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3 儀式の前にはお清め ※微
しおりを挟む「あの……?」
サイラスの腕が浴槽のふちにかけられ、ちゃぷんと湯が跳ねた。
私は一面に花びらの浮かんだ湯船の中で、彼の脚の間に膝を抱えて座り、背中を預けている。
「儀式の前に身を清めるものだろう? 人間も同じく、風呂が好きだと聞いている」
まあそうだけど。
さっきのは儀式に含まれないの?
あれは魔王様のプロポーズみたいなものだと思えばいいのかな?
「そうですけど、一緒は恥ずかしいです」
一瞬で脱がされて湯船に浸かっていたから、急展開過ぎて訳がわからないというのが本音だけど。
出る時どうすんの、これ?
「慣れるしかあるまい」
「これが古式ゆかしいやり方……?」
「そうだ。愉しいだろう?」
どうだろう?
一緒に風呂に入るシーンがある物語も読んだことがあるし、その先のことも書いてあったけど体験するのとは違う。
「サイラスは楽しい、ですか?」
「愉しいな」
なんだかずるい。
種族も違うし、きっと歳もものすごく違うだろうから仕方ないけど。
「ほら、洗ってやろう」
どこからか取り出した石鹸を泡立て、私の腕を取る。
「……自分でできますよ?」
「我が嫌なのか? それならスライムを呼ぶか?」
何、その二択⁉︎
スライムの触手で体を洗われるって、なんかもう、違うプレイの域だから!
旅をしていればそんな話聞かせてくれた人がいっぱいいたよ?
みんな知ってる話!
「サイラスが、イイデス……」
指の一本一本まで、サイラスの手で洗われると体だけじゃなくて心もくすぐったい。
甘やかされているというか、恋人同士みたいで。
夫婦になるんだけどね!
勇者……名前を呼ぶ価値のない元婚約者とは、腕相撲をしたくらいの記憶しかない。
甘さがまったくなかったわ。
そりゃ、聖女との恋に浮かれるよね。
ケジメをつけないのはダメだけど!
「……一体、何を考えている?」
「あの、私。実はサイラスの部屋にいるというスライムの討伐にやって来たんです」
「それは知ってる。それで?」
知ってるの? それってどこかで見ていたの?
じゃあ、なんで見合い相手か訊いてきたんだろう……まぁ、今はいいや。
「えーと、私はそのパーティから抜けてあの扉を開けてしまったのですが、そのうち入ってきてもおかしくないのかな~、って」
「ふむ。儀式が終わるまでは開かないようにしてある」
さすが、魔王様!
「じゃあ、しばらく彼らは足留めされるんですね」
魔王の部屋の前で、イライラしながら待ちくたびればいいんだ!
盛ってる奴らなんて‼︎
ん?
もしや、二人はひたすら乳くり合って、聖女の兄がうんざりするだけ?
「ダンジョン内の水路とか行けないようにできないですか?」
だって、二人の緊迫感のなさ、ムカつくじゃない!
「何故だ? そういえば部屋の前で睦み合っていた男女がいたな。……真剣味の欠けた奴らだと思っていたが……詳しく話してみよ」
ここは協力してもらったほうがいいかも。
「実はあの勇者、私の幼馴染で婚約者だったんです! それで、いつの間にかあの二人が恋に落ちて、私の近くであんな! 行為に!」
思い返しても、信じられない。ありえない。
倫理、倫理~!
「ふむ。……ならば、今すぐダンジョン内の水を全て抜いてしまおう……未だにあの状態のようだしな」
「いい案ですね! さすがです!」
彼らの中に水魔法を使える奴もいないし、あーんなことした後、水浴びもできないなんて、さぞ気持ち悪いだろうね!
ん……?
今、サラッと流しちゃったけど、ずっとシてたの⁇
えー? 聖女の兄……不憫。
あんなところで三人で、水浴びもできないって気まずいだろうね。
「ふふっ……はははっ! あははははっ」
やだ。高笑いしちゃったよ。
「……レーナは、その男を愛していたのか?」
サイラスが私の髪を洗いながら訊いてきた。
「まさか! ただの幼馴染だし、あんなの屑です!……それに、キスも、サイラスが初めてです」
ちょっと申告するのって照れるわ。
何にも知らなくて。
サイラスがなるほど、と長考してたけど。
「……ならば、忘れられない夜にしよう」
「もう、すでに……サイラスと過ごす時間は、私にとって驚きの連続ですよ♡」
「……そうか」
そう言ってそのまま黙って私の髪を流す。
「気持ちいい……」
誰かに髪を洗ってもらうのも初めてだし、こんなに気持ちいいものなんて知らなかった。
サイラスがたっぷりの湯で髪を流してくれるから、幸せを噛み締める。
宿に泊まる時だって、ちょろちょろとしかお湯が出ないところもあったから。
「続けるぞ」
いつの間にかさっきとは違う白っぽいにごり湯に入れ替わっていて、私の肩から背中にかけて撫でながら洗ってくれる。
そのまま私のウエストやお腹もくるくると。
「あの……前は自分で洗います」
背中から抱えられていて、見えないだろうけど恥ずかしい。
「それでは我が愉しくない。レーナ、力を抜いて愉しんだらよい。せっかく、ダンジョン内の水をたっぷり使えるのだから」
そっか。
そうだよね!
「わかりましたぁ!」
「愛い愛い。レーナは愛い奴だな」
ウイウイ? あぁ、可愛いの愛いなのね!
サイラスの大きな手が私の胸を包み、エロさを感じさせない手つきで洗ってくれた。
だから私は力を抜いて彼に全てを委ねた。
エロいこと考えた自分が恥ずかしいぃ!
そんな私の腰を持ち上げて向かい合わせにする。
「脚が洗えないからな」
そっか。
湯が濁っていてよかった。
サイラスが楽しそうに私の足首を持ち上げ、やっぱり指一本ずつ洗い始めた。
ちょっとくすぐったいけど、水に濡れた色っぽいサイラスをぼんやり眺める。
「どうした?」
ちらりと私を見て笑う。
「サイラスはずっとその姿なんですか?」
「……気に入らなければ、変えることもできるが?」
そう言って、頭に二本のぶっとい角と、立派な口髭にケツアゴの強面へ、体はゴリゴリのマッチョに姿を変えた。
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