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しおりを挟む早朝出立した馬車は、途中休憩を挟みながら半月ほどかけて隣国の王都に入った。
大きくて栄えていて、王城も派手だけど頑丈な造りだと思う。
馬車から降りると、目の前に王太子のマルコ殿下が立っていた。
金色の髪を伸ばしてひとまとめにしたスタイルは整った顔立ちの彼に似合っていたけど、軽薄そうな雰囲気に馴染めそうもない。
「ああ、あなたがロズリーヌ姫だね。噂以上の美しさだ。向こうで親交を深められず残念だったが……これからお互いをよく知っていこう」
私の手をとって手袋の上から撫でるから腕を引きたくなる。
一言も話していないことに気づいて口を開いた。
「はじめまして、マルコ殿下。私は第三王女のロズリーヌと申します。この度は」
「かしこまる必要はないから、気軽にマルコと呼んで。さあ、部屋へ案内するよ」
腰に手を回されて一緒に歩き出した。
二十六歳になるという彼は、にこやかに笑いながらも押しが強いし、距離が近い。じっと見つめられるのも落ち着かなかった。
頭の中では別のことを考えているような好ましくない視線も感じる。
私は眉間に皺を寄せないようにすることで精一杯だった。
「美しすぎるから、見つめてしまうな。薔薇も嫉妬しそうだ、実に美しい。あなたを閉じ込めてしまいたくなる」
「…………」
離宮にこもっていたから、男女間の社交会話の経験が少ないことに気づかされて、ますます言葉が出なくなった。
「毛を逆立てた猫のように警戒しないで。ますます手なづけたくなるじゃないか、可愛い人」
「……お戯れはおやめ下さいませ」
「初々しいところも可愛い。手折ってしまいたくなるだろう」
固まる私に、からかいすぎたかとマルコ殿下が笑った。
手袋の上に口づけながら、じっと私に視線をよこして言う。
「ではまた、晩餐の時に。それまでゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
彼が立ち去って、ようやく私は息を吐いた。
初日から上手くかわすことができなくて、情けなくなる。
第一印象だけですべてはわからないけれど、なるべく関わりたくない性質に感じた。
今まで以上に目立たないように気をつけなければ。
今回ついてきてもらった侍女に湯浴みと着替えを手伝ってもらい、晩餐までぼんやりと窓から景色を眺めた。
木々に囲まれた静かな離宮と違って、王都の街並みを見ることができる。
明かりが灯っても活気があって楽しそうな通りさえ、今の私には別世界のような、居心地の悪さしか感じない。
私の居場所はここじゃない。
エルの姿を少しも探せなかったから、落ち着かない。今まで毎日会って話していたのに。
もう、エルと会いたくなってしまった。
「ロズリーヌ様って、そのお美しい顔ですべてのことを補ってしまうのですね。とても、羨ましいですわ」
クスクスと笑いながら、氷国の王女のカルメン様が私を上から下まで眺めて言った。
顔合わせを兼ねた夜会は国内の高位の貴族のみ呼ばれていたようだけど、人で溢れかえり賑々しい。
先ほどマルコ殿下とのダンスを終えて、カルメン様につかまった。
ずっと突き刺すような視線を感じていたからこうなることも予想はできたのに、私はあいまいな笑顔を浮かべて静かに聞いているだけ。
彼女の言う通りだと思うから傷つくこともない。
王族としての教育はそれなりに受けてきたものの、社交界にデビューした後は最低限のパーティーしか出たことがないまま、ここに来ることになったのだから。
経験も何もかも足りないのはわかっている。大国の王太子妃という器じゃない。
もし二人きりだったら、彼の結婚相手として私は務まらないから候補者と思わなくていいですって言えるのに。
周りに人が多くてそんなことはできないけれど。
「カルメン様は殿下の視線を釘づけにするロズリーヌ様のことが羨ましくて、一緒に過ごす時間が減ったことにもお怒りなのですね。もっと大らかに構えたらよろしいんじゃなくて?」
国内からただ一人花嫁候補に選ばれている公爵令嬢のフェデリカ様が口を出す。
赤毛の彼女も嫌々参加しているように見えるし、好戦的みたい。
「フェデリカ様は言葉の選び方が不適切で失礼ですわ」
「そうかしら。カルメン様こそいきなり噛みつかなくてもいいでしょうに」
フェデリカ様は王弟のご息女らしく、堂々とされている。
もう一人の候補者は山岳国の第一王女で真面目な印象のアンネッテ様。
堂々とした態度で、和やかに殿下とダンスしている。
もっとたくさん呼ばれているかと思っていたから、候補者が四人に絞られていて驚いた。
アンネッテ様なら落ち着いた王太子妃になるだろうし、カルメン様なら……マルコ殿下と対等になれると思う。
とにかく誰か他の人が早く選ばれてほしい。
カルメン様が失礼するわ、とツンと顔を背けて去っていくのを眺めていると。
「ロズリーヌ様、せっかくですからお国のこと教えてくださいません? あちらにソファがありますから」
促されるまま私は歩く。
人目にさらされるのは疲れた。
部屋の隅に置かれたソファの周りは奥まっているからか人気が少ない。
「……先ほどはありがとうございました」
「気にしなくていいのよ。本当ならここに呼ばれずにすんだのにね。マルコ兄様が無理言ってごめんなさいね」
マルコ殿下とは従兄妹同士で近しい関係みたいだけど、彼女は何をどこまで知っているのだろう。
私の耳元に顔を近づけ、扇で口元を隠して言った。
「婚約者がいたのに無理矢理呼び寄せたって聞いてるから。だから、ここにいたくないでしょう? 私も嫌なの。協力するからあの二人に頑張ってもらいましょう」
素直に頷いていいのかわからない。
私の異母姉たちは裏表が激しかったし、王宮付きの侍女たちだって驚くような駆け引きをしていた。
私の直感は、彼女が味方だって思うのだけど――。
「明日の午前中、一緒に庭園を散歩しません? 今夜のパーティーは夜中まで続くからきっと皆さまは眠っていると思うの」
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