまま殿下の元へと向かった。
「ハーヴィー殿下、ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろん。座ってハリエット」
ほんの少しホッとしたような顔を見せたのは、婚約者候補の二人の押しが強かったのかもしれない。
彼女達は十四、五歳と私達より若い。
十八歳の殿下のことは理想的な優しく頼れる王子様に見えているだろうし、私が現れたことで少しムッとしたように感じた。
「ちょうどよかった。来週は今日のような集まりではなくてそれぞれと時間を取ろうと思っていたんだ」
「殿下と二人きりで会えるなんて幸せです! たくさんお話ししたいですわ」
「まぁ! 嬉しいですわ、もっと殿下のことを知りたいですもの」
「はは……っ、そうか。こちらから手紙を送るからしばらく待ってくれ」
困ったように笑う殿下を見て、それぞれに候補から外れることを話すのかもしれないと直感的に思った。
優柔不断ではあるけれど、殿下は優しい面があるから、一人一人に誠実に言葉を伝えるつもりなのだろう。
「楽しみにしておりますね」
私はそう言って殿下に向かって微笑んだ。
エルナンド様が言うように、私は馬鹿なのだと思う。
こうして殿下に近づいたところで、今さら私が選ばれることはないと感じたから。
でも私にはそうするしかなかった。
婚約者候補の一人が殿下に話を向ける。
「殿下は新しい栗毛の牝馬を手に入れたのだと聞きましたわ。とても美しい毛並みなのだと」
「あぁ、それはね……」
殿下が楽しそうに馬について語る。
適度に相槌を打ちながら、私達はとても面白い話を聞いているかのように笑った。
婚約者用に新しく求めた馬だと噂になっているから、なんとか乗せてもらおうと候補の二人がきっかけを探っている。
私はため息をこらえてひたすら微笑んだ。
栗毛だなんて、イライザ様と一緒。
イライザ様の栗色の髪はとても綺麗で美しい。
殿下はその牝馬を一目見て気に入ったと聞いている。
ほかの婚約者候補達はそれに乗れる日がくると信じているようで、目をキラキラさせていた。
純粋な一面と野心と。
私にはとてもまぶしくうつる。
ハーヴィー殿下は時々どこかをじっと見ていて、その先にイライザ様がいた。
そろそろ周りもわかるのではないかと思ってあたりを見回す。
そこでエルナンド様がいなくなっていることにも気づいてしまった。
エルナンド様は自由で何も縛られていないみたい。
実際はそんなことはないのだろうけど、とても羨ましく思えた。
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