この夜を忘れない

能登原あめ

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 その夜、家に帰った後で両親から二度エルナンド様と踊ったことについて叱られた。
 エルナンド様のたわむれだとしても、心証が悪くなる、と。

「お前は殿下の婚約者候補なのだから、あれは軽率な行いだ。そのような隙があるからいけない。イライザ様が今一番王太子妃に近い位置にいるかもしれんが、まだ決まったわけではないんだ。婚約者の披露パーティーがあるまではな」

「お父様、お母様、申し訳ありません」

 このままだと殿下はイライザ様を選ばれる、みんなそう思っているのに口に出せず沈黙が落ちた。

「……エルナンド様は公爵の生まれといっても三男で、自由なお方だ。こちらには息抜きにやって来ているのだから、悪い噂が立っては困る」

 お父様はそう言って考え込む。

「……ハーヴィー殿下と縁がつなげなかったら他の縁を結ぶまでだが」
「あなた」

 お母様が眉を寄せてお父様の腕をそっと撫でると、二人は視線を交わした。
 それからお父様は、大きく息を吐いて私を見る。
 
「まだできることはあるだろう。諦めず頑張るように」
「はい、今後は気をつけます。……おやすみなさいませ」
 
 嫌な空気を感じたものの、私は聞くことができなくてそのまま部屋を出た。
 すでに婚約者候補がいるのかもしれない。
 あの様子では私にとっていい相手ではなさそうだと思った。

 魅力的な高位の貴族達はほとんど婚約者がいるか、結婚している。
 真っ先に思いついたのは十三歳の従弟で、将来的に伯爵家を継ぐし領地で良質な茶葉がとれて、豊かな土地であるということ。
 あの地はまだまだ金を産むとお父様が漏らしていたことがある。

 彼が成人するまで五年も待たなくてはならないし、今はまだ成長期……というよりも私から見たら明らかに頼りない。
 それにお父様から見たら格下の伯爵家でもあるから良縁とは言いにくいかも。

 もう一人頭に思い浮かんだのは、陛下の歳の離れた弟である公爵――亡くなった奥様の喪が明けたばかりで、近頃パーティーに顔を出すようになった。

 お父様より二、三歳若い程度で歳が離れすぎているし後妻で子供がすでに二人いる。
 考えただけで気が重くなる相手だけれど、両親にとっては公爵と縁続きになれるからエドウズ家の一門の力を固めたいのかもしれない。

 侍女に豪奢ごうしゃなドレスを脱がせてもらい、大きく息を吐いた。
 鏡の前に座り、豊かな金髪に刺さるや宝石のついたピンを抜いてもらう。
 全てを外して髪をかして、ようやく体の力が抜けた。
 
「あとは一人で大丈夫よ。ありがとう」

 侍女を下がらせて浴室へ向かう。
 ひどく疲れていた。

 ハーヴィー殿下とイライザ様の間に割り入ることなんてしたくない。
 イライザ様は成長途中ではあるけれど努力家で勤勉だし、殿下を支えていくと思う。

 政略結婚なのに、愛が芽生えるなんて夢みたいな話。ギスギスしているよりは断然いい。国民だって王族が仲が良かったら嬉しいと思う。

うらやましい……」

 思わず心の声が漏れた。
 私は別の相手に嫁ぐことになるはず。
 家と家との結婚なのだから、私の気持ちなど関係なく決まるだろう。
 しかたない、そういうものだと何度も自分に言い聞かせる。
 
「どうなってしまうのだろう」
 
 幼い頃からハーヴィー殿下と結婚するのだと言われ、五年前に婚約者候補に選ばれてからはたくさんのことを学んできた。
 同い年だから他の候補者達より殿下は本音で話をしてくれたし、性格もわかっている。
 
 殿下がイライザ様と恋に落ちなければ……そう考えて自分が情けなくなった。
 今は疲れすぎてまともに考えることができない。
 
 それに未来が見えなくて不安になっている。
 私はどうしたらいいんだろう。 

 さらに今は、エルナンド様の顔が何度も浮かんで私の心は乱れた。  
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