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しおりを挟む翌朝、私はフェデリカ様と二人で池を囲むように作られた小道を歩いていた。
だいぶ離れたところに侍女たちが待機している。
「ここなら、誰にも聞こえないから大丈夫よ。あのね、先に話すわね。私、好きな人がいるけど、いつもマルコ兄様の婚約者候補にされて迷惑しているの。その話がなくならない限り、私も前に進めない。相手が……かなり年上だし、奥様を亡くしている方だからなかなか難しいの」
率直に私の目を見て話すフェデリカ様が、ふふっと笑いを漏らす。
「昨晩は不本意というか居心地の悪そうな顔をしていたわね」
気さくな態度に私も肩の力を抜く。
「そんなに顔に出ていましたか?」
彼女はますます笑みを深めてこちらを見た。
「ええ。でも周りの人たちには緊張しているように見えたと思うわ。私は理由を知っていたから嫌なんだろうなって……妹がいるからロズリーヌ様のことが気になっちゃって」
「そう、なんですね」
少し恥ずかしくなって顔が赤くなる。
私の婚約のことはエルが伯爵家の三男で護衛騎士、私も王の子とはいえ子爵家出身の母から産まれているから、結婚後の住まいや身分がなかなか決まらなかったようで、ごく少数の者たちしか二人の関係は知らないはずだった。
「だからね、困ったら私に言って」
「はい、ありがとうございます」
氷国と親睦を深めたいと考えている陛下は、気の強さも含めてカルメン様のことを気に入ってるらしい。
王妃様は真面目で聡明なアンネッテ様を気に入っていて、いまだフラフラしている殿下を支えてほしいと思ってるいるそう。
フェデリカ様は国内の高位の貴族に推されて候補に上がっているけれど、マルコ殿下とも、お互いにありえないと言い合っているらしい。
そして私は美貌の第二夫人の娘ということで、会ってみたいと殿下が強引に話を決めたとか。
それならば、何とかなりそう。
気持ちが上向いてきた。
「とにかく絶対二人きりにならないこと。この国は重婚は認められていないけど、愛人を囲うのは身分が高ければ当たり前のことなの。既成事実を作られないよう気をつけて。マルコ兄様って、息を吸うように女性を口説くから」
花嫁候補として招待された王女ではあるけど、私は正妃の娘じゃないし、もし何か起こっても小国の王は何もしてくれないと思う。
フェデリカ様に言われたこの言葉を心にとめて、気を引き締めて散歩から戻った。
マルコ殿下は四人の候補者と順番に会う。王太子としての仕事が忙しいようで、晩餐の時しか顔を合わせない日もある。
もともと第二王子だったのに、第一王子が馬から落ちて帰らぬ人となり、王太子となった。
本当ならまだ喪に服している時期なのだけど、殿下以外に後継者がいないから花嫁を決めようとしているのだとか。
花嫁候補を絞って目立たないように婚約式まですませて、結婚式は喪が明けたらすぐに執り行えるよう裏では先に準備しているらしい。
「私はもうウェディングドレスもその後の晩餐のドレスもいくつも注文しているわ」
カルメン様が言うと、アンネッテ様が首を傾げる。
「王妃様が、繊細な刺繍と宝石を縫いつけたドレスを王太子妃に贈ると言っていたわ」
「全部私が着るわ! いくつあっても困らないもの!」
私もフェデリカ様も二人のやりとりを静かに聞きながら、温室でお茶を飲む。
フェデリカ様と目が合うと、時々笑いそうになる。彼女のおかげで過ごしやすくなった。
そうして景色を楽しむように周りをゆったり眺めながら、エルを探す。
いつも姿は見えないけれど、どこかに彼がいるんだと思うと心強い。
向こうからは私が見えてずるいと思うけど、国に戻ったらさみしかったと伝えよう。
フェデリカ様に言われた通り、下手に出歩いて殿下や他の候補者と遭遇したくないと思うと部屋にいる時間が多くなる。
夜会も最初の夜の後は大きなものは開かれず、望めば部屋で食事をとることもできた。
与えられた部屋では手慰みに刺繍ばかり。
エルに捧げるハンカチが何枚もできて、とうとう糸を切らしてしまった。
「困ったわ……」
後ろに控えていた侍女が口を開く。
「ロズリーヌ様、手芸店がこの近くにあるようですから気分転換にいかがですか? この後の予定はありませんし。その、差し出がましいことを承知で申し上げますが……慣れない土地ですから護衛を目立たぬよう配置出来ますので。お目当てのものが見つかると思います」
お目当てのもの?
やや強調して彼女が言っているのは、お目当ての者?
離宮で仕えている者たちは、口に出さないけれど私たちの事情を知っている。
特にこの侍女はエルが訪ねてくると部屋を出て、なにかと気を配ってくれていた。
私が黙ったままでいたから、侍女が突然深く頭を下げる。
「出過ぎたことを申し上げて大変失礼いたしました。私どもはロズリーヌ様の味方でございます。ですから、なんでもお申しつけくださいくださいませ」
「ありがとう……糸を買いに行くわ」
馬車で向かった先にエルの後ろ姿を一瞬見た気がして、心臓が跳ねる。
こんなに会わずにいたのは初めてで。
侍女に勧められるまま刺繍店に寄った後、人気の茶房の個室を訪れた。
ケーキと紅茶が届けられると侍女が下がり、代わりに私の大好きな護衛騎士の姿。
「エル……」
会えてうれしいのに座ったまま動けなくなってしまった。
ずいぶん久しぶりのような気がする。
目の前まで歩いてくる様子をじっと見つめる私に、彼が手を差し伸べて――。
「会いたかった」
今、私たちは同じ言葉を発したの?
その手をつかんで立ち上がると、震えた脚がもつれて彼の胸に倒れ込んだ。
ぎゅっと抱きしめてくれる腕が愛しくて、温かくて胸がいっぱいになる。
今この場には二人きりで、誰にも邪魔されることがない。
「もっと近くで護りたいと、今も思う。難しいが」
「私、いつもエルがどこにいるのか探していたわ。どこかにいるとわかっていても、姿が見えなくてさみしかった」
「俺も同じだ」
エルは私の手を取り、指先にそっと口づけた。やわらかいエルの唇から、私への想いが伝わってくるみたい。
「今夜、部屋を訪ねてもいい?」
エルの思いがけない提案に私は戸惑う。
他国の王宮で危険なことはしたくない。
「大丈夫なの? あなたが危ない思いをしないなら」
「もう少し、話したい」
「うん、私も」
花嫁候補として訪れている場所で、こんな約束をしてはいけないことはわかっている。
もしも誰かに知られたら、国家間で問題になってしまうから。
それでも、彼と会うことを諦めたくない。
もっと一緒にいたいし、触れることのできる距離にいたい。
「エル、待っているね」
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