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しおりを挟む固まる私にセシルが説明してくれた。
「アレがダグラス殿下。権力とは無縁の大人しい男だ」
色白で華奢、焦茶色の髪。涼しげな目元にすっと伸びた鼻。薄い唇で……そう、和顔。雅なお顔立ち。
おかしい。
ぜんぜんリーと違うんだけど⁉︎
シュッとしてるの、見た目から無欲そう。
「……そんな感じする。王太子殿下とも似ていないのね」
「本当に初めて見たんだな」
セシルに降ろしてもらったものの、動揺してふらつく私を支えてくれた。
「うん、ほとんど屋敷から出たことなかったから……」
「リー……」
「なに? ミドルネームを呼ばれるのは家族以外で久しぶりだな」
あ、そっか。セシルもリーだっけ。
黒髪黒目だし……でも彼も違う。
「そんなに見つめてどうした?」
「なんでもない」
私のリーは一体どこに⁇
ここって乙女ゲーの世界のはずなのに、おかしい!
「なぁ、シンシア……」
一体何が起こってるの?
何もかもおかしいんですけどー!
「シンシア……しよう」
「うん」
「王子狙いじゃないんだな?」
「うん」
セシルがなんか色々話しかけてきたから、考えるのに忙しくてテキトーにうなずいた。
「……いいのか?」
「うん」
「じゃあ、決まりだ。留学しよう。俺もそろそろ国に顔を出したいと思っていた」
「うん」
隣の領地の管理人夫婦は覚えているかなぁ、10年前のことを。賄賂はうけとってくれるかな……。
「国まで少し遠いが、旅はいろんな世界に触れることができて刺激になる。この後、男爵家に挨拶に行く」
「うん」
旅?
リー探しの旅、楽しそう!
「俺は嬉しい」
「うん」
「よし、約束だ」
「うん、え? はい」
ご機嫌なジェイミーが珍しくて、ぼんやり眺めながらお茶会をやり過ごした。
一体、リーはどこに行っちゃったの?
私の王子様は⁉︎
セシルがなぜか馬車で屋敷まで送ってくれた。
しかも当然のように中に入り、男爵夫妻を呼び出す。
「俺たちは結婚する! 成人までは俺の国で花嫁修業をしながら学校を卒業することになるから、今後の学費も生活費もこちらで出す。結婚式は改めて招待状を出すことになるだろう。持参金もいらない。今月末にはシンシアを連れて行くからこれで支度をしろ」
宝石の入った袋がザクッと音をたててテーブルに置かれた。とても重そう、高そう、すごい量。
袋をチラリと見た男爵も夫人も、セシルを前に青い顔して震えている。
やっぱり背赤サラマンダー族って見た目でわかるくらい有名なんだ~!
なんかちょっと不憫になってきたかも。
怖い人じゃないのにね……って、今何言った⁉︎
「セシル?」
結婚?
旅の話は記憶があるけど、え?
でも私、いつの間にか承諾しちゃったの⁉︎
「ず、ずいぶん、急ですね……?」
男爵がヘラヘラしながら言った。
「前から考えていた。……俺が背赤サラマンダー族だということを忘れるな」
「ええ、はい、もちろんですとも。娘をよろしくお願いします。そのぅ、結婚する頃には、孫の出産と重なりそうなので……難しいかもしれません。遠いですし……」
王子ルートが消えたから急展開なの?
そもそも王子ルートはなかったのかも。
もしかして、ヒロインはあの、アイリス嬢だったのかもしれない!
「……招待状は送るが、好きにしていい」
「ご理解いただけてよかった。ありがとうございます、月末までにきっちり……準備、します」
「それまでシンシアを頼む……最高級品しか認めないからな」
私が口を挟む間も無く、話が進んだ。
現実じゃないみたいで頭の中がふわふわしてる。
「持参金がいらない相手ではあるな……ハハ……」
「これで後はメグの婿探しに集中できるわ」
セシルが帰った後、男爵夫妻は宝石の入った袋を大事に抱えた。
「シンシアの家族として恥ずかしくないように一着ずつくらい、作ってもいいわよね?」
男爵夫人が媚びるように私を見た。
「結婚式には参加されないのでは?」
エミリーの妊娠もまだなのに出産を理由に断っていたけどねー。
「最後の見送りにはお互いいい思い出が必要だろう」
男爵もそう言って緩みそうになる口元を引き締めた。
ある意味手切金とも言えるのかも。
ここを離れたら2度と会わないんじゃないかな。
「わかりました。セシルはものすごく目が肥えていますからね」
「あ、あぁ、もちろん、ほかは全部シンシアに使う。装飾品に仕立てたらいい、だろう」
私は使用人たちに心配されながらとりあえずいつものベッドに横になる。
「私、ヒロインじゃなかったのかぁ。もしかしたら乙女ゲームでもないのかな~」
ここはふわふわしたおとぎ話モチーフの異世界なのかもしれない。
それならリーってどこの誰なんだろう?
そもそも生きているのかな……。
それにこのままセシルと結婚?
まだ17歳だし実感ない。
日本なら高校生だけど、世界が違うから比べても意味がないかな。
ゲームが関係ないならセシルの国で新しい生活も悪くないかも。
まだまだやり直しできる。
前世は仕事ばっかりしてたし、1回くらい結婚してもいいかもね!
友だち夫婦婚も悪くないはず。
そんなことを考えながら、目を閉じた。
翌日の放課後、コリン・ポヴェイ伯爵家から使いがやって来た。
学校やクラスメイトに転校することを伝えたから、彼から借りたままの参考書を持たせてほしいと侍女を寄越した。
コリンの姉は卒業してしまったのと、私が忙しいだろうからって気遣ってくれたみたい。
「ポヴェイ伯爵家のリーツェルと申します」
侍女は淡い金髪に海のように深い青い瞳。
昔の記憶がブワッとよみがえった。
リーツェルの愛称って……。
まさか、まさか。
「リー?」
幼い頃の面影はある。
でも、女の子なんだけどー⁉︎
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