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 学園ものの有名な乙女ゲームは全部やった。大人気のR18にもこっそり手を出した。
 登校時も入学式にも特別なイベントが起こらなかったし、攻略対象っぽいキラキラした人も見かけない。 

 学園長はイケオジだったけど……違うよね?
 教室に移動する今も、誰かがぶつかってくることもないし、木の上でサボってる奴もいないし、なーんにも起こらないんだけど!
 
 何にもないところで転んでみるとか?

 ……初日から土まみれとかイヤ。
 友だちもいないから1人ぽつんとみんなの背中を見ながら歩いてる。
 だれにも気づかれなかったら切ないな。

「これ、やったことないわ。まさか同人ゲームとか? 攻略対象がわからない……まさか、全員鳥とかないよね? クルッポー。まさか……違う! 絶対違うはず! 王子様と出会っているからそんなこと絶対ない!」 

 王子様以外本物の動物と恋愛なんて絵面もシュール。そんなことあって欲しくない。
 でもこの学園には獣人や竜人、爬虫類系や虫まで人化している。
 同人ゲームじゃなくてアプリの可能性は――?
 課金、課金、重課金……止まらないのー。

「いやー!」
「……うるさい女だな」

 後ろから声をかけられて、くるっと振り返ると目が合った。
 真っ黒い髪に黒い目だけど、日本人の要素は1ミリもないイケメンではある。
 吸い込まれそうな深い黒で――。

「背赤サラマンダー族だわ。やだ、怖い。同じクラスになりたくないわ」
「目を合わせちゃダメ、攻撃的で暴力的だって聞いているもの、しかも黒いわ……他の人たちより凶暴かも……」

 え? なに?
 目を合わせちゃってるけど?

「ゴメンナサイ」
「素直な女は好きだ」

 ざわざわ。

「もううるさくしませんから……失礼します」
「行くなよ。同じクラスだろ? 俺はセシル。セシル・リー・カスティルだ。よろしくな」

 リー? ついつい名前に反応しちゃうけど、まったくの別人。似てる要素が一つもない。
 同じクラスなのかー、1学年に2クラスしかないから確率は半分だもんね。

「私はシンシア・オブ・スミスです。……よろしくお願いします」
「ふーん、仲良くしようぜ」
「ウフフ……」

 気持ち悪い笑い方しちゃった。
 彼の顔はいいと思う。よく見ると、一筋赤い毛がまじっていて個性的。

 彼も攻略対象?
 攻略対象なんだよね?
 わかんないけど。

「座ろうぜ」
 
 バイオレンスルートっぽいし、なんちゃらサラマンダー族とかなんか怖いし。
 サラマンダーって火を使うドラゴンだっけ?
 いつもは粗暴で、好きな人にだけ優しい系?

 前世だったらギャップに萌えたし、好きなタイプだ。
 でも今は持参金もない男爵令嬢だから、王子様との優雅な暮らしを目指したい!
 冒険者エンドは無理だわ。戦えない。
 ちゃんと現実を見なくちゃ。
 変なフラグ立てちゃダメー。
 
「皆さん、はじめまして。このクラスを担当するグウィリム・コーンズです。困ったことがあれば1番に聞いてくださいね」

 コーンズ公爵家の次男、プラチナブロンドの穏やかそうな学者。独身。有望。
 彼も顔面偏差値高いし攻略対象に違いない!

「明日からの授業に備えて……、それから……で、……わかりましたか? それでは……。……以上で終わります。一緒に有意義な学園生活を過ごしましょう!」

 説明が終わり、今日は帰っていいと言われたけれど、先生はさっそくご令嬢たちに囲まれて質問されている。
 
 王子様と先生と冒険者(隣に座るサラマンダー族)とくれば、あとはなんだ?
 初めて見る顔ばかりだから有名なゲームじゃないと思う。
 
 でももしかしたら私の死後に出た大人気のゲームかも⁉︎
 それなら私はどう動いたらいいんだろう?

「……ほかの男を見つめるな」

 ぎゅっと手を握られて、顔を横に向けた。
 何これ?

「シンシアがほかの男を見ていると腹が立つ」
「はい?」

 なんかフラグとかあったっけ?
 思い当たることがひとつもないんだけど?
 ちょっと会話して、隣に座っただけだし。

「あの、カスティル様」
「セシルだ」

 いやいや、いきなり名前呼びするほどの仲ではないでしょ。
 でも彼の後ろに真っ黒いオーラと圧を感じて口を開く。

「セシル様、手を離して下さい」
「いやだ。セシルだ」
「……セシル、離して」
「無理」

 ぎゅっと握り込まれたんだけど意味がわからない。
 なんで?

 クラスの半分くらいの生徒はまだ残っていて、ざわついているのは私たちのやりとりのせいだとは思いたくない。
 でも、ざわめきから男爵家とかサラマンダー族って言葉が聞こえてくる。

「なんでこんな気持ちになったかようやくわかった。……シンシアは俺の番だ」

 うっとりした顔で見つめてくるけど!
 温度差ありすぎて意味がわからない。

 今どきの乙女ゲームは番要素もあるのー?
 これ絶対やってないわ。
 死んじゃって悔しいわ。
 
 いやもしかして……番関係という障害を乗り越えて王子様と出会うとか?
 ヒロイン、モテてモテて困っちゃうあるある展開かもしれない!
 彼は当て馬ってこと?
 それは不憫。でもこの展開はありえる!

「そんなに見つめられると、自分だけのものにしてしまいたくなる。まだ入学したばかりなのに……」

 そういわれてバッと視線を外した。
 盛り上がり要素には違いない……おもしろい、おもしろいわ。
 
 彼を乗り越えて王子様と結ばれるのね。
 興奮しすぎて武者震いが……。

「すまない、焦りすぎた。震えているな……? 少しずつ距離を縮めよう。卒業したらすぐ結婚できるように」

 ざわざわ。
 先生が心配そうにこっちを見ているし、クラスメイトはなんか遠巻き。
 ざわめきが大きくてセシルの言葉がはっきり聞こえなかったけど、まいっか。
 
「友だちできるかな……」
「心配するな、俺が1人目の友だちになる」
 
 そうじゃないんだけどな~。
 王子様と出会って学園ライフを満喫しようと思ったのに、番とか結婚とか入学して早々に波乱ありすぎなんだけど!

 王子様、早く迎えに来て!

 

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